一度集合した後、俺たちはショッピングモールから離れて地元まで帰ってきた。もう日も沈みかけて、景色は赤く染まっていた。春とはいえ、まだ少し肌寒い。
「さあみんな、もうちょっとだからちゃんとついてきてね?」
軽くスキップしながら前を歩く先輩の背中についていく。よほどサプライズが楽しみらしい。
「おい真人、これからどこに行くつもりなんだ?」
「んー?」
実際、これからどこに行くかなんて大体検討はついている。この辺で俺たちが集まる場所なんて一カ所しかない。おおかた、店長に相談してこっそり歓迎会の準備でもしているのだろう。確か去年も同じことをしていたし、雲雀もうすうす感づいているはずだ。雲雀を見てみるとちょうど目が合った。『多分あれだろう』、と目で語っていた。
「……さあな。ま、すぐにわかるさ」
けど、あえてそれを教えることはせず適当にはぐらかしておいた。せっかくの先輩の計らいをふいにするようなことはしたくないし、日向と志倉さんも、何も知らない方が驚きも喜びも増すだろう。日向は俺に聞くのは諦めて雲雀に同じ質問をしたが同じ考えだったらしく、そっちでも同じようにはぐらかされていた。それでやっと諦めて大人しく先輩についていった。これだけ気になっているなら、先輩も満足するリアクションを取ってくれるのではないだろうか。こころの反応が期待できない分、余計にその期待が高まる。志倉さんは……どうだろう。よく知らないから何とも言えないが、はしゃぐような人には見えない。派手なリアクションはしないと思う。
「はい、とうちゃーく!」
あれこれ考えているうちに先輩は予想通りいつものカフェの前で止まった。その年中ハロウィンみたいな外装は普段見ていても不気味に見えるが、日も沈みかけた時間に見ると一層おどろおどろしく見える。遠くから聞こえるカラスの鳴き声がそれを際立たせていた。現に初めて来た二人は若干引いていた。日向が『ここに入るの?』みたいな顔をしてこっちを見ていたので何も言わず頷いてやった。
「……あの、部長? 本当にここで合ってるんですか?」
「え? そうだけど、どうかしたの?」
「いや、あの……」
明らかにためらっている日向に不思議そうに聞き返す。そりゃあ、俺とか雲雀とかは慣れてるからいいけれど、知らない人から見たらとてもカフェには見えない。黒魔術とか、もっと怪しげなものに見えてしまうのだろうが、残念ながら完全にこっち側な先輩にはそれが理解できなかったようだ。
「ま、まさか、私達を生贄に……!?」
「しないから! 落ち着いて!」
志倉さんはすっかりおびえてしまったようで青い顔で震えていた。
「ほら、志倉さん幽霊とか興味あるって言ってたでしょ!? それと同じだって!」
「す、好きなのは、調べたり話を聞くだけで、実際に行ったり見たりするのは、ちょっと……」
「ああ……」
テレビでそういう番組を見たりネットで調べるのは好きだが、実際に行くかと言われると怖い。そういうタイプの人だったようだ。気持ちは分からないでもない。
「立ち話もなんだし、早く入りましょ?」
怖がっている二人には全く気付かず、あくまで軽い足取りでドアに近づく先輩。
「ここ、本当に大丈夫なんだよな?」
「生贄にされる……生贄に……」
日向は引き、志倉さんは青ざめていた。
「お邪魔しまーす!」
『CLOSED』と書かれた看板が提げられたドアを開き先輩が中に入る。他の全員もそれに続いて入った。
「いらっしゃい、待ってたよ」
中では店長が温かく出迎えてくれた。温厚そうな店長と外観よりはまだ優しめの内装を見て、二人の表情が緩む。
「あれ、意外とまとも?」
「ほ、本当に、大丈夫ですか? 私を食べる気じゃ……」
「えーっと、うちが何か誤解されてるみたいなんだけど……」
「見た目からの極めて正当な判断だと思いますよ」
「見た目か……確かに少し個性的だけど、そこまでだったかな……」
「どうでもいいじゃないそんなことは!それよりほら、歓迎パーティーを始めましょ?」
いまいち納得がいかない様子の店長をよそに先輩が全員分の飲み物をグラスに注ぎ、一人づつ手渡していく。
「歓迎パーティー?」
「ええ。日向君に幽香ちゃん、それにこころちゃんも。せっかく入部してもらったんだから、歓迎パーティーくらいしなきゃ!」
「本当は先輩が騒ぎたいだけだったりしてね」
「そんなことないわよ。私は心の底から歓迎するつもりで開いたわ」
「まあまあ、それより、早く始めましょう。立ってるだけじゃつまらないですよ」
「それもそうね。それじゃ、三人の入部を祝って、それと、これからのオカ研の活躍を祈って……乾杯!」
「「「「「「乾杯!!」」」」」
先輩の合図で皆がグラスを打ち合わせる。皆は思い思いに用意された食事に手をつけながら雑談に花を咲かせる。店長も最初は残りの準備などで色々と動き回っていたが、しばらく後に部員に混ざって話などをしていた。
「それにしても先輩、歓迎パーティーをするなら俺たちにも教えてくれればよかったのに」
「んー?」
「そうですよ、言ってくれれば僕だって準備を手伝ったのに」
「うーん、それもよかったんだけどねー」
「何か問題でも?」
「問題ってほどじゃないんだけどね。去年二人が入部した時にもパーティーしたじゃない、覚えてる?」
「そりゃ覚えてますけど」
「実はあれね、私も知らなかったのよ」
「そうだったんですか?」
それは初耳だった。去年のパーティーの時、先輩は全く知らない素振りを見せなかったから、てっきり全員で仕組んでいたのだと思っていた。
「そうなのよ。気づかないうちに前の部長が一人で全部準備してたのよ」
前の部長を思い出す。あの人は手品が得意で、とにかく人を驚かせるのが好きだった。去年は毎週一回は必ず何かしら仕組んでいた覚えがある。
「で、終わった後に二人みたいに聞いてみたの、『どうして前もって教えてくれなかったの』って。そうしたら部長、『よく言うだろう、敵を騙すにはまず味方からだ』って」
「それで、先輩も同じようにサプライズを?」
「そうよ。どうだった?」
驚いたでしょう? と言わんばかりに瞳を輝かせる先輩。
「正直、そこまで驚きはしませんでしたね」
「ここに連れてこられた時点である程度は予想がついたよね」
「そうなの……」
がっくりと肩を落とす先輩。表情がよく変わる人だ。そこが先輩の魅力でもあるのだけれど。
「まあいいわ。二人を驚かせるのはまた次の機会にするから。今はこのパーティーを楽しまなくちゃね!」
その分立ち直りも早かった。すぐに元気になった先輩は気を取り直してこころと志倉さんの会話に飛び込んでいった。あの二人がどんな話をしていたのかは気になったが、わざわざ女性陣の会話の中に飛び込んでも話が続かなそうなので自重した。日向はなぜか店長と話をしていた。意外と気が合ったのかそこそこ盛り上がっているようだ。
「本当に、いつも楽しそうな人だよね」
「先輩が? 楽しそうというか騒がしいというか……」
悩みとかはなさそうな人ではある。どんな悩みでも寝たら次の日には忘れそう、というかそもそも悩まなさそうだ。
「真人君は去年のパーティーのこと覚えてる?」
あの時も同じように、何も分からないうちにここに連れてこられた。初めてこの店を見た時はさっきの二人のように引いていた。
「覚えてるよ。初めてここに来た時、お前すごく喜んでたよな」
「ああ……こんなお店今まで見たことがなかったからね。僕が憧れていたのはこういうのだったんだ」
吸血鬼を自称し奇抜な格好をする雲雀にとって、ここのよく言えば個性的、悪く言えば不気味な外装はまさに理想の空間だったのだろう。ここ以外で雲雀のいつもの格好そのままで働ける職場はそうそう見つからない。
「そこで店長と話したら気が合ってね、よかったらここで働かないか? って誘われてさ。ちょうど僕もバイトを探してたからぜひって。懐かしいなあ」
随分と昔のことのように語る。
「懐かしいったって、まだあれから一年しか経ってないだろ」
「けど、たった一年でもとても長く感じたんだ。なにせかなり濃い一年だったからね」
「大したことはしてないけどな」
今までの部活動を振り返る。思い返せば、去年はずっと部長に振り回されていた。あの人の突然の思いつきに何度付き合わされたことか。そのほとんどはくだらない冗談みたいなことだったけれど、内容としてはどれも濃すぎるものだった。少なくとも、他の部活に入っていたなら絶対に体験することはなかったであろうものばかりだ。その分、体験したくなかったことも多かったけれど。
「それを言っちゃ悪いよ。部長だって僕たちの為にあれこれ考えてくれたんだから」
「いや、あれは絶対自分がやりたいだけだったな」
「そんなことはない……いや……うん……どうだろう」
去年の記憶をひっかきまわしている雲雀の表情がどんどん曇っていく。かわいそうに、きっと触れてはいけない思い出を発掘してしまったのだろう。見た目はさておき中身は真面目だった雲雀はいろいろと大変な目に遭っていたなと振り返る。
「……大事なのは今だよ真人君。今を楽しもうじゃないか、ははは……」
「お、おう」
一体何を思い出したんだ、などと聞く勇気は残念ながら持っていなかった。目が全然笑っていない。
「二人とも何やってんだよ、こっち来いよ!」
日向が呼ぶ声に振り向くと、いつの間にか俺達以外の全員が集まっていた。あの様子だと、これから全員で何かゲームでも始めるつもりなのだろう。それに参加するため、俺達も輪に混ざる。
それからも門限の一番早い志倉さんが帰るまで、みんなで思う存分楽しんだ。歓迎される側の三人もそれなりに楽しんでくれたようで、最後には店の外観も気に入ってくれていた。俺が特別なにかしたのではないのだけれども、この部に混ざってしっかり楽しんでくれている新入部員を見ているとこっちまでうれしくなる。できるならこんな風にこれから一年楽しめればいいな、などと夜空を見上げながらぼんやりと考えていた。