私のココロの伝え方   作:真冬の三月ウサギ

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俺の青春の幕開け

玄関の鍵を開けると、見慣れた空間がそこにあった。

 

「ただいまー」

 

 返事は返って来ない。現在この部屋で暮らしているのは俺一人だ。父さんは仕事の都合で仕事場に泊まって帰って来ないし、母さんは俺が物心つく前に亡くなったらしい。写真すら見せてもらったことが無いので顔すら知らない。だが、そのお陰で母のいない寂しさを感じずに今まで過ごせてきた。

 まあとにかく、そんな理由で4人は暮らせそうなこの広い空間を今まで持て余してきたのだが。

 

「おじゃまします」

 

 後ろから声がする。その声の主は玄関で立っていた俺を抜き、何の躊躇いも無く中へと進み、部屋の中を見回した後、こちらに振り返って一言、

 

「とりあえず二人で暮らす分には問題ないですね。空いている部屋はどこですか?」

 

……誰でもいいからこの状況を説明してほしい。

 『公園で美少女に声をかけられて協力しようとしたら家に上がりこまれ、同棲を始められそうになった』

 わけがわからないよ。これを理解できる人がいたらぜひ会ってみたい。そしてできれば立場を代わってもらいたい。

 と嘆いてみても仕方が無いので、とにかく謎の美少女の正体をはっきりさせようと試みる。

 

「あの、君?」

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「どうして俺と一緒に住むことになってるの?」

 

「そう言われたからです」

 

最低限のことだけ答えて、少女はまた部屋の中を調べる。さっきから気になっていたが、彼女は口数は少ない方らしい。おまけにずっと表情が変わらず、なんとなく怖い。

 

「言われたって、誰から?」

 

もう一度質問を投げかけてみた。すると今度はさっきとは違いすぐに答えず、代わりにこちらをじっと見つめてきた。その無表情な顔から、何を考えているのかは全く読めない。

 

「もしかして、何も聞いていないんですか?」

 

「聞いていないって、誰から?」

 

「……そうですか。ちょっと電話借りますね」

 

言い終わらないうちに電話に向かい受話器を取る。どこかに電話をかけているようだ。しばらく待った後、受話器に向かって話し始めた。

 

「もしもし、私です。……はい、ちゃんと着けました。はい……はい」

 

 

そうやってしばらく話を続けた後、不意にこちらに受話器を差し出して来た。

 

「代わって欲しいって。あなたと話したいみたいですよ」

 

差し出された電話を恐る恐る受け取る。一体どんな人物なのかと緊張しながら、受話器を耳に近づけた。

 

「……もしもし?」

 

「やあ、真人。元気にしてたかい?」

 

聞こえてきたのは俺のよく知っている人の声だった。

 

「父さん!?」

 

そうだよ、と言いながら笑う声が聞こえた。

今笑っているのは。俺の父親であり、アンドロイドに関する研究をしている。残念ながら、研究に関して詳しい話は教えてもらっていない。

 

「どうして父さんが?」

 

「ああ、こころに真人の家に着いたら連絡するよう言っておいたのさ」

 

「そうなんだ……って、そうだよ!」

 

口ぶりからして、あの少女を送ってきたのは父さんに違いない。ならば、彼女について聞かねばならない。

 

「あの子、一体何者なんだよ⁉︎」

 

「彼女?フッ、よくぞ聞いてくれた。実は彼女は……」

 

「彼女は?」

 

 電話の向こうで父さんが言葉をためているのが感じられる。特にせかすこともせず続きをじっと待つ。

 

「彼女は、僕達が作り出したアンドロイドなんだよ!」

 

「アンドロイド?そんな、まさか……」

 

俺は飛び出てきた父さんの言葉が信じられなかった。

だって、このこころという少女はどこからどう見ても人間だ。身体も普通の人間と全く変わりないし、目だってちゃんと生きた目をしている。それになにより……

 

「アンドロイドにしては、行動に無駄がありすぎる、だろう?」

 

 心を読んでいるかのように、父さんが俺の考えていること代弁した。その口調はどこか自慢げで、まるでそう思うことをすでに予測していたようであった。

 そう、この目の前にいるアンドロイド(仮)には不可解な点が多すぎる。まず第一に、一般的に広く流通しているアンドロイドは決して道に迷うことはない。彼らの中にはあらかじめ地図のデータが入っているし、そうでなくてもネットに接続することもできるので地図などすぐに見られる。なので、道が分からないなどありえないのだ。ついでに言うと、携帯電話を持つ必要も無い。彼等には通話など携帯に備わっているような機能もついている。さしずめ歩く携帯電話といったところか。

 そして何よりも不可解な点といえば。

 こころというアンドロイド(仮)が、桜を眺めていたことだろう。

アンドロイドが桜の下で花見などするはずがない。彼等は見た目こそ人間だが、中身は機械。意味の無い行動は絶対にしない。そして、彼等にとって桜の花には何の意味も無い。彼等は桜を綺麗だと思うことのできる『感情』を持ち合わせていないのだから。

 

 だから、彼女が桜を眺めていた理由はいずれか二つ。

 彼女が人間であるからか、あるいは――

 

「多分、真人の考えていることは当たってるよ。彼女は、心、感情を持ったアンドロイドだ」

 

 俺の考えは当たっていた。実際父さんの研究室に行ったときに内容は聞いていた。父さんたちは、人工知能に感情を持たせる研究をしているんだと。だからそこまで驚きはしなかった。

 

「まあ、とりあえず彼女が何なのかは分かったよ。で?どうしてうちに住むことになったの?」

 

「いい質問だ。彼女には感情がある。けど残念ながら、それは完全ではないんだ」

 

「どういうことだ?」

 

「うん、まず、感情があるといっても完全じゃない。まだまだ大雑把で、細かい気持ちは理解しきれていないみたいなんだ」

 

「ほうほう、それで?」

 

「ついでに、僕達は感情を持たせることが最終目標じゃない。それも含めた、人間らしさ、って言うのかな?そういうのを持ってもらいたいんだよね」

 

「なるほど」

 

 隣にいるこころをちらりと見た。確かに、こうも無表情な人間というのもおかしい。父さんは、そういうところをどうにかしたいと思っているのだろう。

 

「それで、やっぱりそういうのは他人との関わりの中で生まれてくると思うんだよね」

 

「確かにな」

 

「だから、こころを学園に入学させて学ばせようって思ったわけさ」

 

「大体事情は分かったよ。けど、なんでよりによって俺のところへ?」

 

「やっぱり、彼女一人だけだと不安だからね。ちゃんと見守ってくれる人が欲しかったんだ。それで研究室の皆で、真人なら大丈夫だってなったわけさ。……引き受けてくれるかい?」

 

「ああ、いいよ。頼られてるんだから、それには応えないとな」 

 

了解の返事をすると、電話の向こうでほっと安堵の息を吐く音が聞こえた。やはり心配だったのだろう。

 

「ありがとう。編入手続きは済ませておいたから心配しなくていいよ。あ、それと……」

 

「こころがアンドロイドだってことは秘密に、だろ?」

 

 アンドロイドが学校に通うなど前代未聞だ。もし誰かに知られれば、それをよく思わない人もいるだろう。どんな反応があるか分からない以上、むやみに広めないほうがいい。

 

「そうだね。一応学校長には言ってあるから退学処分にはならないだろうけど、知られないほうがいいね」

 

 「はいはい。他には?」

 

「他にか……一応、彼女のスペックについて話しておこうかな。とりあえず、彼女は感情機能を目的として作られたAIだから、普通のアンドロイドみたいなことはできないと思ってくれ」

 

「たとえば?」

 

「まず、ネットに接続することは不可能だし、通話とかメール機能も無し。ついでに、計算能力も人並み……まあつまり、普通の人間と同じだと思って欲しい。あと、各種感覚も人間と同じになってるよ」

 

 つまり、頭脳は人並み、叩かれると痛い、とかそういうことらしい。

 

「あとそうだ。一応食事も可能になってるよ。とは言っても、エネルギーは充電すればいいし、お腹が空くこともないからあくまで楽しみの一つに過ぎないけどね。一応エネルギーにはなるけど」

 

 要は食費もかかります、と。なんだか聞けば聞くほどアンドロイドとは全く別物のように感じられる。

 

「あとはまあ、護身用にスタンガンとか内蔵してるけど、そこはまあいいよね」

 

「いやよくないだろ!」

 

 つまり、怒らせたらそれを持ち出すかもしれない、ということだ。喧嘩の度にそんなもの持ち出されたらたまらない。

 

「大丈夫だよ、緊急時以外には使っちゃだめって言ってあるから」

 

「その約束に一体どれほどの意味があるのか……まあ引き受けたからにはやるけどさ」

 

「本当に大丈夫だよ。優しい子だからね……多分」

 

「そこは自信もってほしかったかなー」

 

「あはは……それじゃ、期間は一年だから、よろしくね」

 

 そんな苦笑いと共に電話が切られた。改めて隣に立っている少女を見る。彼女はやはり変わらず表情に乏しい顔でこちらをじっと見つめていた。

 

「そんなわけで、不束者ですが、よろしくお願いします」

 

そういって、こころが頭を下げた。

頼られたから引き受けた、というのもあったが、本当はもうひとつ理由があった。

 これまで俺は、何も変わったことなく退屈な日々を過ごしてきた。部活には入っていたが、いまだ期待していたような青春を謳歌できずにいる。

これを引き受ければ、何か変われるかもしれない。

もちろん、うまくいくかなんて分からない。けれど、そこにきっかけがあったならば。

手を伸ばしてみるのも悪くないか、なんて思ったのだ。

 

「……ああ、よろしくな」

 

 とにかく、俺とこころの新学期はこうして幕を開けたのだった。

 

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