その日の夜、自宅でこころと夕食を囲んでいた。会話することもなく黙って料理を口に運ぶ。こころが家に来てだいたい一週間経ったが、未だに食卓に他の誰かがいるというのは慣れない。どうでもいいことだが、炊事に洗濯、掃除などこの家の家事はほとんど俺がこなしている。こころは聞いたところ家事の類は一切経験がないようだし、何より家の中を他人にどうこうされるのはあまり気分がよくない。
「ごちそうさまでした」
黙って食べている間に、こころは食事を終えてしまった。
「食器は流しに入れておいてくれ」
こころは指示通りに自分の食器を持っていくと、ソファに座りテレビを見始めた。俺も残りの料理を食べ終え、食器を片付けて同じようにソファに座りテレビを眺める。ニュースではどこか遠くで起こった事件について話をしていた。それが終わると天気予報が始まった。どうやら明日は晴れるらしい。
「…………」
番組がCMに入ったところでちらりと横に座るこころを見る。こころは特に何を言うでもなく、無表情でただじっとテレビを見つめていた。相変わらず、何を考えているのか分からない。いや、ひょっとしたら何も考えていないのかもしれない。
「今日の練習、どうだった?」
なんとなくそんな質問を投げかける。別に興味はなかったが、沈黙は少し気まずかった。
「派手に転んだみたいだったけど、大丈夫か?」
「問題ありません」
「あんまり痛がってないみたいだったけど」
「感覚を切ってましたから」
やはり、さっきは痛みを抑えていたようだ。
「痛みを感じないなんて羨ましいな」
「いい事ばかりでもありませんよ。すぐに切れるものでもありませんし、センサーを切っている間は他の感覚も機能しないのでむやみに使えません。それに、使える時間も制限されてます」
そうむやみに使えるものでもないようだ。痛みを感じなければ人間ではない、ということだろうか。だったら切れないようにすればいいのに、随分と中途半端な設定にしたものだ。
「そうか。で、先輩とはうまくやれそうか?」
「問題ありません。茉莉の歩幅や足を出すタイミングなどはほぼ把握できたので、次回からは転ばないと思います」
「もう把握できたのか、早いな」
「普通のヒトに近づけてあるとはいえ、あくまで機械ですから」
「覚えるのは得意って事か」
つくづく羨ましい限りである。その記憶力を少し分けてもらいたいくらいだ。
「真人はどうでしたか? 転んでいないようでしたけど」
「あいつとはそれなりにつきあいがあるからな、お互いのことは多少はわかる」
雲雀とはこの学園に入ってから、つまり一年ほどの仲だ。一年というとあまり長くないと思うが、その密度が違う。俺は前の学校でも人と関わってこなかったせいで友人が日向くらいしかいないし、雲雀のほうも前からの友人がいなかったらしい。ほかの交友関係が少なく、またあの少人数の部活に入っていたこともあって行動を共にする機会は多かった。そうして濃く付き合ってきた分、お互いの特徴も完全にではないがよくわかっているのだと思う。
「以心伝心、ということですか」
「ま、そんなところだな」
とはいえ、これはあくまで俺が一方的に思っているだけであって、向こうがどう考えているかはわからない。対人経験が少ない分、相手との距離感がいまいち掴めない。交友関係が少ないというのは一人一人と密に付き合える分こういうデメリットもあるのだ。
「ところで、どうして雲雀はあんな格好をしてるのですか?」
「え?」
「一般的に、あのような服装で生活する人は珍しいそうです。彼がああするのには何か理由があるのでしょうか?」
「理由ねえ……」
前に一度気になって聞いてみたことがある。その時には適当にかわされて教えてもらえなかった。結局興味がなくなってそれ以降は特に尋ねることはなくなってしまったが、改めて聞かれると理由を知りたくなる。あの目立つ格好には理由があるのか、それともただの趣味なのか。
「悪いな、理由は知らない」
「以心伝心なのにですか?」
「たまにはそういうこともある。気になるなら本人に直接聞いてみればいいだろ、早いし確実だ」
「そうですね、では明日聞いてみます」
こころはそれだけ言ってまたテレビに視線を移した。チャンネルは変わり、画面の向こうでは芸能人がファッションについて語っていた。最近有名になった女優の普段着に派手な服を着たおっさんがダメ出しをしていく。服に一通り文句をつけ終わると今流行りのファッションが紹介された。
正直なところ、他人の服装なんてよっぽど汚いとかでもない限り気にしない。普通の服を着てる人の中に、吸血鬼のコスプレしてる人がいたっていいと思う。自由とはそういうことだとか、そんな感じのことを誰かが言っていた気がする。詳しくは忘れたけど。とにかく、雲雀がどんな格好をしてようとそれは彼の自由だ。だから俺にそれについてとやかく言う権利はないのだけれども、気になるものは気になる。
「聞くときには真人も一緒にいてくださいね」
「別にいいけど……どうして?」
「私だけではどこまで聞いていいかの判断がつきませんから。怒らせてしまうかもしれません」
「ああ……」
表情などから細かい感情を読み取れないこころでは、相手の気分を悪くしても気付かずに質問を続けてしまう可能性がある。だからもしもの時は俺に止めてもらいたい、ということだろう。
「気にするくらいなら最初から聞かなきゃいいだろ」
「私は一年で少しでも人間に近づくよう言われています。そのために可能な限り人間の考えに触れなければいけません」
「大変だな」
「そういう指示ですから。ではお願いしますね」
こころはソファから立ち上がって風呂場に入った。安請け合いしてしまったが、大丈夫なのだろうか? 聞いたときにはぐらかされたということは、人には話せない何らかの理由があるのだろう。他人のデリケートであろう部分にそうやすやすと、しかもこちらの個人的な都合で踏み込んでいいものなのか? ここはどうにかして止めさせるべきではないのかと思うと同時に、何か悩みがあるのなら手助けがしたいとも思う。今日の雲雀の態度を見ると余計にそう思わずにはいられない。今日の彼は明らかに何か迷っているようだった。ならば、こころが興味を持ってくれた今がチャンスなのではないだろうか。たとえいいアドバイスができなくても、誰かに話すだけで少しは楽になるかもしれない。
大きく息を吐いて覚悟を決める。人付き合いが苦手で、今まで他人と深く関わることもなかった俺だが、ちょうどいい機会だ、そろそろ一歩踏み込んでみてもいいだろう。