分かりきってた転入生
新学期。
誰もが浮かれ騒ぎ、新しい出会いがあったりなかったりするキラキラした時期。
活力の溢れる新入生達が新しい何かに期待して胸を躍らせる、そんな青春の一ページ。
……そんな季節の暖かい、活力に溢れた陽射しを浴びながら、俺は新しい自分の席に突っ伏していた。
始業式で校長の長い話とかその他諸々が終わった後、
周りでは新しいクラスの仲間達が賑やかに雑談をしていた。今朝発表された新しいクラスはまあまあで、知り合いも全くいない訳ではない。むしろかなり仲がいい友人がクラスにいてくれた。出会いに関しては、先日衝撃的な出会いを果たしたばかりなのでそこまで期待はしていない。ちなみに、今朝は彼女と一緒に登校したわけではない。なにやら話があるとかで早めに出て行った。
「よう真人。新学期初日から随分お疲れだな?」
机にくっつけていた顔を横に向けると、件の友人の顔があった。短めのやや茶色がかった黒髪で相変わらず何にも考えてなさそうな笑顔をくっつけている。
「久しぶりだな日向。そう言うお前は元気そうだな?」
机から身体を起こし挨拶を返す。こいつは
「そりゃそうだ!なんたって今日は新学期初日だぜ!?新学期といえば、新しい出会いの季節。期待するに決まってんだろ!」
「期待ねえ……」
確かに、新しい出会いには期待してもいいだろう。実際、今日は最低一人は転校生が来ることを知っている。そして、そいつは恐らく今日向が座っている所に来るであろうことも。ついでに言うと、そいつと日向はどうやっても日向が望むような関係にはなれないであろうということも。
「ま、期待を持つのは悪いことじゃあないよな」
「何だよそれー。そういう真人は、もっと新学期らしい顔しろよなー」
「新学期らしい顔ってどんなだよ?」
「そりゃもちろん笑顔だよえ・が・お!」
そういって眩しいくらいの笑顔を向けてくる。これほどに純粋な笑顔ができるとは、笑顔に関してはこいつは尊敬できるな。
「笑顔ねえ……」
正直言って、笑顔を作るのは苦手だ。感情を顔に出すという事自体が苦手だ。その中でも笑顔は特に。いつだったか、『お前は表情が少ないな』とか、それに近いような言葉を言われたような気がする。そのせいか、それとも他に何か原因でもあったのか、とにかく俺は気持ちを外に出すことが苦手になってしまったらしい。
――これは、あいつの事を言ってられないか。
「……おーい、真人ー?聞いてるかー?」
こっちが感傷に浸っている間に、日向が不満そうな声を上げていた。
「ああ、悪い、ちょっと考え事してた」
とりあえずの愛想笑いで答える。あんなことを考えていたせいか、自分の愛想笑いは完璧か、なんて事をつい考えてしまう。
「そうか?あんまり悩みすぎるなー?なんなら俺が相談に乗るぞー?」
愛想笑いが上手かったのか、あるいは日向が単純だからか、変に追及されるようなことはなかった。
「ありがとう、気が向いたら話すよ」
恐らくそんな機会は一生来ないだろう。底抜けに明るくて感情表現豊かなこいつではこの悩みの答えを見つける事は不可能だろう。
「そうか、まあいいや。それより、放課後は暇か?暇だったらどっか行かね?」
友人から遊びに誘われた。とても魅力的な誘いではあるが……
「悪い、今日はちょっと用事があるんだ」
残念ながら、この後は部長から召集がかかっている。遊びには行きたいけれど、部活の仲間にも挨拶したいし、なにより行かなかったら呪われてしまうのでしょうがない。
「そっかー、じゃあしょうがねえなー。んじゃ、またいつかな!」
そう言い残して日向は自分の席へと戻っていった。
「はーい、皆さん着席してくださいねー?」
丁度いいタイミングで先生が入ってきた。細い銀縁のメガネにあまり整えていない髪の細身の若い男性だ。その顔には僅かに笑みを浮かべている。同じ笑顔でも裏を感じないような日向の物とは別、というより全く逆の、考えていることが分からないような笑顔を浮かべていた。彼とは入学以来の付き合いだが、今まで彼の顔から笑顔が消えたところを見たことがない。
先生は教卓の前に立つと俺の前の席を除いて確認をして軽く頷いた。
「……さて、全員揃っているところで自己紹介、といきたいところですが、僕の前にまず転入生の紹介をしたいと思います。……どうぞ、入ってきてくださーい」
先生の合図とほぼ同時に教卓側の扉が開き、転入生が入ってきた。長い銀髪にそれを束ねる二種類の花の髪飾り。昨夜見たものと全く変わらないものがそこにいた。
「はい、それでは自己紹介をお願いします」
「桔梗坂こころです。よろしくお願いします」
自己紹介を聞いてあたりがざわつく。銀髪が珍しいのもあるだろうし、彼女自身も美少女であるというのもあるだろう。それより面倒なのは、興味の視線がこっちにも向かってきていることだ。
「えー、こころさんはそこにいる桔梗坂真人君の親戚で、今までは海外にいたそうです。こちらの文化には慣れていないかもしれないので、皆さん優しくしてくださいね?」
先生が丁寧に俺との関係を説明してくれる。おかげでクラスの視線のおよそ全てがこちらに集中した。何人かの人が噂をしているのが聞こえてくる。
「皆さん、気になるのは分かりますが落ち着きましょう。こころさん、何か皆に言いたいことはありますか?」
「ないです」
「そうですか。それでは座ってください。あなたの席は真人君の前ですよ」
自己アピールを簡潔に済ませ、予想していた通りの席に座る。
というか、もうちょっと粘れよ先生。
こころが座るのを確認して、先生は自己紹介に移った。
「知ってる人もいるでしょうが自己紹介を。このクラスの担任になった
そんな自己紹介を、表情を全く変えないまますらすらと話す。本当に何を考えているのか分からない人だ。
「では、今日は特に連絡することもないのでこれで終わりにします。それでは皆さん、明日から頑張りましょう!」
ありきたりな言葉を残して先生は去って行った。ホームルームも終わったし、こころを連れて部室に行かなければ。
そう思ったが、そう簡単にはいかなかった。先生がいなくなった瞬間、こころの周囲にクラスメイト達が次々と集まってきたのだ。席も近かったのでそのまま連れ出せばよかったのだが、集まってくる人の勢いに負けてはじき出されてしまった。円の中心にいるこころは大勢の人からの質問責めに遭っていた。その様子はさながらテレビの中で記者に群がられている有名人のようだった。
「どこから来たの?」
「イギリスです」
「趣味は?」
「読書です」
「好きな異性のタイプは?」
「何でも言うことを聞いてくれる人です」
「君、可愛いね!」
「そうですね」
次々と出てくる質問に素早く簡潔に答えていくこころ。しかし、一向に質問が尽きない。しかし、このまま置いて行く訳にもいかない。どうにかあの輪の中から引きずり出さないと……
「いやー、人気だな、お前の親戚!」
こころを救出するための策を考えていると、いつの間にか隣に日向が立っていた。
「だな。お前は参加しないのか?」
こいつなら真っ先に話しかけに行ってそうなものなのだが。日向はちっちっちっ、と指を振りながら不敵な笑みを浮かべた。
「甘いぜ。いいか?本当に相手に好かれるためには、がっつき過ぎちゃあいけないんだ、」
日向にしてはもっともなことを言う。確かに、強引過ぎる人は嫌われるしな。
「なるほど、一理ある。で、作戦は?」
「よくぞ聞いてくれた!まず、いきなり話しかけても警戒されるだけだ。だから、俺はまず、彼女に近い人から始める事にした!」
「そうか」
「という訳で、紹介よろしく!」
「ああ、いいぜ」
友人は多いほうが何かと便利だろう。それに、少なくとも笑顔に関しては俺より日向の方が上手い。彼と関わってみれば何かしらの進展があるかもしれない。少なくともマイナスにはならないだろう。
「マジか!?やったぜ!やっぱ持つべきもんはいい友達だな!」
「どうも。ただ、できるのは紹介だけだ。その先は自分でどうにかしろよ?」
「分かってるって!ま、俺の巧みな話術にかかればイチコロだって!見ててくれよお義兄さん?」
「お前にお義兄さんと呼ばれる筋合いはない!」
くだらない会話を交わしているうちにこころを囲んでいた人だかりは小さくなったようで、その隙を突いてこころがこっちに近づいてきた。
「お疲れさん。どうだった?」
「とても疲れました。できれば助けてほしかったです」
「悪いな。人ごみは好きじゃないんだ」
「多分私も同意見です……ところで、その人は?」
こころが隣にいた日向に興味を持った。日向は俺の一歩前に立ち、こころと向き合った。
「そいつは俺の友達だ。少なくとも性格はいい」
言いながら俺は二人の顔が見れるように位置をずれる。日向は爽やかな笑顔を作ってこころに話しかけた。
「は、ははは初めまして!おぼ、僕っ、真人の友達の、なち、なつ、夏野日向です!えっと、その、あ、お義兄さんにはいいいつもお世話になっておりますですます!」
だが、すばらしいのは笑顔だけだった。巧みな話術は何処へやら、今まで見たことのないくらいに緊張して滅茶苦茶に噛みまくっていた。あと、お義兄さん言うな。
「初めまして、桔梗坂こころです。こちらに来る前はフランスで暮らしてました」
おい、お前さっきイギリスって言ってただろ。
「フラダンス!?へ、へぇー、いいですね!俺、いやっ、僕も好きですよフラダンス!」
お前は何を言っているんだ。
とりあえず緊張のあまり思考が停止している友人をどかし代わりに会話を続ける。
「あの、大丈夫ですかその人?」
「ああ大丈夫、ちょっと取り乱してるだけだ、放っておけば元に戻る。とにかく、悪い奴じゃないから仲良くしてやってくれ」
「それはいいですけど……あの、夏野、さん、ですよね?」
「は、はいっ!」
呼ばれた日向はビシッと音がしそうなほどに直立する。顔がまるでトマトのように赤くなっていた。
「ええと、一応、よろしくお願いします」
「――ッ!は、ハイッ、よろしくお願いしますッ!」
日向はそう言ってほぼ直角にお辞儀をした後、なぜか走って教室を出て行ってしまった。こころは対応に困ったのか、それを黙って見送っていた。ちなみに、この会話中もこころはほとんど表情が変わっていなかった。だが、目が微妙に動いているところを見ると、全くの無表情というわけでもなさそうだ。
なんだかよく分からない結果になったが、紹介するという約束は果たしたのでいいだろう。
「……とりあえずあいつは放っておくとして、俺はこれから行くところがあるけど、こころも来るか?」
「行きます。私はあまりここに詳しくないので、どうするべきか分かりませんので」
まあ、それもそうか。後で学校内、ついでに町も案内しておこう。とにかく、今は部室に向かわないと。俺は教室を出て部室に向かった。