ここ花之宮学園の四階建て校舎は、普通棟と特殊棟、それと食堂に分けられている。普通棟には普段生徒達が使う教室と職員室がある。特殊棟には下半分に科学室や音楽室など授業に使う特別な教室、上半分には各種部活――文化部がほとんどだ――の部室などがある。
その特殊棟の四階、他の教室とは少し距離の離れた訪れる者など滅多にいない一番奥の教室。そここそが、我らが部活の部室である。
「こんにちはー」
軽くノックをして教室の扉を開ける。この扉を開けるのも随分久しぶりだ。
「あ、やっと来たね」
「もう、遅いわよ?一体何処で油を売ってたのかしら?」
教室の中には、すっかり見慣れた部活の仲間達が雑談に花を咲かせていた。そのうちの一人が頬を膨らませて若干の遅刻に対して抗議してきた。
濡羽色のふわりとした長髪、スタイルもよく、思わず見とれてしまうほどの美人で大人びた雰囲気を持つ女性だ。
「すみません、少し教室でトラブルがありまして」
「へー。それって、真人君の後ろにいる子に関係してること?」
「まあ、そんなところです」
自分が話題に上がったと見ると、こころは前に出て頭を下げた。
「初めまして、桔梗坂こころです」
「桔梗坂?ってことは、真人君の家族?」
「いえ、親戚です。最近まで海外にいたんですけど、急にこっちに来る事になったみたいです」
こころの設定に口裏を合わせておく。部活の仲間とはいえ、流石に本当の事は言えない。
「へえ、そうなんだ?どこの国にいたの?」
「イタリアです」
また国が変わっていた。どうやらヨーロッパ諸国を転々としているらしい。
「そうなんだ。私は三年の
「はい、よろしくお願いします」
「おっと、僕も挨拶しておかないとね」
そう言ってもう一人の男が立ち上がる。線の細い身体にショートカットの赤茶色の髪、中性的な顔立ちで、時々こいつの性別がどちらだか分からなくなる。こちらもおおまかな見た目だけ見ればかなり好印象だ。
「どうも、僕は
だが、そんな見た目の好印象は中身でぶち壊される。何を隠そう、こいつは筋金入りの中二病である。目には真っ赤なカラーコンタクトを入れ(本人曰く、『我が一族の力の証』らしい)、前歯には牙(作り物)を生やしている。誰に対してもこんな具合なので、一目見て近づいてきた人間は少し会話をして去っていってしまう。ついでにその周りにいる俺達も変な目で見られる。それでも俺が付き合っていられるのは、そもそも離れていく友人がいないからだろうか。少なくとも今いる友人はこいつのことを知っている。それでいて俺やこいつと付き合ってくれている。本当にいいやつらだと思う。それにこいつも、見た目や話し方はアレだが性格はいい。きっとその辺も見てくれているのだろう。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ところで一つ質問なんですが」
「なんだい?何でも聞いてよ」
「では聞きますが、どうして牙が生えてるんですか?」
「あー……」
よりによって一番面倒臭い所に突っ込んでしまった。確かに、普通とは違って目立つ部分であるから、気になるのも仕方がないのだが。
「気づいてしまったね……ふふ、仕方ない、特別に教えてあげようじゃないか」
雲雀は妖しげに笑った。こころが変に興味を持たないでくれればいいのだが。
「実は、僕は人間ではないんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、僕は……
無駄にためを作った後、至極真面目な顔でそう言った。
もちろん嘘である。当たり前だが彼は吸血鬼などではない。そういう設定なのだ。ちらりと神代先輩の方を見ると、笑いながら二人の様子を眺めていた。恐らくこころの反応を楽しもうと思っているのだろう。
「吸血鬼……ですか?」
よせばいいのにさらに深く突っ込んでいくこころ。その目は好奇心で輝いている。興味を持たれたことが嬉しかったのか、さらに上機嫌になって喋り出す。
「そう。人の姿でありながら人に非ず、夜の暗闇に紛れ人間共の生き血を啜る不老の化物、それこそが我、浦戸雲雀の正体である!」
かっこいい(と本人は思っている)ポーズを決め高らかに名乗りを上げる。休み明けだからかテンションが高いからか、痛々しさも数倍増しだ。先輩は変わらず楽しそうに眺めているだけだ。
「はあ」
こころは興味を持っているのか持っていないのか微妙に相槌を打つ。できれば持っていないと嬉しいのだが。余計な知識をつけられないように一応釘を刺しておく。
「おい、他人の親戚に変な事を吹き込むな」
「いいじゃないか。知っているほうが何かと役に立つよ?」
雲雀は全く悪びれない。恐らく本気で役に立つと思っているのだろう。
「そんなものがどこで役に立つのかぜひ教えてもらいたいね。こころ、こいつは自分で
「本当だよ!あと、
「ああそうかい……先輩も、見てないで何とか言ってくださいよ?」
「まあ、うちの部らしくていいじゃない、楽しいし」
「いい訳ないでしょう……」
この人は楽観的というか、面白そうな事に目がないというか、思いつきで行動する事があるのが玉に瑕だ。悪い人ではないのだが……
「そんな事より、今日はどうして呼び出したんですか?」
「呼び出し?……ああ、そうよ、大変なのよ二人とも!」
言われて思い出したのか、先輩が慌てだす。慌てるような用事があるなら、さっきのを止めてほしかった。
「落ち着いて下さい。何があったんですか?」
慌てる先輩をなだめながら椅子に座る。雲雀も、先輩の慌て方が気になったのか大人しく座った。部室には椅子と机のセットが五つあって、向かい合っていない一つの机に先輩が、それにくっついた向かい合った二つに俺と雲雀が、そして俺の隣にこころが座っていた。
「うん、落ち着いて聞いてほしいんだけどね……」
先輩がそこで一旦言葉を切る。落ち着くために深呼吸をしている。そして三回深呼吸を繰り返した後、意を決して口を開いた。
「……実は、この部が廃部になっちゃうかもしれないの!」
「廃部⁉︎そんな、どうして……」
特に問題を起こした訳でもなく、活動実績も少ないながらちゃんとある。なら問題なのは……
「もしかして、人数が少なすぎるから?」
その質問に答えたのは先輩ではなく、雲雀だった。
「だろうね。去年、うちの部には部員が五人いた。けどその内二人は卒業、残ったのは三人。そして規則によると、部として認められる最低人数は……五人だ」
規則なんてろくに読んでないから知らなかった。去年も結構ギリギリだったんだな。
「だから大至急部員を集めなきゃいけないんだけどね?ほら、この部ってあまり人が集まるようなのじゃないでしょ?だから……」
確かに、この部の活動はかなり特殊なものだ。なかなか部員は集まらないだろう。そもそも、あまり目立たないので認知すらされていない可能性もある。
「そういえば、こころ君はこの部活に入る気はあるのかな?」
雲雀がこころに聞いた。そうだ、ここに一人いたじゃないか。
「その前に、一つ質問です。ここって、そもそも何部なんですか?」
そういえば、こころにはまだ部の説明をしていなかった。
「それについては私が説明しましょう!」
いきなり元気になった先輩が立ち上がった。この先輩は何故か部の説明になると急に元気になるのだ。
「私たちは、人呼んで花之宮学園オールドカルチャー研究部!」
「ちなみに、通称オカ研だよ」
「そうですか。どんな活動をしているんですか?」
「特に活動内容は決まってないの。ただ、いま忘れられつつある物たちを人に伝える、という崇高な目的のために日々動いているのよ」
「基本的には部室でだらだら話してるだけだよ。けど、季節のイベントがある時とかにそれっぽい事をするんだ。具体的には、七夕の日に短冊に願い事を書いたり、クリスマスにはツリーとか飾って本格的にパーティーしたり」
「そうそう、最近じゃどこも笹なんて出さないからね。クリスマスだって、皆ただプレゼントもらったり、カップルでいちゃいちゃする口実ぐらいにしか思ってないし」
先輩の言葉を雲雀が細かく説明する。雲雀がいなかったらその意味は全く理解できないだろう。要は何かしら理由をつけて騒ぎたいだけである。だが、我々オカ研の活動はそれだけではない。
「……けど、我々オールドカルチャー研究部の主要な活動はそれじゃないのよ」
先輩の発言に、雲雀も続いて頷く。
「そう。僕達のメインの活動は非科学的事象の探求、すなわちオカルト的な物の探求って事さ」
これこそが、オールドカルチャー研究部の真の目的。古い文化の復興は隠れ蓑に過ぎない。俺達の真の目的は、妖怪とか幽霊とか、そういう非科学的な事象の探求、観測なのだ。
「なんでオカルト研究部じゃないんですか?」
「それじゃ許可が下りなかったらしいよ」
創設時からいた現部長によると、最初はオカルト研究部として作ろうとしたらしいが、学校に認められなかったらしい。確かに、恐ろしく科学が発達した今、オカルトの類はますます否定されている。学校としても、そんな不気味で活動内容が不透明な部は認めたくなかったのだろう。
「だから名前をオールドカルチャー研究部と改称して、失われつつある文化の保護、再興という名目で通したって事さ。一応、オカルトも『失われつつある文化』ではあるからね、嘘もついてない」
「それにちゃんとした活動だってやってるのよ?お正月に羽根突きしたり凧上げたり、あと暇なときに昔のおもちゃで遊んだり」
「……なるほど。一応、部については理解しました」
「それはよかった。それで?入部はしてくれるのかい?」
「そうですね、ぜひ入部させてください」
こころが入部に同意してくれた。正直ほっとした。もし断られていたらこころを見ていることが難しくなっていたところだ。久々の新入部員だからか、雲雀もいきいきしている。
「やった!じゃあ早速契約の書に鮮血でもってその真名を……」
「じゃあこの入部届けに名前を書いてね。ボールペンいる?」
雲雀の話を無視して先輩がこころに入部届けとボールペンを手渡す。無視された雲雀は固まっていた。可愛そうに思えるが、いつものことである。付き合っていたらきりがない。が、一応雲雀の気持ちを汲んでか、ボールペンの色は赤だった。
「書けました」
「はい、ありがとう。ところで、こころちゃんは何か興味のあることとかないの?」
名前を書いた入部届けを受け取りながら先輩が訊ねる。質問の意味が分かっていないのか、こころが首をかしげた。
「興味……ですか?」
「うん。
「……」
こころがしばらく黙り込む。彼女は多分生まれてから昨日まで研究所内で暮らしていたのだろう。そんな環境で、オカルトだのなんだのというものに触れる機会などなかっただろう。
……と思っていたのだが、その返答は予想とは異なっていた。
「……花言葉、ですかね?」
「花言葉?」
「はい、そうです。花ごとに色々あるじゃないですか。それに興味があるんです」
「へえ、それは素敵だね。それに、この町にぴったりだ」
この町、花之宮町は、その名の通り花の町として知られている。特に昨日桜を見に行った公園は、季節ごとに違った花が見れる公園として有名だし、その他にも植物観賞にもってこいの場所が多数存在する。なので花言葉を調べるには最適の場所であると言える。
「そう……それじゃあ、こころちゃんにはお花を持ってきてもらおうかな?」
「花ですか?」
「そう。うちの部の決まりでね、メンバーは全員、自分の興味のあるものに関係したものを部室に置いておくことになってるの」
「そうなんですか?皆さんは何を置いてあるんですか?」
「私はー……これ!」
先輩は近くの棚から何枚かのカードと透き通った拳大の球体を取り出した。
「じゃーん!水晶玉にタロットカードよ!これで占いをするの!今度こころちゃんの運勢も占ってあげるわね?」
「よろしくお願いします」
「あと、実家が神社だから一応神棚と大幣を置いてるの。まあいいけど」
占い道具の時とは変わって適当に紹介する。神社の娘のくせにこの適当さ、そのうち罰が当たるんじゃないだろうか。
「僕はほら、それを置いてるよ」
雲雀が部室の入口とは反対側、部室の一番奥を指差した。そこには人が一人入れるサイズの黒い棺桶が鎮座していた。立てかけてあるならいいが、横向きに置いてあるので非常に邪魔である。
「あの中はよく眠れるんだよ。こころ君も自由に使ってくれて構わないよ」
「そうですか、気が向いたら使わせてもらいます」
使うな。さて、次は俺の番だ。
「俺は……ほら、そこに」
部屋の隅にひっそりと置いてある物を指差す。
「蓄音機ってやつだな。俺はオカルトとかよく分からないけど、ああいう古いものに興味があるんだ」
「一応オールドカルチャー研究部だからね、ここは。そういうのもアリなんだ。……僕としては、共に夜の王としての道を歩みたいんだけどね」
「ハハハハ」
死んでも嫌だ。
「まあとにかく、みんなそんな感じで好きなものを置いてるのよ。こころちゃんも何かしら、よろしくね?」
「はい、よさそうなものを選んできます」
こうして、無事に部員を一人確保することができた。だが、あと一人探さないと、それも無駄になってしまう。そうならないために、精一杯努力しよう。心の中でそう決意するのであった。