「ここまで来れば大丈夫か……」
走ること数分、校舎に入ったところで足を止める。どうにか雲雀をまくことができたようだ。振り返っても追いかけてくる姿は見えない。だがその代わり、こころとははぐれてしまった。狙われているみたいだし、一応合流しておくべきか。
「いやしかし、まだ雲雀といる可能性も……」
もしそうならば行く必要は無い。仮に誰かがこころを連れて行こうとしたら雲雀が止めてくれるだろう。『この僕がいる限り、同胞に手出しはさせないよ』とか言って。むしろ行ったほうが危ない。何らかの方法でこころを仲間にしていた場合、ほぼ間違いなく勝てないだろう。二人がかりというのもあるが、こころはスタンガンを装備している。まさかこんなところで堂々と使うはずはないと思うが、見えないようにこっそり使うかもしれない。
「……さて、行くべきかやめるべきか……」
「ちょっとそこのお兄さん?」
どうするべきか考えながら歩いていると、不意に横から声をかけられた。声の方向を見ると、階段のすぐ横にひっそりと、薄紫のベールで顔を隠した謎の女性が座っていた。その前の机には水晶玉が紫の布がかけてある台座に置かれている。
「あなたからは何か不思議なオーラを感じます。よろしければあなたの未来、私が占って差し上げましょう」
「……何してんですか、神代先輩?」
「あはっ、ばれた?」
突っ込むと謎の女性――神代先輩はベールを脱ぎ素顔を晒した。
「他にこんなことする人いませんからね……で、何してたんですか?」
「何って、占いに決まってるじゃない」
「占いですか」
部員を集めなきゃいけないって時に何をのんきに占いなんてやっているんだ。自分もあんまり人のこと言えないけれど。
「……今、『占いなんてやってる場合じゃないだろ』とか思ってたでしょ?」
「え!?いや……」
思っていた通りの事を言われて固まる。その反応を見て、先輩は察したようだ。
「やっぱり。ひどいなー、これでも私なりに頑張ってるのに」
「頑張ってるって、ただ座って待ってるだけじゃないですか」
「そんな事ないわよ。こうやって、オカ研に興味のありそうな人を探してるのよ」
廊下を歩いていく生徒達を眺める。大体の生徒は先輩を一瞥だけして歩いていく。誰もわざわざ占ってもらおうと近寄ってはこない。こうして見ていても、興味の有無は分からない。
「どうやって見分けてるんですか?」
「雰囲気ね。興味のある人は、なんかこう、目がキラキラしてるの」
説明されてもやっぱり違いは分からない。けど、去年も似たような事をしていたらしいし信じてもいいだろう。きっと素人には見分けられない違いがあるのだ。
「……そうですか。それで、いい人はみつかったんですか?」
先輩はゆっくり目を閉じ首を横に振った。
「……ダメ。今のところ、期待できそうな人はいないかなー」
先輩が思い切り伸びをする。ずっと座って生徒を観察するというのは神経を使うのだろう。
「そうだ。せっかくだから、真人君も占われてみない?ずっとこうして見てるだけっていうのも退屈だし」
突然そんなことを提案される。
「あれ。ひょっとして、真人君は占いとか信じない人?」
「まあ、あんまり」
「ふぅん、そうなんだ」
占いなんて朝のテレビで星座や血液型の占いをたまに見るくらいだ。それも大して信じていない。いい運勢でも特に期待はしないし、悪かったからといってそこまで落ち込んだりしない。星座や血液型なんて大勢の人とかぶるもので運勢が決まるなんて都合がよすぎるし、同じ日でもそれぞれの番組でまったく違う事を言っている。そんなもの、信じられる訳がない。恋愛運が最高の日でも、出会いなんて全く無かったし。
けど、どうせ他にする事もないし、暇つぶし程度にはなるだろう。
「けど、せっかくですからね。お願いします」
「そうこなくっちゃ!私に任せなさい!」
先輩は喜んで座りなおした。先輩に促され、机を挟んで先輩と向かい合う。そこで先輩の雰囲気が急に変わった。いつもとは違って真面目そうな顔をしている。
「さて、それではあなたの運命、この魔法の水晶玉で占って差し上げましょう」
そう言って水晶玉に手をかざし、何か呪文のようなものを唱え始めた。その目は真っ直ぐ水晶玉の中を見つめている。つられて水晶玉を覗き込む。水晶玉は驚くほど透明で、向こう側が透けて見えた。先輩には何か別の光景が見えているのだろうか。
「……見えました」
しばらくして先輩が顔を上げた。一息ついて額の汗を拭っている。
「それで、結果は?」
「……近いうち、あなたの身の回りに、何か大きな災いが訪れるでしょう。特に、忘れ物に注意するべし」
「……はあ」
静かに先輩の言葉を待つ。別に信じている訳ではないが、先輩の雰囲気に影響されて緊張してしまう。だが、いつまで経っても続きを言う気配は無い。
「……え、それだけですか?」
「うん、それだけ」
とんでもなく大雑把な結果に拍子抜けしてしまう。先輩もいつの間にかいつもの気楽そうな表情に戻ってしまった。
「近いうちって、いつぐらいですか?」
「さあ?今日中かもしれないし、明日かもしれない。少なくとも二日以内だって」
「もうちょっと詳しい情報はないんですか?」
「うーん……あ、ラッキーアイテムは飴玉ですって。飴玉を持っていれば、災いを少し遠ざけられるらしいわよ?」
「その災いっていうのは?」
「そこまではちょっと……まあ仕方ないのよ、占いって、あんまり詳しくは言わないものだし」
「そういうものですか」
テレビで見る占いも大体似たようなものなので、占いは本来こういうものなのだろう。
「まあでも、当たるも八卦当たらぬも八卦って言うし、そこまで気にしなくてもいいと思うな?」
確かに占いなんてそうそう当たるものではない。たかが占いでそこまで一喜一憂する必要は無いだろう。
「あ、ちなみに私の占いって、よく当たるって評判なんだよ?」
「人が持ち直してるときに不吉なこと言わないでくださいよ!」
この人は励ましたいのか不安にさせたいのかどっちなんだ?
「まあまあそうむきにらないで。お詫びにほらこれ」
先輩はポケットから何かを取り出しこちらに差し出した。それはピンク色の包み紙にくるまれた飴玉だった。
「ちょうどポケットに入ってたんだ。せっかくだからあげるね」
「……はあ、ありがとうございます」
それを受け取ってポケットに入れる。それを見ていた先輩が面白そうに笑う。
「それにしても、真人君って占いあんまり信じないって言ってたくせに、結構本気にしてるんだね」
「え?」
「だって、私の占いがよく当たるって言ったらむきになってたし。信じてないなら、そんなに強く言うことないよね?」
「確かに……」
言われてみれば、信じてないなら適当に流せばよかったのだ。そもそも、占いの結果の時点で詳しく聞く必要さえなかったのだ。それを詳しく聞きたくなったという事は、多少なりとも信じているからではないのか?水晶玉を真っ直ぐ見つめる先輩のいつもと違う表情、雰囲気にあてられていつの間にか信じてしまったらしい。
「真人君って、意外にまわりの空気に流されやすいタイプ?」
「っていうか、先輩の雰囲気が違いすぎるんですよ。まるで別人みたいにキリッとしてて」
「そりゃあそうよ。水晶玉占いはとってもエネルギーを使うんだから。それに、だらーっとした占い師なんてさまにならないでしょ?」
「まあ、いつも通りの先輩なら絶対に信じてなかったでしょうね」
「でしょ?って、いつもがだらーっとしてるって言われてるみたいで嫌なんだけど」
「気のせいですよ。まあ、ありがとうございます。一応、覚えておきますよ」
「うん。あと、勧誘も忘れないでね?」
先輩に軽く会釈をして歩く。時計を見ると、ちょうど五時になったところだった。約束の時間までもう少し。残りの時間を適当に潰すため、ぶらぶらと校内を歩き回ることにした。