愛し方を知らない孤独な銀狼   作:鎌鼬

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ーーーーーーーーーーでは一つ、皆様私の歌劇を御観覧あれ。

その筋書きは在り来たりだが…………役者が良い、至高と信ずる。

故に、きっと面白くなると思うよ?

それではーーーーーーーーーー今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めよう。






第1話

 

 

昔語り、と言うわけではないが僕の人生について語ろうかと思う。それは生まれ直してから九年たった一区切りなのか、それとも何が起きそうだと言う予感から来たのかは知らないし、知りたいとも思わない。

 

 

僕は普通の生を歩んでいた。

 

 

普通に生まれ、

 

普通に育ち、

 

普通に学び、

 

普通に愛され、

 

普通に人を愛し、

 

普通に家庭を築き、

 

普通に子を愛し、

 

普通に老い、

 

普通に逝った。

 

その一生には悔いも未練もなく、客観から見れば普通でつまらないとヤジを立てられるような物だったかもしれないけど、僕にとっては満ち足りたと言える一生だったことには変わりない。

 

 

そう、だった(・・・)のだ。

 

 

間違いなく僕は死んだはずだ、老衰という普通の死ではあったがあの心臓がゆっくりと止まる瞬間は今でも思い出せる。

 

 

そうして死んだはずの僕は気が付いたら赤ん坊になっていた。仏教で輪廻転生という言葉があるのは知っているが記憶を持ったままというのはあり得ないはずだ。もしそれが一般的になっているのならこの世は前世の記憶持ちで溢れかえっているだろうから。そうして目を開けた時に視界の中にぼんやりと見える二人の人影が見えた。知らぬ人間であるはずなのに感覚的にこの二人が僕の親なのだと分かった。そしてその人影の一人が僕に触れーーーーーーーーーー力一杯、地面に叩き付けた。

 

 

打ち付けられた衝撃はあったものの、それよりも混乱が先に出てきた。親というのは無条件で子を愛し、守る存在である。そうされてきたと覚えているし、僕もそうしてきたから間違いではないはずだ。

 

 

しかし、目の前に映る二人から吐き出されるのは罵詈雑言。

 

 

気持ち悪い

 

臭い

 

汚い

 

 

言っているのはそんな意味の言葉、愛をもって作り産み出したはずの子供を否定する呪詛だけ。

 

 

そんな親にまともに育てられるはずもなく、僕の二度目の人生はその半分を押し入れの中で過ごすことを強要された。病院らしき場所から移って押し入れの中に入れられ、小皿に入れられた牛乳が置いてあった。何があったのか理解できなかったが、一度目の時に味わった死の感覚を味わいたくないと暗闇の中で必死になって這いつくばりながら小皿を探り当て、牛乳を啜った。

 

 

時間がたって空腹を堪えているときに押し入れの扉が開き、空になった小皿を見て舌打ちされたのは忘れられない。

 

 

自分でもどうして生きていられるのか分からない状況だったがそれでも二年、それで生き延びた。

 

 

そしてそこから生活が変わる。

 

 

ある日押し入れの扉が開き、無理矢理そこから外に出されてーーーーーーーーーー殴られた。暗闇に慣れた目ではまともに見ることも出来なかったが大人の拳だと分かった。

 

 

親の顔すら覚えられず、

 

日の光も見ることができず、

 

押し入れの扉の隙間から差し込む光は僅か、

 

知ってる世界はこの暗闇、

 

与えられる餌は腐った物だけ、

 

親から与えられたのは暴力と罵詈雑言、

 

 

そんな生活を三年、合計して五年はこうしていた。

 

 

すべてを否定されてまともでいられるほど僕は強くはない。前の人生で作られた精神は一度崩壊してしまった。

 

 

そしてあるとき、同じ服を着た人間が沢山やって来て僕を殴っていた二人を取り押さえていた。どうやらどこかから通報があって児童虐待の罪で逮捕しに来たらしい。

 

 

そうして僕は親だった二人から離れることが出来たのだが…………問題となったのは僕の扱いだ。精神が崩壊したことで脱け殻のようになった僕は警察に一時的に保護されることになったがやはりここでも親だった二人と同じように拒絶された。直接的な暴力が無かっただけましかもしれないが明らかな嫌悪の目線と影で囁かれる罵詈雑言はあそこと同じだった。

 

 

そんな僕を引き取ろう等という者は居らず、孤児院に引き取られることが即座に決まった。厄介払いという意図が目に見えてわかる。

 

 

『はじめまして、私は■■・■■■■よ』

 

 

その引き取り人として現れたのはシスターだった。教会の人間が孤児院も運営しているとシスターは言っていた。教会の人間とはいえどうせあいつらのように僕のことを嫌悪して拒絶すると分かっていた。

 

 

『ねぇ、君の名前は何て言うのかな?』

『…………なまえなんてない、よばれたこともない。よばれるとしてもゴミとかクズとかキモチワルイとかクサイとかキタナイとかだけ』

『ッ!!…………そう、なのね…………』

 

 

僕の言ったことに何かを感じたのかシスターは顔を変えてーーーーーーーーーー僕のことを抱き締めた。

 

 

『ァーーーーーーーーーーアァーーーーーーーーーーアァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!』

 

 

触れられた、そう分かった瞬間全身がシスターの抱擁を拒絶した。

 

 

気持ち悪いと言われてきた、

 

臭いと言われてきた、

 

汚いと言われてきた、

 

 

お前らが僕のことを嫌っているのはわかっている。だったら触れてくれるな。拒絶している僕に触れてくれるな。

 

 

もがいた。

 

必死になってもがいた。

 

爪を突き立て皮膚を抉る。

 

噛みついて肉をかじる。

 

 

 

 

 

だというのにそのシスターは僕から離れることなくーーーーーーーーーー涙を流しながら謝ってきた。

 

 

『ごめんなさい、貴方のことに気づいてあげれなくて。ごめんなさい、ごめんなさい』

 

 

嫌悪され、拒絶されていた僕にシスターは心の底から謝罪をしていた。

 

 

『ぼくは…………キモチワルイって…………』

『ううん、貴方は気持ち悪くなんか無いわ』

『ぼくは…………クサイって…………』

『ううん、貴方は臭くなんか無いわ』

『ぼくは…………キタナイって…………』

『ううん、貴方は汚くなんか無いわ』

 

 

僕が生まれてから言われ続けていたことをシスターはすべて否定し、強く、だが壊れないように気遣いながら抱擁を強くした。

 

 

『アァーーーーーーーーーーあぁーーーーーーーーーー』

 

 

生まれてからひたすら否定され続けていた僕だったが、シスターにそう言われたことで何故かは知らないが涙が出てきた。

 

 

『おねがい…………ぼくを…………■■して…………■■■■て…………』

 

 

何を言ったのか、それは今でも思い出すことは出来ないし、シスターに聞いても教えてはくれない。だけど僕はこの日、二度目の人生の中で始めて、温もりに触れなから眠ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして僕はシスターに引き取られ、その教会の神父様と他の孤児院の子供たちと出会った。誰からも嫌悪され拒絶されていた僕だったがみんなは受け入れてくれたのだ。そして彼らと過ごす内に精神は安定し、崩壊した人格は元と同じとはいかないが再形成された。彼らに出会えなかったら僕はどうなっていたのか分からない。

 

 

彼らに出会って四年経ち、僕は九歳になった。義務教育が始まって学校に行くことになるのだが…………僕は行くつもりは無かった。どうせ僕が行ったところで嫌われるだけだと分かっているのだ、その事が分かっているのに自分から進んで行くつもりは無い。そんなのに自ら進んでいくのはマゾヒストだけだ。現在小学三年生だが一学期目の最初の日にだけ顔を出してそれで後は行っていない。出席日数関係無く進学できるから義務教育万歳である。

 

 

そして今は三年生となって始めての日、だから学校に出ているのだがーーーーーーーーーー向けられるのはすべて嫌悪と拒絶の目線だけ。気持ち悪いと分かっているのなら無視して騒いでいれば良いのにわざわざ僕に聞こえるような声量で話しているのはわざとなのだろう。

 

 

クラスの担任が現れて席に座る全員を見渡すがーーーーーーーーーーやはり向けられるのは嫌悪の目線だった。学校側から登校拒否について渋ったから出てきているのにその対応はどうなのだろうか?彼女と同じように通信教育にした方が良いのかもしれないが…………学費を出してくれている神父様やシスターに迷惑になるからしたくない。

 

 

担任の指示で生徒たちが自分の席から立ち上がって自己紹介を始めた。だがその中で明らかに格好つけた様な名前が多かったのは親がそう決めたからなのだろうか、それとも最近流行りのキラキラネームというやつなのか。子供の頃は良いかもしれないが大人になってから苦労するのだろう。

 

 

そして僕の前にいたキラキラネームの生徒の自己紹介が終わって僕の番になる。立ち上がる動作をしただけで嫌悪の目線が強くなったのが感じられる。

 

 

「…………如月(きさらぎ)神楽(かぐら)

 

 

自分の名前だけを告げて席に座る。不快にさせると分かっていたから最小限で済ませたというのに周りからの嫌悪の目線は強くなるばかりだ…………どうしろと言うのだろうか。

 

 

早く帰りたい、そう思いながら後ろで自己紹介を始めたキラキラネームの言葉を聞き流していた。

 

 

 


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