「……」
薄暗い部屋の中で椅子に深く腰掛けている紫髪の女性がいた。彼女の名前はプレシア・テスタロッサ、彼女はとある目的の為にジュエルシードを運んでいた輸送艦を襲撃し地球にジュエルシードをばら撒いた。その目的とは彼女の実子であるアリシア・テスタロッサの蘇生。正確にはアリシアを蘇生する為の手段を得る為におとぎ話のような存在であるアルハザードに行こうとしていた。
次元の狭間にあると言われているアルハザードには正規の手段では行くことは出来ない。そこでプレシアはジュエルシードに目を付けた。所有者の願いを歪んだ形で叶える願望機としてでは無く、ジュエルシードに込められている魔力そのものに。一個で世界が崩壊する恐れがある程の次元震を起こすそれを二十一個全て集め、その魔力で次元の狭間にあるアルハザードに向かう。それがプレシアの計画だった。
しかしプレシアの表情は良いものでは無い。その顔には苛立ちを表しているかのように歪んでいる。それはプレシアの計画に問題が生じてきたからだ。
一つは時空管理局の存在。地球で言う所の警察と裁判所が混じったような権力を持っている管理局がジュエルシードの存在に気がつき、回収する為に動き出したのだ。プレシアがやっていることは間違い無く犯罪行為、捕まればアルハザードに向かうことが出来なくなってしまう。
一つはフェイト・テスタロッサの存在。テスタロッサの姓が与えられているがフェイトはプレシアの娘では無い……アリシアの細胞を元にして作られた人造魔導師、それがフェイトの正体。アリシアの代わりになればと思い作ったのだがアリシアとフェイトは類似点を探すのに苦労する程に似ていなかった。だからジュエルシードの回収の命を与えて動かしていたのだが魔法文明が無い世界だとは思えないような高レベルの魔導師たちが現れたことで結果はよろしく無い。稀にフェイトの助けになろうとしている魔導師もいるのだがプレシアはフェイトにそれらを囮にして逃げるように指示、フェイトも困惑したような表情になりながらも指示に従って逃げていた。
そして……プレシアの背後、視界に入らないように十字架に磔にされて拘束されている一人の少年の存在。その少年は如月神楽、どうしてなのか分からないが姿を見るだけで、声を聞くだけで、それだけでどうしようも無い嫌悪と気持ち悪さを掻き立てる存在。そしてプレシアたちが使っている魔法とは全く違う手段を用いて戦っていた。その方法には研究者としての性が働いてしまうことがあったがアリシアの蘇生を思い出すことで踏み止まった。彼にはどうしてなのかは不明だがジュエルシードを六つも体の中に宿していた。神楽自身からジュエルシードの反応があったことを不思議に思ったプレシアがサーチャーで調べて発覚したことだ。神楽の使う手段は魔力を封じることで無力化することが出来た。そしてプレシアは……ジュエルシードの反応が集まっていた神楽の左目に、指を突っ込んで眼球を抉りだした。
麻酔も無しに行われた凶行に神楽は泣き叫ぶ。神楽の叫びに嫌悪と気持ち悪さを感じながらもプレシアはジュエルシードを手に入れられた喜びに震えていた。そして眼球があるはずの血塗れの手を開くと……そこには何も無かった。まさかと思い血の涙を流しながら閉じられている神楽の目をこじ開ければそこには抉りだしたはずの眼球があった。
そこから先は拷問にも等しい時間だった。何度眼球を抉りだそうとも消えて無くなり、何事も無かったかのように神楽の中にある。何度も何度も、プレシアが数えていた限りでは二十は繰り返したが結果は変わることは無かった。数えるのが億劫になる程に眼球を抉りだされたためか、神楽は項垂れて動く気配が見られ無い。息はしているのか胸元が微かに動いているので生きているだろう、しかし精神が死にかけていた。むしろよく壊れなかったと褒めてやりたい。齢十歳に満た無い子供でありながら大人でも発狂しかねない拷問染みたことをされたのだから。
そうしてプレシアは神楽からジュエルシードを取り出すことを諦めて神楽をそのままジュエルシードとして扱うことに決めた。幸いにも必要なのはジュエルシードそのものではなく魔力のみ、それを引き出し行使する手段をプレシアは持っていた。
「……やっぱり使えないわね」
そのプレシアが見ているのは空中に投影されている厚みの無いモニター。そこには地球出身の白い魔導師の砲撃に飲み込まれるフェイトの姿があった。
何を考えているのか白い魔導師がフェイトを助けようと近づいているのを見てプレシアは魔法を行使する。すると白い魔導師がフェイトを抱き抱えて海面から飛び出して来た瞬間に紫の雷が落ちる。それと同時に二人の持つデバイスにハッキング、収納されているジュエルシードを全て回収、プレシアの前には待ち望んでいたジュエルシード十五個が宙に浮いていた。
「これで、これでようやくアルハザードへと旅立つことが出来る……!!」
フェイトと管理局が集めた十五個と神楽の中にある六個、全二十一個のジュエルシードが揃ったことにプレシアは歓喜した。
「なぁプレシアさん、ちょっと良いか?」
早速ジュエルシードを使いアルハザードへと向かおうとしたプレシアに声をかける少年がいた。その見た目は幼く、神楽と同じ年頃に見える。そしてそれは一人ではない。この場には三十人程その少年と同じ年頃の少年少女がいた。彼らは神楽を連れてきた鈴宮愛莉が連れてきた地球出身の魔導師たち。何かあった時のための戦力だと言って彼らを置いていったのだ。愛莉は何やら用があるとか言っていてこの場には見えないのだがプレシアからすれば迷惑な行いでしか無かった。それでも彼らをこの場に置いているのは義理立てと計画の邪魔をさせない為の機嫌取り。経験こそ足りないが才能だけではエース級でそれぞれ固有のレアスキルを持つ戦力を容易く揃えられる愛莉の機嫌を損ねれば計画の邪魔をされると思ったからの行動だった。
「……何かしら?」
「いやね、ジュエルシードの魔力を抜き出したらそいつどうなるかわからないじゃん?だったら一つだけどうしてもやりたいことがあってよ」
そう言ってその少年はデバイスに収納してあっただろう鉄パイプを取り出して意識の無い神楽の腹目掛けて加減無しのスイングをぶつけた。無防備なところに、それも魔力でコーティングされて強度も上がってる一撃を受けて神楽は意識を取り戻したが内臓を痛めたのか吐血する。
「ガハッ!?ゲホッ!!ゲホッ!!」
「おう起きたか真っ白野郎。起きがけに良いもん見してやろうと思ってな」
苦しむ神楽の姿が嬉しいのか少年はニタニタと不愉快になる笑みを浮かべながら神楽の前にモニターを投影した。
そこに映されていたのは海鳴の街にある一軒の教会ーーーー神楽と神楽を愛する者たちが住んでいる場所だった。
教会がある場所から数㎞離れた海鳴の都市部のビルの屋上に一人の少女の姿があった。彼女こそが鈴宮愛莉。一人の転生者が戯れにジュエルシードを使った為に暴走した神楽の凶行に巻き込まれた唯一の生き残り。そんな彼女はまるで親の仇でも見るような目で遠く離れた教会を睨みつけていた。
愛莉の頭の中にあるのは神楽に復讐することだけ。それは他の転生者が殺されたからという理由ではなく……神楽に屈辱を味わわされたからというものだった。
神楽を見たものは僅かな例外を除いて嫌悪と気持ち悪さを感じさせる。そして無意識のうちに神楽のことを下に見るようになる。つまり自分よりも下の存在であるはずの神楽に恐怖してしまった屈辱を晴らす為に彼女は動いている。今している行動もその一環だった。
空を見れば雲の少ない晴天、そうだというのに教会の上空にはどんよりとした雲が集まっている。それを見ている人がいるのなら異常気象か?と警戒するのだがそうでは無い。これは愛莉が他の転生者に言霊を使って命令したものだった。初めはその転生者はそこまでする必要があるのかと乗り気では無かったが言霊を使った説得を行うことで愛莉の頼みを快く承諾するという一種の催眠術をかけられた。
そしてその転生者が与えられた力を振るう。
突如、教会に目掛けて雷が落ちた。一度だけなら自然現象と言えたかもしれないがそれが二度、三度と続けば不自然になる。さらに続けて竜巻が起こり、そして大粒の雹が雨のように降り注ぐ。
雷が砕き、竜巻が切り裂き、雹が押し潰す。そうして数分後には……教会があった場所には、瓦礫の山が出来ていた。
「あ……あぁ……!!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
教会が瓦礫の山に変えられる瞬間をリアルタイムで見せつけられて神楽は叫ぶことしか出来なかった。神聖さを感じさせていた教会は見るも無惨な瓦礫になっている。そんな光景を見せつけられて神楽が黙っているはずが無い。
頭のどこかではそれが無駄なことだとは理解している。でも、それは理性で抑えられるものではなかった。嫌われ拒絶される自分のことを唯一受け入れて愛してくれる空間、そしてそこにいる人たちを壊され奪われたのだ。理性を保てなくなる程に怒ってもおかしくはない。
そんな神楽の姿を見て集められた転生者たちは……笑っていた。もがく神楽のことを見てまるで喜劇でも見ているかのように笑っている。
神楽を見てあげられる転生者たちの笑い声は余計に神楽の怒りを駆り立てる。
何故笑っている?
僕の陽だまりを壊しながら、
僕を愛してくれる人たちを奪いながら、
何故笑っていられる?
手首に着けられた拘束具が擦れて皮膚が裂け、血が流れ出す。
許さない
許さない
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
僕の陽だまりを
かけがえのない
壊し奪い笑っているお前らを許さない
肉が裂ける音が聞こえる。しかしそれでも神楽はもがくことを止めない。
神楽はあの教会での時間が好きだった。誰彼構わずに嫌悪と気持ち悪さを感じさせる為に出歩く機会が少なく、半分引き籠っているような生活だったのだが、それでも神楽は好きだったのだ。
ヴァレリアと過ごす
リザと過ごす
テレジアと過ごす
はやてと過ごす
それが続かないことなど分かっている。時間は止まらずに流れて自分たちは大人になり、あの教会を離れることになる。それでも、あの日常が続いて欲しいと願っていたのだ。いつか誰もが納得出来るような終わりを迎えられるその日まで。
だというのに、汚された。奪われた壊された。続いて欲しいと願っていた
「アァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
神楽が叫び声をあげるのと同時に拘束されていた腕が千切れる。神楽の腕が、耐えられなかったのだ。それを見てなのか流石に転生者たちの嘲笑も止まることになる。
痛みなど感じない。感じたとしてもすぐに怒りに塗り潰されて殺意して変換される。
「許さない……」
あの
「許さない……」
あの
「許さない……!!」
あの
「絶対に許してなるものかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
狂気じみた憤怒と純粋な
ジュエルシードは何故歪んだ願いを叶える願望器として知られているのか考えたことはあるか?それはジュエルシードを使ったものたちが正しい方法でジュエルシードを使っていなかったからである。
ジュエルシードとは二十一個で一つの存在である。一個一個でも次元震が起こるほどの魔力を有しているが願いを叶える為には一個だけでは足りない。その結果不完全に願いを叶えてしまい、歪んだ形で叶えることになってしまうのだ。
そして叶えられる願いもなんでもいいという訳ではない。強く、強く、それこそ飢えていると言っても過言ではないほどに願わないと叶えられない。過去にはそれほどまでに強く望んだものがいなかったのだ。
しかしここには二十一個のジュエルシードと、大切な
そうしてジュエルシードは正しい方法で使用される。
ジュエルシードは神楽の願いを叶えるために、世界に穴を開けてでもその方法を求めた。
「ーーーヒュー♫こいつは中々」
ここでは無い世界……いや、恐らくは世界のどこにも属さないであろう空間にそれはいた。
「まさか無間と似たような渇望を抱くなんてよ」
それは何が楽しいのか、自分が見つけた少年の渇望を感じて笑っていた。それには酷く共感を覚える。多少の差異はあれど、自分も彼と同じようなことを願っているのだから。
「拒絶なんてしねぇよ、むしろ大手を振って歓迎してやる。その願いを間違ってるだなんて思わねぇからな」
そしてそれは賛辞を送る。
「ーーーそうか、お前も俺と同じようなことを望んだんだな」
そこは世界を管理する空間。ごく少数の存在しかしらず、また立ち入ることも許されていないそこには中性的な顔付きをしてマフラーを巻いた少年がいた。
「まったく馬鹿な奴だよ、そんな馬鹿げたことを望むだなんて」
自分と同じような渇望を抱いた存在に少年は嬉しそうな、それでいて悲しそうな笑みを浮かべる。
「だけど一つだけ言えることがある。その願いは間違いなんかじゃない。同じような渇望を持つ俺だからこそ、その馬鹿げた渇望を認めてやるよ」
そして少年は祝詞を送る。
詠いあげられるのは
未知などいらない、変化など不要。変わらぬ今こそあればいいと心の底から望み願った。
詠うのは
だからこそ、この詠は彼に相応しい。