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夢を見ていた。僕と同じ顔をした者が軍事用のバイクに跨がり、人々を轢殺している。
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その身は爪牙。
黄金の爪牙。
我が忠義は黄金の君に捧げられ、
彼の者を邪魔する輩は許さない。
ーーーーーーーーーー泣き叫べ劣等。今夜、ここに神はいない。
僕と同じ顔で虐殺をする彼の姿を見て…………僕は何も思わなかった。
しかし、あの彼の姿に酷く既知感を覚える。
僕と同じ顔をしているからではない、過去に僕は…………あの人にあったことがある?
今世…………じゃない。なら前世…………いや、あんな血と硝煙の臭いが漂ってきそうな人と会ったはずはない…………なのに、どうしてだろうか…………
どうして…………彼の姿を見ていると、悲しくなるのだろうか…………
『ーーーーーーーーーーありがとう■■■、■■しているわ』
どこで出会ったのかを思い出そうとしていると、安らぎを与える歌と一緒に女性の声が聞こえてきて、僕の目の前は暗くなった。
「ーーーーーーーーーーぁ」
意識が浮上する。窓から入る日の眩しさに目が眩む。ここは…………教会の僕の部屋だ。
「…………お目覚めですか、神楽」
「…………おはよう、神父様」
目を覚ましてすぐ横に神父様がいた。顔はいつものように微笑んでいるものの、纏う雰囲気は沈んだものになっている。
「昨夜、何が起きたのか説明はいりますか?」
「…………うぅん、要らない。全部覚えてるから」
昨日の夜のことはすべて覚えている。これがどこかの主人公なら御都合主義と言わんばかりに記憶を無くしていそうだが僕にはそんなことは起きなかったようだ。
「ねぇ、神父様…………僕は、どうしちゃったんだろうね…………」
「神楽…………」
「昨日の夜のことは全部覚えてる…………たまたまそこにいたやつらを殺したことも…………でもね、何も思わないんだ…………血の臭いも内臓の触感も断末魔も!!全部覚えているのに…………僕は何も思わない、人を殺したことの嫌悪も罪悪感も忌諱も!!…………何にも感じないんだ…………」
そうだ、僕は昨日のことは覚えている。
あの断末魔の叫び声も、
あの肉や骨を砕く感触も、
あの命を奪うという実感も、
すべて覚えているというのに…………何も感じない。
人を殺したことに嫌悪感も罪悪感も感じず、人を殺すことの忌諱も感じていない。
まるで自分が最初からそんな人間だったと言われているようで…………それが怖かった。
「ねぇ…………ねぇねぇねぇねぇ!!お願い僕のことを嫌わないで捨てないで!!!!なんでも…………なんでもするか…………僕のことを嫌わないで…………!!」
しかし、それよりも僕が人を殺したということで彼らから嫌われて捨てられることの方が恐ろしかった。誰からも嫌われて拒絶される僕を受け入れてくれる人たち、彼らから嫌われ捨てられることになった…………僕は生きていけない。
その事が、僕にとって何よりも怖かった。
そして涙を流しながら縋る僕のことをーーーーーーーーーー神父様は抱き締めてくれた。人間と思えない方法で人を殺した僕のことを、まるで壊れ物を扱うかのように優しく抱き締めてくれた。
「捨てませんし嫌いませんよ神楽…………貴方は私たちの家族です。何があろうと…………貴方のことは私が守ります」
「あぁ…………あぁ…………!!!!」
言われた言葉は少なかったものの、神父様が心の底からそう言っているのは分かった。人を殺したという大罪を犯した僕のことを、彼は守ってくれると言ってくれた。
捨てられなかった嫌われなかったという安堵と、神父様の言ってくれた事が嬉しくて、僕は神父様の腕の中で泣くことしか出来なかった。
「落ち着きましたか?」
「うん…………ごめんなさい」
しばらく泣いてどうにか落ち着くことが出来たので一言謝って神父様から離れる。
「フフッ、このくらいなら何時でも構いませんよ…………神楽、ここからは真面目な話になります。今の貴方のことについてです」
「…………分かってる、早かれ遅かれ話さないといけないことだしね」
昨日の僕はまともじゃなかった。人の体を素手で引き裂き、弾丸を見て避けれるほどに加速し、撃たれたのに数秒で回復する。どこからどう見ても異常であることは明らかだ。
「何があったのか、話してくれますか?」
「うん…………昨日は海に行ったんだ」
そして僕は昨日の夜のことを神父様に話した。
海で蒼い宝石を拾ったこと。
帰り道で祟り神モドキに出会ったこと。
その祟り神モドキを一撃で倒した少年が現れたこと。
そして…………その少年に海で拾った蒼い宝石を潰れた左目にねじ込まれて暴走したこと。
すべてを聞いて神父様は額に青筋を浮かべていた。
「神楽…………その少年はどこにいますか?ちょっと聖槍撃ち込んできます」
「そんなことに聖遺物使うなよ聖職者…………そいつなら僕が暴走して一番始めに殺したよ」
「そうですか…………ッチ」
どうしよう、神父様が今まで見たことのないくらいに怖い。舌打ちするところとか初めて見たんだけど。
「つまり神楽が暴走したのはその蒼い宝石のせいですか…………そう言えば、目はどうなっていますか?」
「そう言えばいつもの癖で閉じてたな…………鏡鏡っと」
ベットの近くにある机の上に置かれていた手鏡を手にして、宝石がねじ込まれたはずの左目を開いた。するとそこには右目とは色の違う蒼い目があった。
「…………目になってる」
「蒼い宝石が目になった…………?こればかりは分かりませんね」
無機物の宝石が有機物になるとかいつからこの世界の物理法則は乱れたのだろうか…………
「後でリザに見てもらうことにしましょう。彼女は医師免許を持っていますしね」
「そうだね…………ねぇ、神父様。宝石のことは分からないけど、昨日の僕のこと、何か知ってるんじゃないの?」
昨日の夜のことで取り乱した僕は落ち着いていた神父様に助けられた訳だが…………神父様は落ち着き過ぎなのだ。あんなものを見れば普通はもっと取り乱してもおかしくないのに、まるで『見慣れていた』かのように冷静だった。だから神父様は何か知っていると思って聞いたのだが…………
「…………良いでしょう、お話しします。昨日の神楽のあれですが…………私は似たような物を知っています。
「昨日の…………僕みたいな?」
「えぇ…………しかし神楽のは正確には
あの時…………僕は願ったのは…………
「嫌うなら、拒絶するなら、触らないでって、そう思った」
「…………やはりそうでしたか。その願いが、宝石によって形にされたのではないかと私は考えています」
「だと思う…………それ以外に考えにくいし、あの宝石が原因だと思ってるし」
「安心してください、貴方だけではありません。私も、リザも
「そう、なの?」
「えぇ…………今考えると実に愚かなことをしてしまったという自覚はありますが」
そう言って神父様は苦笑していたが…………その目はどこか懐かしんでいるようにも見えた。きっとその時のことを思い出しているのだろう。
「それはともかく、神楽に使われたのが
「…………ありがとう」
神父様の言葉はありがたいのだが少し恥ずかしくなって思わずシーツで顔を隠しながらそう言ってしまった。
「そうだ神楽、『シュライバー』という人物に心当たりはありませんか?」
「『シュライバー』?誰それ?」
「いえ、知らないのならそれで良いのです」
『シュライバー』…………神父様から言われたのは誰かの名前のようだった。知らないと答えたのは嘘ではない、聞いたことの無い名前だったはずだ…………なのに、どうしてその名前に既知感を覚え、悲しくなっているのだろうか?
「よぉ、邪魔するぜ?」
『シュライバー』の名前に抱いた既知感の正体を考えているとそんな声と共に部屋の扉が開かれた。
扉の方を見れば戸惑っている様子のシスター。
そしてーーーーーーーーーー
「おっと、元気そうにしてるじゃねぇか。俺は綾木信、昨日の夜殺し合った仲だ、覚えてるか?」
黒い服を着て、黒い帽子を被った少年ーーーーーーーーーー昨日、僕と殺し合った少年がそこにいた。
出だしは伏線になればいいなと願いながら書いてます。作者の真意に辿り着ける者はいるかな?(ゲス顔)
ヴァレリアのメンタルケア。言葉は少ないですが神楽の心はキチンと救われました。
神楽に起きたことの説明と
そして前回で暴走神楽と戦っていた綾木信の登場、続きは次回になります。
感想、評価をお待ちしています。