燃える日   作:徳用もやし

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夏風邪は性質が悪い?

カーテンの隙間から差す日差しが強くて、僕は起きた。昨日もなし崩し的に沖野の家に泊まってしまった。

今日は沖野に起こされなかった。何気なく時計を見てみるともう9時を回っていて、早起きには程遠い。どおりで日差しが強いはずだ。昨日は早起きだった沖野だけど、2日続けては眠かったんだろうか。

ベッドのほうに沖野の気配がする。起こした場合と起こさなかった場合の予想を天秤にかけてから、立ち上がり沖野の様子を見る。

沖野はまだ横になっていた。だけど少し様子がおかしかった。髪が汗で額に張り付き、顔には疲労の色が見える。

「早希ちゃん? 起きてるのか? もう朝って呼んでいいか曖昧な時間だけど……」

「ああ、ミハル。おはよう、今日はボクなんだか体がだるくって、ベッドから起きれなかったんだ」

僕が声をかけると、沖野はすぐに目を開けた。寝起きじゃないから受け答えもしっかりしている。でも体がだるいって、それは。

「体温計はどこにある?」

沖野が答えた棚を探して体温計を見つける。そして、沖野に体温を計らせた。検温が終わったことを知らせる音が鳴ったら、僕は沖野から体温計を受け取った。

「やっぱり、熱がある。一昨日の雨に濡れたせいだろうな」

37.8度は微熱じゃない。体調の悪さは沖野自身が一番分かっているだろう。

「そっか、ボク風邪ひいちゃったんだね。今日のデートどうしよう」

「もちろん、無しだよ」

そう言ったら沖野は目に見えて落ち込んでいたけれど、だからと言って折れるわけにはいかない。それは優しさじゃないから。僕はいつになく意思を強く持った。

風邪と分かったからには出来る範囲でなんとかする。家にあった冷えピタと氷枕を沖野に使う。

今できることはこれくらいだ。あと僕にできるとしたら買い物くらいか。

「何か食べたいものとか、風邪のときにいつも食べてるものとかないか? 僕が買ってくるよ」

聞くと沖野は風邪で重い頭で考えて、何かを思いついたみたいだ。

「アイスとか、かな。ご飯は食べられる気がしないよ。うん、アイス」

自分でも納得がいっているようなので、僕はその案を採用する。とりあえず何も食べないよりは、何でも食べたほうがいいはずだ。

「じゃあ、今から買ってくるよ。何かあったら僕に電話して……そう言えば、連絡先交換してなかった」

家に泊まるくらいに沖野との距離が近過ぎたから、逆に必要なかったんだな。気にしてなかったけれど。

「そうだったね。それじゃあこんなときだけど、交換しよっか」

 

マンションを出たら自転車に乗って、スーパーよりも距離の近いコンビニに向かって漕ぎ出す。割高なのを気にしなければ、品揃えに不備はない。

別に沖野が待っているわけでも、待たせているわけでもないけど、知らずペダルを漕ぐ足がいつもより速くなっていた。

買うのはアイスと風邪薬とポカリと。アイスはあっさり目から濃い目の味のものまで全部。のど飴や栄養ドリンクがあってもいいかもしれない。それに、食べやすさで言うならヨーグルトも良い。

ご飯は食べられないとは言ってたけど、気が変わることもあるだろう。煮込みうどんと、僕の分も兼ねておにぎりを買う。

カゴの中がいっぱいになる。もしかしたら僕は買い物が下手かもしれなかった。沖野のことを悪くは言えない。

でも、自分に迷惑をかける分には自由だ。会計は僕持ちなんだから。

袋を幾つも提げて、沖野の家に帰る。

 

「おかえり、ミハル。またいっぱい買ってきたんだね? 何買ったの」

「頼まれたものと頼まれてないもの」

バニラアイスを僕と沖野の分、一つずつ取ったら後は冷蔵庫に入れる。帰り道を経て、溶けかけだ。

「おいしい……ミハルのおかげで助かっちゃった。一人で風邪引いてたら、外に買い物なんて行けないもんね」

額には冷えピタを貼って、顔には具合の悪さが見えるけれど、それでも十分活き活きとした笑顔を沖野は浮かべる。これなら僕の財布も浮かばれるというものだ。

沖野がアイスを食べ終わった頃を見計らって僕は沖野に聞く。

「軽く食べられるものも買ってきたんだ。さっきはああ言ってたけど、やっぱり何か食べたくなってないかな」

「すごいねミハル。ボクのこと見透かしてるみたい。そうなの、今はお腹空いてて」

「うどんとおにぎりとヨーグルトがあるけど、どれにする」

「そうだなぁ、うどんにする」

ちょっと早めの昼ご飯を食べたら沖野に買ってきた風邪薬を飲ませる。

その後は、そこまでひどくはないけど咳もあるので沖野は買ってきたのど飴を早速口に含んでいた。けど沖野は飴を食べてる最中でさえ、気を遣って何か話そうとする。

人心地ついて、僕は立ち上がる。

「そろそろ僕は帰るよ。僕と一緒にいたら早希ちゃんは気を遣うだろ? 色々買っておいたのは冷蔵庫に入れてあるから」

「待って! 気を遣うなんて、全然そんなことないよ……ミハルがボクに気を遣うことはあると思うけど」

焦ったように布団から起き出そうするのでそれを抑えて、その場に留まる。

沖野は下を向き気味で、見れば手は布団を強く握りしめていた。

「……一昨日も昨日もミハルがいて、でもボクが風邪を引いたときにまた一人に戻ったらそれはちょっと寂しいかな」

沖野が僕を見る。そんなに寂しそうに笑われたら、いないわけにはいかないだろう。逃がした食べかけの飴で少し膨れてる頬にも免じて。

「じゃあいるよ。治るまでさ」

そう言ったら返ってきた笑顔は、僕にはできないような心の底から安心したような、そんな笑顔だった。

 

でも僕が残る代わりに、無理して何か話したりせずに横になって休むように約束させた。僕は何様だろう。

沖野が静かになれば、時間はゆっくりと流れていく。僕は特に考えることもなく風邪のことを考えていた。

風邪はひくと学校を休める。これは運が良い。でも今日は日曜だ。休みの日に風邪をひいて、休みが潰れるだけで休みが増えないなんて、なんて運が悪い。沖野は不幸体質なんだろうか。

風邪薬が効いてきたのか寝息をたてる沖野のほうをぼんやりと眺める。

でも、例えば今日みたいに。僕がいるだけでも何か変わることはあるだろうか。

退屈でできた深淵が僕を覗いていた。

 

沖野が目を覚ます頃には夜だった。食欲はあるらしいので、おざなりだけど昼に買っておいたおにぎりを二人で食べた。顔色も良くなっていた。

だから約束を少し緩めて、僕はそれから沖野が起きているのを止めなかった。

「ボクはシャワー浴びてくるね、ミハル」

「……まあ、いいけどさ。僕も風邪引いたとき風呂入るし」

沖野を見送ったら、初日とはまた違った焦燥感に襲われた。やましさなんて吹き飛んで、バスルームからの音に耳をすませる。

しばらくして沖野は無事に帰ってきたけれど、待っていた僕は無事ではすまなかった。今日一番の気疲れだ。

今日は早く寝る約束もしていた。沖野の次にシャワーをすませたら、すぐに寝る体勢になる。

おやすみを言って、僕が電気を消す。電気を消したら、僕は横にはならずに机の上で腕を枕にする。

気にしたってしょうがない。でも、気にせずにはいられない。だから僕は、せめて沖野が僕を起こすときがあるとすればすぐに起きられるように、机に体を預けて浅く眠った。

 

何かの鳥の鳴き声がする。たぶん朝だ。僕は目をつむったままそう思った。

でもまだ早い時間だ。念のために目覚ましはセットしてあるから、それまで寝ていよう。

布団が捲られる音がした。僕以外の気配がする。だったら沖野だろう。

沖野が近づいてくる。

「昨日はありがとう」

耳元で声がした。その声は、僕がまだ寝ていると思っているからかいつもよりももっと素直で、なんだか目が覚めてきてしまった。

それきり沖野は離れていって、時間になるまで僕を寝かせておいてくれるつもりなのかもしれない。

もう眠くはないんだけど。今すぐにでも起きたいくらいなんだけど。

それでも一度始まったら終わるまで、僕の寝たふりは続く。

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