アディのアトリエ~トリップでザールブルグで錬金術士~   作:高槻翡翠

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タイトルの通りです。
アトリエシリーズのキャラやらオリキャラも出ます。

二月九日に改訂。場面増えたりしたが大筋は変わってません。


第三話 ザールブルグ探検

【アトリエ編 その3】

 

工房部屋の床で寝たアディシアは俯せ状態から起きると、サマエルがすでに起きていた。

朝日が差し込んできている。ザールブルグに来てから二度目の朝だ。

起きたと同時に教会の鐘の音が聞こえた。

 

「おはよう。食事が終わったら散歩をしてくる」

 

「俺は家を整える作業をしているよ。午後前には帰って来て」

 

井戸水で顔を洗ってから、一階の空き部屋で体を水で濡らしたタオルで拭いた。

風呂の設備を準備するには時間がかかる。シャワーの設備も館にはない。

館には風呂の施設はあったが浴槽がなかった。恐らくこの館の浴槽は木の盥で内側に布を敷いたものとリアから聞いた。

日本で生活をしていた頃は入浴は良くしていたが、イタリアではシャワーばかりであり、

体を拭いて終わりというのもなれていた。

公共浴場はあったのだが、入りに行くまでが遠いのでタオルで拭くぐらいにしておく。

冬にやるには寒いが、やっておかないと衛生面が恐い。

 

「行ってきます」

 

手早く昨日のうちに買っておいた朝食の食パンで具材を挟んだサンドウィッチを取り、アディシアは街へと出る。

サマエルの行ってらっしゃい、と言う声を聞いた。

朝日が照らす中で、アディシアは深呼吸をしてから、職人通りを歩いていく。

職人通りは朝が速いのに騒がしい。突っ切って中央広場へと向かう。

 

『雑貨屋の子が言うには、朝市場もたまにやるらしいわね』

 

「市場か。今日はしてないんだ。……教会、入ってみよう」

 

『宗教は重要よね』

 

中央広場の直ぐ側には大きな教会があったので、アディシアは中へと入る。

立派な教会であった。イタリアにいた頃に幾つもの教会は見学している。

アディシアの故郷であるイタリアはカトリックの国であり、アディシアは教会とも馴染みが深い。

ただ、彼女はカトリックをろくに信じてはいないし、リアも重要と言ったのは会話に使えるし、考え方は理解しておかなければならないからだ。

教会の扉を開けると、シスターが竹箒で床を掃除をしていた。僧衣はキリスト教のものと似ていた。

 

「おはようございます」

 

「……おはようございます。入って大丈夫だったかな」

 

「構いませんよ」

 

シスターの僧衣は白く、青いラインが入っている。シスターはアディシアよりも少し年上である少女だ。

ザールブルグの宗教はイングリドから聞いた。女神アルテナを中心とした多神教だ。

アルテナは医療の女神で、他の神では農業神であるヴァイツェン、鍛冶神であるヴィラントなどが居る。

教会通しの対立は無いようだ。地域密着型の神々である。

 

「あたし、この街に来たばかりで見学しているんだ。教会、施設とかも見てもいいかな」

 

「良いですよ。……貴方は外から来たのですか?」

 

「うん。ちょっと前に」

 

「私は、ザールブルグから出たことがありませんから……」

 

『中世レベルだと街を移動するだけでも苦労したものだし、ザールブルグから出なくても生活が出来るわ』

 

現代ではインターネットが発達し、ネット環境や資金さえあれば引きこもっていても生活は可能だが、ザールブルグの場合だと、外に出れば魔物ばかりだし、ザールブルグ周辺には数百人しか住んでいない村ばかりだ。

アディシアの世界の中世も魔物は居ないが、盗賊は居たし、外への旅は危険を伴うため滅多には行われずに、村で一生を終える者の割合が今よりも多かった。

 

「あたしはアディシア・スクアーロ。よろしく。祈って良い?」

 

白いアルテナ像は立派なものであり、磨かれている。

どうぞ、と言われ、アディシアはアルテナ像の前に行くと心中で祈っておいた。

――ザールブルグでの生活が生活が上手くいきますように、と。

 

「私はミルカッセ・フローベルと言います。この教会でシスターをしています。父が、神父ですので。……アディシアさんはどうしてザールブルグに」

 

「アカデミーで勉強をするために来たんだ。試験も合格したんだよ」

 

「それなら、貴方は錬金術士になるのですね。教会でも、錬金術で作った薬を使っているんです」

 

『教会が錬金術の薬を……ね。偏見とかありそうなのに』

 

「便利だから、使っているの?」

 

「はい。かつて、教会では錬金術に不振を持っていましたが、お父様が錬金術士と交流を持ち、不振は払拭されたんです」

 

リアの言葉が引っ掛かったので、アディシアはミルカッセから答えを引き出すように質問をしてみた。

曖昧ではあったがミルカッセは答えてくれた。

話によるとアルテナの教えとしては”自然のままに”と言うものがある。

ミルカッセの父親はこの教会の責任者であり、ザールブルグに錬金術を広めようとしていた人物と交流を持ち、錬金術は忌避するものではないと考えを変えたらしい。

事実、錬金術士が作る薬によりザールブルグに流行した疫病から大勢の人間が救われた。

 

「良かった。嫌われたらどうしようかと」

 

「嫌いませんよ」

 

「ミルカッセ。孤児院の方を手伝って欲しいのだけれど」

 

教会に入ってきたのは茶色い髪をセミロングにした女性だ。年齢は二十代後半から三十代ぐらいだろうか。

アディシアの目を引いたのは尼僧服だった。上半身はミルカッセと変わらないのだが、下はミニスカートになっている。

動きやすそうであった。教会の側には孤児院があるようだ。

 

「こんにちは」

 

「エルザさん、彼女はアディシア・スクアーロさん、引っ越してきたばかりでアカデミーで勉強するらしくて」

 

「アカデミーも昔より賑やかになってるわね。……アタシはエルザ・ヘッセン。ここでシスターをしてるの。よろしく」

 

アディシアが挨拶をする。ミルカッセがエルザにアディシアのことを紹介してくれた。

 

「よろしくお願いします。孤児院の方だけど、あたしも何か手伝えることがあったら手伝うんだよ」

 

「教会とか手伝うのが好きなの」

 

好きだとは言っているが、奉仕活動は仕事……と言う名の暗殺……の時に都市に移動したときに、気まぐれでやったりするぐらいだ。

それ以外ではホームステイをにいるときに地区の清掃活動を手伝ったりしていた。

この手の活動はしておけば好印象を保てる。ザールブルグで暮らすアディシアとしては、コネが欲しかった。

かなり打算的なところがあるが、奉仕活動自体は好きではある。

 

「それなら、手伝って貰うわね」

 

エルザが笑顔で言う。アディシアはフローベル教会の手伝いを始めた。

 

 

 

サマエルはタロットカードを取り出した。ウエイトタロットカードの新品で、

銀貨をしまうときに使っていたものとは別である。

屋敷の中には魔術の仕掛けを施しておくことにした。防犯の術に掃除が楽になる術もかけておく。

彼の使うカバラは神の力により様々な事象を起こせる。

 

「庭とか……畑をしたいとも、アディは言っていたっけか」

 

アトリエではなく、屋敷を借りられたのは良いことなのか悪いことなのかサマエルには不明だ。

庭の広さを改めて確認しておこうと彼は庭に出た。

洗濯物の干し場をひいても、広い。ホームステイ先の庭先以上に広く家庭菜園も出来そうだ。

アディシアの場合はガーデニングではなく家庭菜園だろう。ガーデニングをするにしても、割合は少なそうだ。

畑についてはアディシアに改めて相談をすることにしてサマエルは玄関の方に行く。

 

「ここはアカデミーの屋敷のはず。……錬金術士?」

 

屋敷の前に人が居て、呼びかけられた。

呼びかけたのは、銀髪のような金髪をショートカットにした少年だ。年齢はサマエルと同じぐらいである。

身なりが良く、身長はサマエルよりも低い。着ているのは茶色い長ズボンと、黒いシャツに同じ茶色の長袖の上着で、シンプルな服だが生地が上等だ。

 

「アトリエ生になるはずだったんだけど、アトリエが足りないから友人とここをアトリエにすることになったんだ」

 

「ってことは僕と同級生になるのかな。僕は寮生だけど」

 

「俺はサマエル・ウェンリー、よろしく」

 

「僕はアレクシス・フェルディーン。アレクでいい。アトリエ生については聞いてる」

 

「聞いてるんだ」

 

アトリエ生というのは殆どが成績がいまいちの生徒である。サマエルは事前勉強や以前の世界での勉強で、成績は上位ではあるが、アディシアの選択に付き合ったので、アトリエ生だ。

自分一人で寮に住む選択肢はなかった。アディシアが心配だったからだ。

 

「アカデミーも全員は面倒見きれなくなったから、対策の一つだって。錬金術、人気だから」

 

「珍しいんだろうね」

 

「それもあるけど、学んでおけば職に困らない感じかな。錬金術自体は何でもやるし。

文字の読み書きさえ出来れば憶えられる」

 

錬金術では爆弾も食べ物も金属も加工したり、作れる。卒業試験は厳しいが卒業すれば、技術が身につくのだ。

金を作れれば金には困らないがそうではなくても、加工技術で金を貸せれば生活は可能だ。

 

「貴族とかはしなさそうかな……それだと」

 

「――僕は貴族だ。貴族の一部にも錬金術に興味を持ってやる人も居る」

 

「……貴族だったんだ。すまない」

 

「そのことは、言ってないし、この国の貴族は金さえあれば貴族になれる。僕は四男坊だから、自分で道は切り開かないと」

 

ザールブルグでは経済力で家柄を手に入れた貴族ばかりであり、アレクの家であるフェルディーン家もそうだ。

貴族は政治に対する発言権を持ち、発言権の強さは王とどのような関係であるかにもよるとも彼は教えてくれた。

 

「俺もそんな感じだ」

 

錬金術や魔術には神秘的な面もあるが、今回は食べるための技術を身につけることが優先である。

宝石もまだ予備があるし、資金も余裕があるが頼ってばかりもいられない。生活をしていき、生きることには変えられないのだ。

 

 

 

フローベル教会では養蜂もしていた。養蜂は教会で使うロウソクの確保のためである。

教会は病院施設も兼ねていて病院の施設もあり、敷地内には王立の孤児院もあり、教会が管理していることや、菜園、ミルカッセの家もあると教えてくれた。アディシアは孤児院を手伝ってから、キリのいいところでザールブルグの町並みへと戻る。食事の準備や洗濯を手伝っておいた。

首には教会で購入したアルテナのお守りがぶら下がっている。

 

(あたしも場合によってはあんな生活をしていたのかな)

 

『場合によっては、ね』

 

含みで言われる。

アディシアは孤児であり、両親が死亡した後は暗殺者養成組織に引き取られて鍛えられていた。

その時の記憶は朧気だ。

思い出したことはあるが悲惨な記憶であり、すぐに心の奥底にしまわれた。

 

(どうだった?)

 

『中世ヨーロッパの教会に近いわ。医療技術の方は錬金術があるから、神頼みから前進はしているわね』

 

(神頼みか……)

 

『……現代では殆どが解明されている、”世の中の理不尽なこと”だけど、特に病は、昔は解明されてなかったわ。基本は寝て治せ。だけど治らないこともある。そう言うときは、祈るのよ』

 

見解を問うと返ってきた。

アディシアの世界ではよっぽどの難病で無い限り治療費があれば治る。設備もあれば薬もあるからだ。

ザールブルグでは違うし、中世ヨーロッパも違う。

生い立ち上、余り信仰とは縁がないアディシアだが、神に祈りたい気持ちは解る。

教会には機会があれば積極的に顔を出すことにする。

中央広場に出ると、いくつもの市が並んでいた。朝の市場だ。

鐘や太陽の位置判断してみると、時間は午前九時ぐらいだ。イタリアの市場を思い出す。

 

(エルザさんとミルカッセさんはいい人だし、クルトさんもいい人だしね)

 

教会ではエルザとミルカッセの他にも、シグザール教会の主であるクルト・フローベルとも逢った。

ミルカッセの父親だ。

アカデミーとも良好な関係を築いていた。教会とアカデミーが犬猿の仲で争っていたりしていなくて良かったとアディシアは想う。敵は少ないに限るし、しがらみもそうだ。

ゆっくりと、市場の食べ物を見る。ザールブルグは食材が豊富であるため、食べ物には困らないようだ。

食べることは活力源であり、必要なことであり、アディシアの知る食材も並んでいる。

 

『アディシア、酒場にも寄りなさい』

 

(あたしは酒は好きではないよ)

 

『先に見ておくのよ。アカデミーに入学したら、酒場で依頼を受けないといけないんだから』

 

食べ物を買うよりも先にリアが忠告を入れてきた。

アディシアはアカデミーに入学したら酒場で依頼を受けて出来そうなものをこなして、技術を上げつつ、資金も稼がなくてはならない。

 

(イングリド先生曰く、依頼を受けるなら、金の麦亭か飛翔亭だったね)

 

人混みを抜けると、アディシアは酒場に向かうことにする。

酒場が情報収集の場であることぐらいアディシアも知っているが彼女は未成年であり、

イタリア時代は酒場よりもバール……軽食喫茶店のこと……に出かけていたし、情報収集は別のチームが居た。

最初に行くのは金の麦亭か飛翔亭かどちらにするべきか悩み、アディシアは銀貨を取り出す。左手で弾いて、空に放り投げて右手の甲で受けた。

 

「飛翔亭か。どこだろう」

 

『あそこ』

 

女神アルテナの面が見えたのでアディシアは飛翔亭へと歩き出す。女神アルテナが見えたら飛翔亭、反対だったら、金の麦亭としておいた。

中央広場のすぐ近くに飛翔亭はあった。木蔦とワイングラスと樽が描かれた金属製の看板が目に入る。

しまっていると想っていたのだが、営業をしているようだったので、酒場の木で出来た両開きの扉をアディシアは開けた。

ドアベルが鳴る。

広い店内は朝方のためか、客が少ない。白いテーブルクロスがかかった丸テーブルに髪の毛の少ない老人が、ワイングラスと赤ワインの入った瓶を持ち、朝から酒を飲んでいる。

 

「いらっしゃいませ」

 

桃色の髪を柔らかく纏めたゆったりとした長袖の衣装にエプロン姿の女性がアディシアを迎える。

中に入ったアディシアはカウンターテーブルに座る。

酒場に自分が来たことを訝しがられていることを感じ、すぐに状況を話した。

 

「こんにちは。始めまして。……九月になったら、アトリエの方で錬金術の修行をすることになって、イングリド先生に依頼を受けろって教わって」

 

「そうなの。私はフレア、フレア・シェンク。父さんがこの酒場をしているのだけど、たまに手伝っているの」

 

「(話しやすそうな人が居た)食べ物、ありますか。……飲み物もお酒以外で」

 

注文をするとパンとベルグラドいもとサラダとスープがあると言ったので注文する。

それにアザミ茶も注文した。アザミ茶はアザミを茶葉に加工したものをお茶として入れたもののようだ。

アザミは食用に出来ることをアディシアは義兄から聞いたことがあるし、

義兄とのキャンプの時に食べたことがあるが、お茶として飲むのは始めてだ。

 

『洗って刻んで日干しにするだけでお茶になるのよ。アザミ』

 

一口飲んでから、続けて飲む。フレアがアディシアに話しかけた。

 

「ここは冒険者用の依頼の他にも錬金術士への依頼も来るの。ほぼ毎日、依頼は更新されるわ」

 

「何日かに一度ぐらいは見に来ないと……だね」

 

「小さい客人だな。フレア」

 

アザミ茶が出たのでアディシアは一口飲んだ。そこに眼鏡をかけたフレアの父親らしい男が出てくる。

男は五十代ほどで白いエプロンを着け、半袖のシャツを着ていた。

小さいと言われたアディシアはアザミ茶を噴き出しそうになるが飲み干す。身長はコンプレックスだ。

百五十三センチは、見方によっては大きいが、本人はまだまだ身長を伸ばしたい。

 

「アディシア・スクアーロです。九月からアカデミーに入学して、アトリエ生としてやっていくので……」

 

「何人かそんな生徒が来るとは聞いたな。アイツが上手くいったからか?」

 

「そうね。……アディシア。私の父さんのディオ、この店の店主よ」

 

出されたメニューを食べる前にアディシアは自己紹介をしておく。アイツというのはアカデミーの伝説の生徒であるようだ。

飛翔亭で依頼を受けてこなしていったようだ。アディシアは食事を始める。

ベルグラドいものペーストが塗られたパンはもちもちしていた。ベルグラドいもペーストのお陰だ。

パンは日本で食べているのよりは重い感じがした。

 

「アイツもアイツで破天荒だったな。今じゃ一流の錬金術士だが」

 

「イングリド先生から、依頼は飛翔亭か金の麦亭で受けろと聞いたので……」

 

「金の麦亭も依頼はしてるが、やるなら、どっちか専属になった方が良いぞ」

 

「それならここで。料理、美味しいですし」

 

――金の麦亭の方はサマエルかな。意見を聞いてからだけど。

料理で決めるアディシアだが店の雰囲気は良い。朝方に来たせいもあるが、専属は軽く決めておく。

 

「錬金術はまだ始めてもいないか。ここは依頼者の力量にあった依頼を回すようにする。

依頼の期限は守り、依頼品の品質はいいものを出せ」

 

「はい。(当たり前で、大事だね)」

 

『力量ぎりぎりのものばかり回されたわね』

 

暗殺組織時代は、組織のメンバーが過去に上位組織に反乱を起こしたにより、依頼の殆どはアディシアがこなすしかなかった。

組織のメンバーの殆どが腕が経つが信用が無く、かといって野放しにも出来ないため、飼い殺しにされていた。そして暗殺組織の上位組織には敵ばかりであり、敵を殺すために命令されてアディシアは人を殺していた。

成功確率が低いものは暗殺組織は回ってこないはずだったのにそういった依頼もあり、必死でこなした。

いくつかの異名や悪名が裏社会に轟いたのはそのせいだ。

 

「酒場だから、ここ、情報とかも手に入りますよね」

 

「情報によっては金を取るぞ」

 

「……あ……はい。情報ですから」

 

当たり前ですよね、と答えようとしたアディシアだが心臓に重みがかかるような感覚が来た。

リアが”そんなことは言わない方が良い”と止めたのだ。言うな、と鋭く言葉で刺されることもある。

情報に金を払うのは裏社会で慣れたことだ。

ヴァリアーでは情報を集めてくれた人物はアディシアにだけは金を取らなかったが、

別の情報屋や情報をくれた者にはいくらか払っている。ギブアンドテイクは染みついていた。

 

「クーゲル叔父さんは今日は居ないから……叔父さんも依頼をくれるわよ」

 

「やれるのを頑張ります。……参考までにどんな依頼があるんですか?」

 

参考、とつけてアディシアはディオから依頼が書いてある紙を受け取っていくつか眺める。

紙はテスト用紙より質は少し悪いが、使う分には十分だ。

区分するに依頼は採取と調合があった。

採取はそのまま外で取れるアイテムが欲しいで、調合は錬金術で作ったアイテムを納品するというものだ。

 

(自分で取ってこいとか想う)

 

『外は危険だし、時間もかかるからお金を払って手に入れた方が早いときもあるのよ。貴方みたいに魔物や盗賊を相手に出来る人の方が貴重なのよ』

 

「それと、外の採取なら誰か冒険者を連れて行くことだな。冒険者はここで雇える。雇いたくなったら言え」

 

「出来る限り、要望にあわせるようにするし冒険者に直接頼む手もあるわ」

 

冒険者が居なければ魔物とも盗賊とも戦えない。アディシアにしてみればいらないものではあるが忠告は受けておき、頷いておく。

 

『冒険者に払う賃金や生活費とか稼いだ資金から差し引いたりして行く。寮の平穏とはほど遠いわ』

 

(家計簿つけないと駄目かな……)

 

『つけなさいよ。下僕とアンタで資金を混ぜない方が良いわ。個人で稼いでいくのよ』

 

(速めに戻ってサマエルと話しあおう)

 

食事を完食しつつ、アディシアは今後の方針をサマエルと話しあうことにする。独断で決めることはしない。

まだ立場が固まりきっていない状態であり、ここは異世界だ。

アディシアなりに慎重に動いているのだ。

 

 

 

サマエルとアディシアは『カルヴァリア』の盟約を利用して脳内で会話をすることが可能だ。

元の世界ではサマエルが出ている時間の方が少ないこともあり、使用されることは余りないが、世界によっては重宝する。連絡手段が発達していない世界がそうだ。

リアが会話を繋いでサマエルに伝えることもある。

 

「ただいま」

 

「おかえり。屋敷の方は魔術とか設置し終わったから」

 

「ザールブルグの町並みを見学して、酒場とかにも寄ったんだよ。これ、お昼ね」

 

アディシアが屋敷に戻ってきたのでサマエルは玄関先で出迎える。

昼食もパンだ。アディシアは揚げパンと飛翔亭から持ち帰りでサラダを買ってきていた。

サマエルが紙包みを受け取る。

外食ばかりだが、自炊もしていくべきだった。外食は金がかかる。

サマエルもアディシアも料理は出来るが、調理器具が使えるかという問題がある。元の世界ではガスコンロやガスレンジがあり使えたが、この時代の火力器具は竈だ。竈なんて現代社会ではキャンプぐらいにしか使用しない。

サマエルには魔術があるが魔術を調理に使用してばかりもいられない。

 

「ベッドとか生活必需品は運んで貰ったよ」

 

三階までベッドを運ぶのは職人達がやってくれた。これで床で寝なくてすむ。

 

「生活だけど、どうしよう。個別に稼ぐとして食費とかは」

 

「食費は使う分を決めて、互いに出そうか」

 

生活をするための決まり事を話していくが、しっかり決めても守れそうにないので緩めにしておく。

洗濯は別にするが掃除は交代制で可能な範囲だけ掃除はしておくとも決める。

 

「あたしは部屋を見学してくるんだよ。明日ぐらいにはザールブルグの外に行きたいね。

武器屋で武器も購入して……『カルヴァリア』があれば武器はいらないのに」

 

「制約があるよ」

 

『カルヴァリア』は取り込んだ武器を具現化出来る。刃物から重火器までだ。

アディシアやサマエルのように『カルヴァリア』と盟約を交わすか、取り込まれているものにしか武器は触れられない。

それ以外の者が触れれば呪いがかかる。

 

「今日が八月十九日で、ザールブルグは三十日で一ヶ月だから……残りは十一日だね。余裕を持って十日かな」

 

八月三十日はゆっくり過ごすことにして残りは、十日程度だ。『絵で見る錬金術』の内容をサマエルは思い出す。

アディシアはザールブルグの外に行きたいらしいが、十日で余裕を持って行ける場所は近くの森かヘーベル湖ぐらいだ。

他の場所をサマエルは知らないが、アカデミーに入学してから知っても遅くはないと調べていない。

 

「行くのは近くの森か、ヘーベル湖だね」

 

「今日、行けたら行ってみようよ」

 

「そうしようか」

 

アディシアが三階に上って行くのをサマエルは見送り、昼食を取る。小休止してから、二人で屋敷を離れた。

屋敷には鍵をかけておく。職人通りへと入り、カロッサ雑貨店の前を通り過ぎた。

 

「アディシアとサマエル、これから買い物?」

 

店の前を竹箒で掃いていたロスワイセと逢う。話しかけられた。

 

「武器とか買おうと想って。帰りに食材も追加で買いに来るんだよ」

 

「ありがとう。そうだ。今日は兄さんが二階に居るから、錬金術の話とか聞いてみたらどうかな」

 

「昨日、言っていた兄さんか」

 

ロスワイセの兄は錬金術士らしいのだが昨日は不在であった。

 

「逢ってみようか」

 

「兄さんに紹介するね」

 

現役錬金術士の話は参考になるかも知れないと聞くことにした。

彼女の案内で一階の雑貨屋の側にある階段をアディシアとサマエルは上っていく。

一階の店舗と違い、二階の店舗は構造上狭く、窓がないため薄暗い。二階の中にはさらに階段があった。

階段が直角に曲がっているところもあり、階段の左右には板を固定しただけの簡易な置き場が作られていて、錬金術で作られたものらしいティーセットや、緑色の服を着た少年の木で出来た人形が九つ並べられていた。

表情がつぶらで可愛らしい。

階段を昇りきると、使い古されたカウンターがある。カウンターの後ろには木箱や棚があり、

化学の教科書で見たことがあるろ過器やガラス器具が置かれている。

 

「ロセ。客か」

 

ロスワイセの兄はカウンター席で読書をしていた。本は表紙が赤くで辞書ほどに分厚い。

本を閉じると、カウンターから出た。

ロセとはロスワイセの愛称なのだろう。彼女の兄は彼女と同じ色の茶色い髪をしていた。

身長はサマエルよりも高い。と亜魔色の半袖シャツに濃い茶色のズボンを履いている。

 

「私の兄、ヴェグタム・カロッサ。錬金術士なの。兄さん、この二人、アカデミーの入学生だけど、アトリエで生活するみたい」

 

「こんにちは。アディシア・スクアーロです」

 

「サマエル・ウェンリーです」

 

ヴェグタムはアディシアとサマエルを軽く眺めた。店は開いていると言うが、誰も客が来ていない。

 

「……今年からアトリエ生を本格的に始めるんだったか。アカデミーも人気になったな」

 

「たまに兄さん、アカデミーで教師もするから」

 

「講師な。正式な教員じゃない。……店番は?」

 

店主を除いて居るのは居るのはアディシアとサマエル、ロスワイセだけだ。ヴェグタムは一階の店番について聞く。

 

「母さんがいるから、兄さん、アカデミー卒業者としてこれからの入学者にアドバイスとか無い?」

 

妹に言われアカデミー卒業者である兄は考えて思いついたことを言う。

 

「勉強し続けていれば卒業は出来るが、三年目で成績が悪いと総じて留年傾向がある。材料、配布じゃないだろう」

 

アディシアは憶えておくことにした。どんなことでもそうだ。継続を止めてしまえば成績にしろ、筋力にしろ落ちる。

首肯しながらアディシアは軽い調子で話した。

 

「アトリエ生だから材料も全部自分で用意しないといけなくてさ」

 

「この店がやっているときに限るが、採取に便利そうなものは売るぞ。冒険兼採取に使えるの水袋とか、冒険者用の道具とか、台車とか荷車とか、自分で作れば早いがそうじゃないのもあるし」

 

「雑貨屋の方でも保存食とか売っているよ」

 

錬金術をするには材料が必要不可欠だ。寮で生活すれば授業で必要な材料は配布される。

アカデミーのショップでも一部の材料は売られているが、外で採取をしてきた方が得なことも ある。

危険ではあるが。

その危険をアトリエ生は冒さなければならない。少しならば良いが大量の材料を買っていれば生活が危うい。

階段を下りたヴェグタムは両手に大きめの布袋とそれよりもやや小さい布袋を持って来て、カウンターテーブルの上に置いた。

 

「野外で必要なもの一式と簡単な採取セットだな。入学してから本格的な採取に必要なアイテムは買うべきだ。<ヘーベル湖の水>とか大量にあった方が便利だ」

 

(助かるんだよ。採取とか分からないことばかりだから)

 

『しないものねぇ……。必要のないこと何て分からないわよ』

 

アディシアも夜営は経験があるし、採取もやったことはあるが、採取は食べ物を得るためにしていた。

錬金術のためにはしていない。アディシアとサマエルで考えられるだけの必要なものは考えていたが、万全とは言えない。

 

「武器はすぐに欲しかったらハゲのところが良いだろう」

 

「兄さん、ハゲとか……」

 

「ハゲだろ。一階と二階で外に出るために必要なものも揃う。冒険者も雇っておけよ。……ヘーベル湖辺りは、少し武術や魔術の腕があれば、行けるが、ヴィラント山とかは、優れた奴を連れて行かないと危ない」

 

(少し腕が立てばいいのか……)

 

ヴェグタムはアドバイスで言ったはずなのだが、アディシアとしては武器を揃えて、冒険者を雇わずにヘーベル湖に行くことが、決定した。冒険者を雇うのも金がかかる。

 

『アディシアだけど、アンタ含めてヘーベル湖に行くつもりみたいよ。冒険者無しで』

 

(……武器があればやるよ。日本刀は無さそうだから他の武器か)

 

リアがサマエルに伝えてくるのでサマエルは同意をしつつ武器を求めた。リアが仲介しているがアディシアとサマエルは、『カルヴァリア』の盟約で心中で会話は出来るが互いの心中の声が聞こえるわけではない。

リアならばそれぞれの心の声は聞ける。

 

「必要なものをここで揃えてから武器屋に行くんだよ」

 

「武器は揃えてなかったし」

 

「纏めて買ったら値引きするぞ」

 

アディシアとサマエルは勧められたものや自分達で考えたものを購入していく。

採取用のバックパックにベルトポーチ、保存食をまとめ買いし、外の冒険に必要な冒険者セットも買う。

冒険者セットは野営道具一式……一人用テントや毛布など、野営するための道具……とロープ、火打ち石、たいまつなどが入ったセットだ。それに調理器具セットやナイフも買う。

ナイフは武器ではなく、草を狩ったりするためのものだ。アディシアならば小型ナイフでも人一人ぐらいは殺せるが。

 

「お買い上げ有り難う御座いました」

 

「また買いに来るんだよ」

 

ついでに夕飯の食材も買い込んだ。

アディシアとサマエル、ロスワイセは外へ出た。

笑顔のロスワイセにアディシアは手を振る。ヴェグタムが言う通り、まとめ買いしたら値引きをしてくれた。

買い込んだ荷物を屋敷に一度戻ってから置いて行き、次は武器屋へと行く。

武器屋の場所はロスワイセが教えてくれた。剣と盾の看板がぶら下がっている。

開いていたので入った。

 

「いらっしゃい」

 

「……ヴェグタムさんが言っていた言葉、まんまだ」

 

店主が迎えてくれたが店主は白の半袖シャツに黒い髭を生やした筋肉隆々の男だ。特徴的なのは太陽のように輝いている禿頭だ。

サマエルが店主を眺める中、アディシアは飾られている両手剣に駆け寄る。店の客はアディシアとサマエルだけだ。

手に取る。片手で持つにはやや重いがバランスが良い。

 

「サマエル、これにする? あたしはこれより軽いのが良い」

 

「二刀流だね。……すみません。俺達、九月からアカデミーに通うことになって、

外へ採取に行くための武器を選びに来たんですけど」

 

アディシアが武器を嬉々として眺めている。

これが服屋や雑貨屋ならまだ良いが、武器屋だ。武器屋のオヤジも奇妙なものを見る目で見ている。

サマエルが説明をすると武器屋のオヤジは珍しそうに二人を見た。

 

「そうなのか? しかし、真っ先に杖じゃなくて剣を見に行く錬金術士って言うのも……」

 

「俺達、剣を習っていて、杖よりも剣の方が使いやすいんです」

 

『あの人から見れば魔術師なのに剣士みたいなのがあるわね。杖なら鈍器として使えるけど、剣は相手を斬るから』

 

(見方によっては剣も鈍器だよ)

 

『感覚の違いと言うか魔法剣士とか珍しいんでしょう』

 

サマエルも魔術師であるが、剣も使える。錬金術士は魔術師とも取れるので、武器としては杖を選ぶ傾向が強いようだ。

杖を持っていれば錬金術士か魔術師と見えるのだろう。

 

「あたしはアディシアでこっちがサマエル。……どれも、良い剣だね」

 

武器屋には剣の他にも槍や斧、盾や防具である鎧も店内には置かれている。

武器を試すための案山子や木の棒に立てられたあちこちが曲がっている金属製の鎧もあった。

 

「武器も必要だが防具もあると違うぞ。こっちに防具としての服がある」

 

鎧も防具だが服も防具だ。何種類かの服が木製ハンガーに掛かっている。

彼等が居た現代社会では鎧は時代遅れだ。

裏社会では着ている者が居たがそれはそれで珍しかったと言うか裏社会は何でもありすぎた。

なお、『カルヴァリア』内には防具は入らないし、アディシアにとっては攻撃はよけるもので、サマエルはよけるのが上手くいかないときは、防御魔術で防ぐという手を使う。

 

「防具から選ぼうよ。武器は後にしよう(服とかアクセサリーを喜ぶのと同じ感覚と解釈すれば良いんだろうけど)」

 

『引くわよねぇ……アンタはそれなりに感覚がまともなところがあるようでまともじゃないけど』

 

(それはお前に言いたいよ)

 

サマエルが促した。アディシアは武器好きで、正確に言えば刃物中毒だ。

刃物を手に取ると嬉しいし、ないと落ち着かないし、不安になる。

武器を自在に出せる『カルヴァリア』があるので、多少は落ち着いていたが、こうやって表に出ることもあった。

アディシアも服やアクセサリーを喜ぶ感覚はある。

 

「お前さん達、錬金術士としての服は準備してるのか」

 

「まだかな」

 

「しておいたほうが良いぜ」

 

アディシアが着ているのはアディシアの感覚で言うならば独逸風の民族衣装であり、サマエルもそうだ。

服は武器の次に買うつもりだったのだ。

武器屋のオヤジから勧められた防具は<冒険者の服>と呼ばれている防御能力が高められた服と<革のヨロイ>だった。<冒険者の服>は長ズボンとアンダーウェアのセットで、色も何種類か有る。

 

「あたし、黒が良い」

 

「俺は、青で」

 

鎧なんて着けていられないので<冒険者の服>にした。<革のヨロイ>は匂いも気になる。

 

(鎖帷子があれば……)

 

『その辺りは進歩が無さそうね』

 

防具はプレート系の鎧しかない。アディシアは防具には詳しくはないのだが、鎧か服しかなかったので服にする。

色を指定して、サイズが近いものを選ぶ。サマエルはぴったりなものがあったが、アディシアはサイズを縮める必要があった。

 

「服を準備してないって言うなら、服屋で直して貰え。良い店を紹介する」

 

「助かります。武器の方は、杖か剣か」

 

『どっちも買えば良いじゃない』

 

リアが気楽に言ってくる。資金には余裕があるのでその手もありだ。

 

(俺は別に木の杖でも魔術使えるんだけど、アディも魔術を使えないと体裁あるだろうし)

 

アディシアは魔力を発現することは出来るが攻撃に使おうとはしていない。彼女には剣があるからだ。

 

『杖は金属のものにして、魔力強化を教えるわ』

 

サマエルとリアの会話の間もアディシアは短剣を見繕っていた。

(どれだけ買うんだい)

 

口には出さずに『カルヴァリア』を使った通信にしておく。

 

(長剣と短剣と、投げナイフと)

 

(……杖を忘れずに)

 

自分が制御しないと、とサマエルは想う。脳内での会話は数秒ですむために態度を気をつけておけば、武器屋のオヤジに怪しまれることはない。アディシアに気を配りつつ、サマエルも武器を選ぶことにした。

 

 

 

同時刻、ヴェグタムは本を読んでいた。

店として二階は開けているが、一階で事が足りてしまうし、自分が店を開けていることを知る者は少ない。

こんな店の形式なのは二階の先代の主の影響を受けているからだ。

先代の主は遠い南に居て、ザールブルグを出るときに店一式を彼の祖父に譲った。

カロッサ雑貨店は三十年以上は営業をしている店で、雑貨屋を始めた祖父であるヨーゼフが生活に根ざした商売をモットーとしているため、店は儲かってはいるが粗利は少ない。モットーは今も家族に受け継がれている。

 

「兄さん、お客さん」

 

ロスワイセの声がする。客としてきたのはアディシアとサマエルの二人だけで、それ以降は暇だった。

階段を昇ってきたのはロスワイセと客だ。その客をヴェグタムはとても良く知っていた。

 

「久しぶりですね。ヴェグタム」

 

「どうしたんですか。イングリド先生」

 

金属製の栞を本に挟んで閉じる。ロスワイセが連れてきたのは彼のアカデミー時代の担任、イングリドだ。

かつての担任で恩師でもあるため、ヴェグタムも敬語を使う。ロスワイセがカウンター席の奥の壁に立てかけてある折り畳み椅子を広げた。

 

「私、下に……」

 

「ロスワイセ。貴方にも関係がある話になりますから、居てください」

 

イングリドが言うが、ロスワイセは錬金術士ではない。アカデミーに通ったのはヴェグタムだけだからだ。

本を手に取り、木箱の上に置くと後ろの荷物置き場からザラメの入った瓶と、茶色い粉が入った小瓶、

緑色の液体と小さな箱からミルクや調合用の道具一式を取り出す。その間にロスワイセとイングリドは折り畳み椅子に座る。

 

「<ショコラ・オ・レ>で、良いですね」

 

「妹の好みに合わせていますね。良いですよ」

 

ビーカーを取り出すと茶色い粉、<モカパウダー>をスプーンですくってから、取り出した天秤で分量を量り、中に入れる。

次に緑色の液体、<中和剤(緑)>を計って入れてから、最後に<シャリオミルク>を丁寧に注いだ。

ガラス棒でかき混ぜる。

 

「<ビッターケイト>の方が俺は好みだが……」

 

「……もう、気にしないで良いから」

 

<ビッターケイト>は苦い飲み物だ。

ヴェグタムはこれの研究を進めてさらに濃い味の<ビッターケイト>を作ったことがあるが、

間違って飲んでしまったロスワイセが酷い目にあったので、彼女の居る前では<ショコラ・オ・レ>しか作らない。<ショコラ・オ・レ>は<ビッターケイト>にザラメを足したものである。<中和剤(緑)>を入れるのは、料理をしているようでもこれが錬金術であり、違う属性を混ぜているからだ。

違う属性は例外を除いては<中和剤>が無ければ混ざらない。

 

「話は単純です。九月から新学期が始まりますが、ヴェグタム・カロッサ、アカデミーの教師をしなさい。今度は常勤になります」

 

どうしても教員が必要な時に講師として手伝いに駆り出されることはあったが、常に教師をしろと言われたのは初めてだ。

作っている飲み物の様子に気を配りつつ、彼は口を開く。命令形ですか? と出そうになったが削った。

 

「教員、足りないんですか」

 

「アトリエ生については知っていますね」

 

アカデミーは通常でおよそ三百人の生徒が居て、常時十人程度の教員がいる。

このところ、アカデミーの入学者が増えているとは言え、教員の数は足りているはずだ。

 

「伝説の生徒、マルローネのお陰で出来たシステムでしょう」

 

ヴェグタムの同期であるマルローネだが、アカデミーを四年で卒業し、そこからマイスターランクに二年通っていた彼と違い、マルローネは四年連続で最低の成績をたたき出し、アカデミーが救済措置として五年の特別試験を与えた生徒だ。

同期とは言っても名前を知っている程度だ。アカデミーは卒業できない生徒も留年させたり、出来ないと分かったら、その範囲で出来ることだけを教え込みはしている。

生徒にはアトリエと最低限の機材だけを与えられ、自活をするのがアトリエ生だ。

厳しいが、やり遂げたマルローネは錬金術士としてトップの腕前を持つようになった。

 

「今年でザールブルグにアカデミーが建てられ、二十年以上が経過しました。マルローネに与えた特別試験は、住民とのコミュニケーション窓口としても機能しました。アカデミーは胡散臭く想われていましたが、軟化しましたからね」

 

「説明しづらいですからね。錬金術は」

 

錬金術は物質の本質を理解し、その働きや特性を制御、もしくは統合することで全く新しい物質を産み出す技、ではあるが、そんなことを説明されてもザールブルグの住民の殆どは分からない。

 

「錬金術は勉強しておけば何でも出来るって言われてるから、親が子供にアカデミーを通わせるとか多くなったし」

 

ロスワイセが聞く噂話では錬金術は文字の読み書きさえ出来れば、一通りのことが身につく学問とされている。

親としては子供の将来のために通わせるのだ。

 

「……錬金術がザールブルグに普及した恩恵はデカい。先生方がアカデミーを作らなかったら」

 

「私など、リリー先生の手伝いをしていただけですよ。……ヴェグタム、アトリエ生を本格的に始めることもあり、

補佐が出来る人間が、必要なんです」

 

煮立った<ショコラ・オ・レ>を準備したティーカップに注いでいく。来客用だ。イングリドとロスワイセに渡して、最後は自分の手元に置いた。ヴェグタムの言葉をイングリドが遮る。

王立アカデミーを作ったのは四人、イングリドと校長のドルニエ、今は旅に出ていないヘルミーナと、リリーだ。

リリーについてはヴェグタムも話でしか知らないが、彼女が居なければザールブルグにアカデミーは出来なかったし、錬金術も普及しなかっただろうとは言われている。リリーはアカデミーの建物が完成した直後にザールブルグを出て、今度は南の国でアカデミーを作り、錬金術を広めている。

断るな、とイングリドは言っているが、教員が出来るような錬金術士は少ない。教えることはまた違った才能がいる。

ヴェグタムは教える才能はあった。

 

「やりますが、速めに言って欲しかった」

 

「帰ってきたのは今日だったでしょう」

 

彼はザールブルグには昨日帰ってきたばかりだ。店にいなかったのは用事をすませていたからである。

ロスワイセが<ショコラ・オ・レ>を飲むのを見ながら、ヴェグタムも<ショコラ・オ・レ>に口をつけた。

 

 

 

服を買い終わると、午後五時になっていた。服は職人通りにある服屋で選んだのだが、店主の女性が錬金術士であり、アカデミーに着ていく服のアドバイスを貰い、オーダーメイドで作った。アディシアもサマエルも、普段着も何着か仕立てる。アディシアはゴスロリを着たがっていたが、ザールブルグでは目立つし、ゴスロリの概念がそもそも無い。

靴屋で靴も購入した。

購入物を抱えながらアディシアとサマエルは屋敷へと戻る。荷物を工房部屋に運んだ。

 

「新しい生活を始めるのも出費だらけだね」

 

「大量買いをしなければどうってことはない」

 

「明日は採取なんだよ」

 

ヘーベル湖へ行くことをアディシアは楽しみにしている。車や自転車がないなら徒歩だ

 

(危険なことにならないようにしないと……神無を使いたい)

 

『アンタも危険ね』

 

神無とは神刀・神無(しんとう・かんな)のことで、サマエルが『カルヴァリア』から借りている武器のことである。

日本刀だ。日本刀はザールブルグには存在しないので使えない。使ったら目立つし、出自も問われるからだ。

アディシアもそうだがサマエルも抑えているだけで危ないところはある。

 

「杖に慣れた方が早いか」

 

『明日試していけば?』

 

「そうしよう」

 

「早起きしないと」

 

九月までの残った日々をザールブルグになれることに費やしていく。

始めるための準備は、万全にしておかなければならないのだ。

 

「夕飯だけど、<ベルグラドいも>でニョッキを作るんだよ。竈にも慣れなきゃ」

 

ニョッキはイタリア料理の一つだ。

小麦粉に茹でた馬鈴薯や茹でた南瓜、ところによってはチーズや茹でたホウレンソウを混ぜて、棒状に伸ばし、食べやすい大きさに切り茹でるだけの料理である。パスタソースとあえて食べる。

 

「ザールブルグにニョッキってあるのかな」

 

『ドイツなら、シュプフヌーデルンってのがあるわ。ニョッキよりもやや、ジャガイモの割合が多め』

 

「夕飯は俺も手伝う。ニョッキのソースを作ってもいいかい」

 

「良いよー」

 

サマエルの疑問に答えたのはリアだ。

シュプフヌーデルンは南ドイツのジャガイモ料理だ。

ザールブルグでは小麦粉はアディシアやサマエルの世界よりも高めではあるが、混ぜることでカバーする。

時間も良い頃合いなので、二人は夕飯を作ることにした。

 

 

【続く】




書いていったら教員になったヴェグタムとか
カリカリの実、リリーだと緑なんですがふたりのアトリエだと赤なのが。

丘の中で補足。

「シュプフヌーデルンはドイツだと祭りとかでも食べられる料理だからザールブルグにもあるんじゃないかな。それとニョッキのレシピは一例だよ」

「ニャッキって居ましたよね」

「芋虫なのとにてるよねとか言ったらいけない。人によっては食欲を無くす」
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