拷問を、薬物を、虐待を受けた。
言葉で、暴力で、存在そのものを否定された。
神のため、信仰のため、人類のため。
自分が僅かなりとも引いているという神の血を覚醒するために。
心を、体を徹底的に追い詰め、壊されかけた。
そして、遂には拘束され、大勢の男達に汚されかけた。
その時、私は「オレ」を思い出した。
「がああああああああああああああああああ!!!」
拘束を引き千切り、裸のまま男だったオレを獣欲のままに犯そうとするボケ共を薙ぎ倒していく。
大の男を十代半ばの少女が素手で引き千切るという異常も、その時ばかりは完全に怒りで我を失っていた自分には分からない。
怒りのままに暴れ狂い、何処からか聞きつけた衛兵や兵士達を辛うじて殺さずに振り払い、遂には六色聖典という特殊部隊に所属している兄を顔が変形するまで殴り倒し、お供のモンスターすら殴り殺してから、漸くクレマンティーヌは落ち着いた。
落ち着いて、「あ、これもうこの国にはいられんな」と悟った。
廃墟となった元我が家である屋敷の使用人の部屋があった辺りを掘り返し、次いで遺伝子提供者らの寝室の辺りを掘り返し、目立たない服と当座の資金を確保した後、オレはさっさと故郷であった国からお暇した。
それが今現在の3年前にあたる。
「ってのが、まぁ大体のオレの経緯だよ。」
「狂ってんのーお主。」
「自覚はある。」
そんな狂人(外身女・中身男)と話しているのは、一応雇い主である所の竜王国女王であるドラウディロン・オーリウクルス(幼女形態)だ。
「とりま、請け負ったビーストマン3000匹、ちゃんと討伐したかんな。」
「うむうむ、大儀であった。これで暫くは連中も大人しいじゃろ。」
「だといーけどな。」
ビーストマンの思考は人間=餌である。
人間でも表向きは最上位とされる王国戦士長が大体難度100、対して大人のビーストマンは個体差があるも、弱くても50はあるのだ。
そんな連中が大挙して押し寄せてきて、真っ先に標的になるのは難度1とか0の非戦闘員たる民草だ。
そんな人間に負ける様な軟弱な奴は死んで当然という見事なまでの蛮族思想をしている上、国のTOPが代替わりしたらしく、近年ではしょっちゅう越境して竜王国の民を踊り食いしていたのだ。
その被害は既に万を越しており、兵士や冒険者達が女王の応援もあって何とか頑張っているが、このままでは竜王国の滅亡も時間の問題だった。
このクレマンティーヌがやってくるまでは。
「よう、邪魔するよ。」
何処からともなくやってきた彼女は、竜王国へ侵攻した一万近いビーストマンへと軽く声をかけた。
そして、獲物と思って飛び掛かってきた全てのビーストマンを皆殺しにした。
それも、当時は装備らしい装備もない、布の服と素手のままで。
殆ど全てを正面から殺し、逃げ出そうとした者も追い掛けて殺した。
無論、武技を使用しているのは確認されているのだが、それにしたって異常に過ぎる。
とは言え、それは2年も前の話だ。
現在の装備はソフトレザーアーマーを鎧下にし、その上にアダマンタイト製の鎧で要所を守っている。
が、そのアダマンタイトの鎧は胸を除いては膝に肘、拳に肩に額と爪先に踵という、打撃に使用するのが主眼となっているため、可動域と軽さは良好なものの防御力自体は同じ材料のフルプレートよりも低い。
だが、彼女の筋力、取り分け瞬発力に関してはビーストマンらを優に上回る。
事実、大猿のビーストマンの拘束を無理矢理振り解いて撲殺し、逃走する豹のビーストマンを後から追いかけて蹴り殺している。
主武装はアダマンタイトの片手剣と小盾だ。
付与された魔法は耐久力上昇と、頑張って探せば見つけられる程度なのだが、元がアダマンタイト製となれば、その頑強さはたとえビーストマンを3000匹切り捨てた所で鈍らない。
そのお値段も結構なものなのだが、ここは投資すべきと判断した竜王国の宰相が初のビーストマン退治の後にアダマンタイトの冒険者資格と費用を報酬として出したのだ。
そして、その費用はその年の内に全て回収されていた。
「ま、やばくなったらまた呼んでくれよ。」
「うむ。出来れば常駐してくれると助かるんじゃがのー。」
「だってここ飯不味いし。」
「うぐ!?」
クレマンティーヌの正直な一言に、黒鱗の竜女王は胸を抑えてよろめいた。
生産人口が減少し続けるこの国では、高級な食事なんて滅多に取れない。
それがたとえ王族であっても、だ。
「うーうー!ビーストマン共さえいなければぁぁぁぁぁ…!」
「まーまー恩は返すから、心配すんなって。」
法国から何とか食いつなぎながら、クレマンティーヌはこの国へとやってきた。
法整備のしっかりしてる帝国、貴族が腐敗している王国には少々問題があると判断したからだ。
しかし、竜王国の場合は切羽詰まっているため、自分の様な者でも受け入れられると踏んだのだ。
結果、今の彼女は人類で唯一の単騎で活動しているアダマンタイト級冒険者として活躍している。
「うぎぎ…!あ、式典やるからちゃんと明日出るのだぞ!」
「あいあい分かってるって。」
こうして、竜王国では束の間の平和が到来していた。
……………
「で、法国の六色聖典が何の用だよ?」
竜王国首都、冒険者組合の貴賓室。
そこでクレマンティーヌは来客と言われて呼び出された。
「単刀直入に言わせていただきます。クレマンティーヌ殿、法国に戻って来て頂きたい。」
竜王国の要請で、法国からやってきた陽光聖典の隊長ニグン。
それは法国からの出戻りの誘いだった。
曰く、貴殿の実力は人類を守るために振るわれるべきもの。
曰く、クインティア家は他の罪状も明らかになった事で取り潰しが確定している。
曰く、貴殿なら直ぐに漆黒聖典に所属できる。
曰く、貴方の兄君も心配している。
「あのさぁ、ニグン殿。」
そこまで言って、今まで困惑気味だったクレマンティーヌは漸く相槌以外の口を開いた。
「オレはオレを産んだあのイカレ共も嫌いだが、あの選民思想の鼻持ちならないクソ野郎も同じく嫌いなんだよ。」
「申し訳ない。失言でした。」
その言葉に、ニグンもまた素直に謝罪する。
何せあのクインティアである。
狂信者にして一人師団とまで言われる漆黒聖典の一人。
そんな男だとニグンもまた知っているからだ。
「それに、今の法国じゃオレの信仰が満たされない。こればっかりは譲れねぇよ。」
「信仰、ですか?」
おや、とニグンは思う。
目の前の未だ少女と言ってよいアダマンタイト冒険者からは狂信者特有の向こう側に逝っちゃった気配がない。
ニグンら陽光聖典も大概だが、それでも彼らは常人の範疇だ。
そんな彼からすれば、目の前の少女もまた能力は兎も角そんな連中と一緒には見えない。
「オレはスルシャーナ様の信徒だ。同じ六大神を信仰してる筈が、今の法国じゃ堂々と歩けやしない。」
「それは、また…。」
ニグンはその言葉に抱いたのは、納得の感情だった。
六大神最後にして最強の一柱であったスルシャーナ。
死の神であり、命ある者に永遠の安らぎ、そして久遠の絶望を与える異世界からの来訪神。
「それに、オレは人間以外の異種族でも話し合いが出来るならそれで良いって主義だ。だから、人類主体の国家の中ではここが一番居心地が良いんだ。帝国も良いんだが…あっちは冒険者の仕事無いしなぁ。」
「それは、仕方ないですな…。」
ニグンは内心で頭を抱えていた。
竜王国へのテコ入れついでに頼まれたこの任務。
いきなり劇薬とも言えるクアイエッセを投入するのは憚られたし、いきなり漆黒聖典を動かしては殺し合いになりかねない。
となると、適度な実力もあって、特に実力行使の相手と看做されない位の実力者として挙げられたのがニグンら陽光聖典だった。
「本国でもスルシャーナ様の信徒は大勢います。そして、現在の人間至上主義に反対している者もまた同じく。」
「そんな中、オレが帰ってみろよ。火種になりかねん。」
ニグンはこの副任務が失敗になる事を悟った。
実際、彼女が言った通り、熱心なスルシャーナ信徒で漆黒聖典上位級の実力者が法国に戻った所で上層部と反りは合わないのが明白だし、今言った通りの可能性も出て来てしまう。
また、如何に漆黒聖典でも上位の実力を持っているであろう彼女でも、全てを叩き潰して法国の在り方を左右する事は出来ないし、人類の守護者が悪戯に消耗する事は本人も望んでいない。
かと言って、人類が絶滅する様な事態もまた同様だ。
故にこその冒険者としてのビーストマン狩りなのだと。
実際は、スルシャーナの件は嘘八百なのだが。
単純に彼女の性格と元日本人としての感性、そして転生したという経験上、法国の中で最も合っているのがスルシャーナであったというだけなのだ。
他はファンタジー世界らしく、微妙に十字教染みた匂いがするので合わないと判断したのもあるのだが。
「分かりました。この件については非常に残念ですが、そういう事情であれば仕方ありません。」
「ご苦労さん。んじゃ縁があればまたな~。」
こうして、突然の邂逅は幕を閉じた。
……………
「あーあ……。」
宿屋でごろりと寝転がりながら、クレマンティーヌは思う。
「これってまるでゲームだよなぁ…。」
そう言って、上に伸ばしていた右手の手首から先が突如消える。
アイテムボックスと言われるプレイヤーやNPCのみが使えるとされる異能の一つ。
ユグドラシルの存在を知らない彼女からすれば、それは正にゲームの様な有り得ない現実だった。
「よっと。」
取り出したのは、短くも鋭い刺突特化のスティレットだ。
彼女は戦闘中だろうが、こうしてアイテムボックスから武装を取り出し、素早く交換したり、隠し武器や射出して遠距離攻撃に使用したりしている。
そのため、暇な時はこうして収納しているアイテムの順番なんかを弄ったり、その効果なんかを確認する事により、何時でも効率よくアイテムを取り出し・使用できるようにしている。
「ステータス。」
呟くと同時、空中に彼女だけが見えるステータス・装備一覧が表示される。
それによれば、今の彼女のレベルは相当に高い。
総合レベルを80として、種族レベルが神人Lv10であり、職業レベルは戦士lv10、ソードマスターlv5、シールドマスターlv5、ソードダンサーlv3、ウェポンマスターlv8、軽業師lv5、クレリックlv7、更に希少な聖騎士(ジーニアス)lv3、ビーストハンターlv3、シールドロードlv2等の上位職業も持っている。
この詳細を知れば、法国は是が非でも彼女を管理下に置こうとするだろう。
何せこれ程の能力は、漆黒聖典でも第一席次か番外席次位しかいないのだから。
「はぁ…やっぱこれからどうするかなぁ…。」
これから先、どの様に育成を進めるべきか?
彼女の今現在の悩みはそこに尽きる。
正直、ソロ専門の彼女からすれば、このまま器用貧乏ルートを行けば良いのだが、今後誰かと組む事があれば、やはりある程度専門分野を決めておかねばならない。
現状の彼女はどう見てもどっちつかずの器用貧乏であり、軽業師なのに盾使いを取得している事からもそれは伺える。
正直、主な標的であるビーストマン相手であれば現状で問題ない。
一人で突撃して、蹴散らして、消耗したら回復する。
後はその繰り返しである。
ビーストマンの多くは陸生で、飛行する種族は基本的に来ない。
遠距離攻撃する個体はいるが、その数は圧倒的に少ない。
大抵は群れの長に付き従う位しか出来ない、人型の獣なのだ。
それでもその身体能力は並みの兵士を容易に凌駕する、人類としてははた迷惑な生物なのだが。
「ま、なるようになるしかないか。」
そう言って、彼女は本格的に寝入った。
彼女は知らない。
この半年後、死の支配者が眷属と拠点と共にこの世界にやってくる事を。
彼女は知らない。
その死の支配者がプレイヤーを、それに連なる者を探している事を。
彼女は知らない。
何の因果か、その死の支配者と友誼を結び、彼の眷属達から思いっきり嫉妬されて死にそうな目に度々遭う様になる事を。
彼女はまだ、何も知らない。
死の支配者が、何だかんだ愉快なポン骨である事を。
今はまだ、知らないのだった。
やっつけ仕事が半端ない
はぁ鬱だ……やっぱお薬もらった方が良いのかな