フランソワ共和国首都パリースィイ 共和国軍司令部付きライン戦線臨時対策室
「何とかならんのか!?」
ダン、と一人の参謀が机を叩く。
しかし、誰も返答しない。
誰もがこの事態に頭を痛め、解決策を提示できないからだ。
「ライン戦線における被害の拡大は激化する一方だ。それも!」
声を荒げる参謀の視線は手元の資料へ注がれる。
そこには信じがたい数字が提示されていた。
「それも、一方的にだ!特に航空戦力の損害に関しては最早壊滅的と言ってよい!」
事実、そこに書かれている数字を理解できる者が見れば、目を疑うだろう。
なにせ補充した傍から航空戦力が撃破されていき、常に制空権を喪失している状態なのだ。
結果的に、フランソワ共和国軍はライン戦線にて一方的にその戦力を溶かされている状態であり、戦後に公開された帝国側の資料と照らし合わせれば、帝国側はその半分にも満たない損耗しか受けていなかった。
「原因はやはり奴らか?」
「そうだ。”ラインの双璧”だ。」
共和国軍にとって、現在のライン戦線の惨状を構築する羽目になった主な原因がこいつらであった。
「奴らが戦場に出てくる度にその時展開していた航空戦力を根こそぎ壊滅させられる。その上で対地攻撃に参加してきた場合では戦車だろうが前線指揮所だろうが消し飛ぶのだ。奴らをどうにかせねばライン戦線は打破できん!」
事実だった。
こいつらが戦場に出る度に魔導士も航空機も端から落とされ、制空権を失った状態で優秀な帝国軍砲兵隊に蹂躙される。
以前は航空戦力で制空権を維持しつつ戦車の集中運用と後に続く歩兵で突破を試みもしたが、敢え無く全て消し飛ばされて頓挫している。
なお、破壊された戦車の残骸を調査した所、履帯だけでなく対航空魔導士向けに史実よりも上面装甲が強化されている筈の軽・中戦車の天板が撃ち抜かれる等、大凡航空魔導士らしからざる火力が発揮されたのが散見されている。
「そもそもたった二名の魔導士でここまでの被害が出せるのでしょうか?」
「どういう事かね?」
不意にこぼされた言葉に、視線が集まる。
「帝国と言えどそこまで優秀な魔導士は限られます。恐らくですが、個体魔導素反応を偽装して、同一のネームドであるかの様に見せているのでは?或いは光学だけでなく複数の術式を用いたデコイではないかと。」
「何の目的でそんな事を?」
「確かに信憑性はありそうだが…。」
「目的は、恐らくはプロパガンタかと。」
前線で厭戦気分が広がらないように、英雄を作り出して士気の発揚を行うのは歴史上でもよくある事だった。
が、それが事実だとしても変わらない事もある。
「それが事実だとして、我が軍が通常なら既に壊滅する程の被害を受けているのは変わりないではないか!」
それに尽きるのだった。
「それに関してなのですが、今まで温存してきた特殊作戦群を投入しようかと考えております。」
そこまで騒いで漸く本題が出た。
「特殊作戦群か…使える状態なのか?」
「現在第一・第二中隊がライン戦線へ向け移動中です。第三に関しては戦略予備として下手に動かせません。」
「ビアント中佐とホスマン少佐はどちらもネームドであり、両中隊は全員がベテランの魔導士です。如何にラインの双璧と言えども彼らに集中せざるを得ません。」
「仔細は彼ら任せになるが、止むを得んな。」
「では次の議題です。ライン戦線への補給物資の調達ですが、やはりコストの高騰が…」
……………
『戦域警報。敵航空魔導士1個中隊が出現。各観測魔導士は警戒を厳に!第○○○航空魔導小隊は現地に急行し対処されたし!』
「ん?何か手強そうなのが出たらしいな。」
「本当だ。分身体を増やして向かわせよう。」
近年、各種技術の発展が著しい帝国では演算宝珠を用いた魔導士の戦力化とほぼ同時期に、ある現象に気づいた。
それは極一部の魔導士が持つ固有魔法という現象だ。
これは一般的な術式の様にその術式内容が頭に入っていれば発動できるというものではなく、個人毎に全く異なる現象を発露させるというものだ。
その特異性から再現性は極めて低く、その効果の内容も通常よりも○○の術式が使い易いという個性染みたものから全身の何処からでも高圧電流や火炎、氷雪を発する事が出来るという分かり易いものまで多岐に渡る。
医療魔導士も成り手の少なさと必要適性の高さから殆どこれに含まれている。
固有魔法は全て魔導士の個人情報と共に記録され、時に特殊な作戦に従事する事もある。
そして、この二人は帝国内でも屈指の強力な固有魔法の持ち主だった。
「分身体D・E・F中隊は進出してきた敵航空魔導士1個中隊の迎撃へ。これ以上友軍に被害を出させるな。」
「「「了解。」」」
一気に空に出現した36人もの全く同じ容姿と装備をした航空魔導士達は素早く陣形を整えながら一斉に飛翔していく。
チトセ・カリーバー航空魔導中尉(戦時昇格)の固有魔法は「分身」。
魔力ある限り自らと同じ能力・装備を持った分身体を作り出す事が出来る。
これら分身体は思考力・身体能力・魔導適性・各種装備等の全てが本体と全く同じであり、また本体と分身間では相互にテレパシーを行う事が可能であり、極めて精密な連携を可能とする。
これら分身体は本体が気絶・睡眠するか、一定以上のダメージを受ける事で消滅する。
また、消滅した場合はその記憶が本体へと蓄積されるが、死に際の記憶が悲惨なものだと本体へ大きな負担となる事が確認されている。
現在、満足に戦闘継続が可能な最大の分身数は100体だが、後先考えなければ150体まで増やせるとの自己申告が記録されている。
即ち、エースオブエース級の魔導士を(一つの戦場に限定されるが)通常でも100体運用が可能であり、更に言えば戦闘経験の蓄積が通常の魔導士の100倍の速さで進む上に、必ず戦訓の共有が成されるのだ。
帝国軍がライン戦線という地獄の様な環境において、制空権を一方的に毟り取り、維持しているのはこの固有魔法によるものが大きい。
「あ、戦車発見。」
「よし、私にやらせろ。」
「あいよ。」
そして、相方であるハンナ・ウルリーケ・ルーデル航空魔導中尉もまた、同様に怪物的なまでに強力な魔導士だった。
高度8000フィートを飛行していたルーデルはチトセと護衛役のA中隊を置いて、一気に地表へ向けて加速する。
その場からほぼ落下する程の角度で行われた急降下。
その加速性たるや通常の航空魔導士や急降下爆撃機と比してもなおおかしい。
種は簡単、この時の彼女は通常の大よそ倍の重量を持っていたからに他ならない。
固有魔法「重量操作」
これは自身含む周囲の物体の重量を増減させるものであり、この時の彼女とその装備の重量は通常時の倍であり、そこから繰り出される攻撃は倍加した分だけ威力も高くなる。
況してや繰り出される銃弾そのものの重量もまた倍増されているのだ。
重量の倍加した術弾と増加した落下速度から繰り出される一撃は、ルーデル自身の高い魔力量を受けた術弾の威力も併せて凄まじい威力を誇る。
それこそこの時代の未だ発展途上の戦車ならば強化された上面装甲を抜く程度には。
なお、逆に上昇したり戦闘機動を取る時は自身の重量を減らす事でより機敏な機動を実現している。
この固有魔法の応用により、ハンナはチトセに欠ける自爆技以外での高防御目標を撃破できるだけの火力を持つ事が出来る。
Q つまり?
A 二人揃うと手が付けらんない。
その実例を示すが如く、3台の戦車があっさりとその天板を抜かれて爆発四散した。
「呆気ない。近接支援の歩兵も、対空砲台の支援も無いとは。」
「まぁ私達が制空権を食い荒らしているんだ。仕方ない。」
近代戦において、制空権の確保は兵站や砲兵の存在並みに極めて重要だ。
それが一方的に奪われた状況なのだから、優秀な帝国軍にとってはスコア稼ぎに丁度良い的を提供している状態に近い。
「あ」
「どうした?」
「さっきの敵魔導士一個中隊がいたろう。」
「うむ?」
「伏兵にもう一個中隊出てきた上に意外にも善戦するんで、残ったD・E・F中隊の分身体を皆自爆させて仕留めた。」
「生き残りは?」
「いない。C中隊で確認したけど消し炭。」
「なら良い。任務続行だ。」
こうして、今日もライン戦線の帝国側の平和は保たれる事となる。
なお、戦線の維持が極めて困難となった共和国軍は大幅に後退して戦線の整理を行うも、その後退の隙を突かれ、首都近郊まで攻め込まれる事となる。
前話の解説
B中隊の内B1~3とルーデルに対し、B4~7が追加ブースター兼増槽の役目となって高度1万フィートまで上昇させる。
この際消耗したB4~7はそのまま演算宝珠を臨界暴走させて自爆特攻させる。
なお、中隊12機編成の内の残り4機は地上を非魔力依存状態で歩兵に紛れ潜んでた。
もし敵が予想よりも強くてルーデルが危ないのなら、上に視線が向いてる敵魔導士を下から狙撃する予定だった。
自爆攻撃は本文同様95式でも見られた臨界事故を意図的に発生させ、暴走・不安定化した魔力によって広範囲を攻撃する自爆技
が、改良型宝珠(エレニウム式ではなく漫画版で触れられたライン戦線配備の型。魔力排出口がスライド式)を使用しているため、威力は抑えめなのだが本人の高い魔力量を反映して威力・範囲共に高い。
ルーデル
説明無用。多分黄金柏葉剣ダイヤモンド付騎士鉄十字勲章(ドイツが存亡の危機に瀕したときに現れる12人の英雄に贈られる勲章)の呪いか何かでこの世界での同位体として生まれたと思われる。