徒然なる中・短編集(元おまけ集)   作:VISP

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即興ではこれが限界


ヒロアカネタ 願望器が逝く

 

 「こんばんはお嬢さん。よい夜だね。」

 

 

 満月の綺麗な夜、瓦礫の山、死体と家屋の燃える煙の中、その男は笑っていた。

 

 

 「えぇ、こんばんはおじさん。」

 

 

 それを迎えた両手足の無い少女もまた、それしか知らないような無垢な笑みを見せた。

 

 

 …………… 

 

 

 その少女は8歳の誕生日を迎えた時、個性に目覚めた。 

 

 穏やかな山間の村の、極普通の農家の生まれ。

 問題は、彼女の個性が余りにも強力かつ魅力的であった事。

 

 個性「願望器」

 その効果は即ち、「他者の願いを叶える事」  

 

 閉鎖的な村だったが、偶々その中の一人が都会に行って闇金に借金を作っており、それの返済のためにヤクザ者に情報を流したのだ。

 そして、情報を聞きつけたヤクザ者によって、その子以外の全ての村人が殺された。

 そこには無論、彼らを案内した者も含めてだ。

 当然の口封じだった。

 なにせ、彼女を握った者こそがこの世界の覇者になり得るのだから。

 無論、彼女は抵抗したが、無力な子供を従わせる方法等、幾らでも存在する。

 薬で、暴力で、快楽で、飢えで。

 あらゆる手段でその心を圧し折り、三か月もする頃には完全に言いなりになるまでに仕立て上げられた。

 更にもしもの時のためとして、その両手足は拷問や薬の影響でボロボロになっていた事もあって、切断された。

 それでも見目が良い事もあって、願望器としてだけでなく、組員らの肉人形としても利用され続けた。

 彼女の個性を使えば、幾らでもアブノーマルなプレイも可能だし、たとえ心身が荒廃しようとも即座に再生できるため、その扱いは苛烈を極めた。

 

 そしてヤクザ者達は彼女を利用して利用して利用し尽くして、5年で裏社会のトップ層にまで上り詰めた。

 

 だが、その余りの速さと強引さに、裏社会のTOPに目を付けられてしまった。

 彼らに落ち度があったとすれば、それは三つある。

 一つは手段を択ばなかった事。

 二つは性急に事を進めてしまった事。

 三つは運が悪かった事。

 

 

 「君達かい、最近この辺りでヤンチャしているのは?」

 

 

 蹂躙だった。

 正しく蹂躙だった。

 象が鼠をどころではない。

 恐竜が蟻塚を壊すが如く、有象無象の区別なく、黒衣の男はヤクザ者達を蹂躙した。

 正義の象徴との激戦による後遺症など微塵も見せない。

 オールフォーワンこそが裏社会の頂点であるのだと、成り上がって今潰されんとするルーキー達に見せつけた。

 

 「くそくそくそ!お前ら考えて願え!あいつを殺せる化け物を!」

 

 建物の奥、少女のいる部屋での組長の言葉に、ヤクザ者達は必死に考えた。

 これならあの化け物を殺せる、と。

 

 一つ目は、山の如き巨獣。

 山そのものに無数の植物が融合した巨大な怪獣。

 植物操作の個性を持ち、植物を動物型や砲台型の様に変化させて使役し、無数の物量とその巨体故の圧倒的質量を武器とする。

 

 「おお、こんな事も出来るのか。ドンドンやってみたまえ。」

 

 その巨獣を、暗黒の男が蹂躙する。

 最盛期よりも遥かに劣るとは言え、デカくて配下が多くて死角の無いだけのデカブツに劣る道理など無いと言うように殴り殺された。

 

 「次!次は…!」

 

 そして生まれたのは、巨大なスライム状の怪物。

 不定形であり、体内に存在する無数の細胞単位のコア全てを破壊せねば殺せない不死性。

 無尽蔵に分裂と繁殖を繰り返し、生物に寄生して乗っ取る事すら可能で、自身の周囲の水分を操る個性を持つ。

 割とポピュラーな個性だが、対象の体内水分すら操作する事で生物に対しては一方的なまでの殺傷能力を持つ怪物だ。

 

 「残念だが、それではやられてやれないなぁ。」

 

 それをオールフォーワンはあっさりと対処する。

 何せ水分操作は割と普通の個性故に、射程距離や効果範囲、周囲の前兆等も知られている。

 そんな僅かな隙をこの男は見逃さず、ゼリー状の身体を凍らせてから粉々に粉砕、消滅させた。

 

 「畜生畜生!次こそ!!」

 

 そして出てきたのは、光の巨人だった。

 全長10m程度の、ただただ光るだけの巨人。

 その全身からは常に超高熱のレーザーが放射されており、オールフォーワンですら初撃を貰ってしまう程だった。

 個性「光操作」を持つ、光そのものの性質がこの巨人の特性だった。

 だが、光を操る事は出来ても、光そのもの性質は消えない。

 全方位へのレーザー放出で蒸発した水蒸気を水分操作で干渉し、即席のレンズとして加工する。

 それを自身の周囲に纏えば、即席の対レーザーシールドとなる。

 自身の可視光も歪められるが、外界の把握は強化した感覚(聴覚で音、触覚で振動等)で補う。

 そして、身を守った後は止めへと移る。

 水蒸気を操作して巨人の身体を構成する光を乱反射させる。

 すると、光の巨人はその体を保てなくなり、消えていった。

 

 「あ、ああぁぁぁぁぁぁ……。」

 

 そして、黒衣の男が手を下すまでもなく、ヤクザ者達は一人を除いて全滅していた。

 なにせ光の巨人の攻撃は全方位かつ光速のレーザーである。

 彼らの創造主たるヤクザ者達にも例外なくレーザーは降り注いだ。

 幸い、オールフォーワンの水分操作によって願望器の少女は守られ、その陰にいた組長もまた生き延びていた。

 

 「なんでだ!?なんでこうなる!?」

 「うん?それはこの結果が君の、君達の想像力の限界だからだよ。」

 

 オールフォーワンは告げる。

 不出来な落第生へ告げる教師の様に、彼は滔々と語る。

 

 「彼女の個性は強力だ。成程、君達でも使い方次第で今日までのし上がれるのだろう。だが、それが君達の限界だった。」

 

 想像力。

 それが無いからこそ、貧困な発想力しかないからこそ、彼らは今日蹂躙された。

 もし、彼らが裏社会での栄達を望まなければ。

 もし、彼らが表向きだけでも合法的な集団になっていれば。

 もし、彼らが慎重な行動を心がけていれば。

 結果は幾らでも変わっていただろう。

 だが、彼らはヤクザ者として、裏社会での栄達を望み、そのために何でもする事を良しとした。

 だから、この結果は必然だった。

 

 「糞が!糞が!糞が!」

 「また語彙の少ない罵倒だね。」

 

 もう言うべき事は無い。

 そう判断したオールフォーワンは手をかざし、

 

 「こいつを殺せぇぇぇぇぇ!!」

 

 その言葉に、心臓の動きを停止した。

 

 「……!?」

 

 オールフォーワンは、そのまま地面に倒れた。

 心臓は完全に停止し、脈拍も停止している。

 気づけば、彼の背後には黒いローブを纏った古典的な死神が浮かんでいた。

 その手には大きな草刈り鎌が握られており、それに斬られた事でオールフォーワンは死を刻まれたのだ。

 切り付けた対象に死を刻む個性。

 死の宣告とも言うべきそれを受けて、流石のオールフォーワンも完全に死亡するのも秒読みだ。

 それでもこの場には起死回生の手札がある。

 

 「わだじをなおせ!」

 

 肺に残った空気を無理矢理捻り出しての、オールフォーワンの心の底からの“願い”。

 それに、願望器は反応した。

 

 

 「おおおおおおおおおおおおおおおっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」

 

 

 一瞬の間の後、オールフォーワンの姿が瞬く間に治癒していく。

 それは嘗ての激戦で受けた後遺症すら例外ではなく、その年月で重なった老化すら掻き消えていく。

 数秒もすれば、各種経験と老獪さを積んだ肉体的全盛期のオールフォーワンという悪夢が具現していた。

 

 「これはまた、予想以上だ!ははは、これだけでも来た甲斐があった!」

 

 ゲラゲラと心底愉快そうに笑う悪の化身。

 それを組長はもう一度殺そうとするが、その声が外に出る事も、呼吸する事も出来なくなっていた。

 オールフォーワンの奪い取った個性の一つである空気操作の個性によって、今組長の周辺は真空状態になっていた。

 

 「……!?………!?!!」 

 

 ジタバタともがくが、その程度で真空からは抜け出せない。

 それから組長はゆっくりと、5分以上の時間をかけて窒息死した。

 己の欲望のために周囲を食い物にし続けた男の、自業自得の末路だった。 

 

 「さて」

 

 そして、オールフォーワンは意外とイケメンな素顔をにっこりと暗黒の太陽の様な笑顔に歪め、一人生き残った少女へと語りかけた。

 

 「こんばんはお嬢さん。よい夜だね。」

 

 惨劇に見合わぬ綺麗な満月の下、瓦礫の山と周囲の死体を他所に、その男は久方ぶりに上機嫌に笑っていた。

 

 「えぇ、こんばんはおじさん。」

 

 それを迎えた両手足の無い少女もまた、それしか知らないような無垢な笑みを見せた。

 

 「早速だがお嬢さん、私と一つ契約しないかな?」

 「契約?」

 

 少女はとても不思議そうにオールフォーワンを見つめた。

 なにせそんな事をしなくても、彼女は自分が認識した願いを無条件に叶えてしまう。

 人型の願望器、それこそが彼女なのだ。

 契約や約束なんかしなくても、彼女の個性を利用する事は簡単だ。

 

 「そう、契約だ。君は私の身体を治してくれたからね。お礼として、君の願いを叶えよう。」

 

 自分の願い。

 そんな事、自分の名前すら忘れてしまった少女にとっては考えた事も無かった事だ。

 この5年程、ヤクザ者達に捕まってからは願いを叶えるか慰み者にされるかだけだった。

 自分の願いなんて、抱いても無駄なだけの幻想だった、

 だが、それは既に過去の事だった。

 

 「その代わり、君は今後私の下で必要な時だけ願いを叶えてもらおう。何、悪いようにはしないとも。」

 

 その誘いこそが暗黒への道だった。

 しかし、しかしだ。

 どの道、自衛手段を持たない彼女にとって、道を選ぶ事は今しか出来ない。

 たとえ今ここでオールフォーワンの手を取らずヒーローに保護されても、辿り着く果ては誰かに利用される結果しかない。

 それが公共にとっての悪か、正義かしか違いはない。

 

 「わたし、は……。」

 

 考える、考える、考える。

 たった13年の人生の中で一度も無かった程に、必死になって思考を回す。

 

 「わたし、は……っ。」

 

 家族の、故郷の人々の蘇生?

 この個性を無かった事にする?

 違う、違う、違う!

 そんな事じゃない、自分の願いは「そんな事」じゃない!

 自分を守れなかった人達でも、自分を売った人達でもない!

 

 「私、は……!」

 

 私の願いは、私のしたい事は!!

 

 

 「私は、自分の手足で歩きたい!生きていたい!もう閉じ込められるのは嫌ッ!!」

 

 

 そんな、当たり前の事だった。

 

 

 「その願いを叶えよう。」

 

 

 こうして、無色の願望器は今度こそ黒く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは現代に生まれたお伽噺

 

 神話の時代にあるべき願いを叶える魔法の道具が、個性溢れる現代へと現れたお話

 

 奪われた手足の代わりに、怪物達を手足に変えて、

 

 黒く染まった願望器が暗闇の道を歩み始める

 

 そんな救いようのない、末路の決まったお伽噺

 

 

 

 




ほぼそのままヒロアカ版メレム・ソロモン

右手…光の巨人。個性「光操作」。全方位高出力レーザー。旧版アダム。
左手…黒の死神。個性「鎌で切った相手は即死」。典型的死神スタイル。
右足…地の巨獣。個性「植物操作」。ビオランテwithアレトゥーサ(緑の王)
左足…水の異形。個性「水分操作」。全身に無数のコア&無限増殖と寄生。水色の巨大スライム。

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