徒然なる中・短編集(元おまけ集)   作:VISP

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ヒロアカTS転生 静謐のアサシンで逝く2

 「やれやれ、予想以上に早かったね。」

 

 誰もいない病室で、暗黒そのものの男が呟いた。

 その顔は醜く潰れ、眼球どころか眼窩そのものが無く、ベッドの上で横たわる体に部屋を埋め尽くす程の生命維持装置を繋がれて、漸く生きている状態だった。

 だが、彼が個性を使えば、それらの殆どは必要無くなる。

 それだけの個性を、彼は既に集めていた。

 

 「ジール。」

 「はい、マスター。」

 

 そして、暗黒の男に応える声が一つ。

 暗闇の中、白い髑髏の様な仮面だけが浮いている。

 残りの体は完全に闇に隠れ、今この瞬間ですら完全に気配を断っている。

 病室の主たる男が声をかけねば、きっと誰もその存在を信じない程に極められた隠形術。

 

 「弔達がいじめられているらしい。助けに行こう。」

 「御意。」

 

 こうして、史上最悪のヴィランと言われる暗黒の主従が動き出した。

 

 

 ……………

 

 

 弔にとって、その少女は余りに不快な存在だった。

 

 大恩人にして尊敬する「先生」、彼の傍に唯一常に侍る事を許された存在。

 過去の負傷によって余り動けない先生に代わり、手足となって動く彼女に、弔は嫉妬していた。

 それだけなら弔もまだ我慢できた。

 何れ失敗した時にでも嗤いながら蹴落として溜飲を下げただろう。

 だが、彼女は失敗しない。

 彼女は失敗の可能性の全てを潰してから行動する。

 

 「僅かでも失敗する可能性があるのなら、その行動は失敗します。」

 

 余りの用心深さ、慎重さに苦言を呈された時、彼女はいつもそう答える。

 そして事実として、彼女は先生からの仕事を一度もしくじった事はない。

 加えて言えば、その仕事の内の一つである「死柄木弔への協力」に関しても素晴らしい成果を出しているので表立って文句は言えない。

 特に雄英高校及び各ヒーローとその事務所に対する情報収集に関しては完璧の一言であり、実際に雄英高校に対する一連のテロには彼女の齎した情報が必須だった。

 まぁ、一回目は偶発的な野良ヴィランにオールマイトが誘因された結果、到着がずれてしまうというハプニングも起こったが、それは構わない。

 問題なのは、弔にとってジールと言われる先生が中東から連れ帰った少女は気に食わない存在である事。

 

 「弔、君は逃げろ。」

 

 そして、そんな少女の手を借りねばならない程に未熟な自分への嫌悪感だった。

 

 「待って、ダメだ……先生…!そんな体じゃ!」

 「弔、君は戦い続けろ。」

 

 そして、俺は先生によって黒霧のワープゲートで撤退させられた。

 

 「く」

 

 残ったのは、ただただ怒りと憎しみと後悔。

 自分なりに先生の出す課題に全力で取り組んでいたつもりだった。

 しかし、ヒーローという大敵の前には、余りに無力だった。

 自分を救わなかったヒーロー共の前に、未だ傷の癒えぬ先生を置き去りにしてしまった。

 自分のミスで、自分のせいで。

 

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 「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 知らず、慟哭が迸った。

 

 

 ……………

 

 

 

 「UNITED STATES OF SMAASH!!」

 

 

 凄まじい轟音と共に、オールマイト最後の一撃で激戦によって更地と化していた周辺一帯が更に崩壊する。

 更に地面に放たれた最後の一撃の反作用で盛大な竜巻が発生、粉塵が巻き上がり、周辺にいたヒーローやテレビ局のカメラからオールマイトとオールフォーワンの姿が消える。

 それらが収まった時、立っていたのはオールマイトで、倒れていたのはオールフォーワンだった。

 そして、テレビ中継で事態を固唾を飲んで見守っていた人々は、やせ細り、疲弊し切ったオールマイトが右手を掲げた時に漸く安堵し、歓声を上げた。

 そして、ゆっくりと肉体がマッスルフォームとなるオールマイト。

 既に戦闘能力なんてないのに、それでも人々を安心させるためだけに無理をし、俯いていた顔を上げ、平和の象徴としての使命を果たす。

 つまり、オールフォーワンから視線を外したのだ。

 あぁ、悲しいかな。

 

 その姿は余りにも隙だらけだった。

 

 「、か」

 

 そして人々が、周囲のヒーロー達が見守る中、彼の胸に子供の指の様に小さな短剣が突き刺さった。

 ゆっくりと、オールマイトの視線が下に向けられる。

 そこには未だ気絶するオールフォーワンの姿があり、彼の影の中から白い骸骨が覗いていた。

 

 「な」

 

 ガフ、と吐血し、全身から力が抜けていく。

 毒だ、と思う暇もなく、オールマイトは人々の見守る中で膝を突き、自分自身の血溜まりの中へと倒れ伏した。

 

 「任務、完了。」

 

 そして、静謐のアサシンは主から賜った個性によって主と共に影の中へととぷんと沈み、消えていった。

 

 

 

 この事件によって、オールマイトは意識不明の重体となった。

 彼の身体には判明しているだけで数百種もの毒が入り込んでおり、幾人もの治療系個性と最新の医療技術及び施設であっても延命するだけで精一杯だった。

 その事実は政府及びヒーロー協会の必死の鎮静化も空しく、ヴィラン連合の息のかかった三流マスコミらの手によって数時間後には世界中に知れ渡る事となる。

 それは誰も代わる事の出来ない平和の象徴たる精神的支柱及びヒーロー側最大戦力を失ったという事に他ならない。

 これにより国内外全域でオールマイトに抑え付けられていたヴィランの活動が活発化、多くの人々が明日をも知れぬ不安と恐怖に怯え、ヴィラン連合はその勢力を大きく拡大していく事となる。

 

 

 ……………

 

 

 「ふぅ……。」

 

 元の病室に戻って、オールフォーワンは漸く一息ついた。

 今現在、弔率いるヴィラン連合への参加を求める声はヴィランに市民、一部のヒーローからすらも出ており、その対応のためにヴィラン連合は一時活動を休止せざるを得なかった。

 それらは全て生徒達に任せて、オールフォーワンは再び療養生活へと戻っていた。

 

 「よくやってくれたね、ジール。」

 

 主の声に応じてずるり、と影の中から黒装束に白髑髏面の暗殺者が現れる。

 如何に中東最高の暗殺者と言えど、入れない場所はある。

 ならば、その穴とは言えない穴を補うためにとオールフォーワンはある個性を与えた。

 個性:影渡り

 貴重な空間転移系であり、文字通り影へ潜り、影から影へと転移する個性だ。

 応用範囲が狭く、自身と数人程度しか転移できず、また閃光弾等で容易に対処できてしまう事から、オールフォーワンによってストックだけされ死蔵されていた。

 しかし脳無等の改人作成のノウハウによって複数の個性同士の干渉をある程度抑える技術を得たために、こうして日の目を見る事となった。

 ジールの個性:毒と混ざらないように繊細な調整を加えた上で、慎重に選別した上で与えられた個性がこれだった。

 調整は主に薬物で行われたが、猛毒同然のそれら各種薬物はジールの体内で合成可能だったためにレシピさえ教えれば割と簡単にできた。

 なお、担当していたドクターはジールを弄れず残念半分、あっさり成功で興奮半分だったとか。

 

 「マスターの個性の賜物かと。」

 「君は相変わらず謙遜するねぇ。」

 

 彼女の存在を知った時、オールフォーワンは歓喜したものだ。

 何せ自分の求めるヴィランの理想像そのものと言って良い程の完成度を誇っていたのが彼女だったから。

 弔の様に次世代のリーダーとしての気質を持たず、あくまで指示に従う側の人間である事も都合が良かった。

 そんな彼女ならば貴重な空間転移系の個性のストックを減らしても惜しくはなく、現に今日まで十分に多くのリターンを出してきた。

 そして先日、ついにはあの憎きオールマイトにほぼ完全な止めまで刺してくれたのだ。

 自分も重傷を負ったが、そんなものが気にならなくなる程にオールフォーワンは歓喜した。

 最早自分を、自分達を止める者はこの国には存在しないと確信していた。

 唯一の不確定要素は今代のワンフォーオール継承者たる緑谷出久だが、既に彼の家族の所在は把握している。

 特に父親は外国であり、国内のヒーロー達の活動範囲からは逸脱し、未だ護衛の一人も配置されていない。

 そんなヒーロー達の脇の甘さを内心で嘲笑いながら、そろそろ眠りに就く事にした。

 

 「ではジール、おいで。」

 

 そして、可愛いペットに毎夜のご褒美を与えるべく、優しい声で呼びかける。

 すると、ぴくりと一瞬だけ躊躇してから、ジールは髑髏の仮面と黒装束を外して影にしまうと、オールフォーワンのいるベッド、その少しだけ空けられた右側へとおずおずと登ってきた。

 小柄な彼女ならその僅かなスペースだけで十分で、そこで身を丸めればかけられた毛布の上からその存在を伺う事は出来なくなる。

 彼女が横になったのを確認してから、オールフォーワンは毛布をかけた。

 

 「お休みなさいませ、マスター。」

 「あぁ、お休み。」

 

 そして、オールフォーワンも意識をゆっくりと閉ざしていく。

 無論、何かあれば直ぐに起きれるようにしてはいるが。

 それでも、二人にとってはここ数年ずっと続けてきた大事な慣習だった。

 

 

 『君は何を望む?』

 『私に触れてください。貴方の温かさを、私に…。』

 

 

 自身の家族を、自分の生まれた村ごと皆殺しにしてしまったという弔と似た境遇。

 たとえ前世の記憶を持っていたとしても、肉体に引き摺られた精神に孤独という独りではどうしようもない毒は余りにも辛かった。

 だからこそ、決して自分の毒では死なない人と、一緒に穏やかな時間を過ごしたかった。

 

 「………。」

 

 すりすりと、まるで猫のマーキングの様にその小さな肢体をこすりつけてから、ジールはここ数年ですっかり病みつきになった温かさと共に穏やかな眠りへと就いた。

 その美貌は、年相応よりも幼さを感じさせる少女のものだった。

 

 

 

 

 




静謐「つやつや」
弔「ギリィ…!」

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