徒然なる中・短編集(元おまけ集)   作:VISP

126 / 137
新年初投稿。
仙台で食べたBBQカレーを参考にしています。
あんな豪快なカレー初めてだったなぁ…(反芻)


艦これ短編 赤城が作る5 新年初カレー編

 それは年の瀬に起こった、ある大規模作戦の出来事だった。

 

 

 

 「ぶちころす」

 

 

 

 ハイライトの消えた瞳で、並み居る深海棲艦を見つめる赤城から漏れた言葉を、初期艦の吹雪はきっと生涯忘れられないんだろうなぁ…と思った。

 

 

 

 ……………

 

 

 「それで、赤城の様子は?」

 

 漸く終わった大規模作戦の後始末の最中、必要な書類に目を通し、判を押す事務作業の中で、提督は自身の最も信頼する艦娘について尋ねた。

 

 「えぇと、その……。」

 

 その問に、普段は冷静沈着で知られる秘書艦の大淀は答えを濁した。

 

 「何かあったのか?」

 「いえ。ただまぁとても赤城さんらしいと言いましょうか…。」

 

 若干遠い目をしながら、大淀は提督の疑問に答えた。

 

 「現在、赤城さんは厨房にてカレーを作成中です。」

 「…………ごめん、もう一回頼む。」

 

 自身の聞き間違いを期待して、提督はもう一度聞いてみた。

 

 「現在、厨房にて鳳翔さん、間宮さんを巻き込んで、カレーを作成しています。」

 「なんで???」

 

 本当にうちの赤城らしいなぁ(白目)。

 提督はそう思いつつ、素直に疑問を口にした。

 

 「その、大規模作戦の結果、高速修復材を使い果たして、現在入渠施設は満員でして。」

 「あぁ、そう聞いている。」

 「巡洋艦以下の娘達は既に完了していますが、重巡洋艦以上の娘達はまだかかります。ですので、カレー禁断症状に陥った赤城さんが自分は最後で良いからカレーを作らせろと言い出して…。」

 「うわーやりそう。」

 

 提督は頭を抱えた。

 赤城のカレー大好きと料理大好き(作るのと食うの両方)をよくよく知っているこの鎮守府の主としては、さもありなんと納得もしたが。

 

 「後、手伝おうとした比叡さんは赤城さんの本気の打撃を食らって気絶しました。」

 「入渠させといて。後、他の金剛型に注意喚起を。」

 

 劇物こと比叡カレーを作る某金剛型二番艦の存在は、普段誰にでも温厚で人当たりの良い赤城にとっても到底許容できるものではない。

 それでも厨房以外で出くわせば当たり障りの無い対応をするのだが、厨房で出会った場合、ほぼ確実に実力行使をした上で叩き出すのだ。

 まぁ赤城や鳳翔らがいない時に食中毒騒ぎを起こしたのだから、当然と言えば当然なのだが。

 

 「ふぅ…くれぐれも赤城には無理をしないように伝えておいてくれ。今作戦のMVPが倒れたら士気にも影響が出るからな。」

 「了解しました。」

 

 

 ……………

 

 

 所変わって厨房。

 

 

 「……………。」

 

 ハイライトの消えた据わった目で、赤城は黙々とを仕込みを続けていた。

 その後ろでは苦笑する鳳翔と怯える間宮が指定された仕込み作業に従事していた。

 

 「あの、鳳翔さん?」

 「はい、どうしました?」

 

 こそこそと、赤城には聞こえない程度の声量で二人は内緒話を始めた。

 

 「赤城さん、どうしたんでしょう?普段は比叡さん以外には温厚な方なんですけど…。」

 「実は赤城さん、今回の大規模作戦中、ずっとカレー断ち状態だったらしくて…。」

 「あ、あー成程。」

 

 赤城のカレー好き、否、いっそカレー狂と言っても良い程の執着は鎮守府内ではよく知られている。

 それが今回の大規模作戦で空母機動艦隊の主力として活躍していたがために三週間近くお預けされていたのだ。

 しかし、本当にそれだけでここまでの状態になるのだろうか?

 

 「後、密かに携帯していたカレーご飯のお握りを敵の砲撃で落としちゃったらしくて…。」

 「うわぁ…。」

 

 間宮は思った。

 そりゃあーなるわ、と。

 基本、食べ物はそりゃもう大事にする赤城相手に、しかも図らずもカレー断ちで禁断症状が出ている状態で、大好物のカレー系統の料理を台無しにされればそりゃ激怒するだろう。

 

 「その後、砲撃してきたレ級並び敵艦隊は夜戦にまで縺れ込んで全艦撃沈したそうです。」

 「んんん???」

 

 何かおかしな事が聞こえた。

 

 「あの、それはどういう…。」

 「ほら、赤城さんの弓って、直撃させると40cm単装砲並の威力があるじゃないですか。夜戦に入ってもあれを使って応戦して、矢種が尽きたら肉弾戦で戦ったそうです。」

 

 通常、夜戦では艦載機の運用は出来ない。

 そのため、副砲等を搭載していない状態の空母等は基本的に置物と化すのだが、世の中には例外もいる。

 空母って何でしたっけ?グラップラーとかの代名詞でしたっけ?と言いたくなるのを我慢しつつ、間宮は黙って鳳翔に話の続きを促した。

 

 「最終的には応援も間に合ってレ級の撃沈にも成功したそうです。」

 「そうでしたか。」

 

 間宮はほっとした。

 そうよね、あのイベント出禁艦が正規空母に正面から戦って負ける訳ないわよね、と納得…

 

 「決まり手は赤城さんのハートブレイクショットだったそうです。」

 

 出来なかった。

 

 「赤城さんて、一体どこでそんなの覚えてくるんですか???」

 「それは私達の方が知りたいですねぇ。」

 

 絶対明○のジョーとかはじめ○一歩のファンだろ赤城さん。

 それっきり間宮は考えるのを止めた。

 

 

 ……………

 

 

 既に厨房内には艦娘向けの最低限の食事一式は準備されていた。

 これで入渠が終わった娘達は順に食事を終わらせ、大規模作戦の疲れを癒すべく就寝なり趣味の時間なりに入るだろう。

 しかしただ一隻、入渠も食事も何もかも蹴って己の趣味に邁進している艦娘がいた。

 そう、赤城である。

 つい半日前に最強の深海棲艦の一つである超弩級重雷装航空巡洋戦艦ことレ級率いる艦隊を相手取り、激戦を繰り広げ、艦載機どころか矢種尽き果て大破状態に追い込まれるも味方増援に気を取られたレ級の隙をついて「4万1300トンハートブレイクショット!!」をぶちかまし、逆転勝利をかました文句なしの当警備府のMVPである。

 

 「…………。」

 

 そんな彼女は今、只管に黙々とカレーの材料の仕込みをしていた。

 バケツこと高速修復材が切れて入渠施設が満員御礼なのを良い事に、彼女は自分の人生の最大の娯楽の一つたるカレーを三週間以上断っていた反動からなのか、手の込んだカレーの仕込みをしていた。

 とは言え、ちゃんと調理するのは材料に味が馴染む翌日以降になるだろう。

 限界を迎える程に酷使した身体は、既に感覚も覚束ない。

 レ級相手に勝利した代償として、本来の艦艇の基準で見れば雷撃処分か自沈処理でもした方が良いほどの損傷を受けている。

 それでもなおこうして厨房に立っているのは、カレー狂としての意地か、厨房を預かる者の一人としての矜持か、それとも提督への愛情か。

 以前にはなかった左手の薬指にはめられた指輪は、彼女が食いしん坊で知られる提督と最初に結婚した証だ。

 なお、二番目は秘書官の吹雪だったりする。

 

 「よし、終わ」

 

 そして、漸く全ての材料の仕込みが終わった時、肉体を凌駕した精神によって無理矢理動いていた身体がぐらりと傾いた。

 

 「と、危ないわ赤城さん。」

 「おや?」

 

 その身体を支えたのは、割と最近加入してきた加賀だった。

 

 「さっき入渠施設が空いたわ。」

 「すみませんねぇ加賀さん。」

 「言いっこなしよ赤城さん。」

 

 悪く言えば不愛想、よく言えばクールビューティーな加賀。

 練度に圧倒的差のある二人は、大抵助け合う側が逆だ。

 しかし、それが嬉しいのか、加賀はその背に動けない赤城を背負うと、僅かに上機嫌を滲ませた声音で説教を始めた。

 

 「全く、レ級相手に肉弾戦なんて、私達が駆けつけるのが遅かったらどうなっていたと思っているんですか?」

 「いやー面目ないです。」

 

 鳳翔と間宮に後の事を頼むと、二人はてくてくと入渠施設へと向かう。

 既に殆どの艦娘が自室で休息に入っている時刻、廊下には二人しかいない。

 

 「……一体何があなたの琴線に触れたの?」

 

 確かに赤城は食べ物への執着は他の艦娘よりも強い。

 しかし、ほけほけしながらもこの警備府の古参の一角であり、曲がりなりにも最高練度に到達した一隻である赤城が冷静さをかなぐり捨てる等、何かがあったとしか思えない。

 

 「おにぎり…。」

 「それはもう聞きました。」

 「あの一個、加賀さんが私のために炊いて、握ってくれたって聞いて…。」

 

 ぴたり。

 入渠施設の入り口にて、加賀はその足を止めた。

 

 「知っていたの?」

 「補給の際に偶然間宮さんから聞いて…。」

 「忘れて。」

 「ごめんなさい。食べる前にあのレ級の砲撃で落としちゃいました…。」

 

 そっと加賀は赤城を背から降ろす。

 そして、じっと赤城と目を合わせる。

 その目に籠った感情に、赤城はちょっと驚いていた。

 大きな怒りと、それと同じ位の恐怖に。

 

 「赤城さん。」

 「はい。」

 「確かに私が赤城さんのために握ったお握りが食べてもらえなかったのは悲しいわ。」

 「はい。」

 「でも、それが原因で赤城さんが轟沈されてしまったら、それ以上に私は悲しい。」

 「はい。」

 「きっと身も世もなく泣き叫んで、最悪自沈してしまうかもしれないわ。」

 「はい。」

 「提督も、メンタルが弱めの人だから、きっと泣いてしまうわ。」

 「はい。」

 「だから、私のお握りなんかより、自分自身の事を大事にして。約束よ。」

 「はい。」

 

 加賀の最後の言葉に、赤城はくすりと笑みを零す。

 嘗ての相棒にして、今の後輩の涙を堪えながらの懇願に、赤城は優しい笑みと共に答えた。

 

 「えぇ。お握りも大事ですけど、まだまだ提督や加賀さん、警備府の皆さんと一緒にいたいですからね。まだまだ沈む訳にはいきません。」

 「分かってるのなら良いわ。さぁ、入渠してすっきりしましょう。」

 

 なお、一番重傷だったのに最後だったので、担当の妖精さん達にがっつり怒られました。

 

 

 ……………

 

 

 翌日の午後、厨房には完全復活した赤城と加賀の姿があった。

 その様子をニコニコと鳳翔と間宮が見ており、「やっぱり厨房にはこの二人がいた方が活気があって良いわねぇ」等と呟いている。

 

 「では加賀さん、始めましょうか。」

 「えぇ赤城さん、任せて頂戴。」

 

 こうして二人のカレー作りは始まった。

 とは言え、仕込みの殆どは昨夜の内に終わっている。

 今からやるのは追加のメニュー分と煮込み作業だ。

 

 「加賀さんにはガーリックバターライスをお任せしますね。」

 「任されたわ。」

 

 ガーリックバターライスとは要は具無しのピラフの様な代物だ。

 とは言え、味の濃いめなカレーと合わせるので味付けも薄味だし、生米を炒めてスープや具材を加えてから炊く訳でもないので、レシピは簡単だ。

 なので、ちょっとアレンジをする。

 

 1、七分つきの精米と玄米を同量用意し、混ぜ合わせ、通常の炊飯方法と同じく洗米する。

 2、洗米後、業務用炊飯器に移す。この際、水の分量は半合分減らす。例、米3合なら水2.5合分とする。

 3、米3合に対して、ガーリックパウダー小さじ1杯、粉末コンソメ小さじ1杯、塩胡椒少々、バター或いはマーガリン10gを加えて混ぜる。

 4、後は通常通りに炊飯する。この際、炊飯器の機能に玄米用の長時間の熟成炊飯等があったらそれを使用する。

 

 手順自体は簡単なのですが、量が量なので結構な重労働です。

 チェーン店なんかだと、炊飯は機械に米さえ入れれば全部やってくれるのが珍しくもないのですが、我が鎮守府は作るメニューが多種多様な上に使い減りしない労働力が多数存在するので、こうして手作業で行っています。

 で、どうして玄米と精米が一緒なのかというと、これをすると栄養満点かつ押し麦入りごはんと同じ様に触感の違いを楽しむ事が出来るのです。

 今時銀シャリでぇ!なんて言う人は滅多にいないし、巷では雑穀ご飯を有り難がっているらしいので、前世ではよくやっていました。

 漬物や生卵、納豆やキムチだけでこの玄米と半々ごはんを食べていたのが懐かしいですねぇ。

 

 「さて、私も頑張りましょうか。」

 

 今回のカレーは割とスタンダードな味付けですが、メインとなる具材は戦勝記念代わりに豪快なものとしていきます。

 

 1、具材の野菜(玉ねぎ2・人参1・ジャガイモ1)の皮を剥き、細かく刻む。

 2、豚バラ肉2㎏のブロックを一口大の2~3倍程度の大きさに切り、塩胡椒と牛乳(適量)で揉み込んで1時間以上置く。後に牛脂を引いたフライパンで表面に焼き目が出る程度に加熱する。

 3、上記の具材に固形コンソメ1個と月桂樹の葉数枚を加え、業務用圧力鍋にて煮込む。圧力が十分かかった後、抜けるまで放置する。

 

 この内、1と2は終わっているので、ちゃっちゃと巨大な業務用圧力鍋に突っ込んで煮込んでいきます。

 お店で出す具なしカレーはこうして細かく切った材料を煮溶かした上で裏ごししてしまうのですが、うちではそんな事はしません。

 さて、これらを煮込んでいる内に、いつもならサラダを作るのですが、そちらは間宮さんと鳳翔さんが片手間にやってくれているようなので、今日はデザートでも作りましょうか。

 

 1、冷凍又は乾燥式のタピオカを表記通りに調理する。加熱時間を短くしたいなら、米粒サイズの乾燥式か冷凍式を使用する。

 2、ココナッツミルクと同量の牛乳、お好みのフルーツ缶詰や冷凍果物等を小口大にカットして混ぜる。

 3、加熱が終わったタピオカを2に加え、好みの甘さになるまで砂糖を加える。

 

 レシピとしてはこんな感じで、ご家庭向けココナッツタピオカデザートの完成です。

 カロリー計算?タピオカ食べてる時点でそんなものは捨ててくださいと言わんばかりの代物ですので、食べる際は自己責任です。

 まぁ艦娘は基本量食って何ぼですから問題ないんですけどね。

 なお、タピオカは一般的なドリンクのものは大粒で、デザートとして出されるのは食べやすい極小粒のものです。

 前者は加熱に時間がかかり、後者は湯から上げる時に網目に引っかかりやすくて片付けが面倒な特徴があるので、選択は自己責任&お好みで。

 

 おっと、圧力鍋の圧力が抜けましたね。

 で、確認確認……よし、OKです。

 野菜はほぼ原形を留めておらず、豚肉の塊も箸が通る程度には柔らかいです。

 野菜は圧力鍋なら間違いないですが、豚肉もこの後追加で煮込むので、多少固くても大丈夫です。

 

 4、野菜(玉ねぎ4、人参3、ジャガイモ2)とお好みでキノコ類(ぶなしめじ・エリンギ等を一株ずつ)を小口大に切る。

 5、圧力鍋の中身を他の鍋に移し、4の具材を足して、焦がさないように弱火で煮込む。

 6、具材全てに箸がすっと通るようになるまで煮込む。灰汁が出た際は可能な限り捨てる。

 

 この時、気を付けないといけないのはやはり焦げでしょう。

 煮崩れた野菜が鍋底に沈殿して焦げの原因になるので、弱火にしつつ、小まめに混ぜましょう。

 テフロン加工の鍋等を使うと便利です。

 で、火が通ったら最終工程です。 

 

 7、煮込んだ具材と汁を二つの鍋、甘口と辛口用にに分ける。

 8、辛口用には七味唐辛子を5振り加え、辛口~中辛の市販のルーを一箱~一箱半加える。甘口用には中辛~甘口を加える。

 9、ルーが溶けきったら、弱火で加熱した後、火を消して蓋をして蒸らす。

 10、ルーに火が通ったのを確認した後、双方に蜂蜜大さじ1・練乳大さじ2を加えて混ぜる。

 

 9の工程余計じゃね?と思うかもしれませんが、あんかけものと同じく、ルーを構成する粉成分にしっかり火を通さないととろみが出ないし、粉っぽさが残ってしまうので、これは必須の工程です。

 弱火で10分程が通常なのですが、表面がぽこぽこ大き目の気泡が出る程度まで加熱できたら、火を消して蓋をして蒸らせばちゃんと火は通りますのでご安心を。

 はちみつはカレーが固まってしまうのを防ぐためで、練乳は以前にも紹介しましたが、カレーにコクとまろやかさを加えるためです。

 その性質上、辛さもある程度抑えてしまうのですが、これの有無で大分差が出てしまうので私は入れる事にしています。

 勿論、単なる甘口にしたいなら、はちみつだけを増量するのも手です。

 はい、こうして出来上がったのは、圧巻の巨大豚肉入りカレー、ガーリックバターライス仕様です。

 栄養とボリューム両方満点の豪華なカレー、どうぞ皆さん召し上がってください。

 あ、お出しする時はスプーンだけじゃなく、フォークとナイフも準備してくださいね。

 

 でも大和さんと武蔵さん、出来上がった傍から鍋ごといかないでくれません?

 皆さんどころか私の分まで消えちゃいますからね?ダメですよ???

 

 

 ……………

 

 

 その日の夕飯時、警備府は静かに、だが確かに興奮に沸いていた。

 厨房から漂ってくる暴力的なまでの特徴的な香辛料の香り。

 そう、この警備府の者なら誰もが好きな赤城のカレーの香りだ。

 必ず毎週食べていたカレー、その中でも特に美味い赤城担当のカレー。

 思えば三週間以上、彼女の作るカレーを食べていなかった。

 大規模作戦のためだからとは言え、おにぎりや缶詰、常備菜なんかで済ませていた者達にとって、その香りは余りにも暴力的で、冒涜的で、圧倒的だった。

 開店と同時、皆が黙ってぞろぞろと入り、カレーを注文し、各々着席していく。

 それは恰もゾンビか何かの様にすら見えたが、彼女らの目は一様に爛々と厨房の受け渡し口へと向けられている。

 

 「はい、本日のカレー定食・甘口です。」

 

 そして出された料理に、全員がごくりと生唾を飲み込んだ。

 それは正に、豪快さを形にしたようなカレーだった。

 

 小鉢に盛られた綺麗なサラダ。

 同じく小鉢に盛られたラッキョウの甘酢漬けと赤い福神漬け。

 そして、お盆の中央にて堂々と主張するカレー。

 大皿に盛られたカレー、その中から我こそ主役と主張する者がいた。

 豚肉、巨大な豚肉だ。

 普段なら角煮なんかで出される豚バラ肉、それが彼女達の一口では到底入りきらない豪快な塊となって鎮座していた。

 よく見れば、普段のスプーンだけでなく、フォークにナイフまで一緒に並べられていた。

 

 「いただきます。」

 

 誰がそう言ったかは分からない。

 もしかしたら自分が言ったかもしれない。

 だが、そんな事は些細な事だ。

 その一言を鏑矢に、その場の全員が一心不乱にカレーへと挑み始めた。

 

 挑み始めて直ぐ、そのカレーに隠された丁寧な調理に、全員が気づき始める。

 ルーはただカレーの味ととろみがあるだけではない。

 形を失う程に煮込まれた姿なき野菜達、溶けだした牛と豚の脂の確かに生き、それをカレーのスパイスが統率し、練乳の持つ濃厚なミルク感が纏め上げている。

 形の残っている野菜達も程良く柔らかく、キノコ達が触感の違いを演出してくれる。

 そして、次に気付くのは米だ。

 普段はしない、ガーリックバターライス。

 殆ど下味程度なのに、その僅かなガーリック感とそれを抑えるバターの風味が実によい按配。

 玄米と精米の合わせ技であるぷちぷちとした触感、雑穀米とはまた違ったそれに、唯でさえ促進される食欲がもっともっとと貪欲にライスを欲する。

 カレー、ライス、カレー、ライス。

 するりするりと入っていくカレー、ぷちぷちと触感を楽しむライス。

 同時に口に運んでる筈なのに、二通りの味わい方が出来るという幸せ。

 そして、遂に手を出すは今回の主役、巨大な豚バラ肉だ。

 スプーンからナイフとフォークに持ち替えると、フォークで押さえ、ナイフで切り込んでいく。

 そのサイズでありながら、余程丁寧に煮込まれたのか、するりとナイフが通っていく。

 大体四分の一程度を切り分けると、緊張と共に口に運び、咀嚼する。

 柔らかく煮込まれた肉には、一切の臭みや雑味はなく、暴力的なまでの豚の旨みが口に広がっていく。

 丁寧に仕込みのされたそれは、高級肉という訳ではないのに、とてつもなく美味しい。

 カレー、豚、ライス、カレー、豚、ライス、時折サラダやお茶。

 誰もがその繰り返しに終始する。

 丁寧な仕事に裏打ちされた、豪快極まるカレー。

 朗らかなのに戦場では頼り甲斐があり、先の大規模作戦では敵味方を戦慄させた赤城そのままのカレーだった。

 

 やがて、からん、とスプーンが置かれる音がする。

 皆が皆、ちょっと忘我の状態だった。

 久々のカレーだけでも嬉しいのに、普段よりも超豪華で美味しいのが出てきたので、少々容量オーバーだったらしい。

 

 「デザートもあるんですよ。」

 

 そんな彼女らの前に出されたのは、大き目のスープカップに盛られた白い何かだった。

 真ん中には缶詰のサクランボが乗せられて、一見ヨーグルトか何かにも見える。

 未だカレーによって放念していた彼女らは、何の警戒もないままにそれをスプーンで掬い、食べた。

 

 「んん!?」

 「これって…。」

 

 口内に広がるのは、ココナッツミルク特有の濃厚な味わい。

 それに包まれたみかんやパイナップル、白桃に黄桃、アロエにナタデココ等の多種多様な具材。

 そして、彼女らが知るものよりも遥かに小粒であるが、間違いなく主役であるタピオカ。

 そう、タピオカである。

 あの夏の頃から流行真っ盛りとなり、今もなお大人気なタピオカである。

 年頃の少女の姿と価値観に寄っている彼女らからすれば、これはカレーとはまた違った嬉しいサプライズだった。

 

 「んん~~デリシャスですわ~。」

 「うわ、こんな小粒のもあるんですねぇ。」

 「ぷちぷちでもちもち~。」

 

 先程のカレーの時の鬼気迫る表情とは違い、年頃の娘らしい緩んだ顔でまったりと甘味を楽しむ艦娘達。

 やがて全てを食べ終わると、満足気な駆逐艦や潜水艦、軽巡洋艦娘等を除いた大型艦達が揃って厨房の方を向かって、皿を掲げながら叫んだ。

 

 

 「「「「「「お代わり!!」」」」」」

 

 

 警備府の厨房は今日も盛況だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「提督、本日からランニングを始めます。」

 「監督は私、神通が勤めさせて頂きます。」

 「」

 

 そして、提督はやっぱり食べ過ぎちゃったそうな。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。