徒然なる中・短編集(元おまけ集)   作:VISP

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今回、ヤンデレ要素有り


GS美神短編 政樹が逝く3 微修正

 (政樹、経過は順調だな。)

 (うん。今の所はね。)

 

 試験会場の控室の一つでは、政樹を座禅を組み、霊力を高めつつ、影の中の夜叉丸もとい滝夜叉姫と話していた。

 

 (ここまでは何とか自力で勝てた。)

 (お主な…私の助けはいらんのか?)

 (ううん、そうじゃないよ。)

 

 だが、常に滝夜叉姫の助けが借りられるとは思っていない。

 寧ろ、原作での鬼道と冥子の決闘の様に何らかの方法で分断される可能性は常にある。

 例え滝夜叉姫が極めて強力な怨霊であろうと、ネクロマンサーの笛の様な特攻手段は存在する。

 

 (それに、好きな女性の助けを借り続けるなんて、男として恥ずべき事だろ?)

 (む、むぅ…確かに日本男児としては当然の事であるが…。)

 

 照れを滲ませた声音で、滝夜叉姫が口籠る。

 中等部に入った頃、僕は滝ちゃんに自分の気持ちを正直に告げた。

 それが今の関係を崩しかねない事であり、下手をすれば二度と彼女に会えなくなる事だと分かっていても、自分に嘘はつけなかった。

 

 「滝夜叉姫…ううん、五月姫。僕は貴方を愛してます。結婚を前提としてお付き合いしてください。」

 

 ピクニック先の山の山頂の夕暮れ時、或は逢魔が時とも言うべき時間帯で、僕は滝ちゃんに告白した。

 僕にはお金がなく、冥子を上手く稽古事に行かせ、六道の目が無い状況になって、僕は漸く夜叉丸ではなく、素の滝夜叉姫と一緒にいる事が出来る。

 それだけ名前を握ると言う事は重要なのだ。

 無論、自分が未熟であっても、滝ちゃんの霊格を思えば、そこらの術者では名を知っても縛れずに逆に呪い殺されるのがオチなのだが。

 

 「政樹よ、それがどういう意味か分かって言っておるのじゃな?」

 「うん、全部分かってるよ。」

 

 普段とは違う、本当に鋭い目付きに怯む事なく頷く。

 彼女と結婚し、婚姻関係になると言う事は、自分が人間ではなく、神魔へと近づく事に他ならない。

 肉体的に死亡すれば、場合にもよるが神魔へと転生する事になるだろう。

 より正確に言えば、人間ではなくなり、人間とはまた異なる柵に囚われる事を意味する。

 今の自分は鬼道と六道に繋がれている訳だが、それが神魔となればもう逃げ出すことは出来なくなる。

 そう、あのアシュタロスの様に。

 それは人間にとっては永劫に等しい時間であり、凡百の精神では耐えられずに擦り切れて人形の様に成ってしまうだろう。

 まぁ、それで滝ちゃんと一緒になれるのなら、それもまた良しだ。

 

 「私は政樹にそんな風になってほしくはない。」

 「でも、僕は滝ちゃんと一緒にいたいんだ。ずっと。」

 

 今世どころか、前世においても、家族を除いた誰かとずっと一緒にいたいと言う感情を、僕は持つ事が無かった。

 一人の方が楽だと言う事もあったが、基本的に人嫌いの自分は、だからこそ人でない者に惹かれるのだろう。

 

 「…ならば、政樹よ。お前の本当の名を差し出せ。」

 

 それは式神使いにとって、否、霊能者にとって、人間にとって最後の命綱だ。

 大抵の古い家の人間ならば、戸籍上の本名以外の名前である諱、又は忌み名といわれる真名を持っている。

 これを知られると言う事は、魂の一端を握られるに等しい。

 悪魔祓いにおいて悪魔の名を知る事で撃退する様に、滝夜叉姫が鬼道の祖先に使役された様に、例え格上の存在であっても格下の存在に良い様にされる事を意味する。

 況して相手が丑の刻参りの神と直接契約する程の優れた呪術師である滝夜叉姫であるならば、尚更の事だった。

 主従関係は完全に逆転し、自分は肉体どころか魂すら彼女に隷属する事になる。

 

 「真名じゃ意味がないから、僕の前世の名前で良い?」

 「うむ。」

 

 だが、もう止まらない。

 その程度で良いのなら、僕は既に差し出すつもりだった。

 滝ちゃんの一生、と言うには短い時間かもしれないが、それを貰うのなら、こちらにも代価は必要だった。

 

 「僕の本当の名前は■■■■って言うんだよ。」

 

 瞬間、僕と滝ちゃんの間にある契約の繋がりが、一気に太くなった。

 

 「ふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ…」

 

 同時に、今までは念話や霊力・呪力のやり取り程度だった繋がりから、感情が土砂の様に流れてきた。

 それは歓喜であり、驚愕であり、狂喜であり、狂気であり、悦楽であり、独占欲だった。

 それは、滝夜叉姫が自分に抱く感情だった。

 

 「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 もう惚れた男は自分の所から消える事は無い。出来ない。

 10年も待ち続けたのだ。

 怨霊である自分と婚姻を結ぶ事は無いと言い聞かせ、今日まで我慢していた。

 あの子供が、あの少年が、己へと恋慕を向けてくれる事は知っていた。

 だから、ただ傍にいて、支え合い、笑い合い、共にいる事で満足しようとしていた。

 あの小娘が何時しかこの少年に恋慕の視線を向けているのに気づいてからは、ずっと不安だった。

 だが、こうなったのなら最早躊躇う必要は無い。

 

 ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと…絶対に、離さない。

 未来永劫、那由他の果てまで、この魂がある限り、永遠に別たれる事は許さない。

 

 常人なら怖気が奔り、恐怖し、命乞いをしそうな感情の波に対して、しかし僕の心は安堵していた。

 良かった、と。

 この気持ちは自分の空回りではなかったんだ、と。

 この世界で出会った、否、前世の家族を除けば抱いた事の無い、ずっと一緒にいたいと願ったこの気持ちは、確かに届いたのだと。

 

 「政樹様、不束者ですが、どうか幾久しくお傍において下さいませ。」

 「こちらこそ。未熟者ですが、どうか末永く一緒にいてください。」

 

 山頂の草原で、何故か互いに三つ指ついて頭を下げ合う姿は一種滑稽なものであったが、それでも二人の心は暖かだった。

 そして、二人はそのまま夜の山の中で一夜を明かした。

 そこで何があったのかは、二人は誰にも語らない。

 その夜、何があったのかを知るのは、森の中を飛び交う季節外れの蛍のみ。

 帰宅した時、冥子を始めとした六道家の人達に随分と心配させてしまったが、以前よりも柔らかな空気を、洗練した霊力を纏う政樹に、皆一様に言葉を失ったと言う。

 

 で、話は冒頭に戻るのだが。

 

 (我が背の君、あの様な小生意気な小娘に負ける訳がない。そうであろう?)

 (分かってる。君に恥じない戦いにするつもりだよ。)

 

 そう、最初から夜叉丸を試合で出すつもりは無かったのだ。

 

 (まぁ冥子の暴走が怖いから、その時だけは宜しくね。)

 (心得た。)

 

 後にこの時の事を政樹は思い返す。

 あれ、フラグだったんだなぁ、と。

 

 

 ……………

 

 

 六道女学院女子高等部2年所属、美神令子は次の対戦相手を最大限警戒していた。

 鬼道政樹。

 鬼道家の天才にして、六道家が敵対していた鬼道家を吸収した後に態々自家に招き、実質的な養子にする程に目にかけていると言うのだから、余程彼が欲しかったのだろうと霊能業界では言われている。

 現に、彼が六道家に所属してからは、六道はそれまで殆ど手を出していなかった陰陽寮系の遺失霊能技術の再現に挑み、六道と溝のあった陰陽寮との協力があったにしろ、これに成功している。

 これによりGS業界で鎬を削っていた六道と陰陽寮との仲が急激に修復され、それまで失伝したとされていた日本古来の呪符が市場に出回り始め、ザンスの精霊石内蔵霊具に市場を圧迫されていた日本霊能業界における生産職が息を吹き返し始めた。

 これにより所謂道具使いと言われるGSの出費が減り、即ちGS業そのもののバブル的高騰が抑えられ始めており、将来的には最もGSを必要としているであろう一般市民(突発的霊障)や財政の厳しい地方行政(地方にある怪異の封印の維持等)にも手の届く価格になるだろうと言われている。

 この功績の火付け役になった事から、後に六道家の跡取りの冥子との婚姻が予定されているのではないかと専らの噂であるが、令子の受けた印象は全く異なっていた。

 

 (冥子に対しては、あくまで職務上の従者としか認識してないわね。)

 

 そう思ったのは鬼道の目だ。

 あれは心底冥子の存在にうんざりしつつ、しかし仕方がないから相手をしているという口だろう。

 また、他の人間に向ける視線もまた、何処か無機物めいたものがあり、相手を人間として認識しているかすら怪しかった。

 実際、冥子が試験会場で式神全てを出しながら移動していたのを、周囲の人間が非難や畏怖、嫉妬の視線を向けていた事に気づきながら、注意すらしなかった。

 鬼道と仲良しだと思っている冥子なら、彼が注意すればすぐに従うだろうにも関わらずにだ。

 つまり、仕事上のお付き合いは兎も角、プライベートはNGと言う事だろう。

 そんな男が冥子と結婚し、一生を仕事とする訳が無い。

 

 (やり口もGSってよりも、ヒットマン染みた奴ね。)

 

 実際、この準決勝まで勝ち進んだ鬼道の戦い方は余りにもGSらしくなかった。

 一戦目は、相手に何かをさせる暇を与えず、霊力を足裏と背中で破裂させつつ踏み込み、ブースターの様にして高速で接近し、その勢いを霊力を込めた右拳を通して相手に叩き込んだ。

 その一撃で、霊能者が無意識に体に纏う霊力による保護は一瞬で消し飛び、まるでサッカーボールの様に一瞬して場外にまで吹っ飛ばされ、会場の壁に叩き付けられた。

 二戦目は、一戦目を見て警戒して防御を固める相手選手に対し、折り鶴の式神を試合開始直前に真上に配置、その後に即座に急降下、相手の後頭部付近で爆破し、意識が揺らいだ所を一戦目と同じやり方で倒した。

 三戦目は、令子と同じ汎用性の高い道具使いが相手であり、先程見せた折り鶴にも接近しての一撃にも警戒されたものの、今度は大量に出した折り鶴の式神の自爆特攻による飽和攻撃によって撃破された。

 つまり、四戦目の準決勝戦になってもなお、式神使いである彼が持つと言う夜叉丸が表に出てくる事は無かったのだ。

 これには観客席から相当なブーイングが出たものの、一切ルール違反をしていない事もあり、有効とされた。

 まぁ、ブーイングしている連中は古い家出身の、能力よりも家柄優先な連中なので、シカトで当然だとは思うが。

 同じ六道なので他の選手よりはデータはあるが、その詳細なスペックは本人しか知らず、更に当主である父親よりも優秀な術者である事は間違いないので、父親の頃のデータは役に立たない可能性が高い。

 

 (あーもーどうしろってのよ!)

 

 なお、六道女学院側からの支援は無い。

 事前に集められた情報も、自分で集めた学院内の目撃情報に加え、多くは師匠筋に当たる唐巣神父に頼んでのものだ。

 六道にとっては学院所属の新人が令子含む三人も準決勝に進出しているので、既に誰が勝っても美味しい状況が出来上がっているからだ。

 無論、実力で劣っている等、令子の中には毛頭ない。

 しかし、明確に勝利するためのビジョンが湧かないのだ。

 それだけあの鬼道と言う男は不気味なのだ。

 

 (まぁ悩んでも仕方ないし…出たとこ勝負ね。)

 

 そう決めれば話は早い。

 令子は控室で座禅を組み、精神を落ち着けると、改めて鬼道との戦闘をイメージし始めた。

 精神力が重要な要素となる霊能において、こうした精神統一の作法は常識、基礎の基礎だ。

 精神を落ち着け、無駄な力みを無くし、効率的に体力・霊力を使用するためにも、無駄な精神の昂りは抑えるなり御するなりする必要がある。

 しかし、昨今のGSは霊具と霊能を用いた派手な除霊が注目されがちで、若手には不人気な技術でもある。

 だが、将来はGSで食っていく事を真剣に考えている令子にとって、この手の技術は重要なものだった。

 

 (絶ッッッ対勝ってやるッ!!)

 

 まぁ、修めた技術が常に本来の趣旨のまま使用されるとは限らない訳で。

 勝利への執念に取り憑かれた令子にとっては、試合のための効率的なイメージトレーニングでしかなかった。

 

 

 ……………

 

 

 同時に行われた準決勝戦は、どちらも非常にハイレベルなものだった。

 

 「皆~~頑張って~~!」

 「この…舐めないでほしい訳!」

 

 式神使いの大家の跡取り娘にして式神:十二神将の契約者、六道冥子。

 ここ数百年では最高の呪術師としての才能を持つと言われる、小笠原エミ。

 この二者の戦いは終始冥子が優勢だったものの、エミも負けずに十二神将を捌きつつ呪術で応戦する等、不利な状況であっても抗戦し続けた。

 そしてもう一つの試合は、正に激戦と言って良いものだった。

 

 「厄介だな…!」

 「この美神令子に手抜きとか…命が惜しくないのね!」

 

 六道が鬼道家を吸収する原因となった天才、鬼道政樹。

 母親同様に天才と言われる才女、美神令子。

 本来なら式神の夜叉丸を使役して戦うと予想されていた政樹だが、彼は徹頭徹尾己の力だけで戦い続けた。

 それを侮辱と受け取った令子は神通棍を用い、我流に近い剣術で以て激しく攻め立てる。

 しかし、折り紙を簡易な式神として、盾にも、爆弾にも、剣にも、使い魔にも、地雷にも、目潰しにも応用して変幻自在の戦法を取る政樹に、令子は始終押される形となった。

 試合では同じ道具使いの範囲で戦っていたものの、折り紙一つで多様な戦い方が出来る鬼道に対し、持ち込み武器の制限(基本一つのみ)がある状態では持ち味を生かせない令子が後一歩で敗れかけた。

 

 だが、ここで予想外の事態が起きる。

 

 なんと、エミの呪術が不運にも顔面に直撃してしまった冥子が痛みと驚きにより式神の制御を手放してしまい、十二神将達がいつもの様に暴走を開始したのだ。

 始まった大破壊に巻き込まれる形でエミはリタイアしたものの、そんな事に気付く事もなく、冥子は暴走を続けていき、遂には観客や審判、建物そのものすら巻き込んで式神達が暴れ回る。

 

 「夜叉丸、鎮圧するぞ!」

 

 これには試合を一時中断し、政樹も鎮圧を開始した。

 既に勝手知ったるなんとやら、政樹と夜叉丸は手慣れた様に一体ずつ式神と冥子の繋がりを断ち、己のものとした状態で沈静化させ、終わり次第繋がりを断ち、冥子の元へと戻してく。

 12体全てが終わる頃には会場は大規模修理が必要な程に破壊されていたが、幸いにも死者は出なかった。

 しかし、この一件で冥子のGS試験は失格とされ、要再修業を言い渡された。

 エミは合格となったものの騒ぎの原因の一つでもあったので主席合格とはならず、政樹と令子は二人同時優勝となったが、政樹の方は冥子の式神鎮圧に貢献したため、GS協会から主席合格の認定及び感謝状を送られ、六道家は会場の修理費と怪我人の治療費等を支払う事となった。

 後に、この騒動が原因で六道家の当主夫妻を除いた面々から一方的に恨まれる事となり、政樹の六道離れが加速する事となる。

 

 (おめでとう、政樹。)

 (ごめんね。啖呵切ったのに、結局頼る事になっちゃって。)

 (構わぬ。アレはあの小娘が悪い。)

 (お礼に近くの喫茶店に行こう。そこのシュークリームが美味しいんだってさ。)

 (よし、案内せよ!)

 (ではエスコートしますね、お姫様。)

 

 他の3人が消化不良気味なのに対し、一組の恋人は悠々と試験会場を後にした。

 

 




次回、神田明神様にご挨拶

滝夜叉姫がヤンデレな訳ないって?
だって彼女、あの貴船神社とガッツリ縁がある女性だし、当然かなって。

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