「おや、まだ気づいていなかったのかい?」
「君は肉体を無くした事で、初めてレイシフトとマスターとしての適性を得たんだよ。」
「私からの最後の手向けだ。せめて君の大切なカルデアスに直に触れさせてあげよう。」
冬木の大聖杯、墜ちた騎士王を倒したカルデア一行の前に現れたのは、彼らも知っている顔だった。
正体を現したカルデアの副所長にして技術部門のTOPであるレフ・ライノール・フラウロス。
彼の手にした立方体、この冬木へと落とされた聖杯によって、オルガマリーは空間を繋げた先のカルデア、そこにあるカルデアスへと接触させようと動かされ、オルガマリーの身体は浮かび上がり、近づいていく。
「止めてレフ!カルデアスなのよ!?それに触れたら…」
「その通り。これは地球そのもののモデル。ブラックホールか太陽か…何れにせよ、人間が触れれば分子レベルで分解される。」
それは明確な処刑宣告。
「生きたまま、無限の死を味わい給え。」
「イヤぁぁァァァァぁァァァァーー!!」
本当に、本当に愉しそうに告げるレフに、オルガマリーは絶望を叫ぶ。
彼女を助ける者はいない。
マシュは疲弊し、素人の立香は無力だ。
「いやいやいや!誰か助けて!死にたくない!」
カルデアスまで後10m。
「私、まだ誰にも褒めてもらってないのに…!」
カルデアスまで後5m。
「助けて…」
カルデアスまで後3m。
「助けて、バーサーカー!」
後1m。
その時、その叫びに、漸く応える者が現れた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
岩盤を直上から蹴り破り、オルガマリーの元へと刃金の狂戦士が駆け付ける。
「な、サーヴァント!?」
オルガマリーを腕に抱くと同時、バーサーカーは即座にカルデアスから距離を取る。
が、既に超質量の引力に捕えられていたオルガマリーは中々離れず、寧ろバーサーカーすら引き込まれかける。
「ハハハハハハハハ、馬鹿め!死体が増えr「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」なッ!?」
バーサーカーの全身の装甲が展開し、その周囲へと何らかの力場が形成され、その姿が歪んで見える。
同時、嘲笑していたレフの顔が驚愕に歪む。
何故なら、バーサーカーは力場の形成とほぼ同時に、カルデアスから離脱したからだ。
その腕に所長を抱えたまま、バーサーカーは安全圏へと着地した。
「あうぅあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ…!」
隠す事もなく、嗚咽を上げて泣くオルガマリー。
それも仕方ない。
例え魔術師と言えど、彼女は今しがた予想だにしない方法で死にかけていたのだから。
「ふん、興醒めd」
嫌悪に顔を歪めたレフが、そのセリフを吐き切る事は無かった。
何故なら、次の瞬間に彼の全身が風穴だらけにされたからだ。
「■■■…。」
怒りの感じられる唸り声と共に、バーサーカーの右腕から弾丸が間断なく発射される。
発射されるのは先程までのガトリング砲ではなく、大口径の散弾砲だ。
残ったのは単なる挽肉であり、それがレフだった証拠は辛うじて原型を留めている彼の被っていた帽子だけだった。
その惨状に、今日一日戦いづくめだったマシュと立香の顔も青ざめている。
『って、不味い!特異点の崩壊が始まる!皆、意識をしっかり持っていてくれ!』
衝撃の展開と惨劇から、辛うじて復帰したロマンが警告する。
だが、それはあくまで立香とマシュに向けたもの。
肉体を無くしたオルガマリーは、カルデアに帰還した所で死は免れない。
崩れていく洞窟の中、徐々に加速していく崩壊の中にあっても、バーサーカーは動揺しない。
ただ、腕の中で震える女性の声を待っていた。
「たすけて…」
涙を流し、恐怖に震え、それでも生存を諦められないオルガマリーは、先程命を助けてくれた己の従者へと縋った。
「たすけて、わたしまだしにたくないの…!」
それはただの幼い子供の声だった。
「………それは、」
降り注ぐ瓦礫の中、無言を貫いていた刃金の戦士が口を開いた。
「それは、これから先もっと恐ろしい事、悲しい事があると分かっていてもか。」
「それは…」
狂戦士である筈の者の腕の中で、オルガマリーは問われていた。
「それは、多くの困難から逃げられない事になると、分かっているのか。」
世界が崩壊していく中、それでも二人の間は静かだった。
ただ静かに、狂戦士は己が一時の主へと問い掛ける。
そこから先は地獄だぞ、と。
「…分かってる。」
涙に濡れた顔をごしごしと行儀悪く袖で拭き、オルガマリーは狂戦士を見据えた。
その目からはもう先程までの恐怖は薄れ、使命感に燃えた一人の人間が居た。
彼女達が大好きな、恐怖を抱きつつも、しかし困難に挑もうとする人間が居た。
「でも、私はカルデアの所長なのよ。部下達が逃げず、素人だって頑張ったのに、TOPでプロの私が逃げ出す訳にはいかないわ。」
それは何処まで意地っ張りで、虚勢だらけの言葉だった。
「そうか。なら、私は君の願いを叶えよう。」
周囲は何時の間に静かになっていた。
それはそうだろう。
そこには既に何もない。
光も空気も何もかも。
そこは既に虚無、正真正銘何も無い空間なのだから。
完全に崩落し、特異点ですらない虚無に、二人は浮かんでいた。
「だが、覚えておいてほしい。君はこの先の恐怖と脅威と困難に相対し続ける事になる。」
そして、バーサーカーの身体が解けていく。
オルガマリーはその先に銀糸の様な輝きを見た気がした。
「それでなお、諦めを踏破するのなら…」
一流である筈のオルガマリーですら理解できない程に複雑かつ精緻で高度な魔術現象が起きている。
それしか分からない彼女は、しかし魔術師としてでなく、一人の人間として、その言葉を聞いていた。
「私もまた、君に力を貸そう。」
そこにいた者は
そこに存在した者は
そこに顕現していた者は
「この■の王の力。既に舞台を降りた身だが、今を生きる者が望むなら、求めるままに力を貸そう。」
そこで、オルガマリーの意識は途絶えた。
……………
「フォウ?」
目が覚めた時、オルガマリーの視界を埋めていたのは、カルデア在住の謎の珍生物のドアップだった。
「フォウ?」
「………。」
「フォーウ?」
「フォウ?」
「フォウフォウ!」
未だ頭が覚醒しないオルガマリーは、つい聞こえた音を繰り替えしてしまう。
すると、横でカタリと物音がした。
「プークスクス…!」
「ダ・ヴィンチちゃん、笑っちゃ駄目だよ…。」
そこにはハンディカメラを構えた万能の天才(モナリザ)と素人にして暫定マスターの立香の姿があった。
「あー…」
「「あー?」」
「取り敢えず、正座。」
その後、二人は10分程医務室の床に正座したまま説教されました。
……………
「で、何があったの?」
仁王立ちしたままのオルガマリーは呼び出したロマンとマシュも加えて、医務室で検査を受けつつ情報収集を開始した。
「あの後、立香君とマシュと一緒に、所長はレイアウトして帰還しました。」
「肉体は?私、死んでた筈だけど…。」
「それに関してはこっちを見てくれ。」
そう言ってダヴィンチが持ってきた資料に目を通す。
同時、すぐさま眉根を寄せる。
「これ、人形?」
一部の人形使いと言われる魔術師が使うもの。
その中でもかなり精密に見えるものだった。
「あぁ。だがこれには一切の魔術は使われていない。いや、君の魔術回路を再現するために一部の構造は変化しているが、これは完全に科学技術による高性能な肉体だ。義体と言うべきだね。」
「つまり、これが今の私な訳ね…。」
告げられた言葉に頭が痛くなってきた。
医者も認める程精密な人体模型を初めて見せられたらこんな気分になるのだろうか?
つまり、このレントゲンで撮影された人型機械こそが今の自分の肉体であると言う事だった。
「で、バーサーカーは?」
「あぁ、彼なら…」
「■■■■■。」
霊体から実体化したのか、バーサーカーが姿を現した。
しかし、その姿は妙に威圧感が少ない。
「なんか、消耗してない?」
「えぇまぁ…。何せ所長が意識不明の一週間、彼は施設の復旧と改良に尽力してくれてましたから。」
「バーサーカーなのにアーチャーもびっくりの単独行動ぶりだよ。お蔭で職員への負担はかなり減ったけどね。」
成程、よく見れば医務室の医療機器も購入した覚えのないものに置き換わっているし、先程まで自分が横になっていたベッドにも様々な精密機器が繋げられており、逐次データを集め、容態を見ていた事が分かる。
だが、言いたい事は山ほどあった。
「そうね、取り敢えず先に言っておくわ。ありがとう、バーサーカー。」
にっこりと、自分でも思わず褒めたくなる程の会心の笑みを浮かべる。
それを見て、マシュと立香とロマンが怯えた様に数歩後退する。
実に失礼な反応だが、ニヤニヤしてるダ・ヴィンチよりはマシだろう。
「でもね…」
顔を俯け、次への力を溜める。
このバーサーカー、会った時から自由過ぎた。
そもそも、令呪が無いとは言え、マスターに強烈なデコピンかまして正気に戻すとかサーヴァントの風上にも置けないし、マスターの危機を放置するとか本当ならチェンジものである。
しかし同時に命を助けてもらった上、こうして新しい体まで作ってくれた。
「マスターの指示なく勝手に動きまわってるんじゃないわよ、バカ―――――ッ!!」
言うべき事は言うべきだと、オルガマリーは声を張り上げて怒鳴りつけた。
こうして、本来の道筋とは大いに異なる形で、この世界線の冠位指定は始まりを告げた。
以前も言いましたが、ヒロインは所長を予定しております。
が、プロット見直したらどう見てもヒロインじゃなくヒーローになるぞコイツ。
アレェー?