さて、ラウラをぼこぼこにした後、私は止めも刺さずに簪ウォッチングに精を出していた。
何せリアルシャアザクである。
自分も大概だが、彼女の乗るISもまたロマンに溢れている。
それを勘違いした厨二女の相手をして見過ごす等あってはならない。
一応、原作通りに発動させてドイツ軍の弱みを御開帳させるためにも敢えて止めはさしていないが…何故か斬りかかってこない。
はて、機体の調子を見るためにもお喋りとかしてそこそこ手加減してやったのだが…もしかして心が折れたのか?
だとしたら軟弱過ぎるぞドイツ軍人。
と言うか、軍事教練って心を折って上官の命令に絶対服従の殺戮マシーンを作るのが目的だろうに(偏見)、何をこの程度の苦境で折れているのか。
まぁ良いか。
このまま折れるのなら、所詮はその程度で、こっちの視界に入らない分には別に気にしないし。
それよりもリアルシャアザクを見るのが大事だ。
さっきから動画と静止画で既に7G分は撮っているが、こういうのはやはり生で見るのが一番だしね。
……………
「く、そ…!」
打鉄を纏う箒は何とか対戦相手の赤い機体へと接近しようと積極的に前に出ようとする。
しかし、未だイグニッションブーストすら使えない彼女では、専用機持ちに勝てる訳もない。
一方的に一定の距離を保ったままマシンガンによる射撃を加えられ、ジリジリとシールドエネルギーが減っていく。
それを見て焦りばかり募り、結果として無理に前に出て、また余計な損害を出す事を繰り返している。
この辺り、本人の精神の不安定さ故だろう。
得意な接近戦に拘らず、取り敢えず射撃しつつ打鉄の物理装甲で防御を固めれば、ここまで無様な状態にはならなかっただろう。
だが、箒にはそこまでの柔軟さと余裕が、そして接近戦のみで打ち勝つ技量と経験、そしてセンスが無かった。
これが一夏なら姉譲りのセンスで割とどうにかなったのかもだが、生憎と箒にはそんなものはなく、何よりメンタル面で問題が多すぎた。
だからこそ、この結果は当然のものだった。
『そこ!』
また無理に前に出ようとした瞬間、相手がラピッドスイッチ(高速切り替え)によって装備したバズーカから砲弾が放たれ、直撃こそ免れたものの爆風によって煽られ、出鼻を挫かれる
「こ、のぉ…!」
遂に箒は主義主張を降ろして、ライフルを呼び出し、射撃する。
しかし、本人の技量が低い事もあり、当然の様に回避される。
いや、きっと一年では射撃において最も技量の高いセシリアであっても回避されただろう。
『当たらなければどうと言う事は無い!』
何せ、相手はあのシャアザクなのだから。
箒とて日本人、真面目に視聴した事こそ無いものの、ガンダム位知っているし、その有名なライバル機も然りだ。
最高速こそ打鉄の1.3倍の筈の敵がその技量によって、まるで3倍にも感じられる。
傍から見れば、完全に勝負は見えていた。
……………
ラウラは呆然としていた。
機体ダメージは既にC判定であり、辛うじてまだ動けるが、それとて敵が敢えて見過ごしているからこそだ。
今自分が損傷した機体で何をした所で、あの化け物には届かないと確信を持って言えた。
あの最後の一閃、あれは臨時教官であった千冬が未だISライダーとして現役だった頃のそれに近いものだった。
無論、それそのものではないし、千冬のそれはもっと鋭く、美しい。
だが、同じ領域であると思わせるものがあった。
それ故に、ラウラは挑もうとは思えなかった。
【力が欲しいか?】
だが、不意に聞こえた声で意識が彼岸から戻ってくる。
それは典型的な悪魔の誘いだった。
【力が欲しいか?】
視線を数m先で仲間への応援に声を上げている敵を見る。
きっと何不自由なく生きてきて、なのに親兄弟もなく、千冬だけが味方だった自分を踏み躙った灯を。
そう思うと、何処からか動く気力が湧いてきた。
(貴様は…そこまで多くのものを持っておきながら…そのためだけに生まれた私よりも強くありながら…!)
それは良いものではないと直感的に分かる。
しかし、その感情に抗うには、彼女は余りに幼く、拠り所が無さ過ぎた。
【力が欲しいか?】
(寄越せ!奴を打倒し、私の存在を証明できるだけの力を寄越せ!)
【欲しければくれてやる!】
そして、ラウラの意識は黒に呑まれて消えた。
同時、中破状態だったシュバルツェア・レーゲンの姿がブクブクと消え、片手に剣を持った歪な女性を模した姿へと変貌した。
【コード認証確認。VTシステム・アクティブ。戦闘モードへ移行。】
こうして、紛い物の戦乙女は立ち上がった。
……………
(お、漸くか。)
敵に背を向けながら、灯は背後でラウラがVTシステムに呑まれたのを視認していた。
元より、ISのセンサーやレーダーは全方位に対して作用している。
例え操縦者が眼球を失った所で、機体から送られるデータを処理できれば戦闘続行は可能なのだ。
だが、それでもISの戦闘において不意打ちや死角と言うものが発生するのは、人間の方がISからの情報を消化し切れいていないからだ。
しかし、それはあくまで常人の話だ。
常人よりも遥かに高い改造人間とサーヴァントとしてのスペックを発揮できる灯にとって、そんなものは最初から克服できている。
だからこそ、背後で立ち上がり、こちらに向けて踏み出したVTシステム、織斑千冬の紛い物にも当然ながら気づいていた。
(とは言え、余り早く片付けちゃ駄目だしね。)
瞬殺すれば、それだけドイツ側への弱みが無くなってしまう。
それは代表候補生としても、原作展開でも駄目だ。
あれが無ければ天災が本腰入れてドイツのマッドサイエンティスト共を殲滅しなくなってしまうし、その後厄ネタの一人となったラウラを学園で保護できなくなる。
自分が悪くはないものの、織斑先生からの悪感情はなるべく買いたくは無い。
「まぁ、食らってやる義理は無いんだけどさ。」
そう言って、背後から袈裟切りをしてきたVTシステム、その剣を持った両手を背後へと逆サマーソルトの形で蹴りつける。
その動きは織斑千冬を模しているだけあって確かに早いが、それだけで特に脅威は感じられなかった。
その際、踵部の無限軌道を展開し、リーチを伸ばす事で相手の剣が届くよりも早く蹴りを当てる事で、こちらへのダメージは殆ど無い。
【■◆!】
合成音声が漏れ出て、空かさず二の太刀を振り被ってくるが、そこまで付き合う義理は無い。
二撃目が来る前に、灯はさっさとその場を離脱し、接近戦の間合いの外、アリーナの反対側の壁の近くまで瞬時加速を使ってまで後退した。
「やっぱり、ノンアクティブか。」
その辺りは原作通りらしく、距離を取ったらVTシステムは動かなくなった。
つまり、態々近接を挑まずとも良いし、狙撃やただの砲撃なら迎撃の可能性もあるが、それではどうしようもない攻撃をすれば楽に仕留められる事を意味する。
もしこれがアクティブだったら、その時はこちらも本気を出すつもりはあった。
しかし、既に先程の無茶な逆サマーソルトで関節部へ結構な負荷がかかっている。
本気を出していれば、この機体も直ぐにお釈迦になっていただろう。
『簪ー今大丈夫?』
『どうしたの?こっちは余裕だけど。』
余裕と来たか。
原作よりも遥かにメンタルが安定しているため、友人としては実に頼もしい。
『なんかこっちで問題発生。最大火力で鎮圧するから、タイミング見て私の背後に退避して。』
『最大火力って…あれ使うの?』
『うん。お披露目するには良いかなって。』
無論ロマン兵器なのだが、秘密兵器っぽくってついつい装備してきたのだ。
お蔭で拡張領域が第二世代相当の筈の轟雷でもマシンガンと予備マガジンとブレード一本でカツカツだがな!
『分かった。そっちが準備終わったら行くね。』
『うん、頼んだよー。』
そして、通信を終えた灯は拡張領域からあるものを取り出した。
それは余りにも巨大かつ複雑な機械で、灯の纏う轟雷本体よりもデカかった。
「よい、せっと。」
それを背面に装着し、FCSが武装を認識し、機体の人工音声が状態を告げる。
【試作兵装が接続されました。システムに負荷が掛かっています。使用の際は可能な限り安全対策を取ってください。】
折り畳まれていた機械が、徐々にその本来の姿へと戻っていく。
轟雷本体もまた、脚部の無限軌道が展開して地面に接地し、足裏にある不整地用クローが展開し、機体を固定する。
真横を向いていた三重に折り畳まれた砲身が正面を向いてから真っ直ぐ伸びていき、その砲弾に見合う発射機構が砲身と接続され、次に5発の砲弾を格納した弾倉を繋げ、最後に各部にロックが掛かり、完全に固定されると、5秒程かかった変形は漸く終わった。
【老神、展開完了。】
「初弾装填。」
【了解。】
ガコン、と重々しい音と共に弾倉から艦載兵器サイズの砲弾が装填される。
狙うのはこちらを視認しつつも何の動きも取らない欠陥品だ。
精々1km程度の距離、ISのセンサーがある上に標的は静止状態、外す理由はない。
『こっちは準備完了。』
『了解!行くよ!』
通信とほぼ同時、簪のシャアザクが掃除用具の腹部を加速を乗せたまま強かに蹴りつける。
元々消耗していたのか、掃除用具は身体をくの字にして大地へと叩き付けられ、そのまま浮かんでこない。
そして数秒とせぬ内に、灯の背後に簪のシャアザクが着地した。
「凄い…これがOIGAMI…!」
有澤製IS用重グレネードカノン、その試作モデルたるOIGAMI。
ISの武装としては余りに無骨で巨大なソレは命中率とコスト、整備性・生産性の悪さ故に完成前からお蔵入りが決定し、今日まで倉庫の隅で埃を被っていたロマン・オブ・ロマン。
それをもしかしてあるかなぁと本社施設を探検し、期待通り見つけた灯が無理を言って持ってきたのがこれだった。
「変形シーンの撮影は?」
「ばっちり!後で見ようね!」
「宜しい。ならば後は実射だ。」
既にロックオンは済ませている。
だが、一応こちらが官軍だと示すために、教員たちがこちらへ踏み込もうとする中、灯は敢えて一手間かけた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒに告げる。そのISは違法だ。直ちに武装解除して投降せよ。」
『………。』
だが、当然ながら意識の無いラウラがそれに返答する事は無い。
別に構わない。
それならそれで、彼女が凄惨な体験をするだけなのだから。
「勧告はした。ではな。」
そして、灯は躊躇いなく、150mm専用砲弾をラウラを取り込んだVTシステム目掛け、轟音と共に発射した。
やりきったぜ…(汗拭いながら