これまで散々描写していたモードレッドの領地、そこは騎士王の領地の中で最も蛮族の侵攻に晒され、不毛となった筈の土地にある。
ここはブリテン島の中でもイングランドに最も近い地域の一つであり、それなりに広くはあるが、前述の理由で草木一本すら珍しい程の荒廃ぶりである。
しかし、ここ数年程でそれは大きく様変わりした。
契機はその土地がモードレッドの所領となってからだった。
彼女はこの土地を見て直ぐに「あ、これ手に負えない奴や」と悟った。
故に、己の魔術の師匠であり、最愛の母親であるモルガンに丸投げしたのである。
そして、自分は厄介払いされた兵士達の装備や食料、住居の確保に奔走した。
これが功を奏して、現在のモードレッド領は肥沃とはいかないまでもブリテン島の中でまともな農作物が収穫可能な唯一の土地となったのだ。
他の地域は精々ジャガイモ、時々他の野菜と塩、酢位が食料で、それ以外はランスロットのフランスの領地からの輸入に頼り切っていたのだ。
これが後にランスロットと王妃の不貞の際に多くの騎士達が彼に味方する理由の一つとなったのだが、それはさて置き。
モードレッド領の城であり、行政の中心である元砦の周辺には対蛮族用の城壁が設置され、更にその外に街が広がり、更にそれを囲う形で第二城壁が存在し、その外側にライ麦や大麦、蕎麦やぶどう畑等の農地が広がっている。
家畜は生ごみや糞尿処理のための豚と鶏位だが、それとて他の国内の領地では騎士王の御膝元であるコーンウォールでしか見られない程なのだから、どれだけ豊かだったかが伺える。
だが、家畜を除いた作物の7割は国に税として徴収され、街の人々の口に入る事は無い。
普通はここで不平不満が溜まり、下手を打てば反乱が起こる恐れもある。
それが分かっている人々もいるが、しかし彼らは多少の鬱憤は溜めるものの、そうカッカする事は無い。
何せ彼らの主な食料源は他にあるのだから。
「レッドショルダーズが帰って来たぞー!」
第二城壁の上にある物見台から、見張りの兵士の声が響き、鐘が鳴らされる。
同時に、農作業を終えていた人々は直ぐに住居に戻り、大急ぎで支度を始めた。
子供達は皆駆け足で狩猟部隊の通るだろう大通りへと走っていく。
皆、その顔には一様に笑顔や興奮と言ったプラスの感情が出ていた。
「帰って来たぞー!今日は大物の竜だー!」
「ヒャァ!果物もあるぞー!」
「ハッハー!今日は焼き肉パーティーだぜェッ!!」
巨大な荷車を10台ものホバーバイクで牽引してまで運搬してきたのは、全長50mを優に超える巨大な竜だった。
ワイバーンと同様に翼と融合した前肢を持つその巨体は、今や無残にもその鱗や角、爪や牙は全て砕かれるか、削ぎ落され、嘗ての雄姿は見る影もない。
そうした鱗や角、爪や牙等の破片が後方の荷車に積められ、王城の物資搬入口より魔術師達の工房へと搬入される事となる。
「すごーい!おっきー!」
「さっすがれっどしょるだーだー!」
巨大な竜とそれを狩った街のヒーロー達を前にして、子供達は大いにはしゃいだ。
「おう、ちびっこ共。果物があるけど食うか?」
「「「食べるー!!」」」
子供達にとって街の人々を守り、食糧を狩り、そして自分達に甘い果物をくれる人達。
子供達が懐くのも当然の事だった。
「よし、広場で解体するぞ!」
「手隙の奴は道具を持って集合だ!」
「城の魔術師も呼んでくれ!心臓と血液が不足気味らしいからな!」
騒々しくも、決してマイナスの方向ではない。
斜陽を迎えている筈のブリテンにおいて、ここだけは豊かさと平和が同居していた。
「よし、とうちゃーく!」
「解体急げー!鮮度を落すなよー!」
そして、荷車が街の広場に到着・停止すると、手に手に道具を持った人々が既に集合しており、まるで角砂糖に群がる蟻の様に竜へと群がり、手際よく鱗の削がれた竜の遺骸を解体し始めた。
そうして解体された肉は街の人々の、兵士達の食糧として行き渡っていく。
また、この解体に参加できる程の体力や道具、技量が無い人々や他の仕事で参加できなかった人々には、保存食として加工された通常の幻想種の干し肉等(香草と岩塩で味付け済み)が与えられる他、この場で残った部位を焼き、兵士達と共に振る舞われる。
そのため、街の人々は決して全ての肉を取る事は無い。
寧ろ、解体してそのまま焼き肉パーティーを始める始末だ。
見れば、既に酒(ビール、エール、葡萄酒等)を飲み始めている者までいる。
「領主様のお成りだぞー!」
その言葉と同時に、ざわりと広場の雰囲気が変わる。
皆が慌てて口元を拭ったり、酒瓶を隠したりする中、遂にモードレッドが姿を現した。
しかし、もしこの場にキャメロットの面々がいたとしても、彼女をモードレッドとは思えないだろう。
普段は重厚な鎧兜によって姿を隠している事もあるが、今の彼女はそれだけ可憐だった故に。
普段は後頭部で適当に結っている金髪はこの時は優雅にストレートに流し、薄らと化粧も施している。
母親と騎士王によく似た美貌は妊娠してから更に磨きがかかり、活発な美少女ではなく美女としての大人の色香を身に纏っている。
白地に所々赤い紅葉の刺繍が入ったそのドレスを纏い、静々と歩く姿は誰もが思い描く貴婦人のそれであり、誰もがほぅ…とその美しさに溜息を吐いた。
「お、肉だけでなく酒まであるじゃん。オレにもくれ!」
しかし、それもモードレッドが口を開くまでである。
いつもと同じく領主様(中身ガキ大将)はドレスのまま焼き肉パーティー会場となった広場にズカズカとハイヒールのまま歩み寄り、手近な屋外コンロで焼かれていた骨付き肉を手袋をつけたまま、大口を開けてガジリと齧り付く。
そのままモグモグと大胆に咀嚼する様は領民をして「全然変わんないなぁ…」と思わせるものだった。
「大将大将。」
「ん?おお中隊長じゃん。今回のMVP、お前だってな。後で蜂蜜酒(巨大蜜蜂より採取)届けるから、楽しみにしといてくれ。」
「あ、ありがとうごぜぇやす。所でですね、後ろを向いた方が…。」
「んー?」
モグモグと肉を頬張りながら、モードレッドは後ろを向く。
そこには、極上の笑みを浮かべたまま、額に青筋をおっ立てるモルガンの姿があった。
「母上、これはですね、滋養を付けようと…。」
「モードレッド」
「ア、ハイ。」
言い訳を口にしようとするものの、名前を呼ばれただけで一瞬で黙らされる。
先程まで肉と酒でガハハハと笑っていた人々も、今は静かに距離を取って動向を見守っている。
だって怖いし。
「お腹の子のためにも、今は自室で大人しくしていなさいと、酒なんて以ての外だと言いましたよね?」
「ハイ。」
「だと言うのに、勝手に抜け出してお肉まで下品に食べて…。戦場なら兎も角、普段はもう少しおしとやかにと常々教えている筈ですよね?」
「ハイ。」
「なら、私が言いたい事も解りますね?」
「ハイ。」
「よろしい。これ以上私の手を煩わせない様に。」
「ハイ、モウシワケアリマセンデシタ。」
そして、モードレッドは恐怖で固まったまま、静々と元砦現領主の館へと戻っていった。
「さて…皆、少し邪魔をしてしまったわね。今後もあの子が子供を産むまでに何かやらかしそうになったら、遠慮なく私に告げる様に。…イイワネ?」
「「「「「「ハイ!」」」」」
その場にいた全員が背筋を正して返答する。
此処で断ろうものならこの街から居場所が消えるため、皆必死である。
それだけ領主の母親であるモルガンは、領民達から恐れと尊敬を集めていた。
「お詫びに私の蔵から秘蔵のブランデーを出してあげるから、皆で楽しんで頂戴。」
「「「「「あざっス!」」」」」
この様に、モードレッド領は安定性と言う点では未だ若干問題があるものの、概ねよく回っている。
一回位書きたかった日常回
次回、ブリテン崩壊
君は騎士王の涙を見る。