徒然なる中・短編集(元おまけ集)   作:VISP

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さぁ終わりが始まった。


転生モーさんが逝く10

 この時のブリテンを、キャメロットの全てを俯瞰している者がいるとしたら、「まるで櫛の歯が抜けていく様だった」と言う程に、あっと言う間に崩壊していった。

 

 先ずはトリスタンが王の冷徹な治世に耐えられず、「王は人の心が分からない」と告げて去って行った。

 そこから先は本当にあっと言う間だった。

 既にペリノア王はロット王を殺したとして息子のガウェインに殺された。

 その息子のパーシヴァルは聖杯探索の全容を告げ、「この世で最も清らかな騎士を贄としてまで、私は聖杯を求めないし、その様な行いをする者を主君とする訳にはいかない」と告げ、円卓を去った。

 何だかんだでそれなりに役立つマーリンは湖の貴婦人らの一人にして彼自身の恋人にして弟子であるニミュエによって、妖精郷へと監禁された。

 そして、余りの狼藉を見かねたアグラヴェインによって、遂にランスロットと王妃ギネヴィアの不貞が発覚してしまう。

 そこから先はもう本当に、石が坂を転がり落ちる様だった。

 不貞を暴かれ、激怒したランスロットによって、アグラヴェインは斬り殺された。

 ボールズとパロミデスは嘗て受けた恩義から、多くの騎士達と共にランスロットに付いた。

 そして、何とかランスロットを説得しようと非武装で向かったガレスとガヘリスは錯乱状態だったランスロットによって他のガウェインの兄弟達と共に斬殺されてしまった。

 騎士王一派にはガウェイン、ケイ、ベディヴィエールが。

 ランスロット一派にはボールズとパロミデスが。

 他にも多数の有名無名の騎士達がそれぞれの兵を率いて二派に別れ、両派の主の意向すら無視して熾烈な争いを開始した。

 此処に、栄光あるキャメロットの円卓の騎士達は、完全に二つへ分断されてしまった。

 

 それを、妖妃モルガンは嘲笑と共に眺めていた。

 

 

 ……………

 

 

 「流石ですね、母上。」

 「ふふふふふ…まぁ私が本気を出せばこんなものよ。」

 

 本格的に己の拠点及び工房をモードレッド領に移したモルガンは、愛娘の尊敬の言葉を鼻高々にして受け取った。

 

 「引っ越しの方も無事完了しました。後は私達が移動するだけです。」

 「本当、聖槍様様ね。流石と言うべきかしら。」

 

 妖艶に嗤う様は、正に傾国の美女のそれだ。

 しかし、この国を割った姦計も、モルガンにとってはまだ下拵えの段階でしかない。

 

 「あの目障りな半夢魔ももう監禁されてるし、邪魔者はいない。」

 

 つまり、後は詰みに持っていくだけである。

 

 「では、私も支度をしますね。」

 「本当に良いの?態々あの小娘の前に出ていかなくても良いのよ?」

 

 ヨタヨタと、臨月を迎えたお腹を抱えながら歩く娘に、モルガンは労わりを込めて提案する。

 事実、既にブリテンは終わっている。

 このまま何もしなくても衰退して老衰する様に死にゆくだろう。

 それに止めを刺すのはモルガンの私情だ。

 

 「それも有りです。ですが…」

 

 ギリリと、モードレッドの歯が知らずに砕けかねない程に噛み締められる。

 その脳裏に写るのは今までの理不尽な扱いか、騎士達の仮想敵を見る視線か……それとも、大切な人を失ってしまった時の事か。

 

 「決着は、自らの手で付けたいのです。」

 

 モードレッドもまた、己が私情によって自らの手で止めを刺す事を誓っていた。

 

 

 ……………

 

 

 「何だこれは…?」

 

 騎士王一派がフランスまで撤退したランスロット一派を執拗なまでに追撃し、何とか騎士王とランスロットの間で停戦の合意が結ばれ、ブリテンへと帰還した。

 しかし、彼らを待っていたのは、ワイバーンを始めとした多くの幻想種に蹂躙される祖国の姿だった。

 何とか幻想種を蹴散らしながら、キャメロットを目指す騎士達。

 だが、彼らはあくまで対人戦争を主として戦ってきた者達。

 キャスパリーグやヴォーディガーン程の理不尽な能力を持っていなくとも、空と大地を半ば以上覆う程の物量を持った怪物達の相手は専門外だった。

 また、このブリテンの地が彼らにとって既に生育に適さない程に神秘が薄れている事に加え、ぺんぺん草ですら殆ど無い状態では、食べられるものは限られている。

 即ち、人間やその家畜である。

 主にワイバーン等の飛翔可能な幻想種らによって、城壁や距離に縛られない襲撃により、各地に配されていた治安維持用の部隊は瞬く間に全滅していった。

 彼らが守っていた、その地の住民らと共に。

 誰も彼もが、飢えた幻想種達の餌食となっていった。

 

 「ワイバーンのブレスには水を被れ!避ける時は走るのではなく伏せろ!決して孤立するな!狙われるぞ!」

 

 だが、彼らは往時の半分以下となってなお、このブリテンを圧倒的物量を持った蛮族達から守り続けた騎士達である。

 その数を徐々に減らし、消耗しながらも、何とか本拠地たるキャメロットへと辿り着く事に成功した。

 しかし、そこにこそ本当の絶望は待っていた。

 

 「来たか。」

 

 元、円卓の騎士モードレッド。

 度重なる参戦要請の全てを黙殺し、何れ討伐される予定が組まれていた護国の魔将。

 頑強な鎧兜に身を包んだ銀と紅の騎士が、その肩に竜骨の大剣を担いでキャメロットにて待っていた。

 そして、キャメロットの上空には空に巨大な穴が開いており、その向こう側からは今のブリテンには何処にもない筈の密林が覗いていた。

 

 「この騒ぎは貴様か、モードレッド卿!」

 「如何にも。今こそ我が怨讐を晴らす時。その首を貰うぞ、アーサー王。」

 

 そして、戦いは始まった。

 数では圧倒的にモードレッドが不利だ。

 しかし、幻想種との付き合い方を知るモードレッドは空の穴、世界の裏表の境界に開けられた穿孔から落ちてくる幻想種を上手く遣り過ごし、騎士王率いる騎士達に巧みに嗾け、擦りつけていく。

 無論、それを座視する円卓ではない。

 

 「く、裏切りには死を以て償わせます!『転輪する勝利の剣』ッ!!」

 

 ランスロットとの戦闘で負った重傷を押してなおガウェインは死力を振り絞り、太陽の聖剣ガラティーンの対軍向けの真名解放により、多くの幻想種を薙ぎ払う。

 だが、それが仇となった。

 幻想種の巨体とそこから発せられる咆哮やブレス、そしてガラティーンの太陽の劫火により、一時的に閉ざされた視覚と聴覚の隙を突き、未だ聖者の数字を発動している筈のガウェインは、しかしモードレッドの大剣により袈裟斬りに切断された。

 

 「なん、と…。」

 「間抜け。」

 

 それだけが、兄妹が最後に交わした会話だった。

 

 「ガウェイン卿!?」

 

 悲痛な叫びを上げる騎士王に隙を見出したのか、空中から一頭のワイバーンが狙いを定め、急降下する。

 

 「ッ、動きを止めるな馬鹿!」

 

 ワイバーンの奇襲はしかし、王の傍らにいたケイ卿が王を突き飛ばす事で防がれた。

 しかし、その分ケイ卿の回避は間に合わなかった。

 

 「ぐ、あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“…ッ!?」

 

 嘴に咥えられて空中へと連れ去られたケイ卿は、そのまま空中で複数のワイバーン達に争う様にして啄まれ、辛うじて小さな肉片が地に落ちた以外は全てワイバーンの胃袋へと納まってしまった。

 ブリテンの国政の多くを担ってきた騎士王の義兄の、余りにも無残な死だった。

 

 「オノレェェェェェェェェェ!『約束された』!」

 

 自身の甥に続き、義兄まで殺された騎士王は怒りと憎悪のままに己が居城たるキャメロットごと敵を消し飛ばすべく、聖剣の真名解放を行う。

 だが、怒りのまま振るわれる聖剣は威力はあれど、余りにも鈍重だった。

 その程度、領地を得てからずっと戦い続きだったモードレッドにとって、余りにも御しやすい相手だった。

 

 「一旦退くか。」

 

 バシュン!と、眼を焼く程の閃光に騎士達と幻想種問わず誰もが視界を奪われる。

 それは騎士王とて同じであり、それ故に迂闊に味方を巻き込みかねないと宝具の真名解放を中断してしまう。

 視界が戻った時、既にモードレッドの姿はなく、己が憎悪を周囲の幻想種へと叩き付けるべく、騎士王は残った騎士達に指示を出した。

 

 

 ……………

 

 

 戦闘後、キャメロットを改めた結果は…無残なものだった。

 後詰の騎士達も、兵士も、使用人も、誰一人として生きてはいなかった。

 誰もが全て、幻想種らに食われていたのだ。

 その死に顔は(残っていないものもいたが)一様に恐怖が刻まれていた。

 そして、食糧すら何も残っていなかった。

 目立つものではないが、虫や草食獣の様な幻想種も多数存在しており、それらに食料を食い荒らされたのだ。

 既に代わりとなる遠征時に持っていた食料も大きく減っており、これではどの道勝った所で冬を越す事は出来ないだろう。

 

 「明朝、出発する。」

 「な、アーサー王!無茶です!」

 「無論、考えはある。」

 

 騎士王曰く、モードレッドの領地は現在このブリテンで最も繁栄し、相応に食料の備蓄もある筈だ。

 今まではその過半を税として徴収し、国内に行き渡らせてきた。

 しかし、ランスロット一派との内紛が始まってからと言うもの、税として徴収されていたそれらは完全に途絶えている事から、モードレッドの領地にはかなりの量の食糧が備蓄されている事が予想できる。

 

 「我々と残された民が冬を越すには、最早余所から奪ってくるしかないのです。聞き分けてください、ベディヴィエール卿。」

 「…畏まりました。」

 

 長らく共にあった義兄と甥を一度に亡くし、そして己が国と民と騎士を滅茶苦茶にされ、憔悴しきった騎士王に、ベディヴィエールは恭しく従った。

 最早それしか道はないと、彼もまた判断したからだ。

 しかし、それは…

 

 (これでは、私達こそが蛮族になった様なものですね。)

 

 今までモードレッドに行ってきた数々の施策。

 誰よりも無私のままに功績を上げた騎士に対し、負債を押し付け続けた不徳。

 不毛の領地、忠誠心の低い兵士、高齢者に子供や重傷病者ばかりの民。

 挙句に領地経営を補佐する人材を一人も送らずに、初年度から採れた作物全てを税として徴収すると言う無道。

 寧ろ今まで良くぞ反乱を起こされなかったと、温厚かつ常識人なベディヴィエールですら思った事だ。

 或はとっとと暴発させて反乱者として討伐するための策だったのか、今ではもう分からない。

 だが、円卓の一人として思うのだ。

 あの日、あの誠実なパーシヴァルが怒りに震えながら聖杯探索の顛末を語った時から、この顛末は予想できていた。

 ギャラハッドを唯一の親友として遇するモードレッドが、こんな事態を招いた者達を許す筈がない、と。

 聖杯の詳細を知らぬとは言え、把握して事前に対応しておくべき騎士王が結局は無残に友を死なせた事を間違いなく憎悪すると。

 ベディヴィエールは分かっていても、政治を余り知らぬ故に、王とケイ、アグラヴェインに任せておけば大丈夫だと安心してしまっていた。

 その結果がこの事態だった。

 

 (今の王は鞘が無い。もしもの時は、王だけでも逃がさねば。)

 

 それでもなお、その忠誠に些かの揺らぎもなく、ベディヴィエールは最後の時へと覚悟を決めた。

 

 

 




次でVS騎士王決着の予定。

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