彼女にあったのは、ワイバーンと狂化した敵サーヴァントの跋扈するフランスでの事だった。
「私は清姫。不調の方は直ぐに声をかけてくださいね。多少の心得がありますので。」
そう言って微笑む和装の姫君に、思わず目を奪われたのを覚えている。
『清姫…日本の清姫伝説の主役だね。水神に嫁入りし、行く先々で多くの人々を助けたって言う。』
「そんな、私はただ少しだけ頑張っている方々の後押しをしただけですわ。」
そんな出会いを経て、彼女は私達のカルデアへとやってきた。
……………
人理修復が始まった当初、カルデアでは常に物資と人手が足りず、職員は食料と睡眠時間を切り詰め、何とかレイシフトを始めとした重要なシステムを稼働させていた。
なので、最も最初に問題になったのは電力と食料問題だった。
電力の方は復旧できていない区画を閉鎖し、その分を回せば良かった。
しかし、生鮮食品を調理する専門のスタッフはレフの爆破テロによって殉職しており、他のスタッフは本来の業務の方に忙殺されている。
ではいっそ手隙のサーヴァントの方に…と言う事は出来なかった。
当時召喚に応じていたのは騎士王に光の御子、ギリシャの怪物に呪腕に偽侍、血斧王に黒髭、若き日の義経とその部下と、料理関係が出来そうな人材がいなかった。
つまり、カルデアの食事事情は決して良いものとはいかず(それでも過去の英霊達からすれば、上等なものが多かった)、料理の出来る英霊は是が非でも欲しかったのだ。
そんな時に来たのが清姫である。
薬学を修め、芸術にも理解のある良妻賢母な彼女はあっと言う間に食堂に常駐する様になり、日本食だけでなく洋食にも直ぐに対応し、職員らの胃袋を掌握した。
しかも、レイシフト等で職員らが連日徹夜で観測している時等、必ず差し入れを持ってきたりしてくれる。
また、現在のカルデアの大黒柱にして医療部門TOPのロマンが一人黙って三徹していた時等、強制的に寝かしつけ、ダヴィンチちゃんと共に観測を代わった時もある。
そんなんだから、カルデアお母ん勢とメシウマ勢が揃った現在でも、彼女に甘やかされたい人材は一定数存在している。
正直、ぐうわかる。
考えても見てほしい。
人理焼却と言う未曽有の大惨事を前に日々激務を熟し、疲れて果てている日常。
そんな日々の中、朝に食堂に訪れると炊事の香りと包丁で食材を刻むトントンと言う音が響く。
食堂に入れば、割烹着を着た清姫が振り返り、にっこりと母親の様な母性と包容力溢れる笑顔で迎えてくれるのだ。
「おはようございます。もう出来てますよ。」
うっかり嫁に来て下さいと言いそうになった。
なお、実際にそれを言った職員は「ごめんなさい。私には愛する夫と子供達がいますので。」と断られた。
しつこく言い募った奴やセクハラを試みた不心得者は何故か室内で発生した土石流によって押し流されていった。
うん、こんな可愛いお嫁さんだもの。
旦那さんだって心配になるよね、分かる分かる。
……………
こんな可愛い可愛い清姫は、戦闘だって勿論熟す。
無論、その役目はサポートなのだが、回復と状態異常解除、魔力供給を可能とするスキルと宝具を持ち、更にキャスターなのに打たれ強い。
「行きますよ!雨竜転身家内安全!」
そして発動される宝具もまた、彼女らしいものだ。
雨竜へと変化し、雲を引き連れて飛翔し、味方全体に慈雨を降らせ、魔力供給及び体力回復を行ってくれる。
見た目こそ竜なのに攻撃宝具ではないのかと最初は疑問に思ったけど……慣れた今は本当に彼女らしいとしか思わない。
フランスから一貫してずっとお世話になっているこの宝具、砂漠や荒野では水の確保に重宝致しました。
聞けば、旦那さんは暴れ川の化身なので、彼女と対になっているのだとか。
種火周回とかでも孔明もといエルメロイ二世と並び、うちでは大活躍中です。
そう言えば、そろそろ…
「あ、マスター!」
「おや、どうしたの清姫?」
「見て下さい!遂に絆礼装が出ました!」
「え、マジで!?」
そろそろかなーと思ってたら、本当に出た!
「で、効果は?」
「えーと……。」
ふむふむと礼装を示すカードを読んだ清姫は……そのまま懐にしまった。
「きよひー?」
「あははははは…冗談、冗談ですよー。」
そして差し出される礼装。
白無垢に身を包んだ清姫が水面に膝まで浸かった姿が描かれるソレの説明を読んで、愕然とした。
なんだこれは…たまげたなぁ…。
「『清姫が装備した時のみ、味方全体にHPUP+毎ターン回復(小)付与』だと…?」
「あの、マスター?私これで絆MAXですし、他の方を育成に……。」
「きよひー、今度からボス戦もよろしくね。」
「ア、ハイ。」
こうして、我がカルデアのお母ん勢筆頭こと清姫は益々活躍する事となったのでした☆
……………
「ほんとにもー清姫ちゃんが良妻賢母過ぎて、私の出番が減っちゃうじゃないですかー。」
「あ、あはははは…ごめんなさいね、玉藻さん。」
「別に謝んなくても良いんですー。単なる愚痴ですからー。」
ブスーとした玉藻に、清姫は困った様に笑うしか出来ない。
何せ相手は金毛白面九尾狐であり、その実態は日本神話の太陽神天照大神の分霊なのだ。
つまり、旦那の所属する会社の超々上役、それも会社の創始者一族に連なる者。
下手な事をすれば、夫の立場がどうなるか分かったものではない。
無論、今の彼女は権力を笠に着て悪さするとは思わないのだが、それとて必要とならば容赦なく行うのが玉藻という女性だ。
「まぁまぁ。玉藻さんだって月の方では大活躍&見事良い殿方と添い遂げられたのですから、そんな不機嫌にならずとも。」
「それは分かってるんですけどねー今の私とは記憶は共有してもまた別の分霊ですからー。」
「もう、我が儘ですねぇ。…でも、そうやって恋をしようという姿勢は羨ましいです。」
夫である富田川の水神は愛している。
きっと生まれ変わっても、別の形でまた出会って結婚したいなとも思う。
でも、恋患いだとか相手を見つけようと言う事を考える前に夫に求婚されたため、その辺りの経験が清姫には全く無いのだ。
「そうやって、未だ出会わぬ殿方を甘く思い焦がれる、と言うのは素敵だと思います。」
「まーた清姫ちゃんったらそんな可愛い事言って-。」
ほぅ…と頬に手を当てて告げる清姫に、玉藻は呆れる。
婚姻の前、子守明神の下へと参拝にし向かう道中、物凄く焦れったく仲良くなり、甘酸っぱく相手を好きになっていった良妻の姿に、玉藻は口の中が甘く感じられたものだ。
「それそれーそんな可愛い事を言っちゃう口はこの口ですかー?偶にはもう少し愚痴を言ったりしないとダメですよー?」
「いひゃいでふいひゃいでふ。たみゃもさんやめちぇください。」
もにもにと搗きたての餅の様な清姫の頬を、玉藻はうりうりと両手で掴むと、横に引っ張るわ上下に動かすわ円を描くわとやりたい放題にした。
自分程ではないが、とてもきめ細やかで白く張りのある肌に「あ、これ旦那さんに(性的に)愛されて女性ホルモン出てる奴じゃんうらやまけしからん」と思い、更に頬を弄る手に熱が籠る。
絶妙に柔らかく、人肌よりも少し低い体温が触っていて心地よい。
まるで水ともお湯ともつかぬ温度の水に浸かっている様な、何時までも浸かっていたい様な、そんな錯覚を覚える程に清姫の体温と肌は心地よかった。
「やめひぇくださいやめひぇください~~ふぇぇぇぇぇぇん…。」
「良いではないか良いではないか~~。」
この後、きよひーの悲鳴を聞いてやってきたマスターが激怒するまで後5分。
うむむ、何かやっつけ仕事だな…
次はそろそろシンゴルゴーンかうしおととらの続きにするか