「では、これより各自に任務を任せます。」
ごくり、と玉座の間に緊張が走る。
この世界に来て初の本格的な御方からの任務に、知らず緊張しているのだ。
「セバス、シズとオーレオールを除いたプレアデス達を率いてナザリックを中心とした周囲1kmを探索。何も無くても1時間程で帰還しなさい。強敵との戦闘になっても必ず一人は離脱させる事。もし現地の知的生命体に遭遇した場合、攻撃されない限りは友好的に対応し、多少の金銭等を使用しても良いからナザリックに連れ帰りなさい。判断に困る案件なら伝言/メッセージで私に直接報告するように。」
「畏まりました。」
「シャルティアとコキュートスは防衛戦の準備を。戦力を集中させ、決して第三階層より下に侵入させないように。それと可能ならば侵入者は捕えるか、最低でも死体を残すように。」
「任せるでありんす!」
「承リマシタ。」
「パンドラズ・アクターはシズと共にナザリック内の総点検を。異世界に来た事で変質している可能性があるから注意してください。」
「了解しました!」
「アルベド、デミウルゴス。貴方達はナザリック全体の警備・防衛計画の見直しを。最早我らの最盛期は遠く過ぎ去りました。無茶だとは思いますが……可能ならば嘗ての大侵攻に並ぶ襲撃があっても、財貨と戦う力の無いシモベ達が逃げ切るだけの時間を稼げるようなものを。」
「畏まりました。」
「お任せを。必ずやご期待に添えてみせましょう。」
「アウラ、マーレ。二人には私のスキルと装備の点検に付き合ってもらいます。後で第六階層の闘技場に行きましょう。」
「はい!ご案内致します!」
「きょ、恐縮です…。」
「よし。皆、3時間したら作業の進捗報告を伝言/メッセージで私に知らせるように。では行動を開始しなさい。私は装備を取ってきます。」
そして、跪いたシモベ達を残して、モモンガは自室へと転移した。
その後、たっぷり一分程の間を置いてから、漸くシモベ達は動き出した。
「はふぅ……。」
最初に動き出したのはアウラだった。
満足気に息を吐くと、緊張で固まっていた体を解していく。
「んん~!流石はマイマスター!先程の少女の様な儚き御姿とは一転、こうまでのカリスマと強大さをお示しになるとは!やはりやはりやはり!貴女こそ我らが最っ高の主人ンン!!」
「ソノ物言イハ些カ不敬ダ。ガ、納得モデキル。」
次に直接作られた事で耐性があるのかパンドラズアクターが、その次にコキュートスが動いた。
「確かに。モモンガ様は運が良かったから最後に残ったと仰せだったが…。」
「じ、実は一番凄かった、とか?」
運も実力の内とは言うが、それなら確かにモモンガの運は凄まじい。
が、それはハードラックと言うか不幸中の幸いという形でしか彼女に幸運を齎す事は今の所無いのだが。
「さて、アルベド。そろそろ我々に指示を出してくれたまえ。」
「そうね…ってシャルティア?貴女さっきからどうしたの?」
いい加減動こうという空気になった時、一番騒がしい筈の変態女真祖が静かすぎる事に気づいた。
「えぇっと、その~……。」
「怒らないから正直に言いなさい。」
如何にも私やらかしましたという感じのシャルティアに、何でこんなのが同僚なのかしら…と内心アルベドは遠い目をした。
「さっきのモモンガ様の御威光に触れて、下着がちょぉっと不味い事に…。」
「今すぐ自室に行って着替えて仕事始めなさい。モモンガ様を失望させたらどうなるか分かってんでしょうねアンタ?もし御方から任された仕事に不備が出ようものなら絶対に報告するから。」
あまりにもあんまりな内容に、アルベドは絶対零度の視線と声音でもって告げた。
「ひぅぅ!す、直ぐに行くからモモンガ様には言わないでぇえ!」
そう言って、守護者序列一位(その分頭が残念)のシャルティアは涙目で胸パットがあっちこっち行くのに構わず駆け出した。
「さ、皆もそれぞれの仕事に取り掛かって頂戴。事は一刻を争うわ。」
こうして、シモベ達は動き出した。
……………
その頃のモモンガ様
「あー緊張したー……しかも感極まって泣いちゃうとか恥ずかしぃ………う~~……あ、このベッド凄いふかふかだ…。」
自室のベッドで寛いでいた。
……………
そして15分後、少々の休憩をしてからギルド武器含む本気の装備を纏ったモモンガは第六階層の闘技場へと来ていた。
「ようこそ御出でくださいましたモモンガ様!」
「い、いらっしゃいませ~……。」
そこに対照的な双子のダークエルフが飼い主を見つけた犬の様にやってきた。
「じゃぁ始めましょうか。あ、案山子を用意してもらえる?最初は第一位階魔法から…。」
こうして、三人はほのぼのと、時にはしゃぎながら魔法の確認を行った。
きっとぶくぶく茶釜辺りが見たら「何それ私も混ぜろー!」と突撃する事請け合いの穏やかな光景だった。
とは言え、単なる確認なので、最初の興奮さえ薄れれば後は割と淡々と進む。
モモンガの使用できる第四位階までの魔法を確認し終えると、不意に彼女の脳裏へとセバスからの声が響いた。
『モモンガ様、調査が大よそ終了したため、ご報告申し上げます。』
『セバスか、それでどうでしたか?』
『ナザリックの地表は現在、草原となっております。モンスターや知的生命体、人工物は一切確認できておりません。』
『…と言う事は、周囲から丸見え?』
『はい。現在ナーベラル・ガンマに飛行/フライを使用してもらい、高度を取って俯瞰してもらっていますが、肉眼で確認できる範囲では草原が広がるばかりだと。』
『分かりました。貴方達は一度戻り、その事をアウラとマーレ以外の階層守護者に伝えなさい。アウラとマーレには私から話して、ナザリックを隠蔽してみましょう。』
『畏まりました。』
「ふぅ……アウラ、マーレ。ちょっと良いかな?」
「「はい!」」
「今、セバスから連絡があったのだけど、ナザリックの地表部には草原が広がっていると報告されました。マーレのドルイドとしてのスキルで隠蔽は可能かしら?」
「えっと、出来ますけど……その、土を被せるとか…。」
「はぁ!?それだと御方の創造物を土で汚す事になるのよ!」
「ひぅん!」
姉からの怒鳴り声に、マーレが委縮する。
とは言え、シモベからすれば当然の言葉であるのだが。
「アウラ、今のマーレの意見は貴重なのだから怒ってはいけませんよ。」
「ご、ごめんなさい…。」
「マーレ。周囲は草原という事だから、いっそ複数の丘を作ってナザリックを囲んで周囲から見えなくするのは可能ですか?」
「で、出来ます!」
「そう。なら、出来るだけ自然に、地震か何かで地面が隆起したように見せかけるのは出来る?」
「だ、大丈夫だと思います。」
「宜しい。なら、その上から不可視化や幻影の魔法を重ね掛けすれば急場は凌げるでしょう。マーレは早速隠蔽作業に取り掛かって。アウラは配下のモンスター達を率いて周辺を警戒。魔法の方は人手が足りないなら報告しなさい。追加の人員を送りますから。」
「「はい!お任せください!」」
こうして、ダークエルフの二人は早速次なる仕事へと向かうのだった。
……………
「さて、道具の確認もしておかないと…。」
アウラとマーレを向かわせた後、疲れを感じない身である事を活かして、モモンガはそのまま自室で遠隔視の鏡でナザリック周辺を確認していた。
「微妙に使い方が変化してる…。」
今まではマップを表示、そこから指定した場所をズームしたり、俯瞰から見下ろしていた遠隔視の鏡。
嘗てはギルド間抗争の引き金になる事もあった微妙アイテムであるが、他の知生体を未発見の状態ならば、使い出があった。
「でも、これを使う位ならニグレドに任せた方が良さそう…。」
第五階層の氷結牢獄にいる最高位の情報系魔法詠唱者にして、タブラ・スマラグディナの創造した三姉妹の長女、即ちアルベドとルベドの姉に当たる。
生きたお化け屋敷の登場人物とも言える特徴を持つ彼女だが、情報系魔法においては自分すら上回る稀有なシモベだ。
(あの子にもちゃんとした役割があるのだから、やはり専門家に任せるのが良いよね?)
こうして本作品でも大人の事情で出番を削除される事もなく、ニグレドの登場が決定した。
そこまで考えた時、不意にノックが響いた。
「モモンガ様、失礼致します。」
「あら、セバス。戻りましたか。」
そこにはいつもの黒い燕尾服を纏ったナザリック付き執事兼家令のセバスの姿があった。
「それで、何か追加の情報はありますか?」
「いえ、これと言って特には。」
「そう……防衛上は前の毒の沼地の方が良かったのだけど…。」
「そうですな……強いて言えば、景色が綺麗だった事を覚えております。」
「そうなの?」
「えぇ、無論、ナザリック内部の方が美しいと思いますが、地平線というものを初めて目にしました。」
「ふふ、では安全確保さえ終われば、一度散歩に出るのも良いかもしれませんね。」
「その時はお供させて頂きます。」
セバスの話にころころと機嫌よく微笑むモモンガ。
それは彼女なりの子供達への愛情表現であった。
ギルメンの皆が残して逝ったシモベ達が目を輝かせて自身の体験を語るのが、幼げな子供が親にその日の武勇伝を語って聞かせようとしてくる様にそっくりだと感じたからだ。
「って、あ。」
「おや。」
機嫌よくセバスの話を聞いていたモモンガだが、その間ずっと遠隔視の鏡を起動していたままだった。
魔力消費が殆どないからこそ忘れていたのだが、そこに映された光景は彼女を不快にするには十分だった。
「セバス、これが何か分かる?」
「国家乃至組織に属する兵士による無辜の民への虐殺行為かと。」
それは虐殺だった。
西洋風の有り触れた田舎の農村、そこにやってきた馬に騎乗する全身鎧の騎士達による一方的な殺戮。
子供を庇い、切られる親。
命乞いをして、切られる男。
悲鳴を上げて、切られる女。
中心部の広場へと騎兵達によって追い立てられていく。
騎士達の足元には多くの屍が重ねられ、その中でもモモンガの目を引いたのは子供を抱き締めたまま、子供ごと殺された母親の姿だった。
「不愉快ね。」
それを見て、人間であった鈴木悟子なら吐いていたかも知れない光景に、モモンガははっきりと機嫌を悪くした。
「………。」
セバスもまた、その内にある善性に過剰に抵触する行為を見て怒りを抱いている。
「セバス、あの騎士達のレベル、どの程度に見えますか?」
「は、大凡3から5といった所でしょうか。」
「合法的に恩を売れる相手がおり、脅威にもならない程度の敵。敵方の隠し玉も考慮しても、そこまでとは思えない。」
主人の言葉を、忠臣は期待と共にじっと待った。
「恩は売れる時に売るべきね。セバス。」
「は。」
「ユリ・アルファと共にあの村の人々を救助しなさい。ルプスレギナも連れ、負傷者の救助も。但し蘇生は厳に禁止します。兵士達に関しては戦闘能力を奪った上で、殺さずに追い払いなさい。もし貴方達でも厳しいと判断したなら、即座に撤退を。貴方達の生殺与奪は私にのみあると心得なさい。」
「は。」
「これは現地住民に恩を売るまたとない好機です。決して義憤のためではありません。」
「は。」
「ですが、現地住民との円滑な情報入手のためです。貴方の思うままに振る舞う事を許可します。」
「ありがとうございます、いと慈悲深き御方。」
「私はあくまでナザリックの利益のために動いています。それ以上でも以下でもありません。では行きなさいセバス・チャン。」
「は、では失礼致します。」
そう言って、セバスは足早に部屋を後にした。
セバスを見送ってから、モモンガは直ぐに伝言/メッセージを使用した。
『デミウルゴス、聞こえていますか?』
『これはモモンガ様。私めに如何なる御用でしょうか?』
『そちらの進捗はどう?』
『現状のままでは幾ら防備を固めても時間稼ぎが精々、と言った所でしょうか。予備の拠点や専用の設備を用意いたしませんと、流石に大侵攻を足止めしつつ非戦闘員と財産の避難は難しいかと。』
『後で本格的に話し合うべきですね。と、本題に入ります。先程、セバスとユリ、ルプスレギナで先程発見した人間種の村の救援に向かわせました。』
『おや、状況が動きましたか?』
『では、現在分かっている事を伝えます。』
モモンガの告げた内容、それは人間の村で起こった事とセバスを向かわせた事、そして自身が思いついた計画だった。
それを聞いたデミウルゴスは得心した様に声を弾ませながら返答する。
『委細承知いたしました。不肖デミウルゴス、モモンガ様の命により行動を開始します。』
『えぇ、任せましたよデミウルゴス。このナザリックでも最高位の頭脳、楽しみにしています。』
『必ずや、御方のご期待に添えてみせましょう。』
『ふふ、楽しみにしています。』
そこで伝言/メッセージを切った。
「さぁ、賽は投げられたわよモモンガ。」
茫洋とした視線を天井に向け、モモンガは呟いた。
次話から展開が早くなります。