IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第89話 ミラクル・ハイテンション!

「よし。じゃあ行こうか、葵」

「……うん」

 

 朝練を終えて食事を取り、部屋に戻って制服に着替える。

 たったそれだけのことなんだが、妙に懐かしく、そして嬉しく感じるのは何故だろう。

 どうやら通い始めて数カ月で、俺はこの、IS学園での生活に愛着を持ってしまったようだ。

 箒と話したときも感じたけど、俺にとってこの『日常』は、失いたくないと思うほど重要なものへと変わってしまったらしい。

 ……最初は、スパイもどきの行動だったのにな。不思議なもんだ。

 

 自分たちの部屋である1017室に鍵をかけ、二人揃って教室へと向かう。

 そして、階段を一歩踏み出そうとしたところで――葵に制服を引っ張られた。

 

「ぐえっ……」

 

 見かけからは想像もできないような力で引っ張られ、一瞬息が詰まる。

 潰れたカエルって、こんな感じの声を出すんだろうなぁ……じゃ、なくて!

 

「どうしたんだ、葵?」

「……今日は、こっち」

 

 左腕一本で俺を引きつつ、葵が指さしたのは校庭――の、向こうのホール。

 ……ああ、そういや。

 

「今日のSHRと一限で、全校集会やるんだっけ」

 

 コクリ。

 葵が頷く。

 それにしても、この時期に全校集会とは。

 先生……じゃ、ないよね。原因は。

 脳裏に浮かぶのは、一人の先輩の姿。

 最初の依頼人にして、一人の友人とよく似た、その姿。

 ……性格は真逆だったけどな。

 そんなことを考えながら、俺は葵と共にホールへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 全校集会が始まった。

 内容は、今月にある学園祭についての説明。

 ……退屈だ。そんなの、みんなとっくに知ってるのに。

 

「ねー、葵ちゃん。今日の山代くんどんな感じだった?」

「……間違って、教室行こうとしてた」

「へー。そんなうっかりさんなところもあるんだねー」

「でもさ、完璧超人よりはそういう『弱点』みたいなのがある方がかわいいよな」

「あ!分かる~。そういえば葵ちゃん」

「……何?」

「葵ちゃんが好きなタイプって――」

 

「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます」

 

「……話はおしまい」

「そーね」

 

 生徒会役員らしき司会者が告げたその言葉をきっかけに、周囲が静まっていく。

 その様子に合わせるかのように会話を止めた私達は、ただ静かに壇上を見つめた。

 そして――

 

「やあみんな。おはよう」

「……あ」

 

 現れたその人物を見て、私は間抜けな声を上げてしまう。

 そこにいたのは、先日スコープ越しに見た、簪のお姉さんらしき人物だったのだ。

 

「ふふっ」

 

 その様子に気付いたのか、彼女は薄い笑みを浮かべる。

 でも……すぐに気付いた。

 あれは、私に向けられたものじゃない。具体的には一組の誰か……紅也か一夏だろう。

 そう思ってさらに注意していたら、今度は私の方を向く。

 視線が一瞬交錯する。

 瞳の奥に垣間見えた彼女の感情は……興味?

 ひょっとして、今ので、前に監視してたのが私だと気付かれた?

 ……墓穴掘った。

 

 が、そんな私の内心を気にも留めない様子で、彼女は話し始める。生徒会長として。

 

「さてさて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識(さらしき)楯無(たてなし)。君たち生徒の長よ。以後、よろしく」

 

 そう言って再び頬笑みを浮かべる彼女……更識楯無。

 その表情に魅了されたのか、列のあちこちから熱っぽいため息が漏れた。

 

「あの人こそ本当の完璧超人だよな」

「『弱点』、あるのかなー?」

 

 先ほどまでのやりとりを思い出したのか、メリッサとりんごが小声でつぶやく。

 ……自粛しなさいよ。周りに聞こえるわよ?

 

「では、今回の一大イベント学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは……」

 

 言いながら、更識先輩は懐から扇子を取り出し、横へとスライドさせる。

 するとそれに応じるように、空間投影ディスプレイが浮かび上がった。

 

「……名付けて、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!」

 

 閉じた扇子が、ぱんっ!と開く。

 それに合わせて、ディスプレイには一夏の写真が大きく映し出された。

 

「え……」

「えええええええええ~~~~~~~っ!?」

 

 その宣言に。

 会長の言葉に。

 それに返事する叫び声で。

 世界が、揺れた。

 

「静かに」

 

 それでも、たった一言で静寂が訪れる。

 この会長。やることなすこと突拍子なくても、求心力だけは抜群らしい。

 

「学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思い――」

 

 びしっ、と扇子を前に向ける会長。その先にいるのは……おそらく一夏だろう。

 

「織斑一夏を、一位の部活動に強制入部させましょう!」

 

 そして、再び巻き起こる歓声。

 ……うるさい。

 

「うおおおおおおおおっ!」

「素晴らしい、素晴らしいわ会長!」

「こうなったら、やってやる……やぁぁぁってやるわ!」

「「「OK!忍!!」」」

「今日からすぐに準備はじめるわよ!秋季大会?ほっとけ、あんなん!」

 

 何だか、空を断つ牙を連想させるような声が上がったのは、まあ無視するとして……。

 いくらなんでも、最後の一人はまずくないかしら?

 しかも、なんか聞き覚えのある声だったような。……部長?

 

「よしよしよしっ、盛り上がってきたぁぁ!」

「今日の放課後から集会するわよ!意見の出し合いで多数決取るから!」

「あれ?そういえばもう一人の子……山代君はどうするの?」

「そうだ!山代君もついてくるとか?」

「ええ~~っ!一位の所が織斑君で、二位の所に山代君が行くの!?」

「それ本当!?だったら、ウチにもチャンスが……」

 

 突然、誰かから飛び出した疑問。

 それが誤報となって会場内を飛び交い、ホールを満たすのに一分もかからなかった。

 

「ちょっと待てぇぇぇ!一位が一夏で二位が俺ってのはどういうことだ!俺が一夏より劣ってるってか!?ざっけんなちくしょぉぉぉぉ!」

 

 そして聞こえてきた、そんな声。

 ……何やってるのよ、紅也。

 

「あら?山代君は、織斑一夏くんより下に見られるのが嫌なのかしら?」

「あったり前田のクラッカーパーティだぜ、更識先輩!そもそも、俺とあの未熟者を比べるんじゃねぇっすよ!」

「ちょっ、紅也!なんかいろいろ酷くないか!?」

 

 それを会長と一夏があおり、紅也の声はどんどん大きくなる。

 あまりの剣幕に、先ほどまで騒いでいた周りの子も全員黙ってしまい、その顛末を見守る。

 

「ひどくねぇよ!鈴音ごときにフルボッコたぁ……。情けなくって涙が出らぁ!てやんでい、べらぼうめぇい!」

「もはや意味不明だっ!?」

「――ふーん。じゃ、一位の部活に山代くん、二位の部活に織斑くんなら文句ないわけね?」

「ああ!その条件ならいくらでも……はっ!?」

 

 普段の冷静な紅也なら、ここまで熱くはならなかっただろう。

 でも、タイミングが悪かった。

 久々に帰って来た学園の懐かしさにテンションが上がり、夏休み中の出来事のせいで 『当たり前のこと』でも無上の喜びを感じるようになってしまった、今の紅也には。

 冷静さなど、期待できなかった。

 

 結果――

 

「……と、いうわけで今年の学園祭では山代紅也を一位の部活動に、織斑一夏を二位の部活動に強制入部させることが決定しました!」

「「「「わぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」

「だぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 藪からバジリスクが飛び出した。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 紅也〉

 

 失敗した。

 失敗した。失敗した。

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した――ッ!

 

 あの全校集会の後。俺は一人、ホールの中で打ちひしがれていた。

 

「……で、何か言い訳はありますか?山代紅也」

「まさか、その場の勢いだけであんなこと言ったわけじゃありませんよね?」

「うっ……ごめんなさい。名護屋河先輩、天白先輩」

 

 訂正。一人ではなかった。

 打ちひしがれていた俺を見下(みお)ろす……否、見下(みくだ)す二人は、俺が所属する部活動、弓道部の部長・副部長コンビであった。

 

「本気ですか。本気でのーぷらんなのですね。ならば……」

「身から出た錆です。仕方ありませんけど……」

「「喰らいなさい!!」」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 降りそそぐ矢の嵐。

 俺は何となく、英雄王と対峙する贋作者のような気分になりながら、今度こそ崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 何もない空間に浮かぶ、四角い砂嵐。

 その場にいた誰もがそこに注目し、その場にいた誰もが声を発せずにいた。

 そんな、沈黙を。

 

「――ねえ、パパ。どうして何も映ってないの?もっと見たいよ、宇宙」

 

 ただ一人、無垢故に何も知らぬ幼子の声が、破り捨てる。

 注意の沈黙も、緊迫した空気も気にせずに。

 年相応の好奇心で目を光らせるその子は、ぐいぐいとスーツの袖を引く。

 

「――ッ!そうだ、乗組員へ連絡を!」

「無線!赤外線!何でも試せ!」

「コアを使った量子通信を!……通じない!?」

「クラウス!クロウ!ニコラス!マリア!――ロバーク!!」

「「type-00」は無事か?あれには多額の資金を……」

 

 にわかに騒がしくなる室内。でも、彼にはそんなことは関係ない。

 

「ねえ、パパ……」

 

 このとき、彼は。

 目の前の景色の意味を理解するには、あまりに幼すぎた。

 

 

 

 

 

 

「……あ?うぅ……」

 

 西日が差す保健室で、俺は目を覚ました。

 どうやらあの嵐のような弾雨を喰らい、気絶したらしい。

 布団をはがし、自分の身体の具合を見る。

 

 ……制服に穴は空いてない。どうやら二人とも手加減してくれたようだ。

 身体にもあざ一つ残ってないのに、痛みだけはある。

 そんな、絶妙な手加減を。

 

「……あ、気がついた?」

 

 微塵もありがたくない配慮に感動して涙が出そうになるが、次いで聞こえた声に気付いてそれをこらえる。

 ――この事態の元凶に、見せる涙など無い。

 

「……何しに来たんですか、更識(さらしきの)(かんざしの)(あね)

「だから、普通に呼んでってば。山代紅也くん」

 

 近場の椅子に腰かけ、どこか楽しげな――しかし薄っぺらな――笑みを浮かべているのは、この学園の生徒会長、更識楯無その人であった。

 

「……じゃあ、更識先輩と」

「うむ、よろしい。で、用件なんだけど、ちょっと一緒に来てくれない?」

「何故ですか?ひょっとしてさっきの馬鹿げた提案、取り消してくれる気になったとか?」

「ん、察しがいいね、キミ」

「え?本当に……」

 

 そうだよな。

 あんなの、売り言葉に買い言葉。その場の勢いに流された発言に、強制力なんてあるわけがないじゃないか!アンタもそう思うだろ?

 

「その件に関しては、先程の職員会議で正式に決定したから。もう覆らないよ」

 

 ……思わないのか?

 そうか。

 俺だけ、なのか……。

 

「なんで、思わせぶりな発言をしたんですか?」

「そりゃ、そっちの方が面白そうだったから」

「それだけっすか!?」

 

 酷い、あんまりだ。

 というか、誰か止めてくださいよ。

 ……え?自業自得?

 

「とまあ、それは置いといて」

「あっさり流された!?」

 

 またも扇子を取り出し、ばっと勢いをつけて開く更識先輩。

 そこには、『本題』の二文字が。……また新しい扇子か。もう驚かねぇぞ。

 

「実は、一夏くんは『強制入部』に不満があるらしくてね」

「まあ、そうでしょうね」

「そこで私と勝負して、一夏くんが負けたら従うことになったのよ」

「……はあ?無茶苦茶じゃないですか、そんな条件!?」

 

 一夏の提案。

 それは、あまりに公平性を欠いたものだ。

 負けたら、っていうのは、実は非常に微妙なルールだ。

 ならば、何を以って負けと定義するのか……。それを決めていなければ、勝負にならない。

 そう――

 

「そんなルールで、一夏が勝てるわけが無い!」

「あら、知ってるのね。私のこと」

 

 この人に勝つには、そんなあいまいな条件ではいけない。

 『敗北』を定義し、『勝利条件』を提案し、その上で裏をかく。

 そのくらいしなくては、『格下』の一夏では勝てない相手なのに。

 

「そりゃあ、まあ。『IS学園の生徒会長。それ即ち学園最強』ってのは有名ですから。

 ま、一夏みたいに部活やってない人間じゃ、知らないのも納得できますが」

「本人にも説明したんだけどね。どうやら誰かさんみたいに、うっかり口を滑らせたみたいだよ?」

 

 ……ぐうの音も出ない。

 

「……で?何でそこに俺が関わってくるんですか?」

「それはね、どうせならキミにも挽回のチャンスをあげようと思って」

「ちゃんす?」

「そ、チャンス。機会ってこと。

 キミが私と勝負して、負けたら私の言うことに従う。それでどう?」

 

 そう言いながらも、笑みを崩さない更識先輩。

 その表情に浮かぶのは、慢心でも油断でもなく、実力に裏付けされた笑顔。

 自分が負けるとは微塵も思っていない。

 そんな、冷たくも美しい笑み。

 

「……俺の『勝利条件』は、俺が更識先輩を『倒す』こと。で、『敗北条件』は俺の降伏か、俺の身体が動かなくなること。……それでいいですか?」

「うん、いいよ。どうせ私が勝つから」

 

 果てしなく不利な条件なのに、笑みを崩さない更識先輩。

 ……本当に、自分が負ける所など想像していないのだろう。

 

 面白れぇ。

 『学園最強』を名乗るこの先輩で、試してやろう。

 夏を経て生まれ変わった俺の、新しい力を。

 そして――

 

 進化の現実ってやつを教えてやる。

 

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