疲れた。
その一言に尽きる。
友好的でもなければ、敵対的でもない。
話を聞く気はあるようだけど、会話をする気はさらさら無い。
まるで私と関わることを避けているような、そんな少女。
思い出すのは、夏休みの日々。
一つ屋根の下、一緒に暮らしていたにも関わらず、まともに話をすることがなかった、最愛の妹。
(……どうしようかしら?)
彼女に興味を持ったのは、至極当然。
最新鋭のビーム兵器に、圧倒的な戦闘力。さらにその
でも、本当に気になったのはそこではない。
似ているのだ、彼女と。
見た目ではなく、身にまとう雰囲気や、存在感が。
だけど、違う。
彼女には確立した自己があり、信頼できる仲間がいる。
もっとも、臨海学校での一件を聞く限り、人に頼るのは苦手なようだけど。
それでも……私は考えずにはいられない。
彼女を
◆
〈side:山代 葵〉
疲れた。
その一言に尽きる。
まず、あの態度が苦手。
こちらの
それに、オープンな態度を装っておきながら、自分の実体は掴ませない。まるで霧だ。
考えも読めないし……。
他に嫌な感じがしたのは、あの笑顔。
勘違いしないで欲しい。笑顔が不快とかじゃない。
ただ……底が知れない感じがした。
いつも笑顔で、どんなことでも実行してみせて、決して弱さを垣間見せない。
……成程。簪が苦手に思うのも分かるわ。
私にとっての母さんみたいね。……いつになったら越えられるのやら。
まあ、感傷に浸るのはここまでだ。
一夏探しは……正直、飽きた。
今は、部屋でゆっくり休みたい。
そう思って、1017室の扉を開くと……。
「お、おかえり葵。散らかして悪ぃな」
先に帰ってきてた紅也が、こっちを見ずにそう答えた。
紅也の正面には複数の空中投影ディスプレイが展開されており、ベッド周りの空間を埋め尽くしていた。
「……別に、いい。それより、どうしたの?」
昼間に録画したIS戦の映像を探している……と、いうわけじゃ無さそうだ。
ディスプレイに浮かんでるのは、映像ではない。
全てテキストデータ。あるいは、画像だ。
しかも、そこに映っていたのは、さっきまで私の思考の大半を占拠してた人物。
その名は――
「……更識楯無」
「そうだ。……あの人、得体が知れねぇ。俺の腕のことも知ってたし、周囲も探られたと考えていい。だったらせめて、こっちも互角の情報くらいは持っとかねぇと……」
次々に浮かんでは消える画面。その発信源である8はせわしなく検索を続け、めぼしい情報はすべて紅也に回す。
「……敵対するの?」
「まだ分かんねぇ。でもよ、どっちに転ぶにしても、手札は多い方がいい。……これ、今分かってる情報だ。念のため葵も見ておけよ。近いうちに接触があるはずだ……」
近いうち、どころかついさっき会った。
でも、今そんなことを言ってもしょうがない。紅也には、作業に集中して貰わないと。
とりあえず渡されたデータに目を通す。……大半は公式発表の情報ね。
更識楯無。日本人。
ロシアの代表操縦者で、専用ISは『ミステリアス・レイディ』。
更識家はけっこうな歴史を持つ名家だけど、詳細不明。
だけど、大手掲示板にはたまに都市伝説的に名前が出てくることから、「裏」の存在であることが推測される。下着が大人っぽい。
……って、コラ。
「……見たの?」
「いや、見てない」
「……じゃ、何で下着のことなんて分かるのよ」
「ああ、そっちか。見たぞ。
俺が見てないって言ったのは、ISの話だ。……ああくそっ!衛星画像でもダメか!?何だ、この武器は!熱反応を見る限り爆弾か?指定した空間に爆発を起こすなんて……バレッテーゼフレアかよ!R○VEなんて持ってねーぞ、俺!」
……堂々と『下着見た』宣言しないでよ、馬鹿兄。
あるいは、そんなことも気にする余裕がないとか?
それはそれとして、続きを見る。
一夏から聞いた話……そう書いてあった。
場の『流れ』を支配してるような、そんな感じがある。上品な感じがするから、名家のお嬢様かも。なんか逆らえない。布仏家は代々更識家のお手伝い。三人は生徒会役員。後……滅茶苦茶強い。
「……紅也。『布仏家』で検索を……」
「もうやってるが、ヒット無しだ。ついでに、父さんにもメールで問い合わせ中。ま、期待できないけど」
そっか。
とりあえず、信頼できる情報はこの程度みたい。
……少なすぎるわね。
「……ま、自由国籍権を持ってるくらいだ。政治に口出しできる程度の力はあると見ていい」
「そうね。……紅也、もう休んだら?」
「……そう、だな。ネット上にこれ以上の情報は無さそうだ」
ディスプレイが消えていく。
明るかった部屋は徐々に暗くなっていき、最後の一枚が消えたときには、もはや光源は8だけだった。
「……はあ。こうなったら、最後の手段しかないか」
ため息を吐きつつも紅也は立ち上がり、電気のスイッチをつける。
白色の、強い光が闇を払いのけ、私は思わず目を押さえた。
「最後の手段……滅びの呪文でも使ったつもり?」
「いくら目が痛いからって、そんな皮肉を言わんでも……」
ごめん。でも、一言くらい言って欲しかった。
「……で?」
「分からないことは、本人に聞く。それが一番だ」
「絶対無理だと思う。あの人、必要以上に自分のことを語らないから」
「葵が即答ってのも珍しいな。つーか、本人に会ったのか?
……まあ、そんなことは分かってるよ。俺が接触するのは、『更識楯無』本人じゃない。『更識家』についてよく知ってる、もう一人だ」
もう一人。そして、本人。
これらのキーワードから、容易に想像できる人物が一人いる。
「……簪」
「ああ。なりふり構っていられねぇからな。明日にでも話を聞くつもりだ」
そう言ってる紅也の目は、どこまでも真剣だった。
無理もない。
私達が入学してから、IS学園のイベントで問題が起こらなかった日は一度もない。
その大半は一夏を中心としたものだったけど、私達にも火の粉はかかってきた。
だから、次にそういったことが起こった場合、学園はどういった対処をするのか?
……つまり、学園は『味方』なのか『敵』なのか。それをはっきりさせたいのだ。
7月に織斑先生と話した限りでは、学園は『織斑一夏』の味方だ。
でも、私達――『モルゲンレーテ』の味方かどうかは、まだ分からない。
それなのに、ここにきてもう一人、思惑が分からない人がいる。
これじゃ、いざというときに安心できないじゃない。
「……そういえば、簪は会長と仲が悪そうだったけど。話、聞けるの?」
「それは知ってる。ついでに、更識先輩の方は簪に好かれたいって思ってることもな。
……俺は、簪を利用しようとしてる。簪を手元に置いておけば、先輩も迂闊には動かないと思ってる。……はぁ。サイテーだよな、俺」
カタカタ……とキーを打つ音が聞こえる。
紅也の表情は見えないけど、何を考えてるかくらい分かる。
気が滅入ってるのも、自分を卑下してるのも、本当。
でも、それらを嫌がってはいない。ただ仕事として、割り切って考えてる。
それが、自分たちの役目のために、必要なことだと理解してるから……。
「――よし、と。文面、こんなもんでどうだ?」
「……見せて」
どうやら、さっきはメールを打ってたらしい。
嫌がりながらも仕事はこなす姿勢は、まさに企業戦士。
さて、どんなメールになったのかしら?
◆
拝啓、更識簪さま
突然の連絡、失礼いたします。
このたび、あなたの御実家について詳しくお話を伺いたいと思い、こうして連絡した次第でございます。
我々の将来に関係する、大切な話です。本日18時に、学園内のカフェで待ち合わせましょう。
敬具
◆
削除。
「ちょ、おま、葵!いきなり消去なんて酷いじゃねぇか!」
「うるさいバカ兄!女にこんなメールを送るんじゃない!」
酷い?私なんかより、このメールの方がよっぽど酷いわ!
何で丁寧語なのよ?何でこの内容なのよ?
『実家』とか『将来』とか、まるで……その、結婚を前提とした付き合いの申し込みみたいじゃない!
馬鹿なの?死ぬの?
こんな手紙送って
「……と、いうわけで書き直し!もっとシンプルでいいから!」
「いいのか?頼みごとをするときは丁寧語がいいって聞いたんだけどな……」
「誰に?」
「グーグル先生」
ともかく、紅也は書き直しを始め……
「できた!」
「えっ!?」
◆
話がある。明日の18時に学園のカフェに来てくれ。
紅也
◆
「没」
「何でだよ!『シンプル』かつ『分かりやすい』じゃねぇか!」
「こんなメールで来る人なんて、中学時代パシられてたような子だけよ!」
まったく。
我が兄ながら、何でここまでメールセンスが壊滅的なのか……。
口はよく回るのにね。
「……でも、簪ならこれで来そうな気も……」
「だから駄目なの!」
確かに、簪は来るだろう。
でも、それは『自分に』用があると思ってるからだ。
そんな、期待に(小さな)胸を目一杯膨らませた簪の前で、予想外の話を切り出したら?
……さすがの簪でも、冷水をかけて帰るくらいはやると思う。
というか、やっていいと思う。
私が許可する。
「今度は、ちゃんと用件も書いて。……あ、後、ちゃんと簪が喜びそうな内容にして」
「簪が喜ぶ?……そういや、『打鉄弐式』って荷電粒子砲だけ未完成だったよな。でも、ビーム発信機はもうオープンにされた技術だから……」
カチカチ。
少しだけ真剣になった紅也だけど……もうちょっと女心を勉強すべきじゃない?
いや、たらしになられても困るけど。
……そういえば、“天然たらし”の一夏が女心を学んだら、どうなるのかしら?
“女性の天敵”に進化するのか、ただのキザな奴に退化するのか。
あるいはワープ進化して、存在するだけでピンク色のフェロモンを振りまく“セクスィー一夏”になるのか……
「……ふう。これでいいか?葵」
「……え?ちょっと見るから、待って」
◆
簪へ
この前、モルゲンレーテがビームライフル技術を公表しただろ?
だから、俺にもそういった兵器を作る許可が下りた。
今度こそ、打鉄弐式を完成させられる。……まあ、他に話したいこともあるから、18時に整備室に来てくれよ。
紅也
◆
「……及第点」
「あれ?渾身の一作だったんだけどな……」
いや……確かに、悪くはない。
でも、内容が事務的すぎて、女の子に送る内容としてはどうだろう……って話だ。
「内容は悪くないけど、事務的すぎる。これじゃ、簪も『家』の話をされるとは思わない」
「だったら……もう一文くらい付け加えるか?『簪の実家のことを知りたい』って」
「……それはダメ。簪が逃げる可能性がある」
「……そうかもな。……待てよ」
いきなり何かを閃いた紅也は、再びキーを打ち始める。
先程までの戸惑ってた紅也とは違う、敵に立ち向かうときのような表情になって。
……うん、私はこういうお兄ちゃんが一番好き。
凛々しくて、カッコ良くて、男らしくて。
まさに理想の男性を体現したような姿。
「『シンプル』に……でも『事務的』にならないように……。かつ『家』の話を切り出しやすいように……っと」
その情熱が、他の女に向けられてるってのは複雑だけど……こんな表情が見れたなら、まあいいや。プラマイゼロよ。
「……出来た!葵、今度は完璧だろ?」
そもそも、ここまでやる気を出させたのは私なんだから、これは私の期待に応えようとする気持ちの表れよ。
「ええ、そうよ。それなら言うことなしじゃない!」
「よっしゃ!じゃ、早速送信だ!」
悪いわね、簪。
今回、紅也はアナタを利用するつもりなの。
だから、せめてものお詫びとして、アナタの乙女心を刺激するようなメールを
葵は簪を嫌っているわけではありません。念のため。
校正なしでメール送信!紅也はどんな爆弾を投げたのやら。