IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第96話 更識楯無:傾向と対策

 疲れた。

 その一言に尽きる。

 

 友好的でもなければ、敵対的でもない。

 話を聞く気はあるようだけど、会話をする気はさらさら無い。

 まるで私と関わることを避けているような、そんな少女。

 

 思い出すのは、夏休みの日々。

 一つ屋根の下、一緒に暮らしていたにも関わらず、まともに話をすることがなかった、最愛の妹。

 

(……どうしようかしら?)

 

 彼女に興味を持ったのは、至極当然。

 最新鋭のビーム兵器に、圧倒的な戦闘力。さらにその特殊な出自(・・・・・)も考えると、少なくとも一年生最強であるのは間違いない。

 でも、本当に気になったのはそこではない。

 

 似ているのだ、彼女と。

 見た目ではなく、身にまとう雰囲気や、存在感が。

 だけど、違う。

 彼女には確立した自己があり、信頼できる仲間がいる。

 もっとも、臨海学校での一件を聞く限り、人に頼るのは苦手なようだけど。

 それでも……私は考えずにはいられない。

 彼女をこちら側(・・・・)に引き込めれば、この閉塞した状況が変わるのではないか、と……。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 疲れた。

 その一言に尽きる。

 

 まず、あの態度が苦手。

 こちらの領域(テリトリー)にぐんぐん入ってきて、主導権を取られそう。

 それに、オープンな態度を装っておきながら、自分の実体は掴ませない。まるで霧だ。

 考えも読めないし……。

 

 他に嫌な感じがしたのは、あの笑顔。

 勘違いしないで欲しい。笑顔が不快とかじゃない。

 ただ……底が知れない感じがした。

 いつも笑顔で、どんなことでも実行してみせて、決して弱さを垣間見せない。

 ……成程。簪が苦手に思うのも分かるわ。

 私にとっての母さんみたいね。……いつになったら越えられるのやら。

 

 まあ、感傷に浸るのはここまでだ。

 一夏探しは……正直、飽きた。

 今は、部屋でゆっくり休みたい。

 そう思って、1017室の扉を開くと……。

 

「お、おかえり葵。散らかして悪ぃな」

 

 先に帰ってきてた紅也が、こっちを見ずにそう答えた。

 紅也の正面には複数の空中投影ディスプレイが展開されており、ベッド周りの空間を埋め尽くしていた。

 

「……別に、いい。それより、どうしたの?」

 

 昼間に録画したIS戦の映像を探している……と、いうわけじゃ無さそうだ。

 ディスプレイに浮かんでるのは、映像ではない。

 全てテキストデータ。あるいは、画像だ。

 

 しかも、そこに映っていたのは、さっきまで私の思考の大半を占拠してた人物。

 その名は――

 

「……更識楯無」

「そうだ。……あの人、得体が知れねぇ。俺の腕のことも知ってたし、周囲も探られたと考えていい。だったらせめて、こっちも互角の情報くらいは持っとかねぇと……」

 

 次々に浮かんでは消える画面。その発信源である8はせわしなく検索を続け、めぼしい情報はすべて紅也に回す。

 

「……敵対するの?」

「まだ分かんねぇ。でもよ、どっちに転ぶにしても、手札は多い方がいい。……これ、今分かってる情報だ。念のため葵も見ておけよ。近いうちに接触があるはずだ……」

 

 近いうち、どころかついさっき会った。

 でも、今そんなことを言ってもしょうがない。紅也には、作業に集中して貰わないと。

 とりあえず渡されたデータに目を通す。……大半は公式発表の情報ね。

 

 更識楯無。日本人。

 ロシアの代表操縦者で、専用ISは『ミステリアス・レイディ』。

 更識家はけっこうな歴史を持つ名家だけど、詳細不明。

 だけど、大手掲示板にはたまに都市伝説的に名前が出てくることから、「裏」の存在であることが推測される。下着が大人っぽい。

 

 ……って、コラ。

 

「……見たの?」

「いや、見てない」

「……じゃ、何で下着のことなんて分かるのよ」

「ああ、そっちか。見たぞ。

 俺が見てないって言ったのは、ISの話だ。……ああくそっ!衛星画像でもダメか!?何だ、この武器は!熱反応を見る限り爆弾か?指定した空間に爆発を起こすなんて……バレッテーゼフレアかよ!R○VEなんて持ってねーぞ、俺!」

 

 ……堂々と『下着見た』宣言しないでよ、馬鹿兄。

 あるいは、そんなことも気にする余裕がないとか?

 

 それはそれとして、続きを見る。

 一夏から聞いた話……そう書いてあった。

 場の『流れ』を支配してるような、そんな感じがある。上品な感じがするから、名家のお嬢様かも。なんか逆らえない。布仏家は代々更識家のお手伝い。三人は生徒会役員。後……滅茶苦茶強い。

 

「……紅也。『布仏家』で検索を……」

「もうやってるが、ヒット無しだ。ついでに、父さんにもメールで問い合わせ中。ま、期待できないけど」

 

 そっか。

 とりあえず、信頼できる情報はこの程度みたい。

 ……少なすぎるわね。

 

「……ま、自由国籍権を持ってるくらいだ。政治に口出しできる程度の力はあると見ていい」

「そうね。……紅也、もう休んだら?」

「……そう、だな。ネット上にこれ以上の情報は無さそうだ」

 

 ディスプレイが消えていく。

 明るかった部屋は徐々に暗くなっていき、最後の一枚が消えたときには、もはや光源は8だけだった。

 

「……はあ。こうなったら、最後の手段しかないか」

 

 ため息を吐きつつも紅也は立ち上がり、電気のスイッチをつける。

 白色の、強い光が闇を払いのけ、私は思わず目を押さえた。

 

「最後の手段……滅びの呪文でも使ったつもり?」

「いくら目が痛いからって、そんな皮肉を言わんでも……」

 

 ごめん。でも、一言くらい言って欲しかった。

 

「……で?」

「分からないことは、本人に聞く。それが一番だ」

「絶対無理だと思う。あの人、必要以上に自分のことを語らないから」

「葵が即答ってのも珍しいな。つーか、本人に会ったのか?

 ……まあ、そんなことは分かってるよ。俺が接触するのは、『更識楯無』本人じゃない。『更識家』についてよく知ってる、もう一人だ」

 

 もう一人。そして、本人。

 これらのキーワードから、容易に想像できる人物が一人いる。

 

「……簪」

「ああ。なりふり構っていられねぇからな。明日にでも話を聞くつもりだ」

 

 そう言ってる紅也の目は、どこまでも真剣だった。

 無理もない。

 私達が入学してから、IS学園のイベントで問題が起こらなかった日は一度もない。

 その大半は一夏を中心としたものだったけど、私達にも火の粉はかかってきた。

 だから、次にそういったことが起こった場合、学園はどういった対処をするのか?

 ……つまり、学園は『味方』なのか『敵』なのか。それをはっきりさせたいのだ。

 

 7月に織斑先生と話した限りでは、学園は『織斑一夏』の味方だ。

 でも、私達――『モルゲンレーテ』の味方かどうかは、まだ分からない。

 それなのに、ここにきてもう一人、思惑が分からない人がいる。

 これじゃ、いざというときに安心できないじゃない。

 

「……そういえば、簪は会長と仲が悪そうだったけど。話、聞けるの?」

「それは知ってる。ついでに、更識先輩の方は簪に好かれたいって思ってることもな。

 ……俺は、簪を利用しようとしてる。簪を手元に置いておけば、先輩も迂闊には動かないと思ってる。……はぁ。サイテーだよな、俺」

 

 カタカタ……とキーを打つ音が聞こえる。

 紅也の表情は見えないけど、何を考えてるかくらい分かる。

 気が滅入ってるのも、自分を卑下してるのも、本当。

 でも、それらを嫌がってはいない。ただ仕事として、割り切って考えてる。

 それが、自分たちの役目のために、必要なことだと理解してるから……。

 

「――よし、と。文面、こんなもんでどうだ?」

「……見せて」

 

 どうやら、さっきはメールを打ってたらしい。

 嫌がりながらも仕事はこなす姿勢は、まさに企業戦士。

 さて、どんなメールになったのかしら?

 

 

 

 

 

 

拝啓、更識簪さま

 

 突然の連絡、失礼いたします。

 このたび、あなたの御実家について詳しくお話を伺いたいと思い、こうして連絡した次第でございます。

 我々の将来に関係する、大切な話です。本日18時に、学園内のカフェで待ち合わせましょう。

                                     敬具

 

 

 

 

 

 

 削除。

 

「ちょ、おま、葵!いきなり消去なんて酷いじゃねぇか!」

「うるさいバカ兄!女にこんなメールを送るんじゃない!」

 

 酷い?私なんかより、このメールの方がよっぽど酷いわ!

 何で丁寧語なのよ?何でこの内容なのよ?

 『実家』とか『将来』とか、まるで……その、結婚を前提とした付き合いの申し込みみたいじゃない!

 馬鹿なの?死ぬの?

 こんな手紙送って生徒会長(ほかのおんな)の話なんかしたら、〈山嵐〉で撃たれるわよ!

 

「……と、いうわけで書き直し!もっとシンプルでいいから!」

「いいのか?頼みごとをするときは丁寧語がいいって聞いたんだけどな……」

「誰に?」

「グーグル先生」

 

 ともかく、紅也は書き直しを始め……

 

「できた!」

「えっ!?」

 

 

 

 

 

 

 話がある。明日の18時に学園のカフェに来てくれ。

 

                                     紅也

 

 

 

 

 

 

「没」

「何でだよ!『シンプル』かつ『分かりやすい』じゃねぇか!」

「こんなメールで来る人なんて、中学時代パシられてたような子だけよ!」

 

 まったく。

 我が兄ながら、何でここまでメールセンスが壊滅的なのか……。

 口はよく回るのにね。

 

「……でも、簪ならこれで来そうな気も……」

「だから駄目なの!」

 

 確かに、簪は来るだろう。

 でも、それは『自分に』用があると思ってるからだ。

 そんな、期待に(小さな)胸を目一杯膨らませた簪の前で、予想外の話を切り出したら?

 ……さすがの簪でも、冷水をかけて帰るくらいはやると思う。

 というか、やっていいと思う。

 私が許可する。

 

「今度は、ちゃんと用件も書いて。……あ、後、ちゃんと簪が喜びそうな内容にして」

「簪が喜ぶ?……そういや、『打鉄弐式』って荷電粒子砲だけ未完成だったよな。でも、ビーム発信機はもうオープンにされた技術だから……」

 

 カチカチ。

 少しだけ真剣になった紅也だけど……もうちょっと女心を勉強すべきじゃない?

 いや、たらしになられても困るけど。

 ……そういえば、“天然たらし”の一夏が女心を学んだら、どうなるのかしら?

 “女性の天敵”に進化するのか、ただのキザな奴に退化するのか。

 あるいはワープ進化して、存在するだけでピンク色のフェロモンを振りまく“セクスィー一夏”になるのか……

 

「……ふう。これでいいか?葵」

「……え?ちょっと見るから、待って」

 

 

 

 

 

 

簪へ

 

 この前、モルゲンレーテがビームライフル技術を公表しただろ?

 だから、俺にもそういった兵器を作る許可が下りた。

 今度こそ、打鉄弐式を完成させられる。……まあ、他に話したいこともあるから、18時に整備室に来てくれよ。

 

                                     紅也

 

 

 

 

 

 

「……及第点」

「あれ?渾身の一作だったんだけどな……」

 

 いや……確かに、悪くはない。

 でも、内容が事務的すぎて、女の子に送る内容としてはどうだろう……って話だ。

 

「内容は悪くないけど、事務的すぎる。これじゃ、簪も『家』の話をされるとは思わない」

「だったら……もう一文くらい付け加えるか?『簪の実家のことを知りたい』って」

「……それはダメ。簪が逃げる可能性がある」

「……そうかもな。……待てよ」

 

 いきなり何かを閃いた紅也は、再びキーを打ち始める。

 先程までの戸惑ってた紅也とは違う、敵に立ち向かうときのような表情になって。

 ……うん、私はこういうお兄ちゃんが一番好き。

 凛々しくて、カッコ良くて、男らしくて。

 まさに理想の男性を体現したような姿。

 

「『シンプル』に……でも『事務的』にならないように……。かつ『家』の話を切り出しやすいように……っと」

 

 その情熱が、他の女に向けられてるってのは複雑だけど……こんな表情が見れたなら、まあいいや。プラマイゼロよ。

 

「……出来た!葵、今度は完璧だろ?」

 

 そもそも、ここまでやる気を出させたのは私なんだから、これは私の期待に応えようとする気持ちの表れよ。

 

「ええ、そうよ。それなら言うことなしじゃない!」

「よっしゃ!じゃ、早速送信だ!」

 

 悪いわね、簪。

 今回、紅也はアナタを利用するつもりなの。

 だから、せめてものお詫びとして、アナタの乙女心を刺激するようなメールを作成中(・・・)よ。今日は、一時の興奮に身をゆだねるといいわ!




葵は簪を嫌っているわけではありません。念のため。

校正なしでメール送信!紅也はどんな爆弾を投げたのやら。
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