IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第96話 更識楯無:傾向と対策

 疲れた。

 その一言に尽きる。

 

 友好的でもなければ、敵対的でもない。

 話を聞く気はあるようだけど、会話をする気はさらさら無い。

 まるで私と関わることを避けているような、そんな少女。

 

 思い出すのは、夏休みの日々。

 一つ屋根の下、一緒に暮らしていたにも関わらず、まともに話をすることがなかった、最愛の妹。

 

(……どうしようかしら?)

 

 彼女に興味を持ったのは、至極当然。

 最新鋭のビーム兵器に、圧倒的な戦闘力。さらにその特殊な出自(・・・・・)も考えると、少なくとも一年生最強であるのは間違いない。

 でも、本当に気になったのはそこではない。

 

 似ているのだ、彼女と。

 見た目ではなく、身にまとう雰囲気や、存在感が。

 だけど、違う。

 彼女には確立した自己があり、信頼できる仲間がいる。

 もっとも、臨海学校での一件を聞く限り、人に頼るのは苦手なようだけど。

 それでも……私は考えずにはいられない。

 彼女をこちら側(・・・・)に引き込めれば、この閉塞した状況が変わるのではないか、と……。

 

 

 

◆

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 疲れた。

 その一言に尽きる。

 

 まず、あの態度が苦手。

 こちらの領域(テリトリー)にぐんぐん入ってきて、主導権を取られそう。

 それに、オープンな態度を装っておきながら、自分の実体は掴ませない。まるで霧だ。

 考えも読めないし……。

 

 他に嫌な感じがしたのは、あの笑顔。

 勘違いしないで欲しい。笑顔が不快とかじゃない。

 ただ……底が知れない感じがした。

 いつも笑顔で、どんなことでも実行してみせて、決して弱さを垣間見せない。

 ……成程。簪が苦手に思うのも分かるわ。

 私にとっての母さんみたいね。……いつになったら越えられるのやら。

 

 まあ、感傷に浸るのはここまでだ。

 一夏探しは……正直、飽きた。

 今は、部屋でゆっくり休みたい。

 そう思って、1017室の扉を開くと……。

 

「お、おかえり葵。散らかして悪ぃな」

 

 先に帰ってきてた紅也が、こっちを見ずにそう答えた。

 紅也の正面には複数の空中投影ディスプレイが展開されており、ベッド周りの空間を埋め尽くしていた。

 

「……別に、いい。それより、どうしたの?」

 

 昼間に録画したIS戦の映像を探している……と、いうわけじゃ無さそうだ。

 ディスプレイに浮かんでるのは、映像ではない。

 全てテキストデータ。あるいは、画像だ。

 

 しかも、そこに映っていたのは、さっきまで私の思考の大半を占拠してた人物。

 その名は――

 

「……更識楯無」

「そうだ。……あの人、得体が知れねぇ。俺の腕のことも知ってたし、周囲も探られたと考えていい。だったらせめて、こっちも互角の情報くらいは持っとかねぇと……」

 

 次々に浮かんでは消える画面。その発信源である8はせわしなく検索を続け、めぼしい情報はすべて紅也に回す。

 

「……敵対するの?」

「まだ分かんねぇ。でもよ、どっちに転ぶにしても、手札は多い方がいい。……これ、今分かってる情報だ。念のため葵も見ておけよ。近いうちに接触があるはずだ……」

 

 近いうち、どころかついさっき会った。

 でも、今そんなことを言ってもしょうがない。紅也には、作業に集中して貰わないと。

 とりあえず渡されたデータに目を通す。……大半は公式発表の情報ね。

 

 更識楯無。日本人。

 ロシアの代表操縦者で、専用ISは『ミステリアス・レイディ』。

 更識家はけっこうな歴史を持つ名家だけど、詳細不明。

 だけど、大手掲示板にはたまに都市伝説的に名前が出てくることから、「裏」の存在であることが推測される。下着が大人っぽい。

 

 ……って、コラ。

 

「……見たの?」

「いや、見てない」

「……じゃ、何で下着のことなんて分かるのよ」

「ああ、そっちか。見たぞ。

 俺が見てないって言ったのは、ISの話だ。……ああくそっ!衛星画像でもダメか!?何だ、この武器は!熱反応を見る限り爆弾か?指定した空間に爆発を起こすなんて……バレッテーゼフレアかよ!R○VEなんて持ってねーぞ、俺!」

 

 ……堂々と『下着見た』宣言しないでよ、馬鹿兄。

 あるいは、そんなことも気にする余裕がないとか?

 

 それはそれとして、続きを見る。

 一夏から聞いた話……そう書いてあった。

 場の『流れ』を支配してるような、そんな感じがある。上品な感じがするから、名家のお嬢様かも。なんか逆らえない。布仏家は代々更識家のお手伝い。三人は生徒会役員。後……滅茶苦茶強い。

 

「……紅也。『布仏家』で検索を……」

「もうやってるが、ヒット無しだ。ついでに、父さんにもメールで問い合わせ中。ま、期待できないけど」

 

 そっか。

 とりあえず、信頼できる情報はこの程度みたい。

 ……少なすぎるわね。

 

「……ま、自由国籍権を持ってるくらいだ。政治に口出しできる程度の力はあると見ていい」

「そうね。……紅也、もう休んだら?」

「……そう、だな。ネット上にこれ以上の情報は無さそうだ」

 

 ディスプレイが消えていく。

 明るかった部屋は徐々に暗くなっていき、最後の一枚が消えたときには、もはや光源は8だけだった。

 

「……はあ。こうなったら、最後の手段しかないか」

 

 ため息を吐きつつも紅也は立ち上がり、電気のスイッチをつける。

 白色の、強い光が闇を払いのけ、私は思わず目を押さえた。

 

「最後の手段……滅びの呪文でも使ったつもり?」

「いくら目が痛いからって、そんな皮肉を言わんでも……」

 

 ごめん。でも、一言くらい言って欲しかった。

 

「……で?」

「分からないことは、本人に聞く。それが一番だ」

「絶対無理だと思う。あの人、必要以上に自分のことを語らないから」

「葵が即答ってのも珍しいな。つーか、本人に会ったのか?

 ……まあ、そんなことは分かってるよ。俺が接触するのは、『更識楯無』本人じゃない。『更識家』についてよく知ってる、もう一人だ」

 

 もう一人。そして、本人。

 これらのキーワードから、容易に想像できる人物が一人いる。

 

「……簪」

「ああ。なりふり構っていられねぇからな。明日にでも話を聞くつもりだ」

 

 そう言ってる紅也の目は、どこまでも真剣だった。

 無理もない。

 私達が入学してから、IS学園のイベントで問題が起こらなかった日は一度もない。

 その大半は一夏を中心としたものだったけど、私達にも火の粉はかかってきた。

 だから、次にそういったことが起こった場合、学園はどういった対処をするのか?

 ……つまり、学園は『味方』なのか『敵』なのか。それをはっきりさせたいのだ。

 

 7月に織斑先生と話した限りでは、学園は『織斑一夏』の味方だ。

 でも、私達――『モルゲンレーテ』の味方かどうかは、まだ分からない。

 それなのに、ここにきてもう一人、思惑が分からない人がいる。

 これじゃ、いざというときに安心できないじゃない。

 

「……そういえば、簪は会長と仲が悪そうだったけど。話、聞けるの?」

「それは知ってる。ついでに、更識先輩の方は簪に好かれたいって思ってることもな。

 ……俺は、簪を利用しようとしてる。簪を手元に置いておけば、先輩も迂闊には動かないと思ってる。……はぁ。サイテーだよな、俺」

 

 カタカタ……とキーを打つ音が聞こえる。

 紅也の表情は見えないけど、何を考えてるかくらい分かる。

 気が滅入ってるのも、自分を卑下してるのも、本当。

 でも、それらを嫌がってはいない。ただ仕事として、割り切って考えてる。

 それが、自分たちの役目のために、必要なことだと理解してるから……。

 

「――よし、と。文面、こんなもんでどうだ?」

「……見せて」

 

 どうやら、さっきはメールを打ってたらしい。

 嫌がりながらも仕事はこなす姿勢は、まさに企業戦士。

 さて、どんなメールになったのかしら?

 

 

 

◆

 

 

 

拝啓、更識簪さま

 

 突然の連絡、失礼いたします。

 このたび、あなたの御実家について詳しくお話を伺いたいと思い、こうして連絡した次第でございます。

 我々の将来に関係する、大切な話です。本日18時に、学園内のカフェで待ち合わせましょう。

                                     敬具

 

 

 

◆

 

 

 

 削除。

 

「ちょ、おま、葵!いきなり消去なんて酷いじゃねぇか!」

「うるさいバカ兄!女にこんなメールを送るんじゃない!」

 

 酷い?私なんかより、このメールの方がよっぽど酷いわ!

 何で丁寧語なのよ?何でこの内容なのよ?

 『実家』とか『将来』とか、まるで……その、結婚を前提とした付き合いの申し込みみたいじゃない!

 馬鹿なの?死ぬの?

 こんな手紙送って生徒会長(ほかのおんな)の話なんかしたら、〈山嵐〉で撃たれるわよ!

 

「……と、いうわけで書き直し!もっとシンプルでいいから!」

「いいのか?頼みごとをするときは丁寧語がいいって聞いたんだけどな……」

「誰に?」

「グーグル先生」

 

 ともかく、紅也は書き直しを始め……

 

「できた!」

「えっ!?」

 

 

 

◆

 

 

 

 話がある。明日の18時に学園のカフェに来てくれ。

 

                                     紅也

 

 

 

◆

 

 

 

「没」

「何でだよ!『シンプル』かつ『分かりやすい』じゃねぇか!」

「こんなメールで来る人なんて、中学時代パシられてたような子だけよ!」

 

 まったく。

 我が兄ながら、何でここまでメールセンスが壊滅的なのか……。

 口はよく回るのにね。

 

「……でも、簪ならこれで来そうな気も……」

「だから駄目なの!」

 

 確かに、簪は来るだろう。

 でも、それは『自分に』用があると思ってるからだ。

 そんな、期待に(小さな)胸を目一杯膨らませた簪の前で、予想外の話を切り出したら?

 ……さすがの簪でも、冷水をかけて帰るくらいはやると思う。

 というか、やっていいと思う。

 私が許可する。

 

「今度は、ちゃんと用件も書いて。……あ、後、ちゃんと簪が喜びそうな内容にして」

「簪が喜ぶ?……そういや、『打鉄弐式』って荷電粒子砲だけ未完成だったよな。でも、ビーム発信機はもうオープンにされた技術だから……」

 

 カチカチ。

 少しだけ真剣になった紅也だけど……もうちょっと女心を勉強すべきじゃない?

 いや、たらしになられても困るけど。

 ……そういえば、“天然たらし”の一夏が女心を学んだら、どうなるのかしら?

 “女性の天敵”に進化するのか、ただのキザな奴に退化するのか。

 あるいはワープ進化して、存在するだけでピンク色のフェロモンを振りまく“セクスィー一夏”になるのか……

 

「……ふう。これでいいか?葵」

「……え?ちょっと見るから、待って」

 

 

 

◆

 

 

 

簪へ

 

 この前、モルゲンレーテがビームライフル技術を公表しただろ?

 だから、俺にもそういった兵器を作る許可が下りた。

 今度こそ、打鉄弐式を完成させられる。……まあ、他に話したいこともあるから、18時に整備室に来てくれよ。

 

                                     紅也

 

 

 

◆

 

 

 

「……及第点」

「あれ?渾身の一作だったんだけどな……」

 

 いや……確かに、悪くはない。

 でも、内容が事務的すぎて、女の子に送る内容としてはどうだろう……って話だ。

 

「内容は悪くないけど、事務的すぎる。これじゃ、簪も『家』の話をされるとは思わない」

「だったら……もう一文くらい付け加えるか?『簪の実家のことを知りたい』って」

「……それはダメ。簪が逃げる可能性がある」

「……そうかもな。……待てよ」

 

 いきなり何かを閃いた紅也は、再びキーを打ち始める。

 先程までの戸惑ってた紅也とは違う、敵に立ち向かうときのような表情になって。

 ……うん、私はこういうお兄ちゃんが一番好き。

 凛々しくて、カッコ良くて、男らしくて。

 まさに理想の男性を体現したような姿。

 

「『シンプル』に……でも『事務的』にならないように……。かつ『家』の話を切り出しやすいように……っと」

 

 その情熱が、他の女に向けられてるってのは複雑だけど……こんな表情が見れたなら、まあいいや。プラマイゼロよ。

 

「……出来た!葵、今度は完璧だろ?」

 

 そもそも、ここまでやる気を出させたのは私なんだから、これは私の期待に応えようとする気持ちの表れよ。

 

「ええ、そうよ。それなら言うことなしじゃない!」

「よっしゃ!じゃ、早速送信だ!」

 

 悪いわね、簪。

 今回、紅也はアナタを利用するつもりなの。

 だから、せめてものお詫びとして、アナタの乙女心を刺激するようなメールを作成中(・・・)よ。今日は、一時の興奮に身をゆだねるといいわ!




葵は簪を嫌っているわけではありません。念のため。

校正なしでメール送信!紅也はどんな爆弾を投げたのやら。
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