IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第102話 それでも地球は廻ってる

 どれだけ悩もうが、どれだけ考えようが、時間は止まってくれない。

 朝が来れば日が昇り、日が沈んだら夜が来て、星が消えれば朝が始まる。

 今日もそんな、いつもと変わらない朝が……

 

「紅也さん!アナタは、なんてモノを……!」

 

 ……いつもと変わらない朝が来る。

 

「さらっと流さないでくださいませ!」

 

 ……いや、だって、ねぇ。

 

「セシリアが賑やかなのは、いつものことじゃねーか」

「なっ!?失礼な!わたくしはいついかなるときも淑女として、慎ましくしているではありませんか!」

「……って言ってますけど、皆さんどう思われます?」

「「「嘘だッ!!」」」

「なん……ですって……」

 

 一瞬、織田○二も真っ青な濃ゆい顔になったセシリアは、芝居がかった動作で崩れ落ちる。ちなみに、クラスの皆は特に反応していない。つまり、これは割といつものことだ、ってワケだ。ユーアンダースタン?

 

「……って、危うくうやむやにされるところでしたわ。紅也さん!貴方は、なんてモノをお見せになったのですか!」

「そう言われてもなぁ……。『()げる』っていう方向性で連想したのがアレだったんだ。面白かっただろ?」

「怖いうえにグロテスクでしたわ!それに、わたくしの目指すものはまかり間違っても“アレ”ではありません!」

「……あー、スマン。確かにやりすぎた……かも」

 

 胸の前で両手を“ぐっ”と握り、うっすらと湿った瞳で俺を見つめるセシリアを見ると、どうにも罪悪感が湧いてくる。……何度目の誓いか知らんが、今後は自重しよう。

 

 ……できるかどうかは、また別の話になるけど、さ。

 

 

 

 

 

 

「まったく!それで一夏ったら、鼻の下を伸ばしてデレデレしちゃって。何が『二人っきりの秘密のレッスン』よ!生徒会長だか何だか知らないけど、ポッと出の女がナニやってんのよ!」

「……そーですね」

 

 例のオファーのことを考えてたら、いつの間にか授業が終わってた。

 授業中の俺はどうやら『心、ここにあらず』なサム・ウィンチェスター状態だったようで、何度か織斑先生に叩かれていたそうだ。

 ちなみに、そのときは左腕が勝手に動いて迎撃してたらしい。すげぇな、俺の無意識。

 で、今は昼休み。食堂に向かっていたはずの俺はなぜか鈴音につかまり、そのままグダグダと愚痴を聞かされ続けてるってワケさ。

 

「最強だかなんだか知らないけど、一夏のコーチはあたし一人で十分なの!最近じゃ一夏、ようやくセシリアに勝てるようになったんだから!」

「そーですね」

 

 ああ……みんな、悩みが多い時期なんだなぁ……。

 いいよね、恋の悩みって。俺もいつか、そういう平和的な悩みを持ってみたいぜ……。

 

「ちょっと、聞いてんの!?」

「そーで……ああ、聞いてるよ」

「嘘つけ!馬鹿(ホン)!」

「あ!?誰がバカボンだ!」

 

 こいつはっ……!

 人の気も、知らねぇで……!

 

 ………………!

 ………………。

 ……やめよう。不毛だ。

 

「……一つ言わせてもらうけどよ、一夏のコーチをしてたのはお前だけじゃねぇ。俺や葵だって面倒見たし、セシリアやシャル子や……とにかく専用機持ち総出でやったじゃねぇか」

「それは……そうだけど……。でも、一夏を独占するなんて、許せないわよ!」

「本音が出たな」

 

 結局、こいつの悩み……というか、不満はそこなんだよな。

 一夏と二人っきりの時間が欲しい。

 でも、更識先輩がいる限りは難しいんじゃねぇかなぁ……。

 

「確かに、鈴音の言うことも分かるけどな。更識先輩は、教師としては理想的だと思うぞ?なにせ、この学園で一番強……あ」

「そんなのわかって……って、どうしたのよ、紅?」

 

 鈴音がジト目で俺を見てるが、そんなのは無視だ。

 俺は今、何て思った?

 更識先輩が一番強いから、コーチとしては適任?

 それなら……手段は一つじゃねぇか。

 

「あ、そっか。お前が更識先輩と勝負すればいいんだ」

「は?いきなり何を言い出すのよ?」

「ちょっと考えてみろよ。お前が勝てば一夏のコーチはお前、負ければ……そのまま更識先輩に指導を頼んじまえよ。そうすりゃ、一夏と一緒にいられるんじゃね?」

「あっ……そっか……。前は断られたけど、頼み込めばいけるかも!」

「よし!じゃ、プライドを大安売りする準備をしとけよ」

「負ける前提!?」

 

 ツインテールを天へと突き立て、両手で机をダンッと叩く鈴音は、正直ドン引きするほどの勢いを持っていた。この迫力……怒ったときの部長にも勝るとも劣らねぇぞ?

 

「だってよ……葵が負けるとは思わねぇけど、生徒会長は学園最強だぜ?葵が負けるとは思わねぇけど、葵よりは弱いお前が勝てる道理は無いだろ?」

「二回言った!アンタ、どんだけシスコンなのよ!?……ま、確かに葵は強いわよねぇ。第二形態移行してからは一度も戦ってないけど、第一形態にも勝てなかったから……」

 

 推して知るべし、ってやつだ。

 ……そういや、葵は俺の異常に気付いてるんだろうか?

 気付いてるんだろうなぁ……。これだけ動揺してるんだ。葵にそれが伝わって(・・・・)無いはずがない。……はぁ。あのとき、葵に心配かけないようにしようって決めたのに。駄目なお兄ちゃんだなぁ、俺は。

 

 もし、あの契約を結んだら、葵はどうなるんだろう?

 ひとりでも頑張れるのか、それとも……俺についてきてしまうのか。

 

「……ちょっと、紅?」

「そーですね」

「……………」

 

 バシッ!

 

 俺が去るのがいいのか、俺が残った方がいいのか。

 前者ではかつての二の舞になる可能性があり、後者では葵が自立できないような気がする。

 葵のために、どうすればいいんだよ。俺は……。

 

「痛たたた!悪かった!いきなり叩こうとして悪かったから、離しなさいよ!」

「そーですね」

「頼むから、あたしの話を聞きなさいよ!」

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 葵〉

 

 あの日――ラウラが部屋のドアを壊した日から、紅也の様子がおかしい。

 何となく、どころじゃなく露骨に私のことを避けてるし、遅くまで帰って来ないし。

 そして、何より……

 

 読めないのだ。紅也の思考が。

 

 今までは違った。どんなに離れていても、紅也の考えてることはなんとなく伝わってきた。感情程度なら確実に分かったし、それが私達二人の絆だと。

 

 そう、思ってた。

 

 それはもう過去の話。今や、紅也との“つながり”は不確かで、ノイズが走っているかのような状態。思考は完全にシャットアウトされ、わずかに伝わってくる感情は“困惑”。こんなことは、今まで無かった。

 

ああ、今私が感じてる“不安”は誰のもの?

 紅也の?それとも、私の?

 

 私は、怖い。

 まるで、紅也が……私の知らない『ナニカ』に変わってしまうような気がして……。

 

「やっ。隣、いいかな?」

「……………」

 

 思考を中断し、顔をあげて……時間が止まった。

 そこにいたのは私の友達ではなく……同級生ですらなく……

 

 生徒会長、更識楯無その人だった。

 

 ……え?だって、ここ、食堂でもなんでもない、一年三組の教室よ?

 

「え?あれ……生徒会長?」

「更識先輩?え、本物!?」

「なんでこの教室に?」

「すげぇな、葵。大物から直指名だぜ」

 

 周りが騒ぐ声も、あるいはひそひそと話す声も、すべてが遠く聞こえる。

 紅也が残したレポートは読んだ。『更識家』の正体と、その役割も知ってる。

 昔、何かのラノベで見た。

 

 裏の裏は闇である。

 

 紅也が指摘した通り、『更識楯無』が私たちの“正体”に気付いているとしたら……この接触の意味は?

 探りを入れに来たの?それとも……

 

 追放しに来たの?『ISを動かせるただ一人の男』、織斑一夏を利用する私達を?

 

「安心して。今の私は『生徒会長』。すべての生徒の味方よ?」

「……………」

 

 私は返事を返さない。

 でも、何となく……そう、何となく……ランチボックスを取り出し、自分の机に広げ始めた。

 それは、無言の肯定。

 普段の私ではありえないことだけど――今の私は、完全に、目の前の先輩の言葉を信じていた。

 

「ん、素直でよろしい。じゃあ……タッタカタッタッ、タッタカタッカッターン!『お弁当』~!」

「ストップ!」

 

 何故、その効果音!?

 ていうか、どこから出したのそのランチボックス!?

 そもそも、それ、どう見ても重箱!一人で食べる量じゃないから!

 

 ……等の言葉が浮かんできたが、結局私は何も言えなかった。

 

「ちょっと作り過ぎちゃったのよ。みんなも一緒にどう?」

 

 いや、作り過ぎってレベルじゃないでしょJK。

 という言葉が浮かんで以下略、周囲の女子が次々に集まり、机をくっつけ始めた。

 先輩はそうやって広がった領土を次々に侵略し、重箱という名の城を建造していく。

 

 ――その中身は、私の常識を……否、『弁当』というものの常識を超えたものだった。

 

 ひとつひとつが黄金の輝きを放ち、食欲をそそる芳醇な香りを放つだし巻き卵。

 ルビーもかくや、と言わしめるほど美しさを主張する、真紅の伊勢エビ。

 真珠の如く光を反射し、つつましくも存在をアピールするイクラの山。

 こんがりキツネ色の素肌を晒し、瑞々しい身体を見せつけるいなり寿司。

 

 数え上げていったらきりがない。おせちと弁当の融合とでも言うべき、完成された『食』が、そこにあった。

 ……ああ、もしやこれは、かの美食神が残したフルコースなのだろうか?

 こんなものを見てしまったら、もうスーパーで半額弁当など買えない。

 こんな料理を出されてしまったら……『変食』なんてできない。

 

「うわ……食べるのがもったいない……」

 

 それは、誰の発した言葉だったか。

 だけど、全面的に同意したい。

 

「? どうしたの、みんな?遠慮せずに、ね」

「「「「い、いただきます!」」」」

「……いただきます」

 

 両手を合わせ、日本風の『祈り』を捧げる。そしてとりあえず、手近にあった唐揚げに箸を伸ばし、そのまま口の中へと運びこんだ。

 ……ほのかな塩味、皮の堅さは絶妙。肉自体も質がいいのか、外はサクサク中は柔らか。さらに口腔に流れ込んでくる肉汁が――たまらない。

 他のおかずにも箸を伸ばす。すべて知ってる料理なのに、全部知らない味だった。

 この人は、IGOにコネでもあるんじゃなかろうか?

 周りを見てみると、多くの人が「うーまーいーぞー!」と言いながら口やら目から光を発し、そのまま床に倒れていた。ある意味殺人料理。セシリアとは真逆だけど。

 

「ふふっ」

「……………?」

 

 そんなある意味阿鼻叫喚な天国絵図を見て楽しそうにしているのは、この豪華☆美味しんぼ弁当(仮)の製作者である更識先輩……なのだけど。

 

「……何で、私を見て笑うの?」

「あは。それはね、葵ちゃんが初めて笑顔を見せてくれたから、だよ」

「……笑ってる?私が……?」

 

 一度箸を置き、両手で自分の頬に触れ、初めて気付く。

 咀嚼のために動かしていたはずの筋群は収縮し、真一文字に結んでいたと思ってた唇は三日月のように反れ……笑みの表情を作っていたことに。

 

「うん、やっぱり可愛い子には笑顔が似合うね。最近の葵ちゃんは寂しそうな顔をしてたけど、これならおねーさんも安心よ」

「……………」

 

 ――この人は。

 この人は、何で、これほどまで。

 

 人の心を開かせることができるのだろう。

 

 この笑顔を信用しちゃいけない。そう考えてる自分(アオイ)がいる。

 この人になら悩みを相談できる。そう思ってる()がいる。

 

 何で私は、この人を信用できないの?

  だって、紅也がそう言ってたから。

 何で私は、彼女を信じようとしてるの?

  この笑顔はニセモノじゃない。そう思えるから。

 思ったのは誰?思わせたのはダレ?

 この考えは誰のもの?紅也の?私の?

 

 分からない。

 分からない。

 だから、教えて……紅也!

 

 ――『それは……お前に……強くなって欲しいからだ』

 

 いつものように、紅也に尋ねようとして、気付く。

 ……これが、弱さだったのだと。

 

 自分で分からないことは、紅也に聞く。

 私はいつだってそうやって問題を解決した……つもりに、なってたんだ。きっと。

 

 ……認めよう。

 今の私が感じてる“不安”は、私のものだ。

 紅也と心が離れたことで……後ろ盾が無くなったことで生じた、私の不安。

 これがある限り、私は紅也の枷になってしまう。

 宇宙という海に向かって進む紅也の、碇になってしまう。

 

 ……それは……やっぱり、嫌だ!

 

 この心は誰のもの?

 決まってる。私の心は私――山代葵のものだ。

 

 なら、どうすればいい?

 今度はその問いを、紅也ではなく自分に投げかける。

 

 ――尤も。

 

「……更識先輩」

「ん?何かな?」

「少し、話が……いえ、相談があります」

 

 自分ひとりで答えを出せるほど、私はまだ、強くはない。

 




葵、陥落……?

兄妹の距離感も、少しずつ変わっていくようです。
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