葵との対決を通じ、彼女の真意を知った俺は、久方ぶりに実に晴れやかな気分で着替えを行っていた。
出力を抑えていたとはいえ、あそこまで連続かつ長時間のヴォワチュール・リュミエールの使用は初めてだったが、高負荷による疲労やダメージはほとんど感じられなかった。
コンバット・ハイというやつだろうか?それとも、ISスーツと一緒に、汗と悩みを脱ぎ捨てた際の解放感ゆえだろうか?
そんな分析に意味は無いが、とにかく、今の俺はサイコーにいい気分だった。
だから、だろうか。
先送りにしていたイベントを、そろそろこなしておこうと思った。
◆
「これが、ビーム発振器の立体図。実物大でこんなもんだから、砲はそれなりに大きくなるぜ?」
「問題……ない。荷電粒子砲……〈
「バックウェポンか……。それなら、もうちょっと大型にしてもいいな」
「でも……出力は抑えめで……。できるだけ連射したいから……砲身加熱のリスクは……減らしたい」
「一撃必殺の威力より、手数か……。ま、確かに『打鉄弐式』は砲戦仕様というよりは高機動型、ってほうがしっくりくるよな。……他に注文は?」
「戦闘中に……出力を変えられる、仕様にしてほしい……」
「それなら大丈夫だ。ビームライフルもそうなんだけど、威力を変えたいときはエネルギーを注ぎ込めばいい。初期でそういう設定になってるからな」
整備室にて、簪と二人。
8を使って空中投影したビーム発振器のモデルを前に、荷電粒子砲の設計に関する議論を行っていた。
今までは積極的に人と関わることを避け、簪との打ち合わせも「現物が届いてからでいいや」と先延ばしにしていた俺だったが、気が変わった。
――久々にテンションが上がり気味なのに、このまま休むのはもったいねぇだろ!
と、いうわけで今現在。設計だけでも済ませておこうと思った次第である。
「なら……安心。でも、肝心の……ビーム発振器の改造は、上手くできるの……?」
「心配すんなよ。俺を誰だと思ってやがる!」
「……兄貴?」
「……アニメ、好きなのか?」
「……うん」
それはさておき。
「前に言ったよな。技術自体は持ってるけど、公開できないって」
「……そういえば、そんなことも」
「だけど、本社がビーム発振器を“自社製品”として公表したからな。こっちの情報のロックも緩くなったんだ」
そう言いながら8を操作し、新たな画面を呼び出す。
空中投影されたそのウィンドウには、モルゲンレーテが公式に発表したビーム発振器のスペックデータが表示されている。
「このビーム発振器はな、大まかに言うと、内部でエネルギーを圧縮してそれを発射するための装置なんだ。俺達が“ビーム”を発射するときは、ここにIS本体からエネルギーを送ってから、イメージインターフェースで指令を送るんだ」
「……なるほど……だから、第三世代相当兵器……」
「ビームサーベルは……とまあ、これは関係なかったな。
とにかく、ビーム発振器の構造を少しいじくって、エネルギーそのものを圧縮するんじゃなくて、エネルギーによって荷電粒子を生成・圧縮する機能を持たせる。そうすれば、荷電粒子砲の核が完成するってワケだ」
画面を動かす。すると、最初に投影したビーム発振器の内部の画像が表示され、いくつかの回路や基盤が動いていく。
「まあ、こんな感じになる。改造するのは内部構造だけだから、大きさはあんまり変わらないぜ。……ただし、コレをやるとイメージインターフェースに対応しなくなるんだが……簪には関係ないよな」
「……うん。きちんと仕上げてくれれば……それで、十分」
うん、簪ならそう言ってくれると思ってた。
贅沢を言うなら、荷電粒子砲……春雷だったか?それも“クリムゾン”にリンクさせたいんだが……そこまでやると、ほとんど無人機と変わらなくなっちまうんだよなぁ。
ともかく、雇い主殿の言質は取った。これで、ようやく次の楽しいステージに進めるぜ。
「じゃ、次はいよいよ設計だ。速射性を考えるなら、発振器の両脇に放熱フィンを作った方がいいだろうな。よっ……と。こんな感じで」
ビーム発振器を包むように、白い無骨な筒が投影されていく。
そして筒が無事に形成された後、筒にいくつかのスリットが刻まれていき、映像の中のそれがパタパタと動く。
「可変式に……したんだ。いい、と……思う。……砲身は、もう少し短く……。取り回しやすい……方が、いい」
「そっか。じゃあ、こんな感じで。……砲身の口径も小さくするか?」
「よろしく……」
立体映像の無骨な筒がやや短くなり、形状もスマートになる。ただし、発振器の周辺の太さだけは変わらない。その見た目は、まるで――
「……格好、悪い」
「…そうだな。俺も、正直どうかと思った」
首の長い花瓶、というよりデカいスポイト。
性能には関係ないが、正直ダサい。それが、俺達二人の共通見解だった。
「じゃあ、発振器周辺を円形にするんじゃなくて、半月状にしよう。ちょっとはマシになるはずだ」
「放熱フィンの後ろに……ハードポイントを作って、可動性を上げたい……。この部分を大型化すれば、それが……できる」
「フィンの後ろ?それだと、熱をモロに受けるから、消耗が早くなるぜ?」
「じゃあ、フィンの……向きを、前に。放熱を前に行えば……大丈夫」
「そうなると、本体の方がなぁ……。いっそのこと、体幹側のフィンは撤去するか?」
「なら、別の場所に……」
「砲身後部だな。じゃあ、ここをこうして……」
浮遊する幻影が、ぐにゃぐにゃと形を変えていく。
円形部は潰れて伸張し、二つに割れた月のように。その後ろにはノズル状の突起が出現。
砲身の左半面にあったフィンは消失し、代わりに機体と砲身とをつなぐハードポイントが形成された。
「……ふう。機能面をみるなら、こんな形状でいいはずだ」
「……駄目。もう少し、表面積を減らしたい……」
「表面積を?……ああ、空気抵抗を減らしたいのか」
今のデザインの荷電粒子砲の形は、相変わらず筒状のまま。どの方向に動くにしても、多少の抵抗は受けるだろうが……
「俺じゃあるまいし、ISにはPICがあるだろ?空気抵抗くらい、無視できると思うんだが……」
「それでも、駄目。PICに任せた機体制御じゃ……追いつけない」
――追いつけない。
誰に、と聞こうとして、ハッと気付く。
葵の持ち味は、背部のタクティカルアームズに加え、両肩のフィンを使ったアクロバティックな機体運用。
その正体はPICに頼らない、精密な空力制御の賜物だ。
だからこそ。
簪もまた、妥協したくないのだろう。
その事実に。
気付いてしまった、俺は。
「簪、打鉄弐式を展開してくれ。デザインを見直すぞ」
「……うん、よろしく」
簪の右手。その中指に
そして光が全身を包み、収まったとき、手足の先と両肩を金属製のアーマーで覆った簪が、俺を見下ろしていた。
「……あんまり、身体を……見ないで」
「! あ、ああ、悪い!」
簪の目線が高くなったってことは、簪と目を合わせてたはずの俺の視線は、別の所を見ているわけで……怒られちった。てへペロっ!
「悪かったって!でも不可抗力だって!だから、怒らないでくれよ」
「怒ってるわけじゃ……ない」
「でも、そんなに顔を赤くして、声を荒げて……」
「だから、違う!」
「は、はい!!」
本気簪を復活させちまったか?このモードの彼女には、初期から「威圧」が使えるみたいだ。そのせいで、俺の気力はダダ下がり。“超強気”から“弱気”にまで落とされちまった……。
「と、ともかく、ちょっと今の荷電粒子砲をシミュレーションしてみるから、そこを動くなよ。えーっと……」
ホログラフの位置を調節し、打鉄弐式の背後――おっと、装甲が無いんだな。じゃあ――腰部のウィングスカートのあたりに、外付けする。
「ここだ。ここにハードポイントを増設しよう。……ここなら、肩のスラスターが風除けになる」
「じゃあ……減らすのは、正面からの抵抗だけ……にする」
「そうだな。じゃ、砲身を細く……楕円形に……」
三度の再形成。8が入力されたデータを基に形を最適化し、新たなる武装を構築していく。
「……これは……!」
「おお……なかなか、だな」
リファインされた荷電粒子砲は、初期の大筒とは比べ物にならないほど、実戦的な形をしていた。
細く、短く、それでいて弱さは感じられず、スタイリッシュ。
そう、あれだ。これを一言で表わすなら……。
「超COOL」
「ダメ。……それ以上、言わないで」
ネタを潰すのが、近頃の簪のマイブームらしい。
「それはともかく……どうだ?こんな感じで」
「……うん。これで、いい……。……取り回しは?」
「待ってろ。……8、砲塔動かしてみて」
俺の指示を受け、春雷の映像が動き出す。
簪のつま先の方へと伸びていた砲口が、ハードポイントを軸に回転し、正面を向く。
……よし、成功だ。この回転角度なら、両手の動きや〈山嵐〉の発射を妨げない。
「よっしゃ!」
「……出来た……!」
少々あっさりしてた気もするが、ようやく完成の目処が立った。
俺と簪は、思わずハイタッチをしようとして、互いに右手を高く上げ……
ようとした瞬間、俺は後ろに飛びのいた。
「……何で、避けるの?」
「……簪。お前、IS展開中だろ」
「……あ」
人間などたやすく吹き飛ばせそうな鉄塊が、俺のいた空間を薙ぎ払った。
……あ、危ねぇ……。俺も、頭のネジが相当緩んでたってことか……。
指摘され、再び赤面した簪は、すぐさまISを解除する。
背丈が元に戻り、再び合う目と目。
そして。
「完成、おめでとう!」
「……やった!」
ぱちん、と。
手と手のぶつかる乾いた音が、二人っきりの整備室に木霊した。
荷電粒子砲の形状は、F91のヴェスバーやセイバーのアムフォルタスビーム砲みたいな感じです。