「もうすぐ、ね」
どことも知れぬ屋敷の中。一人の妙齢の女が、紅茶を片手にそう呟いた。
これが中庭あたりだったら、なかなかに絵になる光景だっただろう。しかし、生憎窓から見える景色は、全てを押しつぶすかのような土砂降りの雨だった。
しかし、それでも。
何故だか、彼女にはそれが一番似合っているように見える。
「何が『もうすぐ』なの?秋雨前線の後退の話?」
女の口から洩れた独り言に、今まさに部屋へと入ろうとした人物が疑問を呈す。
……が、それを気にすることもなく、女は再び口を開いた。
「祭りが始まるのよ。もうすぐ……ね」
「祭り、ね……。なら、今回の『集合』もその為のものなんでしょうね?」
疑問を発した人物は、ゆったりとした歩調で部屋へと足を踏み入れる。
その後ろから、一人、二人、三人……。影のようにつき従う者たちは、本来の部屋の主を無視し、そのまま椅子に腰かけた。
一方、女が綺麗なティーカップをソーサーの上に置き終えると、これまたどこから現れたのか。二人の女が出現し、空いている椅子へと体を預けた。
「では、今回の目的をお話しましょう」
「その前に、確認だ」
呼び出した全員が揃ったところで、女が話を始める。
もちろん、こんな会議は形式だけのもの。あくまで足並みを揃えることが目的であり、これから語られる内容など、全員が知っている。
予定調和で進められる予定の、ありふれた儀式。
が……進行を遮るかのように、その場の一人が声を発した。
「あそこには、エッジを
「なっ!?テメェ……自分の立場が分かってんのか!」
それは確認ではなく、命令だった。
あまりに傲岸不遜な物言いに、一度は着席したはずの参加者の一人が声を荒らげ、発言者へと詰め寄る。
しかし、議長役の女はそれを目線で制し――
「それは許可できないわね。無理よ、あなたじゃ」
足手纏いだ、とはっきり告げた。
「はんっ。俺じゃ、ISを使えねぇからか?……アホくせぇ。人を殺すのにISなんざ必要ねぇよ」
「それ以前の問題よ」
なおも食い下がる
「あなたの容姿は目立ちすぎる。しかも、男だから余計に、ね。……そもそも、あなたにスーツなんて似合わないわ」
「ぎゃはははは!確かに!」
女は男の全身を値踏みするような目で眺め、はっきりとそう言いきった。
その言葉を聞いた参加者からは、少なからず笑いが漏れ……特に、最初に彼に詰め寄った人物は、腹を抱えて下品な笑い声を洩らしていた。
「……ケッ」
模範解答に妨げられた男が発したのは、小さな悪態だけだった。
◆
〈side:ラウラ・ボーデヴィッヒ〉
時刻は午前5時。一般学生の起床よりはまだまだ早いこの時間に、私はある部屋の前に来ていた。
IS学園学生寮、1017室。
――まあ、嫁の部屋だ。
先日は、スタンガンのようなもので気絶させられてしまったが……今日は不覚を取らん!
なにせ、この日のために、本国から専用の装備を取り寄せたのだからな!
これで、今日こそ夜這いを成功させてみせる!
……む、日本語がおかしい?何の話だ?
ともかく、まずは敵情視察だ。この器具をドアに取りつけて、耳を澄ませば……
『ぐぅっ……うぅ……はぁっ……』
『……次は、ここ』
『うきゃっ!?ぐ、ぐぬぅ……』
『……もっと、する……?』
……………。
……い、いや、待て。
落ちつけ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
これは、その、あれだ。この間と同じだ。
紅也は、そんなことをする男じゃない。
だから、もう少し聞いてみれば、きっと……
『い、いや、まだだ!男の俺が、この程度で……』
『ここが……ダメなの?』
結論。突入、制圧すべき状況だ。
『シュヴァルツェア・レーゲン』の右腕を部分展開する。狙うは目の前に存在し、私の行く手を阻む憎き扉。壊したその日のうちに修復されたそれを、再び塵芥と変えるべく、私は右手を大きく振るった。
「紅也!先日に続き今日までも!一体何をやって……」
ドアを吹き飛ばし、ISを解除して部屋へと踏み込んだ私が見たのは……
「誰だ!……って、痛たたた!」
「紅也、無理しちゃだめ」
ベッドにうつ伏せになり、パンツ一枚で寝転がっている紅也と。
隣に座り、その背中にペタペタと湿布を貼り続ける葵の姿だった。
「……何をやっているのだ」
先程言いかけた言葉の続きだが、そこに込められた意味は全く異なる。
剣呑な雰囲気が消えたことを察したのか、葵はため息をつきながら、こちらも見ずに答えた。
「……筋肉痛」
「痛いって!そこはらめぇぇぇぇ!!」
パシン!と小気味よい音が響き、新たな湿布が紅也に張り付く。
これで、紅也の顔と左腕以外は真っ白だ。
包帯を全身に巻いたことでこういう状態になった者は、私の部隊にもいたが……湿布だけで白ミイラになった奴は初めて見たぞ。部屋が妙に薬品臭いのはそのためか。
「それは理解したが……紅也。どうしてこんなことになるまで無茶をしたのだ?『銀の福音事件』のときもそうだが、あまり周りに心配をかけるなよ?」
「悪い、ラウラ……。いや、昨日はなんとも無かったんだけどさ、シャワー浴びて寝てて、夜中に目が覚めたら身体が動かなくて。で、無理して動かしたらこの有様だ。情けねぇ」
「お前は新兵か。……まったく。たとえ興奮状態で疲労を一時的に忘れても、そういうものは後から必ずやってくるのだ。自己管理くらいきちんとせんか」
「う、一言も言い返せな痛ぁ!」
私の言葉で紅也は項垂れるが……その動作のせいでまたどこかを痛めたようだ。
「無理はするな。……それに、例え嫁が自己管理を出来なくても、私が……」
「ラウラの言うとおり。自己管理は徹底すべき」
……葵。どうあっても、私の邪魔をするか。
「え、えと、葵?それにラウラ……さん?どうしたの?何か、部屋が寒いんスけど……」
嫁が何かを言っている気がしたが、そんなものに気を配る余裕はない。
私の目に映っているのは、目の前でどこか勝ち誇ったような顔をしている、嫁と全く同じ顔を持った女の姿だけだ。
「ラウラ、安心して。紅也の体調管理は、私がきちんとやっておくから」
「何、気にするな。いずれ私の仕事の一つになるのだ。今からやっても大差ない」
私も葵も〈衝撃砲〉を持っているわけではないが、空間への圧力が高まっていくのを感じる。同時に、高まっていく緊張感。久しく味わっていなかったその感覚を心地よく感じながら、私は目の前の相手を睨む。
が……葵はそんな私を気にも留めず、変わらずに余裕をもった笑みを浮かべている。
「これ以上は止めましょう?紅也、寝ちゃったみたいだから」
寝た?私には、白目を剥いて気絶しているように見えるのだが。
「そういうわけだから、ラウラはそろそろ帰って。……あ、後、織斑先生に『紅也が一時間目を休む』って伝えておいてね?」
「……仕方がない、朝のHRのときに伝えておこう」
「今伝えられてもいいのだぞ?」
――第三者の声が、部屋の中に響く。
それは、かつてよく聞いていたし、
……毎日聞いていたはずなのに、ここ最近は全く聞いた覚えが無いのは何故だろうか?
「ほう、私を無視するとは……。ずいぶんと偉くなったな、小娘」
「き、教官!」
バシン!
「ここでは織斑先生だ、馬鹿者。……それで、ボーデヴィッヒ。これで二枚目か?ドアを壊すのは楽しいか?」
「あ、いえ、その、あの……」
久々に間近で見ることになったその迫力に、私の足はすくんでしまう。
うまく言葉が出ない。
どうやってこの危機を回避したらいいのか、分からない――!
「私もヒマではないのだぞ?出番がないからヒマだと誰が決めた?山代妹や更識妹の出番が少ない?ボーデヴィッヒの扱いが悪い?では、そんな指摘すら受けたことがない私は何だというのだ?」
「……お、織斑先生?」
「20話だぞ?山田君ですら『あ、最近出番少ないな。ここらでHRの話を書いとくか』という理由で出番があったのに、私はどうだ?『最後に出したのって3章だったっけ?……あ、88話でちらっと出てた』程度の認識だ。滑稽か?滑稽だろう。いっそのことN.G.Iに就職して、ストライクのオペレーターでも勤めるか?その方が出番も増えて、続編や外伝にも出演して、10年後にはHDリマスターされて、いつまでも若者の記憶に残るんじゃないか?
……と、いうわけでボーデヴィッヒ。ちょっと来い」
『と、いうわけで』の使い方がおかしい。
ちらり、と葵の方を見ると、どこか憐れむような目で私を見ていた。それは、私を『失敗作』と罵った研究者たちとは全く違う、むしろそれよりも私を暗くさせる表情だった。
ところで教官、襟を離してくれませんか?片手で私を持ち上げるのをやめてくれませんか?そして……イメージが壊れそうなので、呪詛を吐くのを止めてください!
◆
「……と、いうわけで紅也は遅刻するそうだ」
「あ、朝からハードな生活してるね、ラウラ……」
苦笑しながらもその言葉に頷くのは、部屋にいなかった私を探しに来たシャルロットだ。
まったく、私がいなかっただけで心配するとは。私も子供ではないのだが……今回に限って言えば、助かった。おかげで、あの地獄から逃げ出すことが出来たのだからな。
「筋肉痛とはいえ、大丈夫なのか?まったく、あいつはいつも無茶ばかりしているな」
「昨日……は、そんなに……無理してるようには、見えなかったけど」
呆れた奴だ、とため息をつきながらもどこかほっとした様子の箒と、珍しく一人で食堂にいた簪が、それぞれ反応を返す。
「……簪。昨日、紅也と会ったのか?」
「う、うん……。実は、『打鉄弐式』の完成の……目処が、立って」
「へぇ。あの機体、まだ未完成だったんだ。マルチロックなんて積んでたくらいだから、もうロールアウトしてるのかと思ってた」
シャルロットの言う通り、もう完成しているものだと思っていた。
だが……確かに、よく考えてみれば武装は薙刀とミサイルだけだったような。
「では、来月の“キャノンボール・ファスト”には出れるのだな?」
「それは……調整が、間に合えば……」
「ならば、そこで初めて専用機持ちが揃うわけだな」
「ちょっと楽しみだね。ほら、臨海学校のときは全員が集まれなかったわけだから……」
そう言って、少し顔を伏せるシャルロット。……そういえば、シャルロットは嫁と入れ違いになったから、最後の場面には立ち会えなかったのだったな……。
(途中ですれ違った可能性はあるけどな。あいつはミラージュ・コロイド全開で飛んでたから、熱源センサーを使ってないと気付かなかったはずだぜ)
それは分かっている。私が転校してくるよりも前に、あの“GATシリーズ”の一機が襲撃してきて、それを嫁と葵が退けた。そのときに得た戦闘データを用いて、〈ミラージュ・コロイド〉を再現した、という話だったが……
(どうせ、どさくさまぎれに強奪したのだろう)
(さあ、何のことやら?)
……こいつは。本当に、肝心なことは一つも話さないのだな。
それにしても、その機体はどうなったのだろうな?一ヶ月前に鹵獲した『バスター』の改修機が完成していることを考えると、既に何らかの強化を受けているのか。いや、しかし、そんな情報は……。
(それより、早く会話に復帰しろよ。
「私も楽しみだな。模擬戦での勝利と、実戦での勝利は全く違う。今度こそ、一位を取ってみたいものだ」
「それはそうだが……『今度こそ』も何も、今まで学園行事が無事に終わった試しがないではないか」
「……箒……不吉過ぎ……」
「あ、アハハ……。今のはちょっと、笑えない……かな?」
「なっ!?べ、別に、そういうつもりでは……」
……学園行事が無事に終わった試しが無い、か。
7月の福音事件も、5月のクラス代表対抗戦も。
そして――6月の、学年別トーナメントも……。
……では、今回の学園祭は?あの、ひと癖もふた癖もありそうな生徒会長が企画した、あのイベントでは?
……少し、警戒したほうが良いかもしれんな。
「ほら、ラウラも怖い顔してるし……」
「む、じ、冗談だ!だから、睨むな!」
睨んでるつもりはないのだがな。はぁ……。
「今度はため息だと!?ええい、冗談ではない!」
「……冗談、なのか……冗談じゃない……のか、はっきりして」
「今の『冗談じゃない』って、そういう意味じゃないと思うな……」
イライラしたような様子で立ち上がる箒。わざとなのか天然なのか分からない発言をする簪。そして律儀に収拾をつけようとするシャルロット。
このメンバーを見ていると、先程の懸念を口に出すことが憚られる。
……まあ、例え何かがあっても大丈夫だろう。
この学園には12人もの専用機持ちと、30機の練習機。さらに各国の代表候補生や、選りすぐられた教員までいるのだ。
例え一国が本気を出しても、ここを陥落させることは不可能だ。
このときは、そう思っていた。
……そんな考え自体が、いわゆる『フラグ』だったことには気付かずに。
専用機持ちの人数を数えてるとき、紅也葵一夏箒鈴シャルラウラ簪楯無ダリルフォルテで11人……あれっ?って何度もなりました(笑)
「彼女」的にはオイシイ状況ですかね?