全身筋肉痛プラス朝方感じた謎のプレッシャーで意識を失ってしまった俺だが、目が覚めたときはずいぶんとすっきりとした気分だった。
身体を起こし、伸びをして、首を動かす。ゴキ、ゴキと音が鳴るも、行動には一切支障が無い。
これが、若さか。……な訳ないよな。
きっと、俺達の傷の治りが早いことや、病気にかかりにくいことと同じように、母さんからの遺伝が原因なんだろう。
……もはやチートだよな、これ。
ほぼ劣化せずに受け継がれた性質なワケだから、きっと、俺の子孫にも脈々と受け継がれて行くんだろう。自然のままに生まれた人類とは違う、遺伝子レベルで優れた人間達が徐々に増えていく。
そうなったときに、“
まあ、子孫って言っても、現時点で彼女すらいないわけだが。
ラウラが好意を持ってくれてるのは、分かってるんだけど……ああも押しが強いと、ちょっと戸惑うよな。俺の理想としては、もっと落ち着いてて、包容力のある人の方がいいかなぁ……なんて。例えばエ……って、やっぱ今のナシ。忘れてくれ。
そろそろ一時間目が終わるな。早いとこ準備して、授業に合流しないと。
◆
……と、思ってたんだけどなぁ……。
「もうすぐ授業始まりますよ、更識先輩」
「分かってるわよ、そのくらい」
寮から飛び出して、パンをくわえて走っていた俺の目の前に出現したのは、あれ以来御無沙汰していた生徒会長殿だった。
「もぐもぐ……。じゃあ、何で……もぐもぐ……」
「食べながら話すんじゃありません」
「……………」
「普通食べる方を優先する?」
とりあえず食パンを咀嚼しつつ、二時間目の出席を諦める。
……うん、ジャムもマーガリンもつけてないけど、これはこれでいい。日本の食品は、素材だけでも十分に美味い。
何?小麦はアメリカ産だと?
いいんだよ。作られたのが日本なら。
「ふう、御馳走様でした。……で、どのような用件でしょうか?」
「そう邪険にあしらわなくてもいいじゃない。別に取って食おうってわけじゃないんだし」
「前科があるでしょう、貴女の場合」
「つれないわねぇ。まあ、手短に言うわ。簪の専用機、完成させてくれたそうね?」
「いえ、まだ『完成』とは言えないんですけど、まあ、目処は立ちました」
話が見えないな。先輩の浮かべている表情は、いつもの内面を隠すような笑顔だから、そこにどんな感情が込められてるのか分かったもんじゃない。
まあ、本人が言うように、厄介事ではないという予感はするんだけど。
「それでもいいのよ。あの子、ずっと専用機が無いことを気にしてたから。
……知ってるでしょ?あの子が“一人”で専用機を完成させることに拘って、クラスでも孤立してたこと」
「……まあ、噂程度には」
これはだいぶ昔……といっても、入学当初の話だが、学園にいる専用機持ち、および国家代表候補生の素性を調べたことがあった。
その中には当然、クラスメイトへの聞きこみも含まれてたわけだけど……そこで得た簪の印象は、決していいものじゃなかった。
『専用機を持たない代表候補生』だとか、『人と関わろうとしない根暗』だとか。モルゲンレーテではそんな人珍しく無かったけど、ここまで悪く言われてたのは……やっぱり、代表候補生になれなかった人のやっかみもあったんじゃねぇかな?
葵にも、そういう陰口はあったけど、例の事件で“力”を示した後は、そういうのはぱったり消えた。……まあ、代わりに別の意味でひそひそ言われるようにはなったけどさ。
「そのこと、ね。やっぱり気になってたのよ。でも、あの子がそうなったのは私のせいなんだから、私の助けを受けるわけないでしょ?」
「……確かに、話すら聞いてくれないと思います」
「分かる?そういうわけだから、あの子に……簪に手を貸してくれたこと、感謝してるわ。ありがとう」
「……へ?」
おや?今、この人は何と言ったんだろう。
感謝してる?ありがとう?
この……更識家の当主で、裏にどっぷり浸かってて、笑顔の裏で何を考えてるのか予測不可能な、我が校最強の生徒会長殿が――
俺に、礼を、言っている!?
「…………何が狙いですか?」
「酷いっ!?」
だから、こんな反応をしてしまった『僕は悪くない』。
「……ねえ、山代紅也くん。私ってそんなに信用無い?」
「いえ、信用はあるんですが……警戒レベルは高いままです。常にALERT状態です」
「それはそれで嫌ね。……まあ、今日は本当にそれだけよ。授業始まるから、もう行くわね」
じゃあね、と手を振りながら、走ると歩くの中間くらいの速度で先輩は去っていった。
俺は手を振り返すこともせず、ただぼんやりと、その姿を見送ることしかできなかった。
……あの人、なんだかんだで妹思いだったんだな。
ちょっとだけ……ちょっとだけ、警戒レベルを下げても……いいかもしれない。
か、勘違いすんなよ!まだ信頼はしてないからな!
ほんとに、本当だぞ!
◆
結局二限目には遅刻。しかも授業の担当は、何故かやたらと機嫌が悪そうな織斑先生だったから……
(以下略)されました。くすん。
で、そのまま授業も(中略)して、夕食の時間。
……勘違いするなよ。ただ、語ることが無かっただけだ。武装の量子化と拡張領域の限界について話したって退屈だろ?そういや、今の技術だったらモン○ターボールぐらい作れそうだよな。作ったところで何を捕まえるんだ、ってつっこみは出てきそうだが。
ん?なら、一度量子化した物質を、回線を使って遠方に送ることとかも出来そうだな。
いや、今すぐには無理だろうけど、いずれは。
生物を量子化して、さらに再構成できるようになれば、量子テレポートだって出来そうだし、離れた司令部で
「……紅也?いきなり黙りこんで、どうしたのだ?」
「……いつものこと。どうせ、何か変なことを思いついたんだと思う」
意識をデータ化して、ASTRAYネットワークに乗せて転送することには成功したんだ。
なら、同じようにASTRAYが武器を共有することは?
……いや、そもそも全ISが武器や装備、能力の伝達が可能になったら?
ああ、ダメだ!妄想が止まらない!
「へ、変なこと!?た、例えば……どういうことですの?」
「……ビックリテクノロジー?」
「ああ……。前に話してた『トレースシステム』とか、そういう類のやつかな」
「『トレースシステム』?それは……ん、ほう……おっと」
「ラウラは誰と話しているのだ?それにしても、聞き覚えの無い名称だな」
……む?技術に関する質問か!?
「説明しよう!トレースシステムとは……」
……って、これ、機密事項だよな……。
「……機密だから話せません。以上」
「ふ、復活したと思ったら……」
「すぐに落ち込みましたわね」
「……ハア」
せっかくの見せ場だったが、いくら俺が発案した技術だとはいえ、ノーリターンで公開していい物じゃなかった。おかげで、テンションだだ下がりだぜ……。
「あ~……」
……おっと、今のは俺の声じゃないぜ?トレーも持たずにこのテーブルにやってきた一夏の声だ。べちゃり、とテーブルに突っ伏して、いかにも疲労困憊って感じ。
この様子だと、今日も更識先輩の特訓があったのか。
「一夏、お疲れ様」
「おー……シャルか……」
「お茶飲む?ごはん食べられないなら、せめてそれだけでも」
「おう……サンキュ……」
わずかに顔だけを起こし、一夏はお茶を飲む……否、流し込む。
夕食を食べるのもダルいといったその様子を見る限り、ホントに疲れ果てているってのがよく分かる。
「一夏、どんなに疲れてても、食べなきゃ駄目。身体の回復が遅くなる」
「葵……。俺は、お前の食事を見て……食欲が消えたよ……」
そんな一夏を見かねて声をかけた葵に反応し、一夏は顔を横に向けるが……フォーとおでんを混ぜて、その上に納豆を乗せて食べる葵を見ると、うへぇとでも言いだしそうな表情になって顔をそむけた。……気持ちはわかるぞ、一夏。
「ところで一夏、あの女はどうしたの?」
こちらのやりとりが一段落したところで、鈴音が会話に参加する。どうも機嫌が悪そうだけど……まあ、当然か。面白くないよな、現状は。
確か、先輩に指導してもらえることにはなったけど、一夏とは別々にされたんだっけ?『集中しなくなるから』って。……納得の理由だ。
さて、そんな鈴音の雰囲気に気付いていないのか、それとも気付いてても気にする余裕が無いのか、一夏は静かにお茶を飲んでいる。
……おーい、鈴音のツインテールがウネウネ動いてるんだが。噴火寸前なんだが。誰かフォローしろよ。
あ、言っておくけど俺は嫌だぜ?とばっちりを喰らいたくないし。
トラブルを回避するためには、トラブルに巻き込まれればいいんだよ。俺以外の誰かが。
「一夏。あの女はどうしたのかって訊いてるんだけど!」
「ん?生徒会の仕事があるって出て行ったぞ」
「そーそー。書類がちょお溜まってるんだよね~」
とうとう怒髪天モードになった鈴音に対し、気だるげに答える一夏。しかし、そこに不似合いな間延びした声が横合いから割り込んできた。
「……ああ、布仏さんか。アンタも生徒会役員の一人じゃなかったっけ?」
「私はね~、いると仕事が増えるからね~。邪魔にならないようにしてるのだよね~」
「自分で言うなよ……」
お前は自覚のあるユンさんか。
ていうか、そんなメンバーで大丈夫か、生徒会?
「大丈夫だよ~。問題な~い」
「……久しぶりに聞いた、そのネタ」
同感だ。というか、心を読むな。
「ところで、そのメニューは……鮭丼か?」
「はずれ~。これはね、お茶漬けだよ~。
えへへ、お茶漬けは番茶派?緑茶派?思い切って紅茶派?私はウーロン茶派~」
箒の疑問ももっとも。彼女が持っていたのは、白米の上にドン!と鮭の切り身を乗せた、なんともアバウトな料理だったからだ。
しかし、それはお茶漬けだったらしい。温まったウーロン茶を注ぎ込み、箸でぐりぐりとかき回す様子は……何故だろう。いつも、よく見てる風景のような気がする。
「なんとこれに~」
「……これに?」
「卵を入れます」
何だ、普通か。
……ん、みんな。何でそんな『信じられないような物を見る目』をしてるんだ?
「ぐりぐりぐ~り~」
粘り気を増したお茶漬けをさらにかき混ぜ、布仏さんはどこか幸せそうに顔を緩ませる。
「あ~。山代さんもおいしそうなの食べてるね~。じゅるじゅるじゅる……」
「! ……同志」
「偏食コンビ結成!?……じゃ、なくて……音立てずに食べろよ!」
「えー。むりっぽ~。ずぞぞっていくのが通なんだよ~」
「それはソバの話じゃ……」
「じゃあ努力します~。ちゅるちゅる……」
ようやく静かになったか。さて、食事の続きを……
「コホン。……一夏さん?」
「ん。なんだよ、セシリア。改まって」
「あの部屋にいるのがつらいなら、仕方なく、人助けということで、武士の情けということで、わたくしの部屋にいらしても構いませんわよ?」
「お前は武士ではないだろう。そもそも、接近戦が苦手な武士がいるか。……と、いうわけで私の部屋に来ないか?」
「ちょっと待ちなさいよ!一夏、あんたこっちの部屋に来なさいよ。トランプあるわよ?」
「トランプで釣られるとか、小学生か!」
「じ、じゃあ、一夏……僕たちの部屋は?UNOあるよ?」
「シャル、お前もか?」
もぐもぐ……。一夏の周りは賑やかだな……。
うーん、ちょっと塩味が足りない気がする……。
「……一夏、私達の部屋は?新しいDVDが届いたんだけど……」
!
ゲホッ!ゴホッ、ゴホッ……。
葵、お前まで何を言い出すんだ!?
「ん?まあ、紅也もいるし……一番妥当かな……?」
「えっ!?あ、葵!?いきなり何を言い出すの……?」
「というかDVDって、まさか紅也さんの……?」
「だ、ダメだよ!一夏は僕と……」
「……みんなも、来ないの?」
……ああ、そうだよね。
一夏ひとりを、名指しで呼び出すようなことはしないよな。葵は。
良かった。本当に良かった。
……オイ、一夏。何残念そうな顔をしてるんだ。斬るぞ。
そうこうしてる間にも、一夏の周囲の女子たちの喧騒は広がっていく。
そして、そんな自体の渦中に巻き込まれている一夏はというと……。
「部屋に帰る……」
某ファミレスの金髪コックのように煤けた雰囲気を纏ったまま、静かに席を立った。
残されたのは、当人そっちのけで展開される『一夏争奪戦』と、布仏さんの食事音。そして……そろそろ冷めそうな食事。
……とりあえず。
「お前ら!まだ食事中だろうが!!」
争うのはいいから、飯だけでも食っとけ!
薄々気づかれているとは思いますが、紅也と葵はハーフスーパーコーディネイターのようなものです。