「ふぁふぁふぃま~」
「……戻った」
フランクフルトをほおばりながら、教室のドアを開いて中に入る。客足は引いて来たけど、まだまだ大忙しのようだ。……主に一夏が。
「……じゃあ、私は戻る」
「ああ。じゃ、またイベントの時に」
「……うん」
無表情な中にも僅かに喜色をにじませた葵は、軽快な足取りで自分のクラスへと帰っていく。……何で、あいつはこんなにバトルスキーになっちゃったんだろう。俺がいなかったせいか?
「ま、それよりも、待たせちまってるみんなはどこかな……っと」
店の中をキョロキョロ見渡すも、さっきまで一緒に居たメンバーは一人もいない。
誰かに尋ねてみようか、とも思ったが、忙しそうな皆の手を止めるのは気が引ける。だって、俺はろくすっぽ働いてねぇもんな。そんな奴に「忙しいところ悪いな」なんて声をかけられたら……俺ならぶった切るな、うん。
とはいえ、ここにいても状況は同じ。いずれ誰かに見咎められ、お縄を頂戴してしまうに違いない。
……しょうがない。こうなったら、8を使って……あ、いや、弓道部に置きっぱなしだった。なら、気が進まないけど、デルタのセンサーを使って――
「お、お待たせしました、紅也さん」
「ん?最初はセシリア……か……?」
斜め後ろからかけられた声に反応し、そちらを見るべく首を動かした俺は、その先にいた女性の姿を見て、不覚にも頭が処理落ちを起こしかけていることに気付いた。
だって、なあ……。俺の目の前にいたのは、「どこのお嬢様ですか?」って聞きたくなるような、見事なドレスに身を包んだ同級生だったのだから。
「……あ、あの、変……でしょうか?」
「……え、いや、そんなことはないぜ。ただ……ちょっとばかし、驚いただけだ」
てっきり、制服か……万に一つの確率で、メイド服のまま来るもんだと思ってた。
というか、どうして用意してたんだ、こんなもん……。
「これは、その……チェルシーが勝手に……」
チェルシー、チェルシー……って、ああ、思い出した。確か、セシリアの姉代わりのメイドさんだっけ。前に話を聞いたとき、百合疑惑をかけたらぶっ飛ばされたのは、今となってはいい思い出……じゃ、ねぇよな。うん。断じて違う。
……と、そこで俺はあることに思い当たる。いくらセシリアでも、こんな衣装をロッカーに置いてあるわけが無い。そして、彼女は店内ではなく、俺の背後……つまり、店の外から現れた。
ここから導き出せる結論はひとつ。
「まさか……わざわざ、部屋で着替えてきたのか?」
「え、ええ……」
「そうか。なんつーか……気恥ずかしいな。女の子にそこまで気を使わせちまう、っていうのも」
「べ、別に気を使ったわけでは……。……そ、それよりもっ!」
なんだか、妙に照れくさくなって、俺は頬を掻きつつセシリアから目線を逸らす。しかし、学園祭特有のテンションに当てられたのか、セシリアは“むんず”と俺の手を握ると、俺の視界にずずいと入り込み、上目遣いで見つめてくる。
「その……どう、でしょうか……?」
……正直、あのセシリアがこんなに恥じらい、ウルウルとした瞳で俺の様子を伺うだなんて思わなかった。恥ずかしいなら、ドレスに着替えなければ……って、待てよ?
わざわざ女子がかわいい服に着替えて、「どう?」とか聞いてくる。
このシチュエーションは、オーストラリアにいたころに、何度も直面したことがあるぞ。主に、セリア絡みで。
こういうときは、大体、服の感想を聞いてるんだ。それも「似合ってる」とか「似合ってない」じゃなくて、もっと詳細な評価を。
「……正直、ドレスなんてものを普通に着てることに驚いた」
「ひうっ!?そ、それでは、やっぱり変――」
「……でも」
俺の評価を聞き、さっきとは違う意味で瞳を潤わせ始めたセシリアだったが、話は最後まで聞いて欲しい。
「でも、不思議だな。セシリアが着てると、『よく似合ってる』って、そう思うぜ」
「……え、え、ええっ!?」
さすがはお嬢さま、ってところか。ただし、今のリアクションで台無しだったけど。
それじゃ、どこぞの副長みたいだぜ?
「じゃ、行こうか。和服とドレスのペア、ってのもなんか妙だけど、今日ぐらいはいいか」
「え、ええ!紅也さんもその格好、お似合いですわ」
「さんきゅ。じゃ、どこか行きたいところはあるか?」
主導権を男が放棄する、というのは情けない限りだが、あいにく本気でネタがない。
あんな立派なドレス(少なくとも、俺の周りの女の人は持ってない)を着てたんじゃ、食べ物系は全面的にNGだろう。となれば、選択の幅は自ずから狭くなっていくわけだ。
……いっそ、三組のカジノでも行ってくるか?
そんなことを考えていた俺だったが、どうやらセシリアはきちんと自分の意見を持っていたようで一安心。どこか遠慮がちに、自身の希望を口に出す。
「そうですわね、私は――」
◆
〈side:セシリア・オルコット〉
紅也さんと連れだって、やってきたのはオーケストラ部の部室。
ここでは、楽器の演奏体験をしているということを、お客の一人が話していましたわ。
前に……といっても例の事件の前のことですが、紅也さんや一夏さんを含めたメンバーで、お茶をしたことがありました。
*
「セシリアって、何て言うか……紅茶を飲んでる姿が似合うよね」
「そうだよな。後、イメージ的にはドレスとか、バイオリンとか。お嬢様キャラだし」
「一夏の中の『お嬢様』像って、相当偏ってるわよね……」
「良く分かりましたね。プライベートではよくパーティや演奏会に出席していますわ」
「嘘!?当たってたの!?」
お昼休み。
すでに恒例となった、専用機持ち全員での食事中、ふと、シャルロットさんが言いだした一言がきっかけでした。
「確かに、金回りのいい投資家は、だいたい楽器をやってるよな。後、パーティも」
「ほう、嫁はそういったパーティに行く機会もあるのか」
「正直、ちょっと意外だな」
「おいおい、俺だって専用機持ちだぜ?」
「でも、そのことは伏せてたんだよね?」
「……本当は、私の付き添い」
ああ、紅也さん。その拗ねたような表情、なんだか放っておけませんわ。
「にしても、パーティか……。俺には想像もできない世界だな」
「あら?一夏さんも、いずれ経験することになるんですわよ?」
「そうよ。代表候補生って国の顔だから、広報とかパーティとか、後はモデルなんかをやることもあるの」
……そういえば、鈴さんはともかく、存在が隠されていたシャルロットさんや、軍属のラウラさんはそういった仕事の経験はあるのでしょうか?
「しっかし、バイオリンか……。俺、周りに楽器やってる人とかいないんだよな」
「周り?……ああ、確かにモルゲンレーテの人達って、そんな感じじゃないよね」
「調査した限り、ほとんどが……なんというか、『技術バカ』という感じだな」
「『調査』って、アンタ何やってるのよ!」
た、確かに……。ひょっとして、軍部の諜報員を無断で使ったとか?
……って、そんなことはどうでもいいのですわ!
「な、ならば紅也さん!もしよろしければ、私の演奏を聞かせて差し上げますわ!」
「え!?お、おう……。よろしく」
「……セシリア、なんか燃えてるな」
「途中から会話から弾かれていたからな。そのせいじゃないか?」
「……全員と言いつつ、さらっと忘れられてる簪の方が不憫」
「「……あっ!?」」
*
「へえ、オーケストラ部か。セシリア、ここに入ってるのか?」
「い、いえ。ただ、楽器を弾かせてくださるそうなので、いつかの約束を果たそうかと」
「約束って、覚えててくれたのか。バイオリンの話!」
紅也さん、どうやら忘れていたわけではなかったようですね。
むしろ、ちょっとわくわくしているようにも見えて……可愛らしいですわ。
「では、参りましょうか」
「ああ!」
さて、紅也さんの期待に応えるためにも、やれることを全力でやらせていただきますわ!
コンコン。
「すいませーん、客でーす」
「あら、いらっしゃーい……って、世界で二人しかいない男性IS操縦者で、モルゲンレーテ所属の専用機持ち、山代紅也さんではありませんか~」
「……やけに説明っぽいセリフをどうも。ここで演奏体験できるって聞いたんですけど、いいですか?」
「はい~。何かご希望はありますか~?」
中に居たのは、オーケストラ部の部長と思しき、ぽやぽやとした雰囲気の女性。
……なんだか、見ているだけで眠くなるような方ですわね。
「あ、えーっと、俺がやるんじゃなくて、今日は……ほら、セシリア」
「あ、はい。わたくし、バイオリンを引いてみたいのですけど」
「ん~、あなたはイギリスの代表候補生で、四月の頭に織斑一夏さんや山代さんとクラス代表の座を巡って争い、1勝1引き分けの好勝負のすえ辞退したセシリア・オルコットさんではありませんか~」
「なんでそこまで知っていますの!?」
なんだかこの人……不思議というより、ここまでくると不気味ですわ!
「じゃあ、ちょっと待ってね~。ごそごそ……じゃーん!ストラディバリウス~!」
「「嘘だっ!!」」
どうみても、そんな超高級品ではありません。むしろ、そんなものを部活が所蔵していたら大問題ですわ!
「つっこみの切れも噂通りだね~。それじゃあ、はい。私にも演奏を聞かせてね~」
なにやらどっと疲れましたが、ともかく演奏をすることになりました。
久しぶり――と、いっても一ヶ月も経っていませんが――に握ったバイオリンは、まるで「いつでも行ける」とでも言いたげに、今か今かと演奏のときを待っているような気がします。
……………。
……………。
……………。
そ、そういえば、演奏する曲を決めていませんでしたわ。
「ん~?どうしたのかな~?」
「緊張してるのか?……いや、そんなタマじゃないか」
どこか面白そうに眺める部長さんと、落ち着いて私を見守っている紅也さんが印象的ですわね。でも……紅也さんの様子を見ていたら、私も落ち着いてきましたわ。
……信頼、してくれるのですわね。
ならば、私も……そうですね、あの曲がいいでしょう。
記憶の中の母が、よく聞かせてくれた、あの曲が……。
◆
〈side:山代紅也〉
少しの間があったが、セシリアの演奏が始まった。
弦と弦とが触れ合い、奏でられるのは……暖かくも悲しい、そしてどこか懐かしい気持ちにさせられる、俺の知らない旋律。
……い、いや、別に俺はクラシックとか詳しくないんだけど。とりあえず、どこでも聞いたことのないような――セシリアだけの曲。そう思わせるような“何か”が、この曲にはあった。
後で、8を使って調べてみようか?……いや、この『調べ』にそんなことをするのは野暮だろう。
演奏は続く。
ゆったりとした演奏なんて聞いてたら、普段なら5分もしないうちに眠ってしまう所だが、この曲は違う。
まるで、自分自身が音の海の中に居るような、あるいは、空気と一緒にこの旋律を取り込んでいるかのような一体感。今まで味わったことのない不思議な感覚が、俺を包み込んでいく。
いつの間にか隣に移動していたオケ部の部長(命名:解説さん)も、この演奏には声が出ないようだ。自慢の解説が入る余地もないらしい。
二人して、ただ静かに聴き惚れ――余韻を残したまま、曲が終了した。
「――ふう。どうでしたか、紅也さん」
「……………」
「……あ、あら?どうしましたの?
まさか、このわたくしの演奏に聴き惚れて、声も出ないほど感動したとか……」
無言のままの俺を不審に思ったのか、セシリアはいつものような高飛車なキャラを演じて、場を和ませようとする。
だから、俺は……沈黙を破り、正直な感想を伝えることにした。
「……ああ、その通りだ。正直、心が震えた。今なら、デ○フリンガーでライ○ーソードが使えそうなくらいにな」
「例えがよく分かりませんが……」
「デル○リンガーって言うのは……」
「例えはいい、気にしないでくれ。正直、音楽とか演奏に興味はあんまりなかった。でも……今のを聞いて、驚いた。セシリアの想いとか、起源とか、そういうものの一部が伝わってきた気がした」
「……しょぼーん」
解説さん、ちょっと黙れ。
「ええっ!?お、想いって、それって、もしかして……」
「あ~……えっと、とにかく、セシリアが俺に聞かせるために演奏してくれた、っていうのは、伝わったってことだから!そろそろ次の時間だから、行くな!」
瞳をウルウルさせた表情に、なんとも言えない気まずい思いを抱いた俺は、逃げるようにその場を後にする。
「言い逃げなんて……ズルイですわ」
背中に受けたその言葉を聞いて……やっぱり妙な感覚になった俺は、さらに足を速めるのであった……。
セシリアだってやればできる子なんです。