IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第121話 「ありがとう」って伝えたくて

「で、どこに行くんだ?」

「まあ待っててよ、紅也。とりあえず、ここで何か買ってかない?」

「ここ?……って、四組の店か。簪いるかな?」

「さあね?」

 

 パンフによると、ここはホットスナックを出す店のようだ。ちょうど今は小腹が空く時間だから、列の長さもかなりのものだ。

 しかも、敷地内に入ってすぐ、という立地も最高。ここまで来ると、あの妹思いの生徒会長が乱数調整でも行っているのではないかと思えてくる。

 

 とはいえ、出来合いのホットスナックを加熱処理するだけだから、店の回転はかなり早い。あっという間に俺たちの前に居た行列はその数を減らしていき、気が付いたら見知った眼鏡っ娘が目の前に立っていた。

 

「いらっしゃい……ませ。紅也……くんと、シャルロットさん」

「よう、簪。頑張ってるな」

「僕は焼き鳥塩二本。紅也はどうする?」

「おっと、後ろが詰まってるんだったな。じゃあ、焼きおにぎり二つとフライドポテト、それからポップコーン一つ、よろしく!」

「……また(・・)、ポップコーン……?」

 

 何やら呆れたような声を出しつつも、簪は注文をディスプレイに打ちこみ、在庫の確認の様なことをやっている。

 ……それにしても「また」って、そんなに人気商品なのか?ポップコーンは……。

 

「……合わせて……650円」

「えーと、ちょっと待って……」

 

 財布から小銭を取り出そうとするシャル子を手で制し、俺はポケットから千円札を一枚出し、簪に手渡す。

 

「紅也、悪いよ」

「いいっていいって。こういうときは、男が出すもんだろ?」

 

 前にも言ったように、臨時収入もあったしな。今日の俺は小金持ちだ。

 が……そんな俺の言葉に反応したのは、予想外の人物だった。

 

「……『こういうとき』って……どういうこと?」

 

 そう、簪。彼女は俺が手渡した札をちょんとつまんだまま、ぽつりと呟く。

 普段と変わらない声音……なのだが、だらんと垂れた前髪のせいでその表情は伺い知れない。俺はその様子に、なんだか言い知れないプレッシャーを感じ、即座に弁解を試みた。

 

「そ、そりゃあ、今日みたいに儲けが手元に……」

「今日みたいに女の子と一緒に出かける日には、ってことだよね」

「……そう、なの……?」

 

 ……マズイ。

 あのとき――“バスター”が無防備な箒を狙っていたのに気付いたときと同じか、そのとき以上の悪寒が背筋を走る。

 今ここにいるのは簪じゃない。「簪……さん……」的な何かだ。

 

「そうじゃねぇって!シャル子もからかうな!」

「からかってるつもりはないけどね。だって、臨海学校のときにラウラの水着を――」

「ちょっと待て!何でお前がそれを知ってんだ!」

「本人に聞いたよ?水着選びに付き合ってくれた上、買ってくれたって」

 

 あのときは、肉体も精神もボロボロにされて、唯一ラウラだけが助けてくれたからなぁ……。俺の心も財布のヒモも、ちぃーっと緩くなっちまってたのさ。

 給料日の直後でもあったし、さ。

 

「ふーん……そう、なんだ……。水着、選んで……あげたんだ」

「か、簪!?落ちつけ!一緒にIS開発した仲だろ!」

「でも、一緒に出かけたことはないんだよね」

「シャル子ぉぉぉぉ!さっきからお前は何がしたいんだ!」

「ん~、普段の意趣返し?」

「むきょぉぉぉぉ!!」

 

 注文した物が揃うまでの間、俺は簪の黒い一面を見せつけられ続けることになったのであった……。

 

 

 

 

 

 

「まったく……酷い目に会ったぜ」

「あ、あはは……。確かに、簪があそこまで怒るとは思ってなかったよ……」

 

 本気で怒っているわけではないが、「怒っています」とアピールするかのように、おにぎりを一飲みにする。思ったよりも熱くて、そのまま吐きだしそうになったのはナイショだ。

 

「で、どうすんだ?俺の持ちネタ、そこまで多くねぇぞ」

「そうだね……僕も、特にどこかに行きたいとか、そういうのは無いんだ」

「そっか」

「そうだよ」

 

 そのまま当てもなく、屋台通りをぶらつく俺たち。空き容器をくずかごに投げ捨て、閑古鳥が鳴いている店を冷やかし、隣で売っていたおいしそうな焼きそばを購入する。

 

「よく食べるね……」

「そりゃ、昼飯食いそびれたからな。ここで食っとかないと、後に響く」

「後、って?」

「ヒ・ミ・ツ♥」

「もう!気持ち悪いよ!」

「……俺も同じこと思った」

 

 そんな、普段通りの会話を交わし、二人して笑い合う。

 ラウラと同じように、シャル子とも紆余曲折あったけど、だからこそこうして……友達として、やっていけているんだと思う。

 例え、お互いに打算によって繋がったことがきっかけだとしても。

 

「……ま、俺たちはこれでいいのかもな」

「? どういうこと?」

「どーでもいいだろ!じゃ、適当に目についたところに入ってみようぜ!たまには行き当たりばったりも悪くねぇ!」

「……『たまに』?」

 

 疑問形ばかりのシャル子の言葉を聞き流しつつ、とりあえず校舎内に入り、座れそうな場所を探す。

 ……持ちこみOKなら、鈴音の中華喫茶に行ってもいいかもしれない。老師と旅してたときに見たが、チャイナドレス……あれはいいものだ。

 そういえば、中華の専門店に行っても、何故かソース焼きそばってメニューは置いてないんだよな。焼きそばっていうと、たいていあんかけが出てくるし。ひょっとすると、こういう焼きそばは中華ではなく日本料理なのかもしれない。

 

「日本か中国か……それが問題だ」

「何?領土問題の話?……そんなことより、あそこにベンチがあるからそこで食べなよ」

「……お、悪い」

 

 どうやら、また余計なことを考えていたらしい。ふと視線の先を左に動かすと、呆れたような顔をして俺を見ているシャル子と目が合った。

 

「よ……っと。じゃ、イタダキマース!」

「はいはい。いただきます」

 

 俺は焼きそばを、シャル子は焼き鳥を取り出し、それぞれ食べ始める。

 

「……お、学生が作ったにしては美味い」

「僕たちも学生でしょ……。でも、確かに美味しいね」

「まあ、こういう場で食べるから、また特別な感じがするのさ。……はい、お茶」

 

 弓道喫茶からがめてきたペットボトルを、隣で上品に串物を食べる少女に手渡す。

 わざわざ口の中を空にしてから「ありがと」と言う彼女を見て、やっぱり真面目ちゃんだなぁ……と、何度目か分からない感想を抱く。

 ……それにしても、わざわざ俺と一緒に回って、しかも目的地が無いとは妙なことだな。

 一体何故、シャル子は俺と一緒にいるつもりなんだ?

 

「ふう、御馳走様。用意がいいよね、紅也って」

「何を今更。俺の手際がいいのは、今までの事件で立証済みだろ?」

「……そうだったね」

 

 ……む、何故、そこで遠くを見るような目をするんだ。

 

「……そ、それより、ホラ、俺に何の用だ?どっか特定の場所に行きたいんじゃなければ、話があるんじゃないのか?」

 

 なんかこの話題を続けるのが嫌になってきたので、とりあえず先程思いついた疑問に対し、カマをかけるような質問をしてみる。それを聞いたシャル子は、ポロリと串を取り落とし――たりはせず、しかし十分に驚いたようで、はあ……とため息をついた。

 

「やっぱり、紅也に隠しごとはできないね」

「そりゃそうだ。こと“隠しごと”に関して、俺の右に出る奴はいないと自負してるからな」

「ふふっ、確かに。その“腕”のことは驚いたよ」

 

 シャル子はモルゲンレーテに出張している身だし、夏休み中は長いこと俺や葵と一緒にオーストラリアにいたから、当然俺の義手のことも知っている。

 とはいえ、初めて知ったときはずいぶん怒られたけどさ。「無茶するな!」って……。

 

「まあ、それはいいんだ。今日の用件も、別に暴露とかそういう話じゃないし」

 

 そう前置きして、シャル子の一人語りが始まった。

 

「最近、紅也は簪さんのIS開発や、弓道部の出し物の話し合いで忙しかったよね。だから、なかなか二人だけで話す機会が無くて、今日は丁度いいと思ったんだ」

 

 言われてみれば……確かに。シャル子に限らず、箒や一夏、他の代表候補生ズと二人で会う機会、どころか会話する機会すらなかった気がする。

 ……あ、葵は別な。部屋も同じだし、仲良し兄妹だし。

 

「二人でする話……と、なると“オレンジフレーム”のことか?次世代フレーム自体は仕上がっているから、後はマルチパックを――」

「そうじゃないよ。そういうことじゃない」

 

 未だ完成まで時間がかかる、シャル子のための試作機。それについて話したいのかと思ったが、どうやら違ったらしい。

 ならば、恋愛相談?一夏について聞きたいとか?

 ……いや、ベタすぎる。そんなわけあるかっ!

 

「今まで、色々なことがあったよね。最初は男として転入して、紅也や一夏や……みんなと知り合って、仲良くなって……」

「かと思ったら、入浴中に一夏とはち合わせて、女だってバレたんだよな」

「そうだね、覚えてる。……紅也が、僕のこと疑って着替えを覗いたこともね」

 

 懐かしむような表情が一転、ジト目になる。……ば、罰はきっちり受けたじゃねぇか!だからチャラだ、チャラ!へっちゃら!

 そう思ったことが伝わったのか、シャル子は再び話し始めた。

 

「どうにもならない、みんなと離れるしかない、って思ってたのに、紅也は僕を助けてくれた。ラファールの強化にも協力してくれたし、モルゲンレーテっていう新しい場所をくれたし、何より――僕に、新しい未来をくれた。ここにいられる、って教えてくれた」

 

 再び彼女の表情が変わる。丘に咲く向日葵の様に、見る人全てを元気にするような微笑みを浮かべ、まっすぐに俺の顔を見る。

 そんな表情を見せられて、あんな言葉を聞かされた俺はと言うと――ただただ赤くなった顔を隠すのに必死で、ついでに恥ずかしくて背中がむず痒くてしょうがない。

 

「だから……改めて言いたかったんだ。

 

 今まで、ありがとう。これからもよろしくね」

 

 ……なんでだろうな?

 

 ただ、それだけで。

 

 「ありがとう」と言われただけで。

 

 俺は。

 

 こんなにも。

 

「……なーんて、改めて言葉にしてみると恥ずかしいかな、なんて。あはは……」

 

 こんなにも。

 

「……えーと、紅也?俯いたままでどうしたの?」

「…………ル……」

 

 こんなにも……。

 

「シャルぅ~~!シャルはええ子や~~!!」

「えっ!?うわっ!?」

 

 湧き上がる気持ちに従い、思いっきりシャル子に抱きつく。

 

「俺なんか、俺なんか……いっつも打算で動いて、裏でコソコソやって、新しい技術にしか興味が無いダメダメ人間なのに~!」

「そ、そんなこと……ていうか、紅也泣いてるの!?」

「泣いてないよ~!感動してるだけだっつーの!勘違いするなよ、ばーか!」

「それとこれとは話が、っていうか離れてよ!みんな見てるから、恥ずかしいよ!」

「シャルぅ~……こっちこそ、ありがとうな!何ていうか、何て言えばいいか分からねぇけど、こっちこそよろしくな~!」

「あ、うん。……じゃ、なくて!紅也ぁ~!」

 

 湧き上がる感情に身を任せた結果、なんともまあ情けない姿を晒すことになってしまったが……。

 ……まあ、後に悔むと書いて後悔だからな。先に立たないのは当たり前か。

 

 

 

 

 

 

「……あら?」

 

 妙に騒がしい方向に向かってみると、校舎内のロビーに一時的に増設されたベンチで抱き合う男女の姿があった。

 しかもその二人、外から来たというわけではなく、IS学園の制服を着ている。

 でもって、男の方はきれいな赤い髪。

 そんな生徒は、私の記憶の中にも学園の記録の中にも一人だけ。

 

「……もう、何やってるのよ」

 

 嫌がる女子生徒に抱きつき続ける赤い髪の少年だったが、後ろからやってきた黒髪ポニーテールの巨乳少女に蹴られ、哀れ地面にダイブすることとなった。

 

「……馬鹿」

 

 そんな彼らの青春劇を見ていた女性は、一言だけ呟いた後、再びそこから姿を消したのだった……。




「また」って、いつのことでしょうね?
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