IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第133話 戦場の絆

 失った装甲の代わりに水を纏ったストライクもどきから撃ち出される、無数の水の弾丸。

 水を奪われたせいで全力を出せない楯無さんに、それを迎撃する術は無い。決して広いとは言えない更衣室の中、追うものと追われるものはついに逆転した。

 

 ――力が、欲しい。

 

 俺はそう思いながら、自分の無力さに唇を噛み締める。

 白式に呼びかけ続けても、どこかへ収納されてしまったコアは応えない。普段は確かに感じていた繋がりは今や完全に失われ、何も出来なかったあの日の光景が脳裡をよぎる。

 

 第二回モンドグロッソ、決勝戦。

 あの日、俺は誰かに連れ去られ――そのせいで、千冬姉は世界最強の称号を失った。

 

 同じだ、何もかも。

 あのときは千冬姉が。

 今は楯無さんが。

 俺のせいで、“最強”の座から堕とされる。

 

 

 

 

 

 

〈side:山代 紅也〉

 

 睨みあいは一瞬。

 互いに大地を蹴った俺とイージスは、最後の決着をつけるべく刃を振り上げる。

 

 状況は、どこからどー見ても俺が不利。シールドエネルギーは雀の涙で、使える武器はガーベラだけ。

 だけど、勝てないわけじゃない。デルタのセンサーが、敵も満身創痍であることを教えてくれた。

 おそらくあと一撃――絶対防御が発動するだけの強烈な一撃を叩き込めれば、敵は具現維持限界を迎える。そうすれば、残されるのは生身の操縦者一人。通常の人間だったら、俺一人でもどうにかできるはずだ。

 

 イージスの左腕が煌めく。

 腕部の実体刃が黄色のビームを帯び、横薙ぎの一閃として放たれた。

 片腕では防御しづらい太刀筋。ならばどうすればいいか?

 もちろん、回避するまでだ。

 

 この戦いは、ルールに則って行われる剣道やフェンシングみたいな試合じゃない。ISとISとをぶつけ合う、小さな戦争だ。

 だからこそ、正面切って戦う必要もなければ、地面に足をつけている必要もない。

 PICによって重力という鎖から解き放たれたデルタは、横薙ぎの一閃を飛び越え、敵の頭上へと浮き上がる。

 

 もちろん、そんな手段は敵も織り込み済みだ。身体を半分捻ったイージスは、そのままオーバーヘッドキックを決めるかのような見事なフォームで、無防備な俺の左半身を狙う蹴りを放った。

 

 ……放った、なんて言ってるってことは、この一撃は俺にとっては予想通りだったってこと。俺やシャル子の攻撃を避けた運動能力があり、そしてイージスという“隊長機”を与えられてる操縦者なんだから、このくらいの状況判断はできて当然だ。

 

 ここが正念場だ。

 

 意識を集中。機体各部をチェック。

 不調。欠損あり。エネルギー残量微量。プログラム更新中。レーダーに反応。

 周囲の情報は要らない。自分の情報だけを脳に叩きこめ。

 腕は振れる。身体は動く。気持ちも負けてない。

 さあ、ここから先は運任せ。格上相手の大金星、伸るか反るかは俺次第。

 

 ――ヴォワチュールリュミエール、超短期起動。

 

 時間が一瞬だけ止まったかのような錯覚と共に、俺の景色は上昇する。

 迫っていた刃は頭上へ。まだ直撃の危険はあるが、先に倒せば問題ナシ。

 軸として地上に残された、剥き出しの右足。俺はそこへと刃を振り下ろし、そして――

 

 背部で起こった爆発により、引き延ばされていた時間は強引に動き出す。

 

 

 

 

 

 

〈side:シャルロット・デュノア〉

 

 学園に攻撃を仕掛けてきた、正体不明の敵。

 その一人の身柄を学園の先生に引き渡すため、僕はラファールを展開し、全力で職員室へと向かっていた。

 

 ……あの状態の紅也じゃ、正直、勝ち目がないと思う。

 デルタアストレイの切り札で、最大の特徴でもある光波推進システム〈ヴォワチュール・リュミエール〉は、さっきの衝突で深刻なダメージを受けてた。

 もし、空中から〈スキュラ〉で攻撃されるような展開になったら……射撃が苦手な紅也じゃ、一方的な展開になる。

 

(誰か、援護に行けそうな人は?)

 

 何の気なしにレーダーを確認する。

 調理室の側に、IS反応2機。このコアは葵のブルーフレームと……臨海学校で出会ったXナンバー、デュエルのものだ。

 紅也と合流する前、オープンチャネルで悲鳴を上げてたけど、大丈夫かな?まあ、一度勝ってる相手だし、何より葵が負けるところは想像できない。

 

 背後の二つのコア反応は、未だに健在。つまり、紅也はまだ負けてない。

 だけど、セシリアもラウラも、現場から割と離れたところにいる。今から連絡を取っても遅いかもしれないけど……って、あれ。あっちに向かってるISが一機いる。

 このコアは、彼女か。あの機体ならどの距離でも対応できるし、紅也もよく知ってる機体だから、連携に関しても心配要らないかな。

 

 第四アリーナの更衣室には、反応が三つ。敵と、更識先輩と……!?

 白式の反応がない!一夏、どこに行っちゃったの!?

 

 一瞬、意識が逸れた。移動よりも索敵に重点を置き、感知できる範囲内でコアの反応を見る。

 それがいけなかった。

 

 視界の隅で、何かが淡い光を帯びる。

 正体を確かめるよりも、ラファールのセンサーが警告を放つよりも早く、僕は反射的に身をよじった。

 手元に抱えた操縦者がうめき声を上げる。今の衝撃で眼を覚ましてしまったのか?

 でも、それを確かめてる余裕はない。

 

 だって、今、まさに――

 

 背後で戦っていたはずの紅也の、デルタアストレイの反応が、消えたんだ。

 

 今の、僕を狙った攻撃の、流れ弾で。

 

 

 

 ……いや、本当にそう?

 

 たまたま、偶然、チープキル!?

 

 そんなわけない!

 

(僕の馬鹿!)

 

 二機同時に狙うなんて、多対一の常套手段だ。偶然なわけないじゃないか!

 今紅也を撃ち落とした敵は、まだ僕を諦めていない!

 ようやく現実に思考が追いついたとき、「正解!」とでも言わんばかりに飛来したビーム。

 

 翠の光はラファールの肩を焼き、周囲をイオン化させながら、校庭の砂を蒸発させる。

 

「くっ……」

 

 揺らぐ機体を制御しつつ、高度を落として背後を探る。

 青い空を背景に、空より深い青の羽根が、ふたつ。

 

 おそらくこれは、自立砲台。セシリアの〈ブルー・ティアーズ〉と同じ――いや、ビームを放っていた分、こっちの方が格上だ――操縦者の意思によって自在に飛び回る、空飛ぶ砲台だ。

 

 でも、見慣れた兵器にやられてあげるほど、僕は弱くないよ!

 

 〈シールドソード〉を具現化し、ラファールとビットの間に配置する。

 同時に、両手に抱えた敵操縦者を左手で抱え直し、右腕には通常装備のシールドを装備。

 ガーデン・カーテンほどではないが、防御力に重点を置いた装備を選択し、自分と捕虜の身を守ることを最優先する。

 だって、僕の役目は、ここで戦うことじゃないんだから。

 

 

 

 

 

 

〈side:ラウラ・ボーデヴィッヒ〉

 

(――おい、今!)

(……ああ。デルタが強制解除されたな)

 

 生徒に余計な混乱を与えないため、ISを展開せずに海側へ向かっていた私は、紅也の反応が消えたことに気付いた。

 

(他の被害は?分かるか?)

(8が持ってる情報だと、葵はデュエルを撃破したみたいだ。そして、シャル子と鈴音が交戦中。セシリアはその援護に向かってる)

(そうか……)

 

 ならば私は、どこへ向かうべきだろうか?

 足を止めず、半自動的な動作で目的地を目指しつつも、思考は深く。

 心情的にいえば、今すぐにでも紅也の援護に駆け付けたいが、そちらへの戦力は足りている。

 学園の防衛に関しても、教員や、本作戦に参加していない数人の専用機持ちに任せていれば安心できる。

 

(……安心、か。ずいぶんと変わったよな、お前)

(何を言うか。お前が言ったんだろう?「周りを見ろ」と)

 

 相変わらず飄々としているコイツのせいで思考が逸れたが、やはり私がやるべきことは、敵の退路を塞いでおくことだろう。

 敵が運用しているISは、現在確認されただけでも5機。これだけのISを保持・運用している組織が相手ならば、援軍の一機や二機、出てきても不思議じゃない。それに、いまだ姿を見せない戦闘機――FALKENの存在も気がかりだ。

 

 もし敵が逃亡するならば、再び強襲を仕掛けてくるならば、私のAICが鍵となる。

 熟練のIS操縦者相手なら通用しないかもしれないが、小回りの利かない戦闘機が相手なら、何分だって、何時間だって捕まえておけるのだ。

 それが、ISと過去の兵器との間にある、決定的な違い。

 

「パンツァー・カノーニアを装備しておくべきだったか……」

 

 こういうとき、紅也やあの生徒会長の秘密主義が恨めしい。

 もっと早く知らせてくれれば、相応の準備が出来たというのに。

 

 文句は胸の内にしまいつつ、コアをステルスモードにし、姿を隠す。

 

 ……そういえば、箒の奴は何をしているのだろうか。

 私と同じように、姿を隠して敵襲に備えているのだろうか。

 それとも、もっと別の役割が……?

 

 

 

 

 

 

〈side:織斑 一夏〉

 

 放たれる水の嵐は、ロッカーの扉を荒々しくノックし、中身の有無などお構いなしに破壊しつくす。

 無事なのは、今俺がいる場所――楯無さんの背後だけ。

 

 俺を庇っているせいで、楯無さんは満足に動けない。それでも、彼女はランスを振り回し、徐々に生成される水を使い、なんとか攻撃を防ぎ続けている。

 ISを持たない今の俺じゃわからねえけど、こんなことを続けていても、遅かれ早かれエネルギー切れになるだけだ。

 

 轟音が響き、ロッカーの扉が弾き飛ばされ、中身が散乱する。

 男物の半袖上着。何に使うかよく分からない無数のガラクタ。そして、鞘に収まった、一振りの刀。

 

 ――それを見た瞬間、気がついたら、身体が勝手に動いてた。

 

 菊一文字。

 

 紅也が愛用している〈ガーベラストレート〉の元となった日本刀。

 

 抜き放たれた刀身は美しい刃紋を煌めかせ、蛍光灯の光を反射する。

 その美しさに見惚れたのも一瞬。右手に刀を、そして左手で落ちていた上着を掴むと、俺は楯無さんの背後から飛び出した。

 

「一夏くん!?」

 

 楯無さんの悲鳴が聞こえる。

 守られるべき立場の俺が、こうしてまた勝手な行動をとったんだ。命の危険もある。

 今の俺の行動は、彼女の行動の全てを無に帰すかもしれない。

 

 でも、もう無理だ。

 

 俺の目の前で。

 

 俺のせいで。

 

 これ以上――

 

「もう誰も――傷つけさせねぇ!」

 

 広範囲に散らされた水の弾丸は、当然俺にも襲いかかる。

 元が水とはいえ、甲龍の衝撃砲の様な例もある。ISの武装として使われているからには、これもきっと、とんでもない威力なんだろう。少なくとも、あの頑丈なロッカーを数発で破壊できる程度には。

 

 だけど、こいつはそんな嵐の中、無傷で落ちて来たんだ。

 それで思い出した。

 

 水の塊が、盾のように突き出した俺の左腕を直撃する。

 その痛みに苦しむのも一瞬。弾丸が消え去った後に残されたのは、無傷の制服と痛む腕。

 

 これは、紅也が普段から着てる改造制服だ。詳しくは聞いてないけど、9mm口径弾くらいなら「ちょっと痛い」程度しか感じないという特注品。

 水の弾丸に対してどれほど通じるかは分からなかったけど、それでもコイツは、役目を存分に果たしてくれた。

 

「はあぁぁぁぁぁっ!」

 

 彼我の距離は5m程度。俺は体を捻り、限界まで溜めを作り――大きく振りかぶった刀を、投擲斧のように投げつけた。




紅也の通常装備である改造制服。実は防具としてはかなり優秀な部類に入ります。
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