刀の投擲――すなわち、刀擲。
俺が行った、暴挙とでも呼ぶべきそれは、しかし確かに効果を発揮した。
敵が飛来する刀に気を取られたほんの一瞬。それは時間にしてみれば一秒にも満たない隙だったが、楯無さんの前では致命的な失策だった。
周囲に散乱した水は、その一瞬の間に楯無さんの支配下に置かれ、再び彼女の体を、武装を覆っていく。これで状況は互角に戻った……はず。
「お見事」
労うような言葉が聞こえる。
俺の背後からではない。正面――それも、俺が相対している水を纏ったISからだ。
それを確認した直後、俺はひときわ大きな水球に弾き飛ばされ――
◆
〈side:山代 紅也〉
俺が最後の一撃を放とうとした、まさにそのとき。
デルタの背後に命中した攻撃により、完全にエネルギーが尽きた。
具現化限界をむかえ、粒子の塵がキラキラと舞う、幻想的な光景。それに見惚れる余裕などあるはずもなく、俺はイージスの放っていた蹴りにより、上空へと吹き飛ばされた。
「がああぁぁぁっ!?」
痛い。痛い。痛い!
痛覚刺激により、さっきとは違う意味で眼がチカチカする。
息が出来ない。口は開いているが、流れ込む風によってカラカラに乾いていく。
意識が遠い。身体が苦しい。
それでも、俺がこうして意識を保っていられるのは、ひとえにISの機能により、交感神経系が活性化されているためにほかならない。
そんな混乱状態に終止符を打ったのは、背後から抱きとめられたような、不思議な感覚だった。
「……紅也、くん」
……ああ、この声。
「かんざし……か」
更識先輩の要望で、今回の作戦には巻き込まないようにしてたはずなんだけど。
……ひょっとして、葵がオープンチャネルで話してたのを聞いて、来ちまったのか。
「――許さない」
《Open fire!》
簪の声に従い、打鉄弐式が吠える。腰部の荷電粒子砲が、背部のミサイルポッドが開き、クリムゾンと簪によって制御された48の弾頭が一斉に放たれる。
「くっ、新手か!?」
対するイージスは、何故だかPS装甲を展開していない。普段なら何の脅威にもならないミサイルでも、今の機体状況であれば致命傷になりうる。
そういう意味で、簪が来てくれたのは非常にありがたい。……っと、段々調子が戻ってきたな。感謝するぜ、デルタ。
変形機能と右半身を失い、満身創痍のイージスだが、その機動力は損なわれていない。地上を滑るように滑空し、ミサイルの軌道を限定させることで、誘導弾の真価を見事に封じ込めている。
だが、そんな事態に対応するために荷電粒子砲がある。
誘導弾の網に開けられた、ちょっとした隙間。誘導されていると分かっていても、敵はそこに逃げ込まざるを得ない。
放たれる〈春雷〉が、イージスを捉える。しかしイージスはいつの間にやら腹部砲塔を展開しており、スキュラによってそれを迎撃する。
連射するために威力を落とした〈春雷〉と、一撃必殺の威力を持つ〈スキュラ〉では火力が段違い。それを悟った簪は、すぐにスキュラの射線から逃れ、再びイージスに荷電粒子砲を放ちはじめる。
敵の過ちは二つ。
〈春雷〉が連射可能な武器だと気付かなかったこと。詳細不明の機体に対し、万全とは程遠い状態で挑んだこと。
その代償としてイージスの腕部は吹き飛ばされ、ダメージレベルはBを越えた。
これなら……多分、今の俺でもやれる!
「簪!スモークチャフで奴を包んでくれ!」
「えっ……あっ」
俺の指示を聞いた簪は、反射的にミサイル発射を行った。あるいは、クリムゾンが俺の意をくんでくれたのかもしれない。
……ここだけの話、『マイスター』である簪の権限よりも、『クリエイター』としての俺の権限の方が上位に設定してあるし。簪の反応を見る限り後者が正解か?
ともかく、発射されたミサイルと共に、俺はスキュラの発射元に向けて飛び降りる。
時間差で、俺とイージスの姿を隠すように次から次へとミサイルが爆発し、レーダーをシステム・物理の両面で阻害する金属粒子を散布する。
だが、俺のデルタに接続されたASTRAYネットワークは生きている。8が感知した熱源反応は素早くデルタのセンサーに送られ、敵の存在を赤裸々に暴きだす。
ここまでお膳立てされてるんだ。後は、俺の頑張り次第。
敵は多分、まだこちらに気付いてない。今のうちに近付けるだけ近付いて―― 一気に決めてやる!
落下の勢いを力に変え、痛みをこらえて大地を蹴る。
痛めていない右腕で、さらに一歩。終息しつつあるスキュラの残光がはっきりと見える。
三歩目。思わずうめき声が漏れる。
四歩目。イージスと目が合った。敵は撤退を決めたのか、俺を無視して動きだす。
「ま、に、あ、えぇぇぇぇっ!!」
左腕を突き出し、イージスの装甲に触れようとする。伸ばした指先はあと一歩で届かず、イージスが浮遊していく。
だけど……俺を、モルゲンレーテの技術を、ナメんじゃねぇ!
左腕の肘が爆発し、身体から離れて勢いよく飛び出す。更識先輩と組手したときにも使った義手の機能の一つ、ワイヤードフィストだ。
これには、さすがの敵も動揺した様子。俺を恐れたのか、出力を上げ、さらに速度を上げようとする。
が、もう遅い!今だ出力の衰えない左腕から、今度は手首が分離し、飛び退るイージスへと肉迫する。
生身の人間にはできない……いや、ありえない動き。こんなもの、知らない人間に対して予想しろって方がムチャだ。二段階の加速をつけた左手は、逃げ遅れたイージスの足首をがっちりと掴んでいた。
(今だ――!)
先程8から送られてきた、あるプログラムを起動。
同時に、俺は肘と手首のワイヤーを巻き取り、自分の体を持ち上げる。
「ぐうぅぅぅ、これは、まさか――」
「そのまさかだよ!」
電流に似た衝撃に身を焼かれ、なおも上昇を続けながら悶える操縦者に追いついた俺は、勝ち誇った声で答える。
「名付けて《剥離剤・紅也カスタム》!他所の技術を奪って生かすのは、お前らの専売特許じゃねえんだよ!」
アラクネの操縦者が使い、一度は俺とデルタを引き離した《剥離剤》。それを8とデルタが分析し、さらなる改良を施したのがこの《剥離剤・KC》だ。さっきの戦闘の終盤に完成したが、データ転送中に俺が敗れたため、使うことは出来なかった。
原理まで分析する時間は無かったが、コイツを使えば、ISを無傷で強奪できる!
イージスの輪郭が揺らぎ、操縦者の顔がチラチラと見える。
激痛に耐えているとは思えない力のある双眸が俺を射抜き、憎々しげに俺を睨む。
その視線は俺の腕で止まり、歪んだ唇が開かれる。
「こ、のっ……バケモノめぇぇぇ!」
その言葉と共に、イージスは球系のクリスタルとなり、俺の右手に収まる。
同時にPICの加護を失い、再び重力に囚われた俺たちは、地面に向けて落ちていく。
「バケモノ、か……」
この肉体も、この腕も、戦いの中で生み出され、進歩したものだ。
俺がバケモノだとしたら、それを生み出す土壌をこの学園に作り出したお前たちは、何だ?答えてみろよ、女。
そもそも俺を復讐鬼にしたのは、学園祭のときにお前らが――あれ……?
『ブル*フ**ム!*に……力を貸し*さい!』
『来*わね、蛇っ!!真の“**”が誰な*か……教*てあげ*わ!』
上も下もない、どこか懐かしさを感じる落下の中、ふいにいつかの風景が――見たとこが無いはずなのに、起こったはずがないのに、覚えのある場面が、脳内に再生される。
――そうだ。
葵を
「たとえ“化け物”になろうとも、それだけは、成し遂げる……」
空が遠のいていく。しばらくして、再び感じる、誰かに抱きとめられたような感触。
「無茶しないでよ、馬鹿っ!」
内向的で、大人しい彼女には珍しい、怒った声。それを聞き、同じ女の怒鳴り声でもこうまで違うものなのか、とどうでもいいことを考える。
敵は意識を失ったようだ。身動き一つせず、頭から地上へフリーフォール。思春期を殺した少年も真っ青なFlying Awayっぷりだ。
さすがにこのまま死なせるのは寝覚めが悪い。簪に、あいつも助けるように頼もうとしたが、それより早く落下地点に先回りした影があった。
あのシルエットは……白式だな。この様子だと、あっちも上手くやったみたいだ。
……いや、待てよ?
一夏って、あんなに髪、長かったか?
あれは……あの姿は、まるで――
◆
〈side:シャルロット・デュノア〉
二機のビットから放たれた淡い緑の光は、シールドソードの表面に当たって四散する。
表面での減衰率から考えると、ビットから放たれたのはビームではなく、BTレーザー。さっきのビーム攻撃は、どこかにいるはずの本体が放ったものだろうね。
ラファールのレーダーを使って、敵の姿を探す。敵の正体は分からないけど、そこまで遠くからビットを操作することは出来ないはず。
……見つけた!やっぱり“本体”は正面にいる!
敵の姿を確認すると同時に、バレルロールの要領で射線から退避する。その判断は正しかったようで、僕がいた空間にビームとレーザーが、まるで囚人を捉える鉄格子のように降り注いだ。
ビームが1、BTレーザーが4。ビット4機を操作しながら動いてることから、同じビットの使い手であるセシリアよりも格上だと判断できる。
と、なると、この人を抱えたままだと厳しいかな。
ラファールに地表スレスレを滑らせ、一瞬だけ停止する。
頭の先をレーザーが通過してヒヤリとしたけど、結果的には無事だったからオーケー。
背後から迫るレーザーをシールドソードで受け止めつつ、僕は紅也から託された捕虜を地面に下ろし、その身を覆い隠すようにもう一つのシールドソードを呼び寄せた。
これで、この人が巻き添えになる心配はいらない。後は拠点防衛の要領で、この場を守り切ればいいだけ。
《デュノアさん、聞こえますか?》
背後に浮かべていたシールドソードを左肩にマウントしたところで、布仏さんから通信が入る。
でも、返事を返す余裕はない。捕虜の存在に気を使う必要が無くなった敵は、僕の撃墜を最優先に考えて攻撃してくる。
《セシリアさんがそちらに向かっています。協力して速やかに敵機を撃破してください》
良かった。2対1になれば、ここで無理をする必要はない。
それに、BT兵器を使う相手と戦うなら、特性を十二分に理解してるセシリアが適任だと思う。
《それから、そちらに向かった白式は――》
白式、という単語に意識を引かれたのも束の間、通信が不自然に途切れた。同時に、センサー系が不具合でも起こしたのか、ところどころにノイズが走る。
異常があったのは相手も同じみたい。背後に迫っていたビットが不自然な動きをしたと思ったら、空に向かってレーザーを放つ。
視界に異常がないってことは、システムへの干渉ではないようだね。多分ジャミング。
周りを見てみると……やっぱり!簪の打鉄弐式が、スモークとチャフの入り混じった妨害弾をバラ巻いていた。
紅也を逃がすために、敵の視界とセンサーを封じ込めたのかな?幸い煙はここまで来てないけど、妨害範囲がここまで広いなんて……。
ここに至って、僕はようやく敵の姿を目撃することが出来た。
一言で表すならそれは、ブルーフレームと同じ色のブルー・ティアーズ。
長いこと――といっても、まだ半年も経ってないけど――セシリアと訓練してきた僕でも違いが分からないほど、“敵機”とブルー・ティアーズはそっくりだった。
まるで、レッドフレームとブルーフレームのように。
「まさか、同型機!?」
イギリスから強奪された機体なのか、それともブルー・ティアーズを参考に造られた
四機のビットが再び動き出す。多分、制御方法を切り替えて、手動で操作してるんだろう。そうでなければ、この手の機体がわざわざ姿を晒す必要はない。
きっと今は、全てのビットを視界に納めていないとまともに扱えないんだ!
高速で僕を取り囲むように移動し、次々とBTレーザーを放つビット。それを回避した先に放たれる、ブルー・ティアーズ2号機のビームライフル。
初見だったら苦戦するかもしれないけど、セシリアと葵を同時に相手してると思えば……油断したところで格闘戦に持ち込まれて、負けそうだなぁ……。
と、ともかく!今の戦法を続けてたって、僕には通用しないよ!
今だって、盾で防ぐまでもなく避けれてるし。ただ、反撃に移れないのは少しつらいけどね。
右へ、下へ、身体を捻って、さらに下へ。
〈ヴェント〉の引き金を引いても、想定以上のスピードで動く敵機に回避され、反撃のビームが放たれる。
まったく……。相手だけが一撃必殺の武装を持ってるなんて、ズルイよ、本当に。
瞬時加速を使って懐に飛び込んで、接近戦に持ち込めば有利に戦えるかもしれない。でも、今は広く展開してるあのビットを機体を守るように展開されたら、一瞬でハチの巣にされるだろうね。
欲張らずに行こう。今は膠着状態で十分だ。
はやる気持ちを抑え、みたび放たれたレーザーの嵐を掻い潜った、次の瞬間。
足下から放たれた二条の光線が、僕の逃げ場を完全に封じ込めた。
(ま、まさか……)
最初に撃たれたのは4発。今、さらに追加で2発。
今までの攻撃を考えると、どう考えても数が合わない。
だけど、こう考えたらどうだろう?
最初からビットは6基あって、4基だけが攻撃を行っていた。
それなら、つじつまが合う。
「まだ……ビットがあったんだ……」
僕は最初から、あの機体とブルー・ティアーズを重ねて見ていた。
操縦者の技量ばかりに注目して、性能はブルーティアーズと変わらないと踏んで、ビットの搭載数は4基だと思い込んでたんだ。
逃げ場を失った僕に迫るビーム。とっさにシールドソードを割り込ませたけど、こんな行動に意味がないのは僕自身が一番よく分かってる。
ビームを防いだ直後――四方八方からのBTレーザーに晒されたラファールのエネルギーは、一瞬で0へと向かっていく。
一夏、参戦……?