IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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そろそろ一区切りです。


第137話 主無き部屋で

 俺の怪我は、あれだけの戦闘に巻き込まれていた割には軽い部類だったらしく、目が覚めたらすぐに退院、いや退保健室?することになった。

 

 そういえば、俺が気絶した直接の原因は、ロッカーに突っ込んだことで頭を揺さぶられたからだ、って楯無さんが言ってたな。

 ……ひょっとしてあの操縦者は、俺の反撃で頭に血がのぼったわけじゃなくて、俺が攻撃に巻き込まれないように水弾を放ったんじゃないか?

 

 だとしたら……なんで、俺を助けたんだ……?

 

 

 

 

 

 

「二人がもういない、って……どういうことですか!?」

 

 モウイナイ……たしかにそう聞こえた。でも、俺の頭は理解を拒んでいた。

 だからこそ、俺は上体を起こして楯無さんに詰め寄り――腹部に生じた痛みで、一気に現実に引き戻された。

 

「言葉通りの意味よ。あの戦闘の後、二人は消えたの」

「紅也は、やられちゃった僕とセシリアを助けてくれたんだけど、その後敵を追って走っていったんだ」

「調べてみたら、葵が交戦してたところに行ったみたいね。……で、そのあと二人分のコアの反応が消えて、行方不明」

「学園内の監視カメラで、一度部屋に戻ったことだけは確認できてるから、連れ去られたわけではないわ。安心して頂戴」

 

 そう、か……。なら二人は、自分の意思で学園を去った、ってことになるのか。

 

「理由は……分から、ない。だから、私……たちは、紅也……くんの部屋に、行く」

「一夏はどうする?傷はそこまで深くはないだろう」

「もちろん……」

 

 行くに決まってるだろ。

 

 返事の代わりに俺はゆっくりと上体を起こし、上着を羽織ってベッドから立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 そして、今。セシリアを除く俺たち7人は、紅也と葵の部屋の前に来ていた。

 

「誰か鍵とか持ってる?」

「ここにある」

 

 楯無さんが手を差し出すと、ラウラがそこに鍵を置く。楯無さんはそれを握りしめると、無造作に制服のポケットの中に突っ込み、そのまま鍵の掛かってないドアを開いた。

 

「……鍵を返せ」

「ダメよ。勝手な鍵の複製は校則違反!」

 

 何とも言えない空気が漂う中、ひとり部屋の中へと入った楯無さんが、ドアの外にいる皆に向けてちょちょい、と手招きをする。それをきっかけに止まっていた時間が動き出し、ひとり、またひとりと部屋の中へ入っていった。

 

 内装は、昔見たときと変わっていない。ただ、学園祭の準備の名残か、消耗品のストローやら紙皿やらが、ビニール袋に入ったまま部屋の片隅に放置されていた。

 ただ……日用品のいくつかが欠けている。例えば私服だとか、普段置いてあるコンピュータだとか、銃だとか、工具一式。普段はあるはずのそれらの消失は、部屋の主の不在を雄弁に物語っていた。

 

「なんか、ここに来るのも久々な気がするわね」

「そうだね……」

「何か……物足りない気がするな」

 

 みんなが口々に呟きながら、最後に箒が部屋に入ってきて、ドアを閉める。

 すると……突然部屋の明かりが消え、雑然とした本棚の一角が光りはじめた!

 

「な、何をしたの……篠ノ之さん!?」

「わた、私は別に、何も……!」

「簪、箒!静かに!」

「何か聞こえるわよ!」

 

 俺が二人を静止するのと、鈴が合図を出したのはほぼ同時だった。

 確かに、何か声の様なものが聞こえる。

 

『全員……揃ってるか?こっちから確認はできねぇが、勘弁してくれよ?』

 

 音声が流れると同時に、光っていた本棚から、ホログラフが投影される。

 そこに映っていたのは……まぎれもなく、山代紅也本人であった。

 

「紅也!お前、一体どこに――」

『あー、予め言っておくが、これはただの録画映像だから、勘弁してくれ。質問されても答えるのは無理。俺が送れるのは、ただのメッセージだ』

「……………」

 

 その言葉を聞き、全員が押し黙る。

 これは、紅也からの別れの言葉だ。聞き逃したら多分後悔するって、みんな分かってるんだ。

 

『まずは、ありきたりな言葉だが……このメッセージを聞いているとき、俺たちは既にこの学園にはいないだろう』

 

 ……ああ、知ってるよ。ついさっき聞かされた。

 

『学園から去る理由は、至極単純。俺と葵の任務――Xナンバー4機の奪還が終了したからだ』

「……あ、そっか」

 

 十分な溜めの後に語られた理由に対し、シャルが若干間の抜けたような声を漏らす。

 そういえば……ずいぶん昔、Xナンバーを強奪した組織が俺を狙ってるから二人が来たとか、そんな話をされた覚えがある。

 

『クラス代表対抗戦で『ブリッツ』を。校外特別実習で『バスター』を。そして今回の『学園祭』では、更識先輩の協力もあって『イージス』と『デュエル』を回収することができた。……みんなには、迷惑かけっぱなしだったな。こんなことに巻きこんでしまって、本当に済まない』

 

 おいおい、バウアーさんネタなんて懐かしいじゃねぇか。なんで、お前は、こんなときまでいつもの調子なんだよ?

 

『いの一番に謝らなきゃいけないのは一夏だな。……悪い。白式、取り返せなかった。

 でも、安心してくれ。任務自体は終わったけど、あの組織には借りがある。レッドフレームの修理が終わり次第、できる限り調査は続けていくつもりだ。……待ってろよ』

 

 白式……。

 

 言われて改めて、俺は右手首を見やる。

 普段は一切重さを感じさせないが、しかし確かに存在していた白いガントレットは、既に存在しなかった。

 

 ……でも、さ。

 白式が無くなったのはショックだし、それを取り返すって宣言してくれるのも嬉しいんだけどよ……。

 

 友達のお前や葵がいなくなっちまう方が、よっぽど悲しいんだよ。

 

『……箒。お前とは色々あったけど……できれば、今後も今のままで頼む。

 一応言い訳しておくけど、今回の件からお前を遠ざけたのは悪かった。正直、そっちに引き寄せられる敵もいるかと思ってケイシー先輩に護衛してもらってたんだけど、篠ノ之博士の隠蔽術は完璧だったみたいだな。敵は、まだ『紅椿』の価値に気付いてなかった』

 

 俯いた箒の表情は、わからない。メッセージに込められた意味も、わからない。

 だけどきっと、箒だけは意味を知っているんだろう。紅也は、意味のないことは……あんまり、やらないはずだ。

 

『鈴音。お前あのとき、下にいる俺たちに気を取られて、全力出せてなかっただろ。そうやって全体を気にしながら戦えるのは、お前のいいところだな。『甲龍』の機体特性とも合ってる』

「ふ、フン!あたしなんだから、当たり前でしょ!」

 

 録画映像だから意味はない、って言われてるのに反応するなよ。それに、涙声で強がってみせても、いつかの仁王立ちみたいに決まってないぜ?

 

『……ここで鈴音が何か言うと思ったから間を開けたんだけど、もう映像終わったと思って帰ってないよな?まだいるよな?』

 

 しまらねぇなぁ。カッコ悪くて、なんだか目が潤んできた。

 

『あー、その、な。……鈴音、お前とバカやってるの、結構楽しかったぜ。任務のことがなければ、ここに残ってコンビ結成したいくらい楽しかった。

 しばらく会えなくなるけど、メールとかのやりとりはできるから、いつでも連絡してくれ。ただし、“コア・ネットワーク”とか使うなよ?オーストラリアまで織斑先生が殴りに来るかもしれねぇから』

「……馬鹿。いたければいればいいじゃない」

 

 ぽつり、と力ない唇からこぼれた言葉の雫は、部屋全体に静かに響き渡った。

 

『シャル子……は、別にモルゲンレーテで会えるからいいか。せっかくだからこの機会に、オレンジフレームの調整も進めとく。“キャノンボール・ファスト”に合わせて、高機動型にしておくからな!』

「別にいい、って……もう!」

 

 シャルは怒ったような表情を作ってはいるけど……その横顔は、やっぱり寂しそうだった。

 

『ラウラ。詳しいことはアイツから聞いた。おかげで、俺も次のステージに進めそうだ。

 俺がいないからって、勝手に部屋に入るなよ?勝手に合い鍵とか作ってたら、今すぐ更識先輩に引き渡せ。……別に、ドア壊さない限りは追い出したりしねーから、普通に入って来い。俺たち、友達だろ?』

「友達、か……。こんな思いをするのなら、友達の方がずっと良かった……」

『後は……ないとは思うが、また学園でトラブルがあったら、一年生一の操縦者としてよろしく頼むぜ!1対1なら、お前は無敵だ!』

 

 ラウラが何を言ったのか。メッセージの途中に挟まれた呟きを、俺は聞きとることができなかった。

 でも……言葉はわからなくても、そこに込められた心情だけは、なんとなくわかる気がした。

 

『簪、打鉄弐式の初陣、完璧だったな。下から見てたけど、ミサイルの操作といいビットの追い込み方といい、完璧だったと思う。……マニュアル、渡しただろ?後は倉持技研で改良・整備していけば、そいつはさらに進化する。

 IS設計者、山代紅也のデビュー作だ。大事に使ってくれよ?』

「うん……うん!」

 

 簪は、涙を隠そうとしない。中指にはめた指輪を抱きしめるような、祈るようなポーズで、ぽろぽろと床を濡らしていた。

 

『それから……更識先輩。あなたがどこまで知ってるかは知りませんけど、俺は行きます。

 貴女と一緒に悪だくみするのは楽しかったけど……くれぐれも、その矛先を俺に向けないで下さいよ?』

「はいはい。安心して頂戴」

 

 この中で一番サバサバしていたのは、間違いなく楯無さんだ。『了承』と書かれた扇子を開き、カメラ目線(映写機目線?)まで決めている。

 きっと、楯無さんだけは事前に聞かされてたんだろうな、と思いながら、俺たちは続きを待っていた。

 この場にはいないもう一人へのメッセージ。それを確認し、彼女へと届けるために。

 

『じゃあ、最後にセシリアに伝言頼む。部屋を閉める19時までに、前に貸した映画を返してくれ。最後の回転を見るかぎり、少しは参考になったようで何よりだ。そっちの方向性で行くなら、今度別のを貸してやる。……じゃ、頼んだぜ!』

 

 映像が消えた。

 

 唯一の光源であったホログラフは消え、自動的に部屋の明かりがつく。

 まさに映画の上映が終わったかのような光景だったが、胸に来る寂寥感は、そんなものの比ではない。

 

 ……できれば、葵の言葉も聞きたかったな。

 

 一瞬そう思ったけど、すぐに思い浮かべて否定する。

 あいつは、葵は、そういうタイプじゃない。一言クールにさよならと告げて、一度も振り返らずに歩くタイプだ。そっちのほうがしっくりくる。

 逆に紅也は、舞台が終わった後に全ての種明かしをして、帽子を脱いで去っていくのが似合ってる。

 紅也と葵。そんな二人だからこそ、バランスが取れているんだろう。

 

 そこまで考えて、ふと気付く。

 

 紅也のことも、葵のことも、鮮明に思い出せる。

 一緒にいたのは半年にも満たない期間だったけど、その密度は俺が漫然と過ごしてきた15年間と同等か、それ以上だったんだ。

 あいつらがいなくなっても、一生会えないわけじゃない。いつでも連絡だってできるし、そもそも、俺の心の中には二人が存在している。

 

 心の中の空白は、いつの間にやら埋まっていた。




ここまででXナンバー編……というか、第一部完な雰囲気が出ていますが、もう少しだけ続きます。
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