――とまあ、ここまでは、一夏が聞かされた話ってワケ。
学園に残った代表候補生たちは一夏に事の顛末を話したけど、それが全部ってわけじゃねぇ。
だって、欠けてるだろ?
俺と、葵の証言が。
今から話すこと。それが、この学園祭の最後のピースだ。
◆
〈side:山代 紅也〉
白式を使っていた、一夏と葵を足して二で割ったような外見のあの女。
その正体に、俺は全く心当たりがなかった――わけじゃ、ない。
加えてあの台詞、ほとんど答えじゃねぇか。隠す気がないのは助かるが……すまん、一夏。俺の想像通りなら、白式の奪還は無理だ。
……いや、それどころか、この場で死人が出ても可笑しくねえ。
俺が見てる前で友達が殺された日にゃ、俺は復讐鬼になっちまう自信があるぜ?
だがしかし、デルタを破壊された俺にできることなど、高が知れている。
せいぜい、今みたいにひたすら相手の動きを見て、分析して、後に続く者に伝える。
役に立つかは知らねえが、それでも――何もしないわけにはいかねえんだよ!
しばらく観察を続けていると、俺は背中に女性の腕を回されたような感触を感じた。
同時にひやりとほてった肌を濡らす感覚が、この腕の持ち主が更識先輩だということを教えてくれた。
「紅也くん、あれは“イェーガー”で間違いない?」
ぼそり、とハイパーセンサーですら拾いきれないような音量で、更識先輩は俺に問いかける。
……この人は、どこまで底が知れないのか。
隠していても状況が悪くなる一方だし、そもそもバレていては隠しようもないので、俺は首を縦に振った。
「そう……。じゃ、今の私たちの手には負えないわね。“獲物”を取られっぱなしなのはシャクだけど、巣穴を壊されるよりマシか」
更識先輩は俺を地上に降ろし、満身創痍の機体で敵へと向かっていく。
「二人とも、ここが正念場よ!!」
それでも、指揮官としての責任を果たす更識……楯無先輩にわずかな尊敬の念を抱きつつ、俺は走り出す。
俺は、俺にできることを!
見たところ、鈴音は倒れたシャル子やセシリアを気にするあまり、攻撃に集中できてないみたいだ。敵もそれが分かっているらしく、常に鈴音より下をキープし、衝撃砲を抑制している。
だからこそ、俺は無防備な仲間――シャル子だけでも助けなければ。ただでさえ低い勝率を少しでも上げるには、二人に全力で戦ってもらうのは最低条件だ。
ローラーブーツを装備し、全力で加速。すれ違いざまに左腕の力を使ってシャル子を持ち上げ、戦線を離脱。遮蔽物の多い校舎の壁に彼女を寝かせると、すぐさま現場に戻る。
戻っていた俺を待っていたのは、衝撃的な光景だった。
セシリアのBTライフルから放たれた、回転するビーム。それがビームで形成されたシールドを貫通し、浮遊するビットを1基撃墜したのだ。
――凶げたのか、セシリア!
まさか自分が貸したアレの影響が、こんなところで発現するとは思わなかった。
さて、完全に機能停止したと思っていたセシリアの反撃で、相手はよっぽど頭に来たんだろう。浮遊させていた5基のビット全てを使い、大破寸前のブルー・ティアーズに一斉射撃を行ったのだ!
残っていたパーツが、ライフルが消し飛び、トドメとばかりに頭部のセンサーが粉砕される。あれじゃ、ダメージレベルはD……どころじゃない。下手したら、自動修復が追いつかないレベルの大破。
セシリア本人はかろうじて絶対防御で守られているが、ここにいたら、また癇癪女の標的になるに違いない。
追撃が来る可能性は考えず、俺は一心不乱にセシリアめがけて走る。
戦闘全体でみれば、今の一撃は明らかに無駄だ。楯無先輩がそんな隙を見逃すはずがない。
ほら、今も頭上で爆発音。どうやら敵は、また1基ビットを失ったようだ。
セシリアを回収。腕の中に収まった彼女の呼吸を確認し、どうやら命に別条は無さそうだと安堵する。
外傷も思ったより酷くなさそうだし、予想以上に健闘してくれた。
……おあつらえむきにブルー・ティアーズも使用不能になったし、この戦いが終わったら「あの話」を持ちかけてみよう。俺はひそかにそう思った。
さて、セシリアを救助した以上、俺の役目は終わった。
だが、あとひとつだけ、どうしても気になることが残っている。
(――おい、紅也!)
どうやら、レーゲンの中の「アイツ」も同じことを思ったようだ。「彼」の視点から見た白式の戦闘データと共に、通信が送られてくる。
(レイディダウン!白式がフリーだ!このままじゃオレたちも!)
わかってる。
白式がアーマーシュナイダーを取り出した。こうなった以上、もうラウラたちに勝ち目はない。
でも……それでも……葵なら!
走りながら、空を見る。
ラウラは懐に入られた。慌ててワイヤーブレードを巻き戻しつつ、なんとか距離を取ろうとするが、もう遅い。
鈴音は、状況についていけないようだ。AICで白式が固定されていた位置に向かい、ゆっくりと衝撃砲の狙いを定める。
簪は、撃墜された更識先輩に気を取られている。完全無欠のフォーメーションが、綻んでしまった。
……ここまでスローに見えるのは、俺の動体視力が〈ヴォワチュール・リュミエール〉によって底上げされたせいだろうか?
それとも、俺の額で淡く輝く、白いヘアバンドのお陰なのだろうか?
俺が全てを把握した瞬間、ラウラの金色の瞳が俺を射抜いた――気が、した。
最後の抵抗、とばかりに白式に差し向けられた、一本のワイヤーブレード。意識の外側から現れたはずのそれは、しかしあっさりとワイヤーを寸断され、そのまま地上に落ちていく。
(――紅也)
(持ってけ!)
くるくると宙を舞う、寸断されたワイヤー。
左手一本でそれを掴みとった俺は、そのまま戦場を走り抜けていく。
――戦いを終えたはずの、葵の下へと。
◆
〈side:山代 葵〉
戦いの終わりは、唐突だった。
8から送られてきた、紅也特製のプログラム。それをデュエル本体に干渉させた瞬間、敵のISが強制解除されたのだ。
そして、残された私の手に収まっていたのは、デュエルのものらしきISコア。もし、これを紅也が開発したのだとしたら……プログラマーに転職したほうがいい気がする。
(残念だが、これは紅也のオリジナルじゃない。敵が使っていたものを私が改良しただけだ)
(……そう)
(ただし、原理まではわかっていない。何らかの対策もあるかもしれない。不測の事態を避けるためにも、操縦者の意識は狩り取っておけ)
(……言われなくても)
PICの保護を失って地面に叩きつけられ、うめき声を上げる敵操縦者の頭部を、ブルーフレームの左脚で軽く蹴りつける。たったそれだけで、この戦闘は終わりを告げた。
……この女。
2対1で私と戦ったあのとき、単一仕様能力を使って私は勝利した。
そして、今回。戦い自体は1対1だったけど、単一仕様能力を破られた。
おそらく、紅也のプログラムがなくても、私は勝利できただろう。
……でも。
もし、次にこいつと戦うときが来たら、私は勝てるの……?
不安が胸を焦がすと同時、惜しいとも思う。
普通の人間の癖にここまで私と拮抗してみせたのは、この女が初めてだったから。
(――葵!今から送るデータに目を通せ!)
ASTRAYネットワークを通じて、紅也の声が聞こえる。
同時に、私の視界にもう一つ、何かがダブって見える。
おそらく、紅也が今見ているものが、ブルーフレームに送られてきたんだろう。
目まぐるしく動き回るその映像は、なぜか『白式』と代表候補生たちが戦っているシーンだった。
よく見ると、これは映像データだとわかる。画面の隅に、紅也による注意書きがあったためだ。
――白式強奪。敵はイェーガータイプ。
そして、一言。
――後は頼む。
……どうやら、紅也は戦線離脱したらしい。
この“イェーガー”が相手だったのか、他の誰かが相手だったのか、それはわからない。
だけど、わざわざ「頼む」なんて言葉を使ったってことは、たとえ万全の状態でも紅也じゃどうにもできない相手だったはず。
なら、お兄ちゃんの期待に応えるのが、妹の役目。
今なお戦い続ける仲間の下に向かうのは止め、与えられた戦闘データに目を通し、敵の到来を万全の状態で待つ。
体を休め、使える武装と使えない武装をソートし、少しでも消耗を抑えるためにISを解除して待つこと数分。空に光の嵐が吹き荒れたと思うと、2機のISが離脱を始めたことを8から教えられた。
さあ、決戦のときだ。
(行くわよ――ブルーフレーム!)
相手は白式、零落白夜。現役時代の母が敗れた、唯一の相手。
私はそれに勝つために造られた、全身装甲型のブルーフレーム。
しかし、操縦者がイェーガーのコードを持つのなら、全力でやらなければ――多分、負ける。
敵が迫ってきた。一人は生身の操縦者2名を抱えた、ブルー・ティアーズの同型機。もう一人は、今回私が止めるべき相手――白式を纏った、一夏を模した“イェーガー”。
ブルー・ティアーズもどきから、4基のビットが放たれる。
だけど、そこからビームが放たれることはない。
当然だ。
盾代わりに抱え上げた、デュエルの操縦者。わざわざ味方を回収するような組織の人間が、不用意に味方を傷つけるわけがない。
「……警告する。デュエルの操縦者は、手出ししなければ返す。その代わり、白式――お前は、私と戦え!」
「ふん、貴様、自分の立場が――」
「エム、あなたは葵の言うとおり、エッジ連れて帰りなさい」
エムと呼ばれた女は拒否の姿勢を見せたが、白式のイェーガーは彼女の言葉を打ち切り、私の意見を飲むように“命令”した。
「……いいだろう。同族同士、せいぜい傷を舐め合うことだな」
「ハイハイ、ツンデレは結構」
……なるほど。こいつの立場はエムとやらよりも上。命令に従順、ってわけじゃなさそうだから、「完成」したわけじゃないみたいね。
「なら……受け取りなさい!」
デュエルの操縦者を放り投げ、〈タクティカルアームズ〉を握りしめる。
目の前の白式もまた、〈雪片弐型〉を正眼に構え、楽しげな表情を浮かべて私を見つめてる。
そして。
示し合わせたわけでもないのに、エムがエッジを受け止めた瞬間、私たちは距離を詰める。
タクティカルアームズと雪片弐型。“借り物”同士がぶつかり合い、戦いの火蓋が切って落とされた……。
◆
最初の太刀筋は、全く同じだった。
互いに様子を見るかのような、正面狙いの振り下ろし。
パワーは、白式の方がやや上のようだ。でも、剣自体の重量はこっちの方が上。しかもこれは、ただの剣じゃない!
鍔に装備されたスラスターを使い、斬撃に勢いを乗せる。すると、急激に重さを増した斬撃を抑えきれないと判断したのか、白式は刃を寝かせ、流しの構えを取った。
でも、そんなのは想定済みよ!生き残っている右肩のスラスターをも使用して、振り下ろしの勢いを利用して姿勢制御。機体全体を回転させて、左脚のアーマーシュナイダーで敵を狙う。
「甘いわよ」
不自然に左脚が弾かれる。〈雪片弐型〉の柄が、左脚の軌道に割り込んできたようだ。
……くっ!両足が使えないのは辛いわね!
デュエルとの戦いで損傷しすぎたことを悔やみつつも、あくまで意識は目の前の敵に向け続ける。
幸い蹴りの勢いを相殺したことで、敵の刃は私に向いてはいない。振り下ろしの勢いを残したまま距離を取り、私は再び剣を構えた。
しかし、敵は既に体勢を整えていて……最速の「突き」の構えで、私に向かっている最中だった!
速い!
とっさにタクティカルアームズを割り込ませ、盾にする。〈雪片弐型〉と〈タクティカルアームズ〉が接触した瞬間、一瞬だけ〈雪片弐型〉が発光したけど、残念だったわね。
耐ビームコーティングが施された〈タクティカルアームズ〉に、零落白夜は効果が薄い!
力任せに敵を打ち上げる。……でも、白式はその勢いすらも追い風にして、自分から高く飛び上がってみせる。
……コイツ、やっぱり強い!
私たちのような「第二世代」ではなく、正真正銘「オリジナル」のイェーガー。その実力は、母さんに勝るとも劣らない――いや、少なくとも第一線を退いた今の母さんよりは、確実に強いはず。
そんな相手に、私は勝てるの?
……いや、勝たなきゃ!
まずは先手を取らなきゃいけない。このまま防戦一方では、私の方が先にダウンするでしょう。
ならば、狙うは短期決戦。持てる技術の全てを使い、私はコイツをやっつける!
タクティカルアームズを構え、今度は突きの構えを取る。そして、タイミングを意識し、背中、右肩、剣のスラスター3つを同時に起動――三重瞬時加速を行う。
これには、さすがのイェーガーも対応が遅れた。かろうじて上体を捻り、通常の3倍以上の加速を以って突き進むタクティカルアームズの切っ先を回避する。
でも、それも想定の範囲内!
既に〈タクティカルアームズ〉を手放していた私は、両手に〈アーマーシュナイダー〉を握っている。あとはラウラがそうされたように、超至近距離での連撃を叩き込んでやるわ!
緩急をつけ、敵の守りが手薄な場所に次々と攻撃をする私。しかし白式は〈雪片弐型〉を手放して収納すると、あろうことか白式の手を使って私の腕を払い、流し、連撃に対処する。
体術もできるのね……。……良かった。
打っておいた布石が、無駄にならずに済んだわ。
「ワイズ、避けろぉぉぉ!」
ブルー・ティアーズ型の操縦者が叫ぶが、もう遅い。
一定の範囲内であれば私の意のままに動かせる〈タクティカルアームズ〉は既にガトリングフォームに姿を変え、移動しながら次々に弾丸を吐きだす!
「くぅぅぅぅぅぅ!やるわね、葵!」
「気安く呼ばないでくれる?母さんの偽物め!」
残念ながら仕留めきれなかったけど、白式のスラスターはボロボロだ。これでは、お得意の高機動戦法は使えないでしょ!
「終わりにするわ!」
タクティカルアームズをソードフォームに戻し、白式に突撃させる。
しかし、同じ手が二度も通用する相手じゃない。単調だった剣の体当たりは、最低限の動きであっさりとかわされた。
でも、それでいい。こんな不意打ちで倒しちゃったら、面白くないもの!
高速移動するタクティカルアームズに飛び乗る。既に最高速度に達した大剣をPICにより制御し、加速を殺さないように回転。両手に握ったナイフを構え、最後の仕上げに入る。
敵に突撃。タクティカルアームズをかわした敵は、私を狙ってアーマーシュナイダーを使うだろう。それを私は、PS装甲が使われた胴体で受け止める。攻撃が効かないことに動揺した敵の隙をついて、必殺の一撃を叩き込む。
――完璧な計画だ。
敵が振り返る。両の手には、ナイフが握られている。
私もナイフを構える。タクティカルアームズが光を放ち、加速する。
白式を纏ったイェーガーの両目が、獲物を狩る虎のように細められていく。
光が広がっていく。剣先が、ゆっくりと消失していく。
……え?
いや、待って。
タクティカルアームズだけじゃない。
アーマーシュナイダーが、装甲が、ブルーフレームが、消えていく……!
まさか……具現維持限界!?
ダメだ、加速が消えない!
このままだと私は、生身で白式相手に突っ込むことになる!
アーマーシュナイダーが突きだされる。敵の瞳が大きく開く。
ああ、駄目。
あと少しで、私は……
死――
◆
「葵ぃぃぃぃぃ!!」
死、の一文字が頭をよぎった瞬間、私の進路を遮るかのように、銀色の何かが通り過ぎていった。
それにより、白式の動きが鈍る。私を貫かんと輝いていたナイフが、私から目線を逸らした。
……今だ、やるしかない!
両手両足を使い、私は白式の装甲に接触する。
四肢に痛みが走る。だけどそれも含めて、私が今生きているという証拠に他ならない。
そして白式のPICの影響下に侵入した私は、混乱し動きを止めた白式に
「紅也!」
勢いが完全に無くなった瞬間、私は白式から飛び降りる。
こんな高所からのダイブ。ISはなし。でも、不安もない。
だって、下には紅也がいる!
紅也なら、必ず私を受け止めてくれる!
一方、混乱から立ち直ったイェーガーが私を狙う気配はない。武器を納め、落下していく私を静かに見つめていた。
落下の勢いが弱まる。紅也の義手を保持しているPICの影響下に入ったためだろう。
鉄の冷たさと生身の暖かさを同時に感じた私は、ようやく自分の“生存”を実感することができた。
「惜しかったわね、葵」
未だに私を――私たち二人を見つめるイェーガーが、唐突に口を開く。
「勝ち誇るにはまだ早いぜ?今、学園の戦力をこっちに集めてる。このまま逃げられると思うなよ?」
紅也はそう言うけど、完全なハッタリだ。箒もケイシー先輩も、駆けつけるには時間がかかるだろう。
「戦う気はないわ。ただ、愛しい紅也と葵には教えておこうと思ってね」
紅也も私も、そのフレーズに顔をしかめる。
敵の正体が分かった今、そんなことを言われても嫌悪感が増すだけだ。
「私はもう、イェーガーの名を捨てたわ。ヒメと同じよ。今の私の名前は――ワイズ。意味や解釈までは教えてあげないから、次に会うときに答え合わせしましょ!」
言うだけ言うとイェーガー――ワイズは去っていった。
ISのエネルギーも尽き、もはや何も出来ない私と紅也は……ただただ、それを眺めるしかなかった。
逃げられてしまいました。