全てが終わった学園祭の夕方、俺は校門へと足を運んでいた。
「来て、くれたんだ。コウくん……」
「まさか、まだ居るとは思ってませんでしたよ……エイミーさん」
そこで待っていたのは、N.G.I所属で、『ストライク』の操縦者で、俺の憧れの女性――エイミーさんだ。
演劇の前、『ずっと待ってる』と言ってたけど、まさか本当に今の今まで……それこそ、戦闘を無視してまでここにいるとは思ってもみなかった。
「それで、返事を聞かせてくれる?私の……“告白”の返事を」
……ああ、やっぱりそれか。
あの戦闘の後、部屋に仕掛けを施したり、モルゲンレーテなどの関係企業と連絡を取っている間、俺は彼女の言葉についてずっと考えていた。
私と一緒に来て欲しい。
それは果たして彼女個人の感情だったのか?
それとも、N.G.Iの『エイミー・バートレット』としての言葉だったのか?
彼女から感じた雰囲気は、直前に箒と話したときのそれとほぼ同じだった。しかし一方で、かつてモルゲンレーテに送られた俺へのラブコールが、俺の心に影を落としていた。
わからない。
だから俺は、原点に帰って考えてみた。
……つまり、俺はどうしたいのか?
「……エイミーさんからの告白。正直、すごく嬉しかった」
当然だ。彼女は、俺に良くしてくれたIS操縦者の一人であり、強く、凛々しく、気高く、それでいて茶目っ気もある……憧れの女性なのだから。胸にこみ上げる懐かしさを噛み砕き、飲み干し、一言一言区切りながら言葉を紡ぐ。
「すごくクラッとした。N.G.Iからの誘い自体にも魅力を感じた。でも、あのときの返事は保留にした。……何でだと思います?」
わずかに見せる困ったような笑みと、沈黙。返事が来るとは思ってなかった。だから俺は語り続ける。
「昔、俺がモルゲンレーテを離れて旅に出たとき、あいつの心は壊れちゃったんです。だから、俺が側にいないとダメだった。俺一人がまた離れて、N.G.Iに行ったらきっと葵は――。そう思ったら、答えを出せなかった」
相槌を入れず、聞き役に徹してくれる彼女は、やはり大人なんだな、と実感する。
「でも、ね……。葵は言ったんですよ。『私は大丈夫』……って。
驚きましたよ。葵は知らない間に、ずっとずっと強くなってた。もう俺がいなくても大丈夫だ、って思えるくらい、強くなってたんだ……」
IS学園に入学して半年。いろいろな事件に巻き込まれ、その数だけ戦った。
出会いがあった。喜びがあった。悲しみがあった。怒りがあった。
その全てを思い出しながら、俺は続ける。
「それで、気付いちゃったんです。俺は、葵を言い訳に使ってるだけだった。
……葵は、とっくに兄離れしてたんです。俺はそれに気付かなくて、気付かないふりをしてた……。妹離れできてないのは、むしろ俺の方だったんですよ」
すべてのきっかけとなった、あの事件。葵の変貌を目の当たりにした俺は、常に彼女と共にあろうとしていた。
でも、彼女がイギリスに向かうことになったあの日、確かにこう言われたのを忘れていた。
――私は、大丈夫。
だけど、俺はこっそり彼女についていった。
……きっと、それが答えだったんだ。
本当に、なんて遠い回り道。この答えに辿り着くために、どれだけ遠回りをしたんだろう?
でも、きっと無駄なことなんてない。
迷って、悩んで、衝突したからこそ、俺は胸を張って言える。
「だから、俺は行けません。葵を置いていけないからじゃない……葵と、離れたくないから」
俺の髪と同じ、真紅の夕日が俺たちを照らす。長かった学園祭も、俺の任務も……俺とエイミーさんとを繋ぐ全てが、今、終わろうとしていた。
「……あーあ、振られちゃった」
「……ええ、振っちゃいました。今日だけで二人も」
そう言って二人、どこか影のある笑みを浮かべる。
だけど……箒のときと違い、俺の胸の内はどこか晴れやかだった。
「じゃ、返事も聞けたし私は行くわ。……
「それじゃあエイミーさん、
言いたいことだけ言った彼女は、踵を返して颯爽と帰っていった。
俺の方を振り返ることはない。いつでも凛として、カッコ良くて、サバサバしてる。それが彼女の性格であり――俺が惹かれた、魅力なのだから。
エイミーさん。俺はN.G.Iより、自分の夢より、貴女より――葵を選びました。
それでも……エイミーさんも欲しい、って言ったら贅沢ですかね?
◆
〈side:山代 葵〉
必要最低限の私物をまとめ終えた私は、最後の仕上げをする。
本棚にホログラフの投影機を仕掛け、部屋に隠してあるカメラとマイクを8とリンクさせる。
……まったく。こんな小細工しなくても、普通にお別れすればいいのに。
というか、自分の思いつきで妹を振り回してるのに、自分は女と会ってるっていうのはどうなの!?
思い出したら腹が立ってきた……。
《葵、そろそろ行かないと遅れるぞ!》
「わかってる!」
つい語気を荒げてしまう。
そもそも、これからのことだってそう!先に一人で帰って、コアと8のデータを持ち帰って、しばらくは別任務!
せっかくここにも馴染めたし、仲のいい友達もできたのに……。
……学園に入学したときは、こんな風に思うときが来るなんて思わなかった。
織斑一夏の監視と護衛、および彼を狙うと思われるXナンバー所有組織への対処。モルゲンレーテから派遣できる人物は、年齢がちょうど同じだった私と紅也の二人だけ。
ホント、できすぎた状況だと思う。一年前ならエルシアさん、クリスさん、三咲さんの三人がいた。一年後なら、そもそも任務自体が発生しないはず。
それでも私は――私たちは一夏と出会い、代表候補生たちと出会い、友人になった。
今の私を当時の私が見たら、どう思うのかしら?
セリアやソフィアのいたオーストラリアを離れ、引っ込み思案で、クラスでも浮いてた。話相手は紅也だけで、それで十分満足してた……当時の私。
……よそう。
馬鹿らしいと笑うかもしれないし、何も言わないかもしれない。もしかしたら羨ましがるかも。
でも、今の私も昔の私も、本質はきっと同じ。だから、こんな風に考えること自体が無意味だ。
《部屋をサーチ中……。……よし、必要なものは全て揃っている》
「ありがと、8。じゃあ、帰りましょう……私たちの家へ」
一時的に私の住処だった場所に別れを告げ、8を掴んで扉を閉める。
さあ、行こう。次の戦場が私を待っている。
◆
〈side:篠ノ之 箒〉
夜になった。
ルームメイトの鷹月は夕食を食べに行ったため、今はいない。
ここにいるのは、私だけ。
……何も知らされず、何も出来なかった私だけ。
「はぁ……」
失意のままに人気のない校舎を彷徨っていた私は、襲撃事件があったことすら気付いていなかった。
ただ一夏が保健室に運ばれたとだけ聞き、慌てて駆けつけ、楯無先輩から“事件”の存在を聞き……陰鬱な気持ちになった。
また、私は必要とされなかった。
今度は専用機だって持ってるのに。
私がいれば、結果を変えられたかもしれないのに。
……それとも、紅也に言われたように、私にできることなんて何もなかったのか?
紅也……そう、紅也だ。
最後に会ったのは、生徒会の演劇の少し前。ケンカ別れというか、紅也が言われたくないことを言ってしまって……それきり会話もせず、全てが終わってしまった。
思えば、彼の腕を失わせるきっかけを作ったんだ。嫌われて当然だろう。
それに、思いあがった発言をして怒らせたり、出過ぎた真似をして怒らせたり……これじゃ、告白なんて上手くいくわけがなかったのだ。
紅也には、この気持ちは『罪悪感』だと言われた。彼を意識するようになったのも、彼がいつもどおりの学園生活を送れるようにフォローしようとしたから。それがきっかけで彼のことを考えるようになり、恋心……だと思っていたものが、芽生えた。
でも、本当は違うのかもしれない。
ただ、彼に認められたくて。私にもできることがあるのだと……彼と共に闘う資格があるのだと思いたくて、私は告白したのではないか?
彼氏彼女の関係になれば、隣に立つことはできるのだから。
もしそうだったとすれば、最悪だ。
『罪悪感』などではなく、守られるしかない自分の惨めさを誤魔化すために、自分を偽ってまで告白したことになってしまう。
そんなの、紅也が怒って当然だ。私が怒鳴られて、愛想を尽かされて……当然だ。
記憶の中の紅也を思い出す。
入学式の翌日、道場で手合わせした。斬撃を飛ばす不思議な技に興味を持ち、一緒に鍛錬するようになった。
一夏とケンカになったとき、意固地になっていた私を諭し、仲裁してくれた。
ラウラが嫁宣言をしてからは、日に日にやつれていって心配だった。
怒った姿を初めて見たのは、福音との戦いのブリーフィングだった。『第四世代』という単語に反応し、姉さんに殴りかかろうとしたほどだ。正直……怖かった。
そして……一番印象に残っているのは、やはりあのシーンだった。
力及ばずバスターに弾き飛ばされ、レッドフレームと背中合わせに衝突し、ビームで撃たれ――紅也に庇われた、あの瞬間。あの背中。
あのとき、私は動揺した。でも、本当にそれだけか?
満身創痍の紅也に庇われ……私は確かに『安堵』したのではないか?
一夏に語ったように、あのときの私は弱かった。強くなりたいと思った。
それは何故だ?
理由は、憧れたからだろう。
誰かを安心させることができる、あの背中に。たとえ相手が自分より強くても、『守る』ことでわずかでも絶望を拭ってくれた、あの後ろ姿に。
そして……腕と引き換えにでも私を守ってくれた、紅也自身に。
……ああ、そうか!
罪悪感なんかじゃない。きっかけがあの事件だったのは間違いないが、私の想いは罪悪感なんかなじゃない、憧れだったんだ!
ああなりたい。認められたい。背中を預けてもらいたい。隣にいて欲しい!
今は必要とされていなくても、一生必要とされないわけじゃない!
もっと力をつけて、女を磨いて、そしていつか――
今度こそ、紅也に求められる女になってやる!
◆
〈side:???〉
「うーん、おっかしいなぁ。こんなはずじゃないんだけどなぁ」
青白い光に照らされた、闇に包まれた空間。中空に浮かぶディスプレイが映像を垂れ流し、ネオンのように輝くそれらの中心に、一人の女がいた。
彼女の名は、篠ノ之束。この世界のパワーバランスを崩したイレギュラーの一人。ISの生みの親。
自身の専用機『グランクチュリエ』の情報収集専用形態、「
「おかしいよねぇ。この舞台は箒ちゃんといっくんのためのもの。なのに、どうして毎回邪魔されちゃうんだろ?」
そんな「世界を把握する女」が、あごに手を当て、首をかしげる。
今まで、彼女の思い通りにならないことなんてなかった。この世界で彼女と並び立つ者などいないのだから、全ては彼女の思うがまま。そう思っていた。
「かわりに“中心”にいるのがこの二人。赤いISと青いISかぁ。……コレ作ったのってアイツなんだよね?そんなのに引っかき回されるなんて、ちょっと気にいらないなぁ」
だが、異変が生じた。IS学園に入学した、二人のイレギュラー。
山代紅也、そして山代葵。いつの間にか、彼ら二人が全ての中心になっていた。
「そもそも、二人とも私が名前を覚える必要もない凡人のはずなのに、この“流れ”は不自然だよね。てことは……」
女が再びディスプレイを操作する。映像が切り替わり、場面が切り替わり、
「うーん、ちょっと調べてみようかな?」
呟いたのち、女はその場から姿を消す。
そこでモニターは消え、部屋の明かりが再び灯った。
束の専用機はオリジナルです。名前は声優繋がりで(笑)
……さて!というわけで、無事に第一部「Xナンバー編」完結です。
???「第一部、終わったよ。ねえオルガ、次はどうすればいい?」
???「決まってんだろ、行くんだよ。第二部へ……」
というわけで、これからは週一の投稿となります。投稿時間は日曜夕方5時の予定です。
今後もIS~RED&BLUE~をよろしくお願いします!