IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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すみません、東南アジア編が間に合いませんでした。
いずれ差し込みで投稿するので、お待ちください。

一部あちらのネタバレがございます。


第144話 B面の世界

 目を開けたら、朝だった。

 ゴキゴキと嫌な音を立てる右肩をぐるぐる回し、変な姿勢で凝り固まった全身の筋肉をほぐしていく。

 

 それが終わったら、風呂だ。

 ここ何日も軽く水を浴びるだけの日が続いてたし、いい加減臭いも気になってきた。人も機械も同じで、酷使したらオーバーホールが必要だからな。

 

 全身にこびりついた汗と垢と油かすを落とし、汚れた制服と作業着を洗濯機に放り込み、次は風呂だ。ついでに伸びた髪を適当に切ってから、残りの部分を赤く染める。

 

 最後に、デルタの待機形態である白いヘアバンドを頭に装着。これで、いつもの山代紅也の出来上がりだ。

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、山代」

「はい、織斑先生。おはようございます」

 

 朝のHRが始まったと思ったら、織斑先生からそんなことを言われた。

 無理もないか。ここ数日は作業に没頭していたせいで、授業は全て自主休校。

 あまりにも姿を見せなかったせいで、俺と葵はIS学園を退学して、オーストラリアに帰ったなんて噂まで流れ始めた始末だ。

 

「………………」

 

 で、そんな俺が脱・引きこもりを果たしたうえ、朝から登校してきたという教育ドラマの山場的な場面だというのに、教室のみんな――特に、専用機持ち達からの視線が痛い。

 

「言っておくが、私のHR中に質問責め、などという真似は許さんからな」

「分かってますよ、織斑先生」

 

 有無を言わさず、という様相でクラスメート達を威圧する担任をなだめるように、一人の男が同意を示す。

 

「うむ。私の聞きたいことを聞くには、HRという時間は短すぎる」

 

 カチャッ、という鋼と鋼が触れた音と共に、気の強そうな少女の声が教室を冷やす。

 

「自分が何をしたのか、授業を受けながら思い出してもらわなくちゃ」

 

 優等生然とした橙の少女もまた、底冷えのする様な笑みを浮かべて俺を見る。

 

「乙女心を理解するための課外授業を、この私が直々に開いてやろう」

 

 最後に、蔑むような朱の瞳が、俺を射抜いてこの場に釘付けにした。

 

「ふむ、ではこの不良の教育は任せたぞ。さて出席だが……セシリアが公欠。それ以外欠席者はなしだな。ではHRを終わる。各々、励めよ」

 

 ポタ……と、雫が垂れ、床に落ちる音を俺だけが聞いていた。

 織斑先生が気圧されるほどの威圧感……?俺は、明日の朝日を拝めるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 高速機動中の特徴、注意点。そのためのソフトとハードの調整。などなどキャノンボール・ファストに向けた授業を受け終えた後。つまり放課後。

 

 俺は、ラウラとシャルの部屋で拘束され、専用機持ちたちに完全包囲されていた。

 

 ……いや、俺だって逃げようとしたんだよ?

 でもさ、AICは卑怯だと思うぜ。

 

「さて、まずは久しぶりね、紅。元気にしてた?」

「ああ、もちろん元気だぜ、鈴音。食事を差し入れてくれてサンキューな。で、そんな親切な鈴音に頼みがあるんだが」

「嫌よ」

 

 取り付く島もない、とはこのことか。島に上陸できなければ、海の上で飢えるか凍死するしかない。

 

「……これだけきつく縛ってんだから、せめてAICは解いてくれ。この姿勢、かなりキツイんだが」

「それも聞けないな。貴様の身体能力なら、鎖と手錠程度物の数ではないだろう?」

 

 貴様、って言われた。ラウラに。

 心なしか、好感度が初期値まで戻っているような気がする……。

 

「じゃあ、『課外授業』を……始め、よう?」

 

 葵に似た、氷点下の怒りオーラを放つ簪を見て、俺はとうとう観念した。

 

 

 

 

 

 

「まず、始めに言っておく。……黙っていなくなって、悪かった」

「まあ、実際はその時点でお前は学園にいたらしいな」

「ぐっ……」

 

 不利を悟ってか、はたまた本気か、紅也は学園祭での出来事について謝罪の言葉を口にした。確かにあのときは急いでオーストラリアに戻る必要があったが、それでも直接別れを告げるべきだった……と。

 しかしそんな彼の想いを、箒はバッサリ切り捨てた。

 

 なぜなら、彼女たちは既に知っていたからだ。

 

 あのときの別れの言葉は、顔を合わせてこそいなかったが……確かに、彼から直接言われたものだった、という事実を。

 

「『こっちからは確認できねぇ』とか言っておきながら、『セシリアに伝言頼む』なんて、ねぇ?よく考えたらおかしかったよね」

「なんで、オルコットさんが……いない、ことを……知ってたの」

「それは勿論、全てを見ていたからだな。……違うか、紅也?」

「はいすいません、違いませんごめんなさい」

 

 全てが終わった後の学園祭。紅也は葵に頼んで部屋に細工をさせ、カメラを使って部屋を監視しながら一人ひとりにメッセージを送っていたのだ。

 そんな回りくどいことをするなら、最初から普通に別れを言ってくれというのが、等の葵を含む全員の本音であった。

 まあ、楯無だけは察していたのか、カメラ越しにばっちり紅也とアイコンタクトを決めて彼を驚かせていたのだが、それは別の話。

 

 そして、彼は日本を去り、モルゲンレーテへと帰っていった。

 しかしその翌日、何事もなかったかのようにIS学園に戻ってきた。

 

「私たちの感傷を返せ、というやつだ」

「おっしゃるとおりですごめんなさい」

 

 あの日、学園から2人の代表候補生が去った。

 結局一言も残さずにいなくなった葵と、伝言を受けて紅也の部屋を訪れたきり消息不明となったセシリア。

 翌日のHRで、セシリアは仕事の都合で公欠と説明されていたため、大事にはならなかったものの……同じイギリス出身の上級生すら『仕事』の内容を知らなかったため、当時は首を傾げたものだ。

 

「まあ、最近はあたしたちも慣れたのよ。『だいたい紅也のせい』ってね」

「それは……否定できないのがツライぜ……」

 

 今までやらかしてきた問題の数々を思い出した紅也は、鈴音の言葉を何一つ否定できないことに気付き、肩を落とす。

 

「まあ、あいつのことは聞かないでいてあげるわ。あんたが出てきたってことは、もうすぐ帰ってくるんでしょ?」

「……黙秘する!」

「それ、答えを言ってるようなもんだよな……」

 

 ある任務のため、少しでもIS操縦者が欲しかった紅也とモルゲンレーテにとって、乗機を失いドラグーンなどのビット兵器に高い適性を持つセシリアはうってつけの存在であった。

 秘密裏にイギリス政府に袖の下を渡し、あくまで『学生同士のやりとり』という体面を保ったまま、セシリアと紅也は取引をした。

 

 紅也は、ブルー・ティアーズの修復と強化を。

 セシリアは、自身の能力を対価に。

 

 専用機であるレッドフレーム、デルタアストレイを立て続けに失った紅也は、任務に参加する資格を持ち得なかった。彼にできたのは、激戦区に赴く妹の支えるための人材を増やすことだけだった。

 

 モルゲンレーテにブルー・ティアーズを持ち帰るわけにも行かず、彼はIS学園に戻り、8と共に自分の仕事に専念することにした……というのが、彼の帰還の顛末である。

 

「つまり、デルタアストレイとブルー・ティアーズの修理、トレースシステムの最終調整、オレンジフレームのOSの調整とか、そういう技術者の仕事をしてたんだね」

「はい……そうです……」

 

 逆さに吊られ、息も絶え絶えな紅也は、当たり障りの無い情報を吐くことでなんとか核心部分を守り通すことができた。

 

「一人でやる……仕事量じゃ、ない」

「技術的なことは専門外だが、その仕事量でよく生きていたな」

「社畜というやつか?嫁もやはり日本人か」

「いやラウラ。とりあえず日本人=過労死とか、そういうイメージはやめてくれ。でも、モルゲンレーテってブラック企業なのか?」

 

 作業内容を話したことで、簪、箒、ラウラ、一夏からは同情的な意見が飛び出す。

 鈴音も内心では「あの異常な開発速度のカラクリは、こういうことだったのね。さすがは資本主義国家……」などと失礼なことを考えていたりする。

 

「まあ、そのおかげで修理も開発もほぼ終わったし、あとは二人の帰りを待つだけだ。

 で……シャル子、『オレンジ』の仕上げのために、ラファールを俺に預けて欲しいんだが」

「「「まだ働く気!?」」」

「いや、俺は大丈夫だ。昨日たらふく食ったら、なんだか妙に頭が冴えちまってな……。この感覚が残ってるうちに、仕上げておきてぇんだ」

 

 久々に本職に専念できる環境を得たせいか、色々ふっきれてしまった紅也を見て、彼らは確信する。

 

 ――駄目だこいつ、早くなんとかしないと。

 

「……ラウラ」

「わかっているぞ、シャルロット」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンを展開し、AICを維持していたラウラにシャルロットが声をかける。ただそれだけで、彼女たちの心は通じ合っていた。紆余曲折あったものの、寮生活を通じて絆を育んだ欧州の二人は、もはや一年生の中でも一、二を争う名コンビなのだ。なお、争っている相手が紅也と葵のコンビというのは完全な余談である。

 

 それはともかく。

 

 シャルロットの一声で、AICの戒めは解除された。ほっと胸をなでおろす(ただし、腕が動かないので気分的に)紅也であったが、直後に腹に巻きついたワイヤーブレードを見て、一瞬で顔色が変わる。

 

「なあ、ラウラさんや。これは一体……?」

「……前に、一人で抱え込まず、無理をするなと言ったな?」

 

 そういえば、そんなこともあったなぁ……なんて思い返し、紅也の思考に空白ができた一瞬。

 ラウラはISを解除して窓から飛び出し、再び展開してワイヤーブレードを射出していた。その間、わずか0.01秒。ハイスピードとか催眠術とかそんなチャチなものじゃない、あっという間の犯行であった。

 

「今の嫁は、見てられん。趣味に没頭するのもいいが、ほどほどにな?」

「いや、趣味じゃなくておしごと……うぇっ!」

 

 ワイヤーに吊りあげられ、宙を舞う紅也の体。突然現れた二人の姿に周囲の生徒たちに緊張が走るも、事態を静観している専用機持ちたちの姿を見て何かを察したのか、騒ぐことなく見物を始めた。

 

「ひとまずこの地獄行きのメリーゴーランドで、ゆっくり休め」

 

 言うが早いかラウラは、ワイヤーブレードを振り回し、嵐のように回転させる。

 デルタアストレイを使用することで超高速機動に慣れている紅也だが、それはISの機能やあのスーツがあってこその話。

 

「がっ……らっ……は……どっ……」

 

 声にならない叫びとなった紅也の声は次第に小さくなり、やがて完全に沈黙するまで30秒とかからなかった。

 

 

 ……これが報いか。




本章冒頭の「学園から去った二人」は、紅也と葵のことではなかったんですよ。彼女のこと、忘れてないよね?

それはそうと、ASTRAY新章が始まりましたね。風花は話の都合上出せませんが、ウィンスレットはプロットに組み込んでみたいですね~。
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