パン!パン!と、上空で火薬が弾ける音がする。
あれから一週間。各々が訓練や調整に明け暮れ、万全の準備を整えて挑む高速機動の公式戦――キャノンボール・ファストの日がやってきた。
学園祭のように一般公開もされているので、会場は満員。間近で最先端のISやその操縦者たちを見られるとあってか、ボルテージも最高潮だ。
ちなみに俺の分のチケットだが、前回のようにネトオクで売るのではなく、学園祭のときに会った一夏の友人の、若干俺とキャラが被っている気がする男に一夏経由で渡した。
一夏は俺が無償でそんなことを申し出たことをいぶかしみつつも、最終的には受け取ってくれた。まあ、これは白式が奪われるきっかけを作った俺の罪滅ぼしのようなものだから、黙って受け取ってくれたことは感謝だな。
モルゲンレーテの関係者は……いた。今回はエリカさんでも師匠でもなく、ユンさんとマディガンさんか。彼らと雑談してる金のメッシュを入れた男性は、プライベートで交流があるというフリージャーナリストの人かな。
セリアちゃんとソフィアも、つい先程無事に会場入りしたようだ。警備員や客が溢れるこの状況で迷子になってやいないか心配だったけど、どうやら杞憂だったらしい。
「一夏、そっちが探してる……えっと、五反田兄妹は見つかったか?」
「蘭の席がまだ空いてて……弾はどこだっけ、紅也?」
「俺の分の席か。Kの9だから、だいたいあの辺だな。そっちもまだ空席だ」
「まじか……なにやってんだよ二人とも……」
「それはこちらの台詞だ……」
会場となるアリーナのピット脇でこそこそしていた俺たちに声をかけたのは、どこか呆れたような口調の箒だった。
「よ、箒。もう集合時間か?」
「時間はまだだが、もう専用機持ちは集合済みだ。お前たちが来ないと、私まで怒られてしまう」
「そっか、大変だなぁ、お前も」
「誰のせいだ、誰の!」
学園祭での告白騒動からしばらく経ち、俺と箒の歪な関係もほぼ修復されてきたように思う。あれから、お互いに「あのとき」の話に触れることはなかったし、箒の俺に対する態度も、罪悪感から妙に気にかけているような様子ではなくなった。
今も、こうして、普通のクラスメイトのように。それが俺と彼女の――いや、俺たちの正しい関係なのだと思う。
「では、行くぞ――ほら、一夏も!」
「いててててっ!耳を引っ張るなって!」
じゃれあう一夏と箒の姿を見ながら、俺はそんなことを考えていた。
◆
「I、H、G、F……っと。Fはここだな」
「わかってるって、お兄!子供扱いしないでよ」
「いてっ!? にしても、いい席だな。俺なんかKだぜ、もっと後ろだ。……なあ、蘭。よかったら……」
「ダメです!これは私が、一夏さんから、貰ったチケットなんですから!」
一夏から、という部分を強調して話す妹の姿を前にして、この後の誕生会において一夏に制裁を加えることをひそかに決意する兄、五反田弾。
そんな兄の決意を知る由もない蘭は、自分の席を探すために視線を落とし、番号を確認しながらよろよろと歩いていった。危なっかしいな、と思った矢先に他の観客(色気ムンムンの、金髪の綺麗なお姉さんだ)とぶつかるあたり、本人が何と言おうとまだまだ子供だと言わざるを得ない。
丁寧に頭を下げて謝る妹を見送りつつ、彼も自分の席を探す。ああ言ったものの、K9という席は蘭よりも後ろではあるが真ん中あたりでそこそこ会場が見渡せ、モニターを見るにも首が疲れない好配置である。快く席を譲ってくれた山代紅也には後でお礼を言っておこう、と心の備忘録につけたす弾であった。
そうそう、紅也と言えばあの葵さんの双子の兄だった。もし一夏の誕生日に葵さんが来るのであれば、またお話しする機会もあるのだろうな。晴れ渡る青空のような髪に、澄んだエメラルドのような瞳。クールな雰囲気もたまらない。
クールといえば……そうだな。あそこの黒いスーツに赤茶の皮手袋なんていう、洒落た格好のお爺さんに連れられてる子も、なかなかクール度が高そうだ。背格好以外何ひとつ似ていないのに、何故か葵さんと似た雰囲気を感じる。
前に一夏と一緒にいた葵さんと、似た雰囲気を。
◆
ピットに戻った俺たちは、キャノンボール・ファストに向けての最終調整を終え、今は二年生の試合を観戦中だ。
二年生というと、モルゲンレーテの新・三人娘やイギリスの代表候補生サラ・ウェルキンなど専用機を持たない代表候補生が多く、訓練機ながら迫力のある戦いが見どころとなっている。一年以上ISの操縦技術を叩き込まれた彼女たちは、現役のIS操縦者には及ばないものの、ISを手足の延長であるかのように使いこなしていた。
「でも、やっぱり……専用機持ち相手はキツかったか」
「そのようだな」
画面を見ながら呟いた一言に、いつの間にやら俺の隣に収まっていたラウラが反応する。
「しかもあの機体って、アレの後継機よね……」
「ええ。あの「ヴェルデバスター」と同じ、N.G.Iで改修されたXナンバー」
「臨海学校で、戦った……「デュエル」の、後継機……」
「コードネーム……「ブルデュエル」」
両手に握ったビームハンドガンを連射し、先行する7機のエネルギーを削り切った上で悠々とゴールしたのは、二年生における唯一の専用機持ち、フォルテ・サファイヤと彼女の専用機「ブルデュエル」であった。
「重装甲と機動力の両立か……。N.G.Iめ、さては「アサルトシュラウド」の運用データを応用したな?」
「アサルトシュラウド……?確か、学園祭で葵と戦った「デュエル」が装備していた装甲だったか」
「あの装備は「フォルテストラ」って言うらしいよ。全体重量は増えたけど、その分スラスターを増設したことで結果的に機動力も上げてるみたい」
「……あんな機体、犬に噛まれて壊れちゃえばいいのに」
「ちょっと葵!黒い、黒いわよ!」
どうも葵は、あのデュエルに対して良くない思いを抱いているらしい。まあ何度も敵として戦った機体だから、当然といえば当然か。
「ビーム搭載機も学園に増えてきたな。これならば、仮に再びPS装甲機が攻めてきたとしても、遅れを取ることはあるまい」
「箒さんの言うとおりですわね。紅也さんと葵さんに、二、三年生の専用機持ち、さらに量産機のM1アストレイもあるのですから」
「おっと、僕を忘れてもらっちゃ困るよ」
「私も、だな。紅椿ならPS装甲機にも勝てる」
現在一年生でPS装甲搭載機に対応できるのは、ビームライフルを装備する俺、葵、シャル子。第四世代機を持つ箒。それから彼ら自身忘れているかもしれないが、ビームライフルの亜種とも呼べる日本製の荷電粒子砲を持った一夏と簪。可能性で言えば、回転するBTレーザーを放つセシリアも装甲貫通くらいはできそうだ。
そう考えると、今回“あの装備”を持ってきた葵も、絶対優位とは言えないかもな。今回のキャノンボール・ファスト、誰が勝つのか予測不能だぜ。
◆
二年生の試合が終われば、次はいよいよ俺たち一年生の専用機持ちによる試合が始まる。
山田先生による誘導で移動したスタート地点。真横に控えるのは四基もの増設スラスターと、大きく突き出した追加胸部装甲が特徴的な高速機動パッケージ〈
ラウラの左には、〈ストライク・ガンナー〉を装備したセシリアの「ブルーティアーズ」。その左には飛翔形態に変形を終えた簪の「打鉄弐式」が最内側。
鈴音の右は一夏の「白式弐式」で、その隣に箒の「紅椿」。それに続いてかつてのレッドフレームと同型のバックパックを背負ったシャル子の「オレンジフレーム」と、水色の迷彩色をした大型スラスターを背負った葵の「ブルーフレームセカンド」が並び、総勢9機の専用機が一堂に会する。
「それでは皆さん、一年生の専用機持ち組のレースを開催します!」
大きなアナウンスが会場全体に響き、それより大きな声援、歓声によってかき消される。
各自スラスターを点火する中、俺もターンデルタのバックパックへエネルギーを供給し、幻想的な光の翼を具現化させた。
シグナルランプが点灯する。心の中でカウントダウン。3……。
黒から緑に変わっていくLEDに合わせ、ギアを一段ずつ上げていく。2……。
ターンデルタのコアも、左腕をサポートする8も、準備は万端。1……。
さあ行くぜ!弾丸よりも速く!!――Go!
◆
紅也たち一年生の専用機持ちたちによるキャノンボール・ファストが始まったまさにそのとき。太平洋上を一隻の輸送船が進んでいた。
一見すると普通の輸送船にしか見えない――その実、「一見」することすら不可能な船の中には、これまた普通の輸送船とは不釣り合いな荷物が積まれていた。
格納庫に収まっているのは、荷物などではない。
白を基調とし、キャノピーのすぐ後ろに砲塔式大型キャノン砲を搭載した、この世界では珍しい形状の戦闘機。小型化されたカナード翼の両端には、
それが、3機。
だが、それだけではない。
3機の新型機の後方に係留されているのは、それらよりも一回り大きな、黒いボディに白いストライプを走らせた戦闘機。塗装こそ変わっているものの、それはかつて紅也たちの前に立ちはだかり、ISを翻弄して逃げ去った“組織”の機体――FALKENであった。
「揃ったな。準備はできてっか?」
そんな4機の最終調整を行っていた男性操縦者たちに声をかけたのは、彼らの誰よりも年若い少年であった。
やや色素の抜けたような薄い金髪に、爬虫類を連想させる真紅の瞳。まるで一度切断して再び繋げたかのように見える首の傷もまた、彼の見た目の“怪物”ぶりに拍車をかけている。
彼の前に立つ4人もまた、一人を除いては皆、歴戦の勇士と言っていい面構えである。
それも当然だろう。彼らのうち3人は、元空軍のパイロット。ISが世界に現れる以前はエースとして国防の中枢を担い――「白騎士事件」以降の混乱に伴い、立場を追われた者だった。
「大丈夫だ。この撃墜マークにシミュレーション以外の機体を書き込めるチャンスが来たぜェ」
「こんな偽物の英雄でも、できることはやらせてもらう」
「偽物、か。それがお前のよくない所だ。度が過ぎる謙虚さはその能力を見誤る」
「キミたちの思い入れなんてどうでもいいよ。ボクは手を貸すように言われているだけさ、ボクのボスにね」
四者四様の返事を聞き、少年は特徴的な笑い声を上げる。耳障りな声に顔をしかめる4人であったが、そんなことを気にする彼ではない。
「さて、始めるとするか!あげゃげゃげゃ!!」
高笑いを続ける彼の左腕では、鮮血の様な色に染まったガントレットが、妖しい光を放っていた……。
どこかで見たような敵たちの登場です。