IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第152話 Reason

「お行きなさい、〈ブルー・ティアーズ〉!」

「ふん……!」

 

 葵が「ストライカーパック」装備機の群れへと飛び込んだちょうどそのころ、上空での戦いの火蓋もまた、切って落とされていた。

 イギリスから盗まれたBT試作型2号機「サイレント・ゼフィルス」と、その操縦者であるエム。

 対するはBT試作型1号機「ブルー・ティアーズ」を駆る、イギリスの代表候補生セシリア・オルコット。

 同じ生まれ、同じ装備を有する二機は現在、互いにビットを展開しながら高速戦闘を繰り広げていた。

 

「……まったく、なんでこう『2号機』ってのは奪われたり敵に回ったりしやすいのかね」

 

 そんな状況だというのに、仲間であるはずの紅也は、蒼い死神だの黒い海賊だのソロモンの悪夢だのとわけのわからない単語を並べ、加勢する様子を見せない。

 

「言ってる場合か!このままではセシリアのやつ……」

 

 動く気が無さそうな紅也を見咎めた箒が苦言を呈するが、意に介した様子は無い。説得をあきらめた彼女は、引き続き「ブルー・ティアーズ」の援護のため、二本の刀を振りかぶった。

 しかし、横薙ぎに放った〈空裂〉の帯状レーザーはシールドビットが展開した光の傘に阻まれ、回避後の隙を狙った〈雨月〉のエネルギー刃は、あらぬ方向へと飛んでいく。

 むろん、セシリアもその隙を見逃さず、動きを止めたサイレント・ゼフィルスめがけて一斉射撃を行うが、直前で呼びもどされたシールドビットを貫けない。セシリアと箒の連携も見事なものだが、ある人物の生き写し(カーボンヒューマン)として超常的な能力を有するエムを上回ることは出来なかったようだ。

 

「反応速度が予測よりも遅い……!今更ながら、プレアさんの有難みを実感しますわね!」

「何を訳のわからないことを」

「くっ……!もう一度、正面からだ!」

 

 確かに、エムは攻撃を防いでみせた。だが、それだけだ。

 ビットによる攻撃は続いているものの、彼女はまだ動いていない。いや――動けない。

 なぜなら、間断なく放たれるBTレーザーも、エネルギー球も、共に無視できない威力を内包しているからだ。

 初見の相手ではあるが、「福音事件」の際に現れた正体不明の新型「紅椿」の異様なまでの高性能ぶりは、エムも報告書で目にしている。PS装甲すらも歯牙にもかけない可能性がある高エネルギー攻撃を連発できる二振りの刀は脅威だが、エネルギー残量を考えると連発は出来ないだろう。ならば、ガス欠になるまで凌ぐという選択肢は間違いない。

 しかし、前回の学園襲撃で相対し、完膚なきまでに破壊したはずの姉妹機――「ブルー・ティアーズ」の火力は、想像以上であった。シールドビットを“傘”ごと貫いて見せた技での底上げ分を考慮しても、予測内包エネルギー値は明らかな向上がみられる。

 改修でも行われたのか?確かに、奴が一度IS学園を離れたという情報は掴んでいる。その隙に本国へと帰国し、強化を終えていたとしても不思議ではない。そう結論付けたエムは再びビットの操作に専念することにした。

 セシリアと箒を結ぶ直線状に一基、彼女たちの死角にそれぞれ一基ずつ、二基は箒を狙うと見せかけ、偏向射撃でセシリアを狙う。箒の方は放っておいてもエネルギー切れで自滅するという判断だ。そして、残る一基は念のため、どちらの援護に向かうか決めかねていた優柔不断な赤い奴に――。

 

 そこで、エムの視点は唐突に切り替わった。目の前が真っ暗になったと思った次の瞬間、空が離れていき、地面が近付く。

 肺から空気が絞り出され、チカチカする視界に混乱しながらも、彼女は自身の経験と感覚とを頼りにすぐさま体勢を立て直した。

 

 一方、先程まで「サイレント・ゼフィルス」が存在した空間には、左右非対称の奇妙なISが、大きく肥大した右腕を振り抜いた姿勢で鎮座していた。

 語るまでもなくそれは、紅也の「ターンデルタ」であるのだが、その外見は劇的な変化を見せていたのだ。

 本体と左腕、右脚は問題ない。通常のASTRAYと同一規格。言うなれば、いつも通りの状態だ。しかし右腕に「パワードレッド」形態のパワーシリンダー、左脚にかつての「デルタアストレイ」の脚部を展開した外見は、さながら継ぎ接ぎ(パッチワーク)合成獣(キマイラ)である。

 

「すまん、調整に手間取った。損傷が無視できなくてな」

 

 棒立ちに見えた紅也は、レース中に損傷した右腕と左脚の交換作業、さらにそれに伴う機動プログラムなどの修正を短時間でやってみせた。そして乱入したタイミングがエムが思考を割いたまさにその瞬間だったのだから、彼の悪運の強さはまだまだ健在、といったところだろう。結果、不意の直撃を受けた「サイレント・ゼフィルス」は背部スラスターを激しく損傷し、同時に戦況も大きく傾くことになる。

 

 地上では敵の戦力を見極めた葵が、「ソードストライカー」機を「タクティカルアームズ」で両断した。そしてIS学園の専用機持ち達もまた、一転攻勢に転じている。

 ブラックアウトにより制御が乱れたビット二基が、セシリアと箒によって撃墜される。

 

「へん!形勢逆転だな、『亡国機業』!狙いは何だ?」

「……何だ、だと?」

 

 意気揚々と叫んだ紅也に対する返答は、身体の芯まで凍てつかせるような殺意の籠った呪詛であった。

 そんな主の様子に引きずられたかのように、滞空する四基のビットが閃光を放つ。箒たちの死角から放たれたそれらは、不自然な軌跡を描いて彼女たちの脇をすり抜けると、文字通り光の速さでターンデルタへと吸い込まれていく。

 しかし、機体から多大なサポートを受けている彼は既に攻撃の予兆を感じている。光に貫かれた残像が空に溶けていくより速く、紅也はエムの面前に現れていた。

 

「ッ!」

 

 「アストレイ」の左腕に握られたガーベラストレートを、エムは即座に展開したナイフで受け止める。8まかせの不慣れな剣技ではナイフを両断することなどできるはずもなく、両者の力は一瞬、均衡する。

 

「貴様、まさか我々が来た理由が?分からないとでも?」

「いいや、分かるさ。白式は奪ったが、肝心の一夏はここにいる。それとも、技術か?今回のレースに出たXナンバーの発展機や俺のターンデルタ、シャル子のオレンジもお前らにとってはお宝だろうよ!」

 

 ターンデルタに向けられるBTライフル。その銃身に伸ばされた巨大な赤腕。レーザーが放たれるよりもわずかに速く動いた腕が銃身をかち上げたため、〈スターブレイカー〉の一撃はターンデルタのフェイスカバーを掠めて空へ散る。役目を終えた銃身は「パワードレッド」の右腕に握り潰され、無価値な鉄塊へと姿を変えた。

 

 エムのバイザーに、目の前の男の三日月のような口元が映る。

 

「お目出度い奴だな!」

 

 直後に再び放たれる、BTレーザーの一斉射撃。その防御のために翼を広げたターンデルタの腹に蹴りを入れると、エムは紅也との距離を広げた。

 

「織斑一夏?新型?そんなものはどうでもよいのだ!」

 

 まるで回避先を予測していたかのようにエネルギー弾が飛来し、「サイレント・ゼフィルス」の右翼が吹き飛ぶ。続いて飛来したスパイラル・バレットに対してはシールドビットの展開が間にあったものの、直撃を受けた二基が破損してしまった。

 着実に機体の装甲を、エネルギーを削られているというのに、エムは止まらなかった。

 

「Xナンバー4機!捕まったアーチャーとチョッパー!消えぬ傷を負ったエッジ!それだけのものを奪い続けてきた貴様が、のうのうと生きていられると思うな!!」

「なにっ!?」

 

 まるで戦闘機械のように思っていた少女から放たれた、殺気と怨嗟の混ざった声に気圧され、三人の動きが鈍る。

 特に、まさか自分が狙われているとは露ほども疑っていなかった紅也の動揺は、傍らの二人の少女にまで伝播する。

 襲われたから倒して。倒したから怨まれて。そんな当たり前の連鎖に、彼は今更気付かされた。誰が先に撃ったかなどもはや関係無い。怨恨の連鎖の中に、紅也は既に組み込まれてしまったのだ。

 

 もしここで、「まあいいか、こいつは死んでいい奴だから」などと言えるほどに割り切れる人間だったのなら、エムの晒した致命的な隙を見逃さず、トドメを刺すことができたかもしれない。

 しかし、手負いの獣を見くびった結果、彼らは手痛い反撃を受けることになる。

 

《警告!ミラージュコロイドデテクターに反応!》

「8!? ぐぅっ!」

 

 わずかばかりの空間のゆらぎを感知した8ではあるが、回避行動が間にあわない。突如飛来した小型の物体に衝突されたターンデルタは、不自然なほどに大きくエネルギーを減らし、体勢を崩した。

 

「紅也っ!」

「箒さん!まだ来ますわ!」

 

 セシリアの宣告どおりにやってきた四基の小型飛行物体を、彼女たちは大袈裟なほどに距離を取って避ける。あの物体に見た目以上の破壊力があることは、紅也のダメージを考えれば火を見るより明らかだ。

 

「〈スノー・ピース〉」

 

 呪いを吐きだし続けるエムが小声で呟くと同時、指先を三人へと向ける。

 その動きに呼応するかのように、何もないはずの空間から突如として閃光が放たれ、専用機持ち達へと殺到した――。

 

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