「え……シャルロットさん!?」
「な、なんですか、今の!?」
「……あんた、何か……」
何か知っているの?
ソフィアが緑の髪の少女に詰め寄り、問いただそうとした矢先に突き返された返答は、質問の答えではなく一本の日本刀であった。
鞘から放たれた抜き身の刃は、いつか見た紅也の菊一文字に勝るとも劣らない美しい刃紋を持ち、アリーナの照明を受けてキラキラと幻想的に輝いていた。
「悪いけど、動かないでちょうだい。抵抗するなら、命の保証はできないわよ」
だがこれは幻想ではなく、紛れもない現実。突如身近に出現した分かりやすい“暴力”に抗う術が、一般人である彼女たちにあるわけがない。今のソフィアにできることは、内心の怯えを押し殺し、せめて気丈に振舞うことだけであった。
「ソフィア!」
「ひっ……。あ、あなた、なんでこんなこと……!何なんですか、貴女は!」
恋敵とはいえ、友人の危機にセリアは声を上げ、状況に追いつけない蘭はただ想いのままに叫ぶ。
先程まで談笑していた相手の変貌を受け止めることができるほど、彼女は大人ではなかった。しかし子供であるからこそ、声を上げることができる。
「なんでこんなこと、と言われてもね」
意外にも、蘭の言葉は彼女に届いた。その口ぶりからは、彼女が自分の意志でもってソフィア達三人を害そうとしているわけではないことが窺い知れるが、そんなことは何の救いにもならない。意志があろうとなかろうと、彼女の言葉に嘘偽りはないのだから。
「別に『また戦争がしたい』わけでもないし、そうね……」
刀を構える手は緩めずに、彼女は何かを思い出そうとするようなそぶりを見せる。
「あ、そうよ。『何故?それが仕事だからです』という感じかしら」
「仕事!? そんな理由で、こんな酷いことを……」
「あら?組織に所属する以上、言われたことはちゃんとやる。あなたも生徒会長なら、わかるでしょ?」
「え……?な、何で、そんなことを知って……?」
偶然居合わせただけの少女が、自分のことを知っている。別段有名人というわけでもない蘭にとって、この事実はただただ恐怖を煽られるものでしかなかった。刀を持つ少女は、そんな彼女の動揺ぶりを見てまるでイタズラが成功したときの紅也のような笑みを浮かべる。少女の視線は、今や蘭に釘付けであるかのように思われた……が。
「きゃあっ!」
不意に少女の右腕が動いたと思うと、流れるような動きで振られた日本刀がセリアのスカートに突き刺さる。腿を撫でるような軌跡が過ぎ去ると、彼女の傷一つない白い素肌が露わになり、同時に真っ二つになった端末がゴトリと音を立て、座席の下へと消えていった。
「
「ひっ……あ、ああ……」
隙を見てケータイを取り出し、誰かに連絡をしようとしたセリアの目論みは少女に筒抜けであった。手を伸ばした先に刃が走り、命の危険に晒された彼女は、声にならない悲鳴を上げてへなへなと座り込む。一方、そんな光景を見せられた蘭もまた、先程までの威勢を失い恐怖の表情をありありと浮かべていた。
しかし、彼女は確かにやり遂げた。
ソフィアの端末に登録された、とあるネットワークにアクセスするための短縮ダイヤル。それを押すために必要な数秒は、彼女の勇気によりもたらされた。
「セリア!あんた……一体、何なの?」
彼女が勇気を見せたなら、今度は私の番だ。
そう決意したソフィアは、少しでも多くの情報を引き出すべく、あくまで不遜な態度で少女に話しかけた。
「私?私は……そうね、『エルザ・ヴァイス』とでも名乗っておこうかしら」
彼女は隠すことなく、堂々と……明らかに偽名と思われる名を騙った。
◆
「いいや、5機なんだよな、これが」
「ソード」、「ライトニング」、そして「大筒」――それを運用する“組織”の中では、「バズーカストライカー」と呼ばれるストライカーパック――を装備した三機を撃破したと思いきや、戦場に聞きなれない男の声が響いた。
最初に反応したのはラウラだ。男の声と同時に戦場に乱入した漆黒の「ストライクもどき」もまた地に足をつけていることを見て取るや否や、肩のレールカノン〈ブリッツ〉を構え、仲間たちに指示を送る。
「増援、一機だ!遠距離から制圧射撃。……なるべく手足を狙え」
照準レティクルの中で揺れる黒い影の動きは、現存する4機とは明らかな違いがあった。プログラム特有の無駄の無さではなく、合理性に基づいて余計な動作をカットした走りは、機械制御ではありえないものだ。
あれは、人間が動かしている。そう判断した彼女は、逡巡しつつも最後の一言を付け加えたのであった。
白式弐式の〈鬼の手〉が、甲龍の〈龍咆〉が、打鉄弐式の〈春雷〉が、一斉に乱入者を狙う。ひとたび4機の専用機による飽和攻撃が放たれれば、それを防ぎきることも避けることも至難の業だ。
それを十二分に理解していた男は、突如、頭部のフェイスカバーを
ISのハイパーセンサーは非常に優秀だ。元々は宇宙空間での活動を想定していたため、リミッターを外せば何万キロと離れた星の光すら視認することができる。
だからこそ、今まさに狙いをつけている敵機の様子など、装甲の傷まではっきりと見えている。当然、頭部装甲の下から現れた眼鏡の老人の精悍な顔つきも、彼が浮かべた実に楽しそうな笑みさえも、彼らはしっかり目撃することとなった。
「……えっ、人?」
「しかも……男!?」
「無人機じゃ……!」
「ば、馬鹿者!」
装甲を部分的に解除して顔を見せる。わざわざメインセンサーを捨て去るようなその行為には、本来いかな戦術的意味も存在しない。
しかし、乱入者が“無人機”だと思っていた彼らに対し生身を晒すという
たとえば、攻撃の威力。
無人機を相手にしていた彼らは、突然現れた“操縦者”という要素を認識すると同時、心にためらいを生む。
無人機を一撃で粉砕するような一撃を、人間に向けていいのか?迷いは攻撃を鈍らせる。
たとえば、男が操縦するという事実。
既に前例は存在するが、それでも男のIS操縦者は希少だ。ISから現れた“男の顔”というのは、相対するIS操縦者の思考に空白を生む。
たとえば、この機体がISではないという可能性。
彼らは既に、山代紅也とレッドフレームという前例を知っている。その機体に“絶対防御”が存在しないこともまた知っているし、それにより紅也が意識不明の重体に陥ったことも記憶に新しい。
もっとも、この場にいるラウラ以外の3人は紅也の身に起こった不可逆の障害を知らない。それでも、あの学外演習での出来事は、彼らの心にトラウマを刻みこんでいた。
様々な要素が絡み合い、ラウラ以外の3人の手が止まる。全てを知り、かつ軍人として厳しい状況にも直面した経験を持つドイツの少女だけは引き金を引くことができたが、内心の葛藤からタイムラグを生み出していた。
「――ほう、流石にドイツの
迷いは一瞬だったが、高速の戦いとなるIS戦でその遅れは致命傷になりうる。ラウラがためらった隙をついた漆黒の機体は、無手だった右腕に新たな武装を展開していた。
音速を軽々と越える初速と共に放たれる超電磁砲。しかしいくら弾速が速かろうが、その動きは直線だ。そもそも速さも厄介さも、「サイレント・ゼフィルス」のフレキシブルには遠く及ばない。
そして何より、レールカノンが撃ち出すのは実弾だ。漆黒の機体が放ったビームは、一瞬の接触により弾丸を溶かし、バランスを崩した燃えカスは命中軌道から逸れて地面に突き刺さった。
それはまるで、いつかの再現。ラウラにとって忘れがたい、屈辱的な敗北の序章となったワンシーンのリメイクだった。
「でも、子は親には勝てない。そういうモンだろ?」
あのときはナイフだったが、今度は銃だ。……いや、果たしてこれを〈銃〉と呼んでいいものか。
一言でそれを表現するなら、“異様”である。
大雑把には、それはIS用の日本刀であった。だが、握りの部分は銃になっている。広い意味では〈銃剣〉と言えるだろう。
しかし一般的な銃剣とは異なり、これは銃口に対して垂直方向に刃が伸びており、シルエットだけを見れば巨大な十字架のようだ。
男はこの武器を、〈ソードピストル〉と名付けていた。
「何を言って……!いや、貴様、その顔……」
追撃を加えるべくワイヤーブレードを繰り出すラウラであったが、射線上に割り込んできた「エール」機が盾でそれらをいなし、伸びきったワイヤーをビームサーベルでまとめて両断する。
男の興味は、既にラウラから離れていた。〈ソードピストル〉を二丁構えた男は、「水色のストライカー」の機体を蹴り飛ばし、その反動で向かってくる青い機体と相対する。
「資料で見たぞ!お前は、強化人間の生みの親……“第一計画”の責任者!」
(待て、ボーデビッヒ!熱くなるな!)
脳内に響く静止の声すら振り切り、プラズマ手刀を展開したラウラは黒い背中に向けて吶喊する。それを邪魔する「エール」機の盾を、重ねた刃で強引に両断し、脇を蹴り、再び前を向く――そこで、彼女の歩みは止まった。
目の前に立ち塞がったのは、「ランチャー」装備の機体。しかしそいつが突きつけたのは主兵装である〈アグニ〉ではなく、観客席の一部を映し出した空中投影ディスプレイであった。
「ラウラ……」
「ごめん、止まって……」
動きを止めたラウラの元に、憔悴しきった顔の一夏と、気絶した簪を背負う鈴が近付いてきた。さらにその後ろから現れたのは、最後に残った「二つの砲」――「バスターストライカー」を装備したスローターダガーだ。
(……何が、あった)
(硬直の隙を突かれて、まず簪が落とされた。残りの二人は人質――「五反田 弾」と「五反田 蘭」の姿を見せられ、戦意喪失だ。……えげつねえことしやがる)
ラウラが情報を受け取る間にも、目の前の機体から武装解除を促す信号が送られてくる。
自分はまだ戦える。だが、無防備な一夏たちを守る力はあるか?人質を解放する力は?
無理だ。足りない。おそらく葵でも、この状況ではチェックメイトだ。
「くっ……」
不意打ち、騙し打ち、そして人質。
今までにない攻め方をしてくる相手に対し、もはや彼女が打てる手は残っていなかった。光の粒となって消えていく「シュヴァルツェア・レーゲン」の姿は、まるでラウラから消え去った戦意そのものであるかのようだ。
◆
〈side:山代 葵〉
「……どういうつもり?」
「エール」機が持ち場を離れたことで数の優位を覆した葵は、すぐにもう一機を排除して一夏たちの援護に回った。
なんだか、悪い予感がしたのだ。自分と同等の敵が迫っているような予感が。
だけど、それに気付くのが遅かった。
黒い機体が示したディスプレイの先には、緑色の髪の女に刀を突き付けられたソフィアとセリア、そして蘭ちゃんの姿が。別のモニターには、五反田 弾と共に映る、明らかに堅気ではない金髪の女の姿もある。友達を人質に取られた私たちは、一方的に敗北するしかない……そう思ってた。
「もう一度言おう。オレやダガー隊とサシで勝負して、勝てば仲間は開放してやる。いい条件だろう?」
目の前の漆黒の機体に乗る男は、あろうことかそんな提案をしてきた。卑怯な手段を使う癖に一騎打ちだなんて、なんだか妙にちぐはぐだ。
でも、奴の背後で武装解除して、項垂れてる一夏に鈴音にラウラ、それに意識を失ってるシャルロットと簪を放っておくわけにはいかない。人質を返す気があるというのなら、私が戦っている間はみんなの無事が保障されるんだ。
それに……と私は上空に思いを馳せる。たった今箒が大ダメージを受けたけど、それと引き換えに紅也のエネルギーは完全に回復した。上での戦闘も、そろそろ決着が近いと考えていいだろう。
ならば、私も。
「ええ、その勝負――受けて立つわよ!」
いつまでも、紅也に誇れる私でいるために。
一応断っておきますが、「男」の機体は漆黒の「105ダガー」で、ストライカーパックはまだ展開していません。
一体何者なんでしょうねぇ……。