漆黒の機体の背中に展開されたのは、これまた漆黒のストライカーパックであった。
遠目に見れば、『ゴールドフレーム天』のマガノイクタチにも似た、一対の翼のようだ。しかし各所に存在する可変部や、不自然に伸びた“取っ手”のような部品の存在が、これが単なるスラスターではないことを伝えてくる。
「〈ノワールストライカー〉。N.G.Iの最新型だ」
ダンテは聞かれてもいないのに、ペラペラと喋りだす。冷静沈着で、どこか他人を見下しているような印象を与えていた彼が、まるで卒業後何年も会っていなかった友人とふと街中で出会ったかのように、どこか浮ついた調子で話すというのは違和感があった。
「ほら、お前も剣を抜けよ。それとも、カタナ相手にナイフで戦う気か?」
「……………」
葵は無言のまま〈タクティカルアームズ〉を収納し、再び自身の両手の中へと展開する。
一方で、腹から剣先を生やしていた『ランチャースローターダガー』は支えを失い、もはや光を失った砲身を天に向けたまま、背中からアリーナに倒れ込んだ。
金属音と土煙。
それが、開戦の合図となった。
剣を水平に構えた葵は、突撃の構えを取り大地を蹴った。柄にあたる部分に搭載されたスラスターにより加速を得たタクティカルアームズは、新たな獲物を求めて漆黒の機体へと迫っていく。
ダンテの視界に、青い大剣が大写しとなる。だがそれが彼の頭と身体を分けるよりも早く彼は身をかがめ、ノワールストラーカーを吹かして地表を這うように進む。
しかし奇妙なことに、彼の視界にブルーフレームの脚は映っていない。
飛来したのはタクティカルアームズだけだったのだ。
そしてそれは、ダンテの予想通りの展開であった。
「くっ……」
タクティカルアームズをぶん投げると同時にジャンプした葵は、回避するなり受けるなりして動きを止めたダンテに対し、上空から攻撃を仕掛ける腹積もりであった。
まんまと策にはまったダンテは攻撃を回避したが、ケンプファーもアメイジングな腹這移動で逃げた先は、タクティカルアームズという名の傘の真下。この攻撃の、唯一の安全地帯であった。
(ならっ!)
両肩のスラスターを天に向け全力で降下した葵は、タクティカルアームズを思い切り踏みつけた。強引に軌道を変えられ、地面に叩きつけられる大剣。しかしその手ごたえ、いや踏みごたえは新雪を踏みしめたかのごとく軽い。
それを認識した瞬間、葵は反射的にアーマーシュナイダーを抜き放ち、背後へと振り抜いた。ガキン!という金属音。ナイフの刃先がぶつかったのは、鋭利な日本刀の切っ先であった。
それを握るのは当然、ダンテ。背中のストライカーを切り離した以外特に目立った損傷の無い機体は、バックパックを量子化した名残の様な翠の光の尾を引きながら、本命である右手の刃を振り下ろしていた。
慌てて地を蹴り後退する葵であったが、PICを利用して自身の腕の振りをピタリと停止させたダンテは、〈ソードピストル〉の銃部分からビームの弾丸を放つ。立ち位置を入れ替え、再び二機が相対したとき、損傷があるのはブルーフレームだけであった。
「……貴方、強いわね。名前を聞いても?」
「オレはダンテ。ダンテ・ゴルディジャーニだ」
「ダンテ……?」
その名に引っかかりを覚えた葵は、自身の記憶を整理する。
最近聞いた名前ではない。少なくとも、亡国機業関連ではないはず。紅也がいなくなってる間?いや違う、あの頃は強くなるために我武者羅で、そもそも記憶があやふやだ。なら、もっと前……?
「なんだ、ヒメから聞いてないのかよ」
ヒメ……?母さん……?
そうだ、聞き覚えがあるじゃないか。
母さんが珍しく深酒をして、昔話をしてくれたとき。造られて、嫌なこともたくさんあったけど、「父親代わり」とでも言える研究者がいたって。
確か、その名前が。
「貴方が……ダンテ。私たちの……お祖父さん?」
「おっ……お、おいおい。いきなり『お祖父さん』は止めてくれ。照れるだろうが」
一瞬、戦闘意欲というか、殺気が消えるダンテ。しかし、その明らかな隙を葵が突くことは無かった。
「なんでその人が、ここに?それも、
「なんで、と言われてもな」
混乱し、戦闘モードが解け始めている葵だったが、ダンテの方には再び戦意が満ちてきていた。ソードピストルを握る両腕に力がこもり、基本となる型をなぞったまま彼女の正面に立ち、告げる。
「お前たちの武勇伝がオレの元にも伝わってきてな。支援ついでに、あのヒメの娘がどれほどの戦士になったのか、直接確かめようと思ったって訳さ」
機体を軽くするために一度は収納したノワールストライカーが、ダガーの背面に現れた。
「さあ、武器を取れ。そうしなければ、お友達がどうなっても知らないぞ」
首のそばにマウントされたビームサーベルの柄に手をかけた、水色のストライカーの機体の姿。それを見て、葵は再び覚悟を決めた。
やるからには、全力で。
ブルーフレームの胸元に、再び“1”と書かれた蛇の紋章が現れる。それは、残り少ないエネルギーを、すべてを賭けるという決意の表れであった。
準備を終えた両者は、向き合って相手の出方を窺う。
達人同士の戦いは一瞬だ。ましてそれが、速さを売りにする二機ならば尚更のことである。
もはやダンテと葵の瞳には、互いの姿しか映っていない。そんなとき。
戦場に乱入した紅の彗星が、ブルーフレームをかっさらっていった。
「……おいおい」
せっかくの戦いに水を差され、やるせない思いを隠せないダンテ。
その隙だらけの立ち姿にめがけ、光の雨が降りそそいだ。
◆
「無茶をするな、葵!」
「箒……?なんのつもり?」
ブルーフレームの瞳が光り、先程の乱入者……箒の顔を睨む。
が、彼女はそれに怯えた様子を見せず、逆に睨み返すような勢いで彼女の言葉に反論した。
「お前、気付いていないのか?力を使いすぎて、具現維持限界寸前だぞ!」
「うっ……」
学園祭の時も、それであやうく死ぬところだったのを思い出した葵は、今度こそ反論しなかった。
「……でも、みんなが」
「観客席の方は動きがあった。もうすぐ上級生の専用機持ちたちが突入して、奪還作戦を実施する。それまでは、セシリアが」
見ると、地上から動けぬダンテと水色のストライカー機を牽制しながら空中を飛びまわる、満身創痍のブルーティアーズの姿があった。確かにあの間合いならば、いくらダンテといえど撃墜は難しいだろう。――少なくとも、十数秒くらいは。
「今はエネルギーを回復する。行くぞ――絢爛舞踏!」
紅椿がブルーフレームの手を握ると同時、金色の光が手から伝わっていき、二機のISの全身を包んだ。一方で、ブルーフレームから生じていた緑色の光もまた紅椿へと伝わっていき、二つの光は混じり合って全身を包んでいく。
「これは……これなら!」
「よし、行ってくれ葵!私は、すぐに紅也の援護に戻る!」
空中で手を離し、緑色の燐光を纏った紅椿が遠ざかっていく。
セシリアは、とうとう全てのビットを失った。わざわざそんな“遊び”を見せたダンテが、センサー越しに私を見たような気がする。
「ありがと、セシリア」
小声でそう呟くと、空中で一気に加速。単一仕様能力を上乗せした全力の瞬時加速は、葵の体を瞬く間に地上へと届ける――はずだったが。
(あれ、能力が切れてる……?)
エネルギー切れ寸前までいった影響だろうか?深く考えなかった彼女は、とりあえず再度力を発動し、再びタクティカルアームズを構えた。
――彼女は知らない。
ブルーフレームに刻まれた紋章。そこにある数字が普段とは違い、“2”と表示されていたことを。