IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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先週は休載してしまい、申し訳ありませんでした。
本日は大増量でお送りいたします。


第160話 エム

『何の用、と言われてもね。私はみんなの引率よ、特に目的があるわけじゃないわ。強いて言うなら……授業参観?』

 

 ASTRAYネットワークから流れてくる観客席での会話。その中で『エルザ・ヴァイス』と名乗る女がしゃべった言葉と声。特に自分たち……山代紅也と山代葵に対する、まるで保護者のような物言いに、紅也は覚えがあった。

 

(変声機も使わないで、何が『エルザ・ヴァイス』だクソッタレ!8、声紋照合!)

(もうやっている!奴の正体は――)

((亡国機業の『ワイズ』だ!))

 

 ワイズ。一夏の初代『白式』を強奪した犯人であり、顔や皮膚色、さらに髪の色まで瞬時に変更できる能力を持つ、カメレオンのような女。他にもナノマシンのハッキングなど、原理不明の力を使う不気味な敵だが、こいつの本質はそこではない。

 彼女は紅也の母――ヒメ・ヤマシロ、またの名をアインス・イェーガー――と同じ技術で作られた、『イェーガー』のコードを持つ純正の強化人間。肉体の強度を始めとした基本性能において、混血である彼ら兄妹を上回っているのだ。さらに言えば、学園祭で、東南アジアで、二度も葵とブルーフレームを打ち倒している。もし彼女までこの戦いに乱入したら、更識先輩でも勝てるかどうか。

 

(まあ待て。奴の『テスタメント』は修復中のはずだ。だからこそああして観客席で大人しくしているのだろう)

(大人しくはないだろ!? ヤロウ、よくもセリアちゃんを……!)

(あれはあの男の指示だろう。その男も、今は葵と交戦中だ。会話ログを再生するか?)

(いや、それは後でいい。とりあえず今は、さっさとエムとやらにトドメを刺して、人質を解放するぞ)

(わかった。学園側の部隊にも状況報告を行うぞ)

(頼んだぜ、8!)

 

 方針が決まり、意識を回帰させる紅也。目の前には、ビット三基を同調させることにより疑似的に〈零落白夜〉を再現し、近付くならば斬るとでも言いたげなエムの姿。焦げた装甲と紫電を散らせる機体にはもはや力が残っておらず、操縦者であるエムもまた、どこを見ているか分からないほど焦点がぶれていた。

 

「ま、武士の情けだ。せめて一撃で――」

 

 ガーベラストレートを鞘に戻し、光の翼を全力で展開したターンデルタ。音を置き去りにする超加速で空を駆け、すれ違いざまに叩きこんだ神速の居合いは、しかしサイレント・ゼフィルスに届く寸前に紫電の繭によって阻まれる。

 

「――私は、負けない」

「なっ、コレ、ただのスパークじゃ……」

「仲間の仇を……山代紅也を討つまで……」

「紅也、離れろ!様子がおかしい!」

 

 紫電は徐々に範囲を広げ、サイレント・ゼフィルスの全身を呑み込んでいく。また、このとき紅也たちからは見えなかったが、ミラージュコロイドにより透明化した3基のビットが、まるで導かれるかのように繭の中へと吸い込まれていった。

 

「何だ、この現象は?」

「変身?いや、変形?」

「まさか、これは……『第二形態移行(セカンドシフト)』ですの……?」

 

 紫電の繭にひびが入り、周囲に無差別にエネルギーが放射される。各種センサーが真っ白に染まり、思わず目をそむける三人。やがて奔流が収まったときそこに立っていたのは、毒々しい紫に染まり、一対の翼を広げた新たな機体であった。

 

「はぁ……はぁ……フッ!」

 

 操縦者であるエムは相変わらず満身創痍の様相だが、機体は違う。指の先までエネルギーラインが通っており、壊れたライフルは短銃身になったものの二丁になって左右の手に装備されている。同じく修復された翼は、まるでN.G.Iの『ジン』のもののように重厚だが、機動力が損なわれた様子は無い。一方、装甲そのものは薄く手首や関節の自由を妨げないようになっているが、たび重なる攻撃を受けた胴体部分には新たな追加装甲が施されていた。その姿は奇しくも、何度も彼女と組織の前に立ち塞がった『アストレイ』と似通っていた。

 

 その新たな機体は、エムの掛け声に合わせて翼から“何か”を放出する。同時に紅也の視界の隅に浮かぶ文字――「ミラージュコロイドデテクターに反応あり」!

 

「透明ビットだ!ランダム回避運動!」

 

 ミラージュコロイドで不可視化したビットは残り3基のはずだが、各種装備の状態が回復している現在、それはあてにならない。当初持っていた4基に戻ったか、それともさらに増えたか。もしくは通常型のビットさえも、全基入れ替わっているのかもしれない。

 

「とはいえ、見えないとはやり辛いな」

「熱源センサーに切り替えればなんとか……でも、早過ぎますわ!」

 

 確かにスラスターの熱を追えば、ビットの動きは見える。しかし縦横無尽に動き回る赤い軌跡を全て把握し対応するとなると、どうしても反応は遅れてしまう。

 

「そうですわ、紅也さん!〈コンプリート・センサー〉は?」

「今日は葵が持ってる!ついでにペイント弾もねぇぞ!」

「くっ……他に、ミラージュコロイドの弱点はないのか!?」

 

 ミラージュコロイドの弱点、と言われ紅也の頭が急速に回転していく。

 黒以外には吸着しづらい。水中では効果がない。粒子は時間と共にはがれ落ちる。熱までは隠せない。他には……?

 

(更識先輩を呼べば、粒子を洗い流せるか?でも、時間が……)

(いや、粒子をはがすなら〈カレトヴルッフ〉で十分だろう。ビットに近づけば、粒子制御能力で流せるはずだ)

(そうか……って)

「何ぃ!?」

 

 思わず声を上げる紅也に、セシリアと箒の注目が集まる。

 

(師匠の作ったコレが、ただのビームライフルだとは思わなかったけどよ、そんな機能まで?)

(今は粒子散布機能だけだが、いずれアップデートを続けて7つの機能をつける予定らしいぞ)

(……ともかくっ、それがあれば!)

 

 柄を握った右手を離し、顕現させたのはカレトヴルッフ。さらに左手にもう一丁、予備として持っていたカレトヴルッフ。それらを翼のように広げて構え、リミッターを解除する!

 

「コロイド粒子――最大散布!」

 

 カレトヴルッフから粒子の嵐が吹き荒れ、宙域を呑み込んでいく。予想以上の出力に機体が流されるが、手足のサブスラスターで姿勢を正し――

 

(――って、あれ?)

 

 なんだか普段より、機体制御がスムーズな気がする。

 

「見えましたわ!……紅也さん、そこ危険ですわ!」

「え、おわっ!」

 

 ミラージュコロイドが解除され、隠れていたビットが姿を現すが、そのうち数基は紅也を囲むように飛んでいた。おそらくレッドフレームのPICの影響範囲内に紛れ込んでいたため、熱源センサーにも引っかからなかったのだろう。

 

「危ねっ!」

 

 再展開したため、基本モードであるS(ソード)モードに戻っていたカレトヴルッフを振り回し、ビットを撃墜。しかし敵はすぐにビットを引っこめると、粒子に満ちた空間から撤退していった。

 

「箒、何基見えた?」

「紅也が壊したのを除けば、九基だ」

「でも、これが最大とは限りませんわよ?」

 

 つい先程、不意打ちで〈スノー・ピース〉を受けた彼らに油断は無い。が、それはエムも同様のようだ。今まで通りビットからBTレーザーを乱れ撃つ力任せの戦術ではなく、不可視という利点を活かし、一撃で相手を倒そうとする暗殺者じみたスタイルに変わっている。現に今この瞬間にも、粒子の嵐から逃れたビットが翼へと帰還し、再び透明になって放たれているのだから。

 

「同じ手は何度も使えまい!」

 

 叫ぶエムに対する戦法はひとつ。再び粒子を放ち、ビットの姿を晒す。

 いち、にい、さん……四基!姿を現したビットは、一斉にレーザーを放った。それらが向かう先は――満身創痍のセシリアだ!

 

「くっ……」

「セシリア!今援護を……」

「必要ありません、わ!箒さんは、紅也さんを……!」

 

 出力が半分以上落ち込んだ機体で、セシリアはよく動く。それでも、いつまでも避け続けることなどできないのは、誰の目にも明らかだった。

 だが、それでも。

 

「敵の狙いは、紅也さん!ですわ!それに、今のわたくしにできることは!」

「……無茶をする!」

 

 それでもセシリアは、せめて敵の目を引きつけようと、派手に飛び回っていた。

 彼女に報いるためにできることは、一刻も早く敵を撃破することだけだ。そう判断した紅也は天へと駆け上がり、箒も防御用のビット数基をセシリアのために残し、その後を追う……が。

 

「ふっ!」

 

 直後、潜伏していた残りのビットが放ったレーザーに足止めされ、紅也と分断されてしまう。

 

「雑魚の相手は貴様の仕事だ、ダンテ!」

 

 エムはそう言い残すと同時、〈零落白夜〉でアリーナのシールドを切り裂き外へと飛び出す。

 

(逃げたか?いや……)

 

 紅也を追いたてるかのように、背後からビットによる攻撃が放たれる。それらは光の翼に阻まれて届くことは無いが、それでも形のあるプレッシャーを与えてくる。

 しかも、彼女が向かう先はアリーナの……いや学園の外、市街地!

 彼を挑発するためだけにセシリアを狙うような敵だ。ここで逃がせば、次に奴は何をする?恐ろしい想像が、紅也の脳裏を占めていく。

 

「俺は追う!二人はアリーナを!」

「紅也さん!」

「セシリア、下を見ろ!……行け、紅也!」

 

 紅也が食いついたと同時、セシリアへの嫌がらせは止んでいた。フリーになった二人が何を見たのか、紅也にはわからない。もしかしたら、地上で戦う葵に危機が迫っているのかもしれない。

 だけど、信じることにした。かつて「大丈夫」と言った葵と、共に経験を積んだ仲間達を。

 

「先に行くぜ!」

 

 彼女たちなら、この騒ぎを終わらせることができる。だから紅也は、先に進む。

 

 

 

 

 

 

 学園外に広がる海を越え、『サイレント・ゼフィルス』の背を追う紅也だったが、突如としてその背中が揺らぎ、空に溶けるように消え始める。

 

「ミラージュコロイドか……。くそっ、距離が遠い」

 

 念のため粒子を放出すると、案の定ビットが姿を現した。数は二基だが、目に見える物だけが真実ではない!

 

「……8!」

(熱源センサーでは6基!それから海面付近は不鮮明だ)

「それを狙ってここに来たのか?ったく、急に冷静になりやがって」

 

 バレルロールのち、急旋回。やはり動きのキレがいい。コロイド粒子の影響か?

 自在に曲がるレーザーを避ける、避ける、避ける。熱が残した軌跡がセンサーを埋め尽くし、視界が赤と青のツートンに塗り分けられていく。

 

(本体を見失った!)

「奴は……?……あそこか!」

 

 ここから数キロ先の市街地で、黒煙が上がった。ついに無差別な破壊を始めたエムを追い、紅也はビットを無視して加速し離脱を試みる。本体の目視下に置かれていないビットでは、精密な攻撃など期待できない。それでも少しはダメージを受けてしまうあたりに、自身の未熟さを実感する紅也であった。

 

 

 

 

 

 

 黒煙の見えた地点に急行すると、半ばから火の手が上がり倒壊しかけたビルがあった。避難はまだ完了していないらしく、はるか下の道路ではクラクションの合唱が鳴り響き、方向の定まらない人の波がぐねぐねと蠢いていた。

 

(避難誘導、人命救助、延焼防止……くそっ、一人じゃ無理だ!)

 

 あまりの混乱ぶりに、硬直する紅也。

 そこへ、毒が振ってきた。

 

「…………!」

「ちっ……!」

 

 ビルの谷間から現れたのは、宙に浮かぶ二振りのレーザーブレード。それを両手に構えたカレトヴルッフで迎え撃つ紅也だったが、レーザーが刃を侵食するのを見て考えを変えた。一度武器を引っこめると同時に、ヴォワチュール・リュミエールで全力後退。敵が空ぶった隙に抜刀術で一太刀浴びせようとするが、直後にビル越しに放たれたレーザーをまともに受けてしまう。

 不可視のビットだ。それらの所在を看破するため、紅也は再びカレトヴルッフを展開する。すぐさま粒子を散布するが、再び宙に浮くブレードに襲われた。

 粒子散布の効果により、ブレードを握る手が、その先の身体が虚無から実体化する。毒々しい装甲に包まれたエムと、紅也の視線が交差した。

 

「貴様はここで死ね、山代紅也!」

「誰がっ!」

 

 役目を終えたカレトヴルッフを収納した隙に、空いた右腕に切りつけられた。わずかな痛みと共にシールドエネルギーが大きく減少し、操縦が乱れる。……あのレーザーブレードは、やはり〈零落白夜〉だったか!〈ガーベラストレート〉に持ち替えるも、エムはもはや隠す必要などないと言わんばかりに大量のビットを同時に操作し、乱立するビルの合間を飛びまわる紅也をつけ狙う。

 

「持ち替えの隙が大きすぎるな……。いちいちこんな対応してたら、差が広がる一方だ」

 

 ヒリヒリとした痛みをこらえながら、右手にガーベラストレート、左手に珍しくシールドを装備したレッドフレーム・ターンデルタを動かす紅也だったが、ビルにより動きを阻害され思ったようには戦えない。ビルより上に出ようとすると、どこからともなく飛来するビットにより攻撃されるのだ。制空権を奪われた紅也は、今や確実に追い込まれつつあった。

 

(しかも、粒子展開した場所から離されてる……。これじゃ、またミラージュコロイドが復活しちまうぜ)

 

 反転し、粒子散布地の中央に戻ろうとする機体の前に、レーザーが降りそそぐ。思わず足を止めた瞬間に、真下から〈零落白夜〉を使ったサイレント・ゼフィルスが現れたため、とっさに蹴りとばして距離を広げる。直後、伸ばした足に放射されたレーザーにより、レッドフレームの脚部装甲が融解して吹き飛んだ。

 

(ダメージもヤバイ。考えろ!両手を塞がずに、カレトヴルッフを扱う手段は?)

 

 自身が支配する空間から出ようとしている今、紅也は焦っていた。だがその焦りが彼の思考を加速させ、意識をクリアにしていった。

 

(手を、使わずに……そうだ!)

 

 飛びながら、紅也はイメージする。

 想像したのは、翼だ。二本をバランスよく配置するのに向いてる場所は、腰か背部。あるいは――肩だ!

 連結は?ハードポイントはどうする?

 整備用のアームで連結すればいい。工作はどうする?

 せっかく量子化して収納しているんだ。二つを混ぜながら展開するイメージで、どうにか連結できねぇか?――やってみよう!

 

(粒子展開領域を突破するぞ!紅也、カレトヴルッフの準備を!)

(――わかってるって!)

 

 紅也が飛び出すと同時、熱源センサーに複数の反応――不可視のビットがレーザーを放とうとしている!

 レッドフレームの両肩が輝くのと、緑色の閃光が放たれたのは同時だった。必殺の一撃を確信したエムは、ニヤリと慢心の笑みを浮かべる……が、逆に自身のビットが爆散したことにより、すぐに気を引き締める。

 

「シッ……!」

 

 爆炎の中から飛び出したレッドフレーム。その両手に握られていたのは主武装である〈ガーベラストレート〉であり、カレトヴルッフではない。だが、新たな粒子散布は行われている。何故だ?

 その答えは、レッドフレームの両肩にあった。

 

「貴様……その形態は!」

「思いつきだが、上手く行って良かったぜ。これはさしずめ、『レッドワイバーン』ってところか?」

「ほざけ!名前など、どうでもいい!」

 

 両肩から伸びたアームによりカレトヴルッフを保持したレッドフレームは、まるで両肩から翼を生やしたような姿になっていた。それを「翼竜」になぞらえた紅也は、新たに生まれたこの形態を『ワイバーン』と呼称する。

 

(8、カレトヴルッフは任せた!)

 

 射撃管制は引き続き8が担当し、格闘は紅也が行う。そしてデルタの制御人格は、彼らの動きが乱れぬように全体を統括し、アシストを行う。さらに――

 

「もらっ――何!?」

「遅い!」

 

 カレトヴルッフを両肩に装備した途端、レッドフレーム――いや、レッドワイバーンの動きが明らかに良くなっていた。より小回りが利くようになったというか、キレが良くなったというか。紅也にとっても予期せぬ効果だったが、それもまたプラスに働いていたのだ。

 

 キンッ!という甲高い音とともに、ビットが両断される。レッドワイバーンの両腕と肩は別の生き物のように自在に動き、動きを止めた瞬間を狙おうにも放たれたビームにより迎撃される。

 

 そしてエムは唐突に、全てのビットを引っこめた。

 

「……何だ?ようやく諦めたのか?じゃあさっさと捕まれよ」

「違う。……こんな小細工などに、最初から頼るべきではなかった」

 

 ビットを回収したエムは、左手の〈零落白夜〉すらも収納する。残された武装は右手にマウントした〈零落白夜〉のみだが、彼女はそれを自身の背へと持っていき、腰を捻って静かに構える。

 

「! その構えは……!」

 

 見覚えのある構えを前にして、紅也の顔色が変わる。

 

 それは、正面から一対一で戦うときの、一夏の姿。

 それは、共に稽古に励んだときの、箒の姿。

 それは、かつてアリーナで相対した、VT-ISの姿。

 それは、映像の中で何度も見た、初代ブリュンヒルデの姿。

 

 一閃二断の構え。

 

 篠ノ之流古武術における、基本にして奥義。

 

「何故、それをお前が?」

「答える必要は……ない!」

 

 刃が袈裟がけに振り下ろされる。全身のバネとISのパワーアシストが存分に乗せられた一閃目は、紅也のガーベラストレートをかち上げた。後はがら空きになった胴体に、二閃目を打ち込むだけだが――独立して動く両肩の砲塔に阻まれ、追撃は叶わなかった。

 

 その後も斬り合いは続く。攻守が目まぐるしく入れ替わるが、互いの刃は届かない。同じ流派同士で繰り広げられる剣舞の様な、不思議な戦い。

 紅也とエムの双眼には、もはや互いの姿しか映っていなかった。次に相手がどうするのか、自分ならどうするのか。目の前の相手に自分を投影し、刃を通して相手の戦いを、意識を、理解していく。勝つために、殺すために、相手をより深く知ろうとする二人の心を、彼らの機体は汲み取った。

 

 

 

 

 

 

 何なんだ、お前は!

 

『私は、エム!亡国機業の戦闘員だ!』

 

 エム?前から思っていたんだが、記号みたいな名前だな。

 

『うるさい!ただのコードネームだ』

 

 そうかい。じゃあアンタ、名前は?

 

『名前などどうでもいい、と言ったはずだ。大体、これは何だ?何故貴様なんぞと悠長に話をしているんだ、私は』

 

 相互意識干渉(クロッシング・アクセス)ってやつだな。どうやら俺達は、剣を通して相手に歩み寄り過ぎたらしい。

 

『歩み寄る、だと?あり得ん!』

 

 いいや、ありうるさ。相手だったらどうするか想像するってことは、その分相手の思考をトレースするってことなのさ。どこの国でも、化け物ハンターが化け物になるなんて昔話はよくあるだろう?

 

『知るか、そんな話。聞いたこともない』

 

 聞いたことがない、か。お前、親から絵本の読み聞かせとかしてもらったことがないのかよ?

 

『……私に、親など』

 

 親などいない、か。じゃあ、昔の記憶は?

 

『冷たい床と、ガラス越しの景色……待て。何故私は、そんなことを話しているんだ!』

 

 これは潜在意識下での会話らしいからな。思ったことがそのまま垂れ流しになるんだよ。

 さて……ということは、お前は研究所で作られたクチか?あのワイズと同じように。

 

『あんな“半端者”と一緒にするな!』

 

 半端者だって?戦闘力とか特殊能力で考えるなら、お前よりあいつの方が完成品だと思うんだけどな。

 

『違う、違う!あいつの姿が不定なのは、元から定まっていないからだ!あいつが今強いのは、始めから経験を持っていたからだ!私のオリジナルは、奴に、奴のオリジナルに勝っている!それに、私は成長する。そうすれば、いつかは……』

 

 思ったより口が軽い、というか幼いな、お前。コンプレックスの塊かよ。

 というか、やっぱりワイズは母さんのクローンか。じゃあ、それに勝ったっていうお前のオリジナルは……。

 

『くっ……。そうだ、私は織斑マドカ!現時点で姉さんと同等の力を持ち、いずれ凌駕する存在。あんな、成長することの無い個体なんかとは違う』

 

 ……マドカ、それでM(エム)か。織斑千冬のクローンで、技までも模倣しやがって。道理で強いはずだぜ。何度も試合を見てたから、動きには対応できるけどな。

 

『くっ……言っておくが、あの程度が私の全力だなどと思いあがられては困るな。貴様の実力は、既に底が見えている。このまま勝てるなどと甘い考えは、今すぐ断ち切ってくれる!』

 

 しまった、怒らせたか。同調が解けちまう……。

 

 

 

 

 

 

「……はっ!」

 

 刃を合わせていた時間は、現実では刹那にも満たないほどの時間であったようだ。紅也を弾き飛ばし、仕切り直したエム――マドカは、左手を柄から離すともう一本の〈スノー・ピース融合型ナイフ〉を取り出し、零落白夜を起動した。

 

「これが私の本気……二刀による『一閃二断』。この茶番にも、そろそろ幕を引くとしよう」

 

 さらに高まった殺意を受け、ガーベラを握る手に力がこもる。しかしその瞬間、ビルの合間を縫うように無数の光が紅也に向けて殺到し、彼を呑み込んだ。

 その正体は、ひっそりと周囲に再展開していたステルスビットによる飽和攻撃。紅也の思考を追い続けたマドカは、彼の十八番である不意打ちまでも再現してみせたのだ。

 一方、なまじマドカの正体を知ったことで彼女と織斑千冬を同一視していた紅也にとって、この攻撃は予想外。機体が守ってくれたから良かったものの、今の射撃を防いだことで〈ヴォワチュール・リュミエール〉に回すエネルギーが底をついてしまった。

 

「ぐっ……てやぁぁぁ!」

 

 痛みをこらえながらも振り抜いた刃で、右側から放たれた一閃を防ぐことは出来た。

 しかし無防備に空いた腹に、効き腕である右手から放たれた渾身の一閃二断が直撃する。

 零落白夜の連撃を受けたレッドワイバーンの装甲は紙のように千切れ飛び、絶対防御が発動したことでエネルギーを大きく減らす。カウンターが進み、ゼロへ。具現維持限界を迎えた機体が蒸発していき、生身の紅也に残りの“二断”が迫ってくる。

 

「残りがそっちで、良かったな」

 

 紅也はそう呟くと、まるで防御するかのように左腕を折り曲げる。最後の抵抗のように見える情けない姿に、マドカの口角が嗜虐で釣り上がり――違和感に気付く。

 

 紅也の左手首が、180度折れ曲がっている?

 

 人体ではあり得ない動きを前に、思案を巡らせたのも一瞬。『サイレント・ゼフィルス』の左手は、紅也が振り抜いた左腕……その手首から伸びたピンク色の刃により切り裂かれ、くるくると宙を舞った。

 

「ビームサーベルだと!?」

 

 驚愕も一瞬。追い詰められていたはずが一転し、襲い来る紅也に恐怖したマドカは、咄嗟に彼を蹴り飛ばした。斬り殺せばよかった、と気付いたが後の祭り。勢いよく吹き飛ぶ彼の左前腕部が身体から離れたかと思うと、手近なビルの壁に突き刺さり、また上腕と合体する。

 紅也の左腕の義手に搭載されたギミックの一つ、ワイヤードフィストだ。

 

「肉体を改造するだと!化け物の仔は、どうあっても化け物か、山代紅也!」

「――悪いが、私の男の悪口はそこまでだ!」

 

 左手を抑え、思わず悪態をつくマドカの前に突如として現れたのは、エメラルドのような輝きを宿した真紅の機体――篠ノ之箒の紅椿だった。何事かと思ったが、先程まで交戦していた雑魚の一機が来ただけだとタカをくくった彼女は、フンと鼻を鳴らして斬りかかる。

 相手は双刀のうち一本を失った、甘っちょろい専用機持ち。基本性能は実際に見ているが、攻撃に当たらなければどうということはない。エネルギー回復能力に気をつければ、負ける要素は無いだろう。

 そう思っていた。

 

 訳も分からぬうちに箒に一撃を加えられ、ビルより高く打ち上げられるまでは。

 

「がっ……?はっ……!」

 

 箒の攻撃は続く。打ち上げの後打ち落とし。斜め下から斬り上げ、吹き飛んだ先でもう一撃。トドメに今まで放った攻撃をなぞるように出現した高出力レーザーが、全方位から一斉に着弾。そのときになってようやく、マドカは紅椿に浮かぶ蛇の紋章を視認した。

 

(馬鹿な……。あれは、『ブルーフレームセカンドK』の単一仕様能力『オーバーリミット』……。それが、何故あの機体に?まさか、他ISの単一仕様能力を発動する能力でも持っているのか!?)

 

 そこまで考えたところで、背中から地上に叩きつけられて、マドカは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「痛てて……。今回ばかりは、本気でヤバかった……」

 

 爆音が止んだ直後、割れた窓ガラスからひょっこりと頭を出した紅也は、完全に気を失っているマドカの姿を見て、安堵のため息を漏らした。

 

「そうね。もう少しで、本当に殺されちゃうところだったものね」

 

 彼の独り言に反応して、思いがけず返事が返ってきた。予想外の声に振り向いた紅也の視線の先にいたのは、アリーナにいたはずの緑色の髪の女、エルザ。……いや。

 

「ワイズ、か。そういや、あんたには葵にセリアちゃんにソフィアに一夏に……とにかく、みんなの分の借りがあったな」

「強がらなくていいわよ、コウヤ。あなた、もうボロボロじゃない」

 

 痛む身体を押して、バリー仕込みのファイティングポーズを取る紅也であったが、それはポーズに過ぎない。全身の筋肉は痛みと疲労で悲鳴を上げており、頼みの綱の左腕もまた、無茶な使い方のせいで機能不全だ。

 こんな状態でまともな勝負ができるとは思えない。それは紅也とワイズの共通見解であった。

 

「心配しなくても、あなたが死ぬ前にエムを止めるつもりだったわ。それにここに来たのも、あの子のお迎えのため。ほら、私とコウヤが戦う理由は無いでしょ?」

「ふざけ……ぐっ……」

 

 あくまで調子を崩さないワイズに詰め寄ろうとした紅也だったが、一歩を踏み出すより速く膝が悲鳴を上げ、崩れ落ちる。そんな彼をどこか心配そうな目で見つめるワイズだったが、まだ気力が残っている彼の瞳を見て安堵したらしく、そのまま彼の横を通ってビルから飛び降りようとする。

 

「ま、待て……ワイズ。『答え合わせ』だ。お前の名の書き方は、YY(ワイズ)……。そしてその意味は、ヤマシロ……」

「うーん、25点。まだ足りないわ。再試験が必要ね」

 

 紅也の口から出た『答え合わせ』という文句に足を止めたワイズだったが、彼の答えを酷評するなりさっと窓から飛び降りてしまった。紅也の霞む視界に映った彼女は、まだ修復の終わっていない『テスタメント』を展開すると、エムを抱きかかえたままいずこかへ飛び去っていった。

 

「紅也、そこか?」

「……箒か、ありがとな。お前に、何度も助けられた」

「それはお互い様だ」

「……でも、お前の男になった覚えはないぜ」

「~~~~! わ、忘れろ!」

 

 そんなやりとりがあった後、箒は紅也を抱きかかえ、IS学園へと帰還した。どうやらあっちの方も、無事に決着がついたらしい。

 

「紅也さん!心配しましたわ」

「あっちの機体はどうなった?倒したのか?」

「いや、逃げられた。というか、箒が来てくれなきゃヤバかったな」

「う、うむ、そうか?あれは間接的には葵のお陰だと思うのだが」

「葵の?ちょっと紅、一体何があったのよ」

 

 ああ、今回も無事、日常ってやつを守り切れたようだ。そう思うと同時、モヤモヤとした黒い感情が紅也の中で渦巻き、鎌首をもたげる。

 

 奴らの狙いは、俺だった。ならば俺がいる限り、ここにいるみんなに危険が及ぶのか?

 

 ふと脳裏に浮かんだ思いは、まるで踏みつけられたガムのように紅也の脳裏にこびりつき、離れることは無かった。

 




・レッドワイバーン
 レッドフレームの両肩にカレトヴルッフを装備した形態。この形態では粒子で慣性力をコントロールすることにより機動力が向上する。またカレトヴルッフの火器管制は8によりコントロールされているため、紅也の意思とは別個に動き死角をカバーする。
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