IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第162話 急転直下

 扉の先に立っていたのは、腰まで届きそうな長い金の髪をなびかせた、スレンダーな少女だった。身長は自分よりも少し高いくらいだろうか、とラウラは考える。

 

 本音が急にドアを開けたことには驚いたが、彼女の姿を見たラウラはすぐに警戒を解いた。なぜなら彼女は敵ではない、と知っていたからである。いや、ある意味敵ではあるのだが、まあそれはそれ。

 

「あれ~?どちら様ですか~?」

「あ、えっと、私はソフィア・ローウェル、です。ええと……」

「紅也と葵の友人だ。入れてやれ」

「りょうか~い。ご遠慮せずにくつろいでいってね~」

「お前の家ではないだろうが。それでローウェル、といったな。よ……紅也はどこだ?」

 

 つい嫁、と言いそうになり、流石にそれはまずかろうと訂正するラウラ。いつ紅也が来るかもわからないのに、こんなところで険悪な雰囲気を作るべきではないと判断したのだ。

 

「ふーん、あんたはコウヤの友達?彼ならもう来てるよ」

「よう、遅れて悪かったな!」

 

 ソフィアの言葉が終わると、ドアの影から紅也が姿を現した。先ほど箒たちも話題に出していたが、左手首から先が包帯で固定されている以外は至って元気そうである。

 ちなみにこの包帯は、ビームサーベルの余波によって焼けてしまった手首周りの人工皮膚を隠すためのカモフラージュである。そもそも義手であるのだから、捻挫など起こるわけがない。

 

「お、来たのか紅也!」

「よう一夏!元気そう……じゃねえな。何でそんなに疲れ切ってるんだ?」

 

 一夏はジト目でラウラを睨むが、当の本人はどこ吹く風だ。傍から見ている紅也とソフィア、そしておどおどと扉の影から出てきたセリアーナは訳もわからず顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

「まずは一夏、誕生日おめでとう!で、これがプレゼントだ」

「これは……サイズからしてゲームソフトか?」

「あ、I(インフィニット)S(ストラトス)/V(ヴァースト)S(スカイ)ですね。家にもあります」

「チッチッチ……これはオーストラリア版。やたらと暮桜が強い日本版とは一味違うぜ?しかもすこーし改造して、7月時点での専用機持ちのデータもプレイアブルにしてある。オンラインにしたらBANされるから、気をつけろよ!」

「お前入院中そんなことしてたのかよ……」

「あいにく、他にやることがなかったものでな」

 

 部屋に案内された紅也は、薫子に詰め寄られテンパっているシャルロットから目を逸らしつつ、持っていた包みを一夏に渡した。中身は世界中で大流行している対戦ゲームだが、そのシステムには紅也とモルゲンレーテ技術部数人による悪ふざけで、学園の専用機持ち達の機体データが入っていた。特にレッドフレームに関しては肩や足の装甲を増設した「戦国」仕様や、全身を赤い増加装甲で覆った「マーズジャケット」仕様など、研究者たちのペーパープランで終わったバリエーション機が複数登録されている。

 もちろん、機密に触れる「実在する機体」や各アストレイの「最終形態」については削除済みであるため渡しても問題は無い。

 

「じゃあこれは、後でみんなでやってみるか!さんきゅ」

「ゆーあうぇるかむ、だぜ」

 

 そうして紅也が引っこんだ後に現れたのは、薫子に鈴音を連れていかれ、若干暇そうにしていた葵だった。

 

「あれ、葵も何か用意してたのか?」

 

 紅也からすれば、このプレゼントは兄妹二人からのものとして渡したつもりだったので、彼女の行動は全くの予想外。複雑な表情で、葵が取りだした自分のものよりも二周り大きい袋を眺めた。

 

「私からは、これ」

「ん、何だろう?開けていいか?」

「……もちろん」

 

 ごそごそ、と音を立てる袋を、周りのみんなが見ていた。衆人環視の中、一夏が取り出したものは――IS学園の制服であった。

 

「新しい制服か?糊が効いてて結構硬い……いや、糊とかそういう問題じゃないな、改造制服か!」

「当たり。紅也のと同じようにしてあるから、9mm弾くらいなら受け止められる」

「そういや学園祭のときはコレのお陰で助かったんだよな。ありがとう、葵」

「……どういたしまして」

 

 喜んでもらえたことが嬉しかったのか、葵の鉄面皮がわずかにはにかむ。

 

「アオイちゃんのああいう姿、珍しいですね」

「……成長してるんだよ、葵も」

「などと言いつつ、動揺を隠せないコウヤであった……なんてね」

「そ、そういうのじゃないから!」

 

 好き勝手に言う外野陣にしびれを切らし、葵は兄と友人たちの所へ戻ってしまった。それを何となく残念に思う一夏だったが、山代兄妹の行動をきっかけに、なんとなくプレゼントを渡す流れが出来上がっていたので動くに動けない。

 

「つ、次はわたくしですわ。お誕生日おめでとうございます。わたくしからは、こちらを」

「なんだこの箱……おお?ティーセットだ」

 

 セシリアの言葉に合わせ、彼女の後ろにまるで侍女のように控えていた箒が、一夏に中くらいの箱を手渡す。彼女に促され梱包を解いた箱の中に入っていたのは、金の装飾が付けられた美しい陶器たちであった。

 なんでもイギリス王室御用達のメーカーから出ているセットだとか。茶器やお茶の種類に詳しくは無い一夏でも、思わず指ではじいて『いい音色だ』とか言いたくなるほど素晴らしい品であった。

 

「すごいな、これ。サンキュ。大事に使うぜ」

「いえ、このくらいはなんでもありませんわ。そ、それよりも、今度一緒にお茶会でもいたしませんか?紅茶の楽しみ方をお教えいたしますわ」

「ああ、楽しみにしてるぜ」

 

 プレゼントも喜んでもらい、次の約束まで取り付けたセシリアは、何か言いたげだが言えないシャルロットのうらみがましい視線を華麗にスルーしつつ一歩引いた。

 

「では、次は私だな。誕生日おめでとう、一夏」

「サンキューな、箒。開けていいか?」

「無論だ」

 

 セシリアのティーセットよりは一回り小さく、そして縦長の箱を渡された一夏。几帳面に包装をはがしふたを開けると、赤を基調に白のラインが走る少し派手なネクタイが姿を現した。

 

「ネクタイか。そういや、中学以来着けてなかったな」

「こういうものも持っていた方がいいぞ?制服にも合わせやすいだろう」

「ネクタイかー。箒ちゃんも大胆だねえ」

「た、楯無さん!?」

 

 喜ぶ一夏であったが、突如として背中に感じた『ふにょん』とした感触に慌てふためき、振り返る。声で想像はついていたが、そこにいたのは生徒会長・更識楯無。弾を人質に取っていた亡国企業の女、スコールと相対し、残った専用機持ち達が全力で戦えるきっかけを作った影の立役者である彼女だが、残念ながら今回はいまいち存在感が無かった。

 

「大胆……?確かに少し派手かな、とは思いましたが……」

「あー、そうじゃなくて……何でもないわ、忘れて頂戴」

「ね、姉さん……織斑、くん困ってる……よ」

「いいじゃない。一夏くーん、傷心のおねーさんを慰めなさい」

 

 すったもんだの騒動に巻き込まれないよう、セシリアと箒はひっそりとフェードアウト。少し離れたテーブルで薄いケーキをなんとか倒さないように食べようと四苦八苦している紅也と、それを見守る葵を見つけ、なんとなくその場に身を寄せた。

 

「へえ、会長のあんな姿が見れるとは!それに篠ノ之さんは織斑くんよりも山代くん寄り?幼なじみを二人も連れて、山代くんもやりますなあ……へへへ、明日の一面は決まりだわ」

「没収です」

 

 新聞部と生徒会というのは、どんな世界でも対立する運命にあるらしい。

 

 

 

 

 

 

「おっとっと、危ねえ。また倒すとこだった」

「右手だけだと、食べづらい?」

「コウヤ、手伝おうか?ほら、口開けて」

「こんなところで『あーん』とか、公開処刑か!? 自分で食うって」

 

 プレゼントを渡し終えた紅也は、長時間にわたる拘束と尋問により消費したエネルギーを補うべく、一通りの料理が置かれたテーブルの一角に座っていた。これらは全て予め取り分けられていたものであり、主役を差し置いての特別待遇に感謝やら申し訳ないやらの気持ちで一杯の紅也であった。

 さらに申し訳ないことに、彼は今左手首を固定しているため、皿を取ったり食器を使うためにいちいちそれらを持ち変えなければいけないのだ。その介助のために名乗りを上げたのが妹の葵や、ついて来たはいいが行き場をなくしていたソフィアとセリアーナであった。

 

「モテモテだな、紅也」

「わたくしたちもご一緒してよろしくて?」

「あ、セシリアさんと……ええと」

「篠ノ之箒だ、よろしく」

「シノノノさん……え、あれ、シノノノって、確か」

 

 そこにやってきた箒とセシリア。セシリアの方は東南アジアでのミッションの後、彼女達と共に街を回った経緯から面識があったが、箒の方は(姉経由で一方的に知っているとはいえ)初対面。そのためフルネームを名乗るのは当然だったが、この世界の人間が『篠ノ之』と聞けば、必然的にとある天才の名を思い浮かべる。

 

 箒は姉の存在にコンプレックスを持っており、それがきっかけで人間関係をはじめとしたいくつものトラブルを引き起こしたことも一度や二度ではない。そのためセリアーナが口を開く前に、なんとか話題を逸らそうとする紅也であったが――その努力はすぐに無駄となった。

 

「そう、IS開発者の篠ノ之束は、私の姉だ」

「そうなんですか!すごいですね」

「別に、私がすごいわけではないさ」

「あ、あれ……?」

 

 密かな決意を胸にインターセプトを決行するつもりだった紅也から間抜けな声が漏れる。彼の予想に反して箒の方から束の話題を振ったのだから、それは当然の反応と言えるだろう。

 

「どうした、紅也。おかしな顔をして」

「いや、だってお前……博士の話題は嫌いじゃなかったか?」

「あら、そうだったんですか?ごめんなさい、私ったら」

「……別に、セリアは悪くない。でしょ?」

「ねえセシリア、シノノノさんの所って、そんなに姉妹仲悪いの?」

「そうですわね……確かに4月ごろはピリピリしていましたが、今はそうでもないのでは?」

「う、確かに前はそうだったが……いつまでも同じ私だと思われるのは心外だ」

 

 拗ねたように唇を尖らせる箒を見て、一同の間にどこかほっこりとした空気が流れる。

 

(そもそも、紅也に会いに行くとき素直に力を貸してくれたり、こんなに優れた機体を作ってくれたり、あの人なりに私を想ってくれているのだ。ならば、私からも歩み寄らないと)

 

 箒も箒でそんなことを考えており、一時に比べればだいぶ束への反抗心が薄れ、彼女の凄さを素直に認める余裕も出てきた。だからこそ彼女は、胸を張ってこう言える。

 

「あの人は確かに独善的で自分勝手だが、それでも……私にとっては、最高の姉だ」

「箒さん……!」

「なんか、いい話だね」

「むしろ紅也の方が、篠ノ之博士へのわだかまりは強いかも」

「わだかまり、って何だよ!確かに一時はあの理不尽さに腹立てたけどよ……」

 

 自分より……下手をしたら彼の師匠よりも上の設計技術と、それを実現するだけの能力、資金。ついでにあの、身内以外は視界に入らないという傲岸不遜な性格。これでもかと紅也の自尊心を傷つけヘイトを高めた存在は、後にも先にも束だけだろう。

 

「でも、実際あの人はイレギュラーだ。それとひよっこの俺を比べるのが間違ってたんだよ」

「それは当然だと思います。……あ、ご、ごめんなさいコウヤさん!そんなつもりじゃ」

 

 妙にさっぱりとした表情を浮かべた紅也だったが、セリアーナが反射的に口に出した一言により轟沈する。一見大人しそうに見えるこの娘は、実は結構毒舌なのだ。

 

「ぐっ……。ま、まあ、今は無理でもいつかは辿りついてやるぜ。それまで、篠ノ之博士にはIS分野のトップでいてもらわないとな。最も……」

 

 ジュースで喉を潤し、少しだけ毒舌のダメージから回復した紅也は、こう締めくくる。

 

「あの人が誰かに負ける所なんて、想像できないけどな」

 

 

 

 

 

 

 あれから数時間後。

 鈴音やラウラも一夏にプレゼントを渡し終えたり、弾と虚がいい雰囲気になっている所にデバガメしたり、ソフィアやセリアーナ、御手洗数馬といった今まで接点の無かったメンバーが自己紹介をしたり、紅也が持ってきたゲームでトーナメント戦をやったりと白熱しているうちに、飲み物が切れた。

 買い出し係に決まったのは、トーナメント初戦で楯無に敗退し、その後もラウラ、弾などと最下位決定戦を繰り広げた果てに負け抜いたセシリアであったが、怪我をしている彼女に買い出しをさせるわけにはいかない、と一夏(二回戦敗退)が名乗りを上げた。

 当然、他のメンバーは『主役にそんなことをさせるわけにはいかない!』と言っていたものの、彼は『俺は何もしてないから』と主張し、自分から外に出ていった。

 

(えーと、缶コーヒーとお茶とウーロン茶とオレンジジュース、コーラに紅茶にスポーツ飲料。ドクペは……無いからコーラでいいや。それから……)

 

 ガコン、ガコンと音を立てて吐き出されるジュースを袋に詰め、無事18本にも及ぶジュースの買い出しは完了した。

 

「わかってはいたけど、重てえな。さて、みんな待ってるし、そろそろ戻らねえと」

 

 一応おつりの取り忘れが無いか確認し、一夏は踵を返す。と、そこで何か風を切るような音が聞こえた気がしたので、彼はなんともなしに黒い星空を見上げた。

 

(なんだ……?)

 

 それは、夜空を割く光だった。

 彗星の様なパーッと光る物体が空を駆けている。

 しかも良く見ると、徐々にこちらに――というか、一夏の家の方に向かっているような気がする。

 

 目を凝らし、光の先にある何かを見る。おぼろげだった輪郭は徐々にはっきりとしていき、やがて夜空をバックに明確なシルエットを浮かびあがらせていく。

 

 ――それは、一夏が見たことの無いISであった。

 

 桃色の人型に、三つの星の紋章が入ったハートを模した巨大なバックパック。身の丈に合わない装備を身につけたこの機体は、よく見るとフラフラと揺れながら不安定な軌道を描き、しかも黒煙を噴き上がらせていた。

 

 なぜ、あんな機体が市街地に?疑問はあるが、あれがこのまま墜落でもしたら大変な被害が出ることは間違いない。始末書や質問攻めは面倒だが、ここにいるのは俺だけだ、やるしかない。一夏は迷いながらも『白式弐式』の待機形態であるガントレットに手を伸ばし、ISを展開した。

 私服が分解され量子化し、ISスーツへと再構成される。手足を白と青の装甲が覆っていき、最後に左腕が巨大なアームに包まれる。するとまるでそれを待っていたかのようなタイミングで上空のISは光の粒となって消え、操縦者と思われる女性が雲ひとつない夜空に投げ出された。

 

「! 危ない!」

 

 瞬時加速を使い、一息で上空へ。噴射の勢いで自販機が吹き飛んでしまったが、まあ緊急事態ということで許してくれるだろう。

 相対速度を合わせ、ぐったりと五体を投げ出した操縦者に慎重に近づく。相手がPICの影響下にはいったことを確認し、体を抱き寄せてほっと一安心。無事に救出に成功し内心でガッツポーズを決める一夏であったが、助けた相手の姿を確認し、その表情が凍りつく。

 

 その女性は、彼がよく知る人物であった。

 普段は童話の少女のようなドレスを好んで着る彼女の衣装は、ところどころが裂けて血がにじむISスーツ。いつもはぽわんとしてどこか掴みづらい印象を与える顔は血の気が引いていて、いつか自慢していた紫の髪は力なく垂れ下がっている。さらに彼女の特徴とも言えるメカっぽい外見のウサ耳――おそらくISの待機形態と思われるそれは、最後の力を使い果たしたかのように煙を吐き出し、重力に従って倒れていた。

 

 一夏が救出した女性の名は、篠ノ之束。

 篠ノ之箒の姉であり、ISの開発者であり、世界中の人間が探し求める最上級の重要人物であった。




第6章、終了。
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