IS~RED&BLUE~   作:虹甘楽

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第178話 ブレイク・ザ・ワールド

 アストレイ・レッドフレーム。

 ISを模したパワードスーツとして作られたこの機体は、紅也の相棒としてIS学園の一学期を共に戦い抜き、臨海学校での『デュエル』、『バスター』との戦いでとうとう大破した。

 その時点では再建計画も上がっていたのだが、紅也の父ユウヤらの機転により『デルタアストレイ』が与えられることになったことで、それも中断。試作機としての役割を終えた本機はISとしての登録が抹消され、そのコアを『デルタアストレイ』に移植した、ということになった。

 ボディ自体は紅也の師匠が修復し、作業補助用のモビルワーカーとして使用しているが、よほどイレギュラーな事態が起こらない限りは、表舞台に出ることはないだろう。

 

 次に紅也の乗機となったのが、デルタアストレイ。

 束が学園に送り込んだものの、不測の事態により撃墜され海中に没した初代『ゴーレム』のコアを流用し、無人でも活動できるという特性を持った唯一無二の機体となった。

 宇宙空間での高機動のために開発された画期的な移動システム〈ヴォワチュール・リュミエール〉を装備した当機は、被弾を許されない『レッドフレーム』に乗ることで鍛え抜かれた紅也との相性が非常に高く、彼の力を全Xナンバー中最高の速度を誇る『イージス』の改造機を単機で撃破するほどにまで引き上げた。

 

 ワンオフ機であり、補給パーツが無かった『デルタアストレイ』を、レッドフレームなどのアストレイの量産型である『M1アストレイ』のパーツを使って補修した『1/2デルタ』。

 そこから〈ヴォワチュール・リュミエール〉を使用できる新型バックパックを用いて、アストレイのボディに光の翼を宿したのが、『レッドフレーム・ターンデルタ』。この時点で、アストレイと〈ヴォワチュール・リュミエール〉の融合は完了していた。

 

 そして今、かつて紅也が構想した万能武器、モルゲンレーテ流の展開装甲と言える〈タクティカルアームズ〉に、〈ヴォワチュール・リュミエール〉を始めとした様々な能力を詰め込んで完成したのが、この〈タクティカルアームズⅡK〉。

 『ターンデルタ』の意匠を継ぐ逆三角形のユニットが接続されることで、『レッドフレーム』は、ついに紅也が望んだアストレイとして復活を遂げる。

 

 その名は――MBF-P02KAI『レッドフレーム改』。

 

 

 

 

 

 

《コウヤさん、ご武運を!》

「サンキュー、プレア!」

 

 〈タクティカルアームズⅡK〉を投下した『Gフライト』は、戦闘に巻き込まれないよう撤退した。紅也はモルゲンレーテから日本まで弾丸飛行を果たしてくれた肉体のない友人に感謝の言葉を述べつつ、目の前の敵に向き直る。

 

「よくも仲間をやってくれたな、ロバーク・スタッドJr.」

「その名は捨てたんだよ。今のオレ様は、フォン・スパークだ」

 

 かつて宇宙開発センターで出会った2人は、IS開発の流れを変えたあの事故を経て、異なる道を歩んだ。

 1人は宇宙への憧れを捨てず、衝動(インパルス)のままに天空の先、ダークブルーの向こうを目指す者。

 1人は父を失い、世界に疑念を持ち、混沌(カオス)深淵(アビス)を探るため、大地(ガイア)を巡る者。

 2人の運命(デスティニー)は時を超えて再び交錯(クロスレイズ)し、こうして向かい合っている。互いを互いの障害と定めて。

 

「紅也……」

「葵は下がってろ。プレアが〈タクティカルアームズ〉の予備を持ってる」

「……気を付けて」

 

 〈タクティカルアームズ〉を破壊され機動力を失った葵では、〈トランザム〉を発動した『ブラドアヴァランチ』にはついていけない。それは紅也も葵も承知の上だった。狙われている当人である紅也をフォンと戦わせるのは苦渋の決断だったが、このまま自分が戦うよりは勝率が高い。さらに勝率を上げるため、彼女は〈オーバーリミット〉の紋章を紅也に託すと、静かに戦場から離れていった。

 

「いいのか、葵を見逃してよ」

「あげゃげゃげゃげゃ、構わねえさ。どうせもう、目的は果たした」

「へっ、そうかい」

 

 目的とはつまり、紅也の見極め。それは危機に陥った際の適切な対処や隙を見せた相手への的確な攻撃といった、操縦者としてのセンスではない。自身の力ではどうしようもない危機に仲間が駆け付ける。追い詰められた際に逆転の手段を手に入れる。フォンはこのように運命に救われているような、不自然に結果を引き寄せる力を持つ者こそが、“世界の流れを作る者”に至るための鍵であると考えていた。

 そして今、闘志も戦力も失った紅也が『レッドフレーム改』を手に入れて魂を再点火したことで、フォンはとうとう確信を得たのだ。彼こそが“鍵”であり、彼の目的の先に“黒幕”がいることを。

 

「一つ聞かせろ、山代紅也。テメェは何のために戦う」

「はぁ!?お前らが襲ってくるからに決まってんだろうが!」

「あげゃ、そりゃそうか。……そういうことか」

 

 襲ってくるから戦う。身を守るために戦うというのは、生物の本能だ。戦いを強制するには、問答無用で攻撃を仕掛ければいい。

 これまでの紅也は、戦いの連続だった。そして戦いの中で彼と『レッドフレーム』は成長を続けてきた。まるで焼き入れ、打つことを繰り返して強くなる刀のように。ならば、黒幕の目的も正体も見えてくるというものだ。

 戦いの渦中に放り込むための目的を与え、戦うための力を与え、運命という道筋(デスティニー・プラン)を用意する。そんなことができた組織は、一つしかないではないか。類い稀な洞察力で素早く結論を出したフォン・スパークは、〈雪片弐型〉を収納した。

 

「何のつもりだ!」

「言ったろ、目的は果たした。オレ様はもう行くぜ」

 

 黒幕の目的が戦いの果てにある紅也の成長だというのなら、それに付き合ってやる理由はない。きびすを返したフォンは、〈トランザム〉の勢いのままに彼方へ飛び去ろうとする。

 しかし、そうは問屋が卸さない。ここまでやられてハイそうですかと目の前の敵を見逃せるほど、紅也の懐は広くないのだ。何やら一人で納得して、自分勝手に帰るようなふざけた真似は許せない。きっちり叩きのめして、捕まえて、洗いざらい吐かせてやる!

 そして、彼と同じ思いを持っている者が、この場にはもう一人いた。

 

「「逃がすと思うか?」」

「いいや?」

 

 紅也と千冬の声がシンクロし、前後からフォンを挟み込む。『ゴーレムⅢ』を振り切った千冬が瞬時加速で飛び上がり、『ブラドアヴァランチ』に追いついたのだ。股下から両断するような千冬の一撃に合わせ、回避先を潰すように紅也が〈ガーベラストレート〉を振るう。本来なら逃げ場のない完璧な一撃。だが〈トランザム〉により超常の運動性を獲得したフォン・スパークはその上を行く。千冬の太刀筋を読み切り、受け流すように〈雪片弐型〉を合わせ、彼女と位置を入れ替える。『暮桜』を盾とすることで紅也の追撃を防いだ彼が距離を取った瞬間、フォンと二人を隔てるように『ゴーレムⅢ』が出現し、彼らの行く手を塞いだ。

 

「あれを倒さねば、奴を取り逃がすか。山代、合わせろ」

「任せてください!」

 

 両手で〈雪片〉を握り締めた『暮桜』が飛び込むと同時に、『ゴーレムⅢ』の周囲を旋回していた展開装甲が動き出す。ある物は剣に、ある物は槍に、ある物は盾に、ある物はクロスボウに。変幻自在の謳い文句は決して大げさではなく、ありとあらゆる武器の形をとって襲い掛かる展開装甲は千冬の攻め手を制限し、いずれ撃墜するだろう。

 だが、変幻自在というのなら、〈タクティカルアームズⅡK〉も負けてはいなかった。『レッドフレーム改』の背中から分離した〈タクティカルアームズⅡK〉が、形を変えながら紅也の左手に収まっていく。逆三角形のヴォワチュール・リュミエール展開形態、デルタフォームの刀身が折りたたまれ、基本形態であるブイフォームへ。その“V”の先端を正面に向け、付け根から延びた折りたたみ式のアームを右手で展開し、現れた引き金を握る。こうしてできあがったのは、『レッドフレーム改』の全長に匹敵する巨大な弓――アローフォームだ。

 

「お前のデビュー戦だ……派手に花火を上げてやるぜ!」

 

 ビームで形成された巨大な矢が、息つく間もなく連続で放たれる。圧縮されたエネルギーの凝集体の破壊力は、シャルが放った〈ビームマグナム〉に勝るとも劣らない。それを通常のビットでは止められないと判断した『ゴーレムⅢ』は、展開装甲の盾から強固なビームシールドを発生させ、角度をつけて受け流すことで対抗しようとした。獲得した戦闘経験をフィードバックし、先へ進めるという、まさしくAIの得意分野。しかし、紅也と『レッドフレーム改』は、さらにその先を行く。

 レッドドラゴンの名残、〈ドライグヘッド〉が炎を上げる。Vアンテナの下から生じたビームアンテナが勢いを増し、戦場の流れを掌握する。空間に満ちる敵味方の配置を一瞬で感じ取った紅也は、母譲りの翠の瞳を輝かせ、思念を爆発させた。すると彼の気合に呼応するかのように光の矢が軌道を変え――千冬を襲った数々の武器を貫き、ジャンクの山を作り出した。

 

「ビームが、曲がった!?」

「あれはわたくしの……偏向射撃(フレキシブル)!」

 

 シャルとセシリアの驚きを置き去りに、戦いは続く。紅也の迎撃を信じ、最短で展開装甲の包囲網を突破した千冬が、朦々と立ち込める黒煙を切り裂いて〈零落白夜〉と共に現れた。

 対する『ゴーレムⅢ』にも油断はない。手元の展開装甲を変形させ、巨大なガントレットとして両手に装備した新たな形態は、さしずめ『パワードレッド』の複製のようだ。エネルギーを奪うことで必殺とする〈零落白夜〉では、純粋な巨大質量による物理的破壊とは相性が悪い。束やフォンからもたらされた〈雪片弐型〉のデータにより、『ゴーレムⅢ』はそれを知っていた。

 だが、彼女は重大な思い違いをしていた。

 近接ブレード〈雪片〉のみでモンド・グロッソを勝ち上がり、戦乙女(ヴァルキリー)の称号を獲得した織斑千冬。彼女は〈零落白夜〉があったから強かったわけではない。与えられた才能に甘えず、剣の腕を磨き続け、そしてIS(メカ)のことを深く知っていたからこそ、世界に集った強敵相手に勝利をつかむことができたのだ。もしも彼女が〈零落白夜〉に頼るだけの操縦者であったのなら、あの決勝の舞台で相対したスーパーコーディネーター、ある意味自らの“姉”とも呼ぶべき女、ヒメ・ヤマシロに勝つことはできなかった。

 

 拳を振りかぶる『ゴーレムⅢ』を見て、考えたな、と千冬は感心した。束から聞いていたスペックを考える限り、〈零落白夜〉でこの形態の展開装甲を打ち破るのは不可能だ。

 だがそれは、彼女が止まる理由にはならない。現役時代の主役は、今となっては時代遅れの第二世代機ばかりとはいえ、もっと固い相手も、もっと速い相手もいた。そして何より、もっと鋭く間合いに飛び込み、〈零落白夜〉に身を晒しながら嵐のような連撃を見舞う、人知を超えた魔人がいた。彼女たちに比べて、目の前の機体のなんと中途半端なことか!

 

「いくら性能が良かろうと!」

 

 迫る拳に〈雪片〉を合わせ、受けるのではなく流す。先程フォンがやったように、『ゴーレムⅢ』の勢いを利用して機体の位置を入れ替え、蹴り飛ばして距離を取る。

 近接戦特化の『暮桜』でわざわざ距離を取るのは不利ではないか?通常ならばそうだろう。だが今の彼女は、一人で戦っているわけではない。ここにはもう一人いる。自分の動きを知り、即席で合わせることもできる、あの魔人の息子がいるのだ。

 

「お次は――コレだ!」

 

 千冬の読み通り、『ゴーレムⅢ』の進路上にはすでに紅也が回り込んでいた。

 共闘するのが初めての紅也が、なぜここまで合わせることができるのか?理由は複数ある。かつて母を負かした相手を、幼いころから兄妹2人で研究していたこと。学園別タッグマッチで、コピーとはいえ千冬と戦ったこと。その後、VTシステムに宿った彼の分身と情報を共有したこと。決め手になったのは、箒と共に訓練する中で、千冬の動きの基礎となる篠ノ之流剣術を身に着けたことであった。元々情報を高速で処理するのが得意な紅也だ。そこに8のサポートまで入れば、この程度の連携など朝飯前というわけだ。

 〈ヴォワチュール・リュミエール〉で『ゴーレムⅢ』の背後に接近した紅也は、再び〈タクティカルアームズⅡK〉を変形させる。逆三角形を背負ったデルタフォームの先端、剣先にあたる部分が開き、敵機を抱きとめるように受け止める。『ゴーレムⅢ』が紅也に気付くと同時に体勢を立て直そうとしたが、時すでに遅く、機体全体から激しいスパークが発生した。必死にもがく『ゴーレムⅢ』であったが、その動きは徐々に鈍くなっていく。

 

「今度は……臨海学校の?」

「……私たちを、助けてくれた……『ゴールドフレーム』」

 

 それは、かつての再現。〈マガノイクタチ〉により強制放電されたエネルギーが『ゴーレムⅢ』から失われ、活動時間を分単位で減らしていく。たまらず展開装甲を呼び戻し、残ったエネルギーで紅也を砲撃しようと試みた『ゴーレムⅢ』であったが、そこでようやく、自身がコントロールできる展開装甲が1枚たりとも残っていないことを知った。

 

「反撃など不可能だ。なぜならお目当ての展開装甲は、すべて破壊してしまったからだ!」

《…………‼》

 

 腹部を貫き、コアにまで至る致命傷を負わせたのは、『暮桜』の〈零落白夜〉であった。エネルギーを奪いつくす2つの武装に襲われた『ゴーレムⅢ』は、自らの敗北を悟るよりも早く機能を停止させた。

 

「ちっ……足止めにもならねぇか」

「山代!」

「了解!」

 

 『暮桜』を掴み、〈ヴォワチュール・リュミエール〉で追いすがる『レッドフレーム改』の姿を見て、フォンは思わず舌打ちする。既にアリーナ上部に名前はまだない(吾輩は猫である)改めエウクレイデスを呼び寄せてはあるものの、このままでは追いつかれる。

 ある方法でエネルギーを誤魔化しているフォンにとって、どんなにエネルギーを持っていてもゼロに戻してしまう2機の存在は、この戦場唯一の脅威と言えた。

 

「逃がさねぇって言ったろう!」

「あげゃげゃ、満身創痍だったくせに、よく吠える!」

「確かに俺の動きは普段の80%ってところだ。でも、機体の方は120%だからなぁ!」

 

 千冬の手を離し、抜刀した紅也はそのまま『ブラドアヴァランチ』に斬りかかった。確かにフォンの『ブラドアヴァランチ』の出力は驚異的だ。PICと各部のスラスターの合わせ技により、常識を超える機動性を発揮できる。だが一方で、〈ヴォワチュール・リュミエール〉のような力場を利用した加速では、スラスターを利用した直線的かつ断続的な動きよりも滑らかに移動できる。フォンのように姿勢制御や制動をかける必要がないのだ。似ているようで違う2機の高速機は、こと運動性においては『レッドフレーム改』の方が上回っているようだった。

 

「だがこの加速の中で、正確に刀を振ることができんのか?その体で!」

「へっ、一瞬でいいんだよ。てめぇを止めれば、それで!――織斑先生!」

「――ふっ!」

 

 武器を紅也がかち上げ、無防備になったところへ千冬が攻撃する。篠ノ之流の奥義である一閃二断を2人で分割して放つ。そんな神懸った連携技を見せた紅也と千冬であったが、フォンにはわずかに届かない。剣士2名に刀で戦う必要などないといわんばかりに、脚部に具現化したミサイルポッドから至近距離で弾薬を放ち、自身を巻き込みながらも彼らを押しとどめてみせた。

 

「行けるぜ、今度こそ――」

「待て、山代!何か来るぞ!」

 

 再び光の翼を広げた『レッドフレーム改』を、千冬が制止した。彼女はフォンの背後から、何かが高速で迫ってくるのを見逃さなかったのだ。

 それは、ISのように見えた。『ゴーレムⅢ』から展開装甲を外し、固有の武装を装備したらあのような形になるのだろうか。大剣を構えた1機と、肩に巨大なライフルを装備した1機、そしてビームライフルと盾を装備した標準的な1機。合わせて3機の新手が、虚空から――いや、今まで姿を隠していた、奪われた束の研究室(エウクレイデス)から出現したのだ。

 

「『ゴーレムⅡ』か。ヴェーダめ、余計なことを」

「あっ、待ちやがれ!」

 

 フォンはそのまま上空に逃れ、開いたままのハッチの中へ機体を滑り込ませた。追撃しようにも、『ゴーレムⅡ』と呼ばれた3機は千冬と紅也に襲い掛かり、彼らの行く手を阻んだ。幸いそれらは『ゴーレムⅢ』ほど手ごわくはなく、ものの十数秒で片付いたものの、そのわずかな間にエウクレイデスは飛び去り、感知できなくなってしまった。

 

「まんまとしてやられたな、これは……」

「……でも、防ぎ切った。誰の犠牲も出なかった。織斑先生、ありがとうございました」

「ふっ……。これでわかったろ。お前もこの学園の生徒である以上、私が守ってやる。だから……今は勝利を喜べ、山代紅也」

 

 激しい戦いだった。臨海学校のときのように、誰かが取り返しのつかない怪我をしてもおかしくなかった。織斑千冬は、それこそが勝利だという。

 紅也はもう一度だけ、フォン・スパークが飛び去った空を見つめると、意識を取り戻した仲間たちの下へ降りて行った。

 

 

 

 

 

 

「いやー、今回も大変だったな」

「まさか最初に戦線離脱したのが私とは。無念だ……」

「そんなことない。箒は、よくアレを押さえたと思う」

 

 全てのエネルギーを込めた大技を放ち、『ゴーレムⅢ』を1機みごとに撃墜した一夏と鈴は、楯無に回収されており無事だった。

 無茶をして長いことフォンと一騎打ちをしていた箒も、痛みが引いてきたのか穏やかな表情だが、最後まで戦えなかったことには責任を感じているようだった。

 

「わたくし、最後の最後で油断しましたわ……」

「まさかもう1機、生き残りがいたなんて」

「油断大敵よ、まったく!」

 

 残りのメンバーは、全員軽傷。かつてないほど追い込まれた戦いだったため、疲労こそ溜まりきっているものの、すぐに休みたいと思わない程度には興奮していた。

 

「……ラウラ、さんのアレには……驚いた」

「VTシステムか。奴はまた、システムごとどこぞに逃れたようだから見つからんと思うが、また査問だろうな。気が滅入る……」

「そこは諦めて頂戴。まあ、ここだけの話になるんじゃないかしら。例のあの人が、キッチリ情報封鎖をしていたはずだし、ね」

 

 だから、このまま食堂に繰り出して祝勝会でもしよう!と誰かが言い出したのがきっかけで、専用機持ちたちはこうして練り歩いているのだった。

 

「しっかし、千冬姉まで来るとはなぁ」

「一夏から見ても意外なのか?オフのときは気さくな人、って印象なんだが」

「ここは職場だぞ、オンだ。しかし、教官のあんな表情は初めて見た」

「確かに、なかなかレアねー。あたしが知る限り、千冬さんっていつも、こんな顔だったし」

「ぶっ、わ、笑わせないでよ。お腹痛い」

「鈴音、聞かれてたらどうするの?」

「……あら、向こうから足音が聞こえますわ。鈴さん、ふらぐを立ててしまったようですわね」

「骨は拾ってやる」

「……南無」

「ち、ちょっとみんな!なんであたしから離れるのよ!」

 

 廊下の先、角の向こうから聞こえる小走りの足音を耳にした一同は、出席簿という名の制裁を恐れて爆心地()から距離を取った。もちろん本気ではない。失言を自覚した鈴も笑顔だし、距離を取って茶化す皆も笑みを浮かべる。そんな光景は、紅也にたまらなく安心感を与え、また日常に回帰したことを意識させる一幕だった。

 皆、紅也が狙われたことには薄々気付いているだろう。そしてまた、食堂で打ち上げも兼ねて問い詰められるんだろうな、と苦笑した。自分のせいで戦いに巻き込まれた皆が、こうして変わらずに自分を受け入れてくれる。こんなに嬉しいことはなかった。

 

「ほら、鈴音。破滅の足音が迫ってきたぞ」

(ホン)まで!あんた、あたしが助けてやった恩を忘れたの?」

「それはそれ、これはこれだ。ただ、今回は皆に助けられたし、打ち上げは俺の奢りだ!」

「あのちょっとがめつい紅也くんが奢り、ね。明日は槍でも振るのかしら?」

「槍どころか、剣やら棍棒やらミサイルまで、もう降った後」

「……前払い」

 

 そう言って、また笑い合う高校生たち。たまに今日のようなトラブルはあるけれど、こうした穏やかな日々が、ずっと続いていく。このときの彼らは、無条件にそう信じていた。

 

 図らずも、紅也の発言は真実を予言していたのだ。破滅の足音が迫っていた。

 

 

「あ……見つけた。山代くん!」

「あれ、山田先生?」

「良かったな、鈴音。織斑先生じゃなくて」

「まあ、教官とは足音が違った。私は初めからわかっていたぞ」

「ホントにー?」

「あ、あの!話を……とにかく、山代くん、山代さんも、こっちに来て!」

 

 角から現れたのは、意外なことに山田先生だった。真面目な彼女が廊下を走ってきたことに驚きつつも鈴をおちょくる一同であったが、どうも彼女の様子がおかしい。乱れた息を整えることもせずに紅也の手を掴むと、そのまま彼女らしからぬ強引さで来た道を引き返し始めたのだ。

 

「ち、ちょっと山田先生。自分で走れますから!そっち(左腕)を引っ張らないで!」

「色々、当たってる!離して」

 

 紅也と葵の声が届いていないのか、聞く耳持たずに歩を進める彼女の様子に疑問を持ちつつも、専用機持ちたちはついていくことにした。よほど急いでいたせいか、扉が開け放たれたままの食堂からは、放課後だというのに姦しい女子高生たちの声が廊下の先まで響いていた。だがそれは、山田先生の登場により――いや、違った。彼女に手を引かれ、少しばかり疲れを見せる山代紅也の登場と共に、一斉に静まり返った。

 彼らが現れたことに気付いていない者たちの視線は、各所に配置されたモニターから流れるニュース映像や、手元の端末に釘付けだった。それに奇妙なものを感じた一同だったが、奇しくも訪れた一瞬の静寂が、テレビから流れる緊急ニュースを、彼女たちの動揺の原因を、そして山田先生が現れた理由を、彼らの下に運んできた。

 

 

 

 

「――繰り返し、お伝えします。本日、日本時間14時ごろ、オーストラリアの国営企業モルゲンレーテが、武装勢力により襲撃を受け、壊滅的な被害を受けた模様です。死傷者数は不明。被害総額も明らかになっておりません。特に、第一開発局付近とマスドライバー・カグヤでは大規模な爆発が発生したようであり、職員の安否は絶望的なものと——」

 

 

 

 

 見慣れた故郷の変わり果てた姿は、紅也と葵の二人から、立っている気力を奪い去った。崩れ落ちる紅也に気付いた山田先生が必死に声をかけるも、もはや彼には何の音も届かない。

 

 

「うそ……お母さん……?エリカさん、エイミー、それに今日は、ジェスさんやカイトさんも……」

「おい、葵!しっかりしろ!」

「一夏くん、落ち着いて。2人を保健室へ」

 

 

 専用機持ちたちは急変した事態を前に動転しつつも、楯無の指示によりなんとか動き出し。

 

 

《……ああ、そうだ!僕は、あそこから送り出されて……!なのに、どうして忘れて……!》

 

 

 ASTRAYネットワークから漏れるプレアの悲痛な声を聴く者も、この場には誰もいない。

 

 

「あれは……あの消失痕は……〈蒼衣(アオイ)〉、なのか……?」

「山田先生、手伝います。……紅也、聞こえているのか。なあ、返事をしてくれ。8!お前も呼びかけろ!」

《………………………》

 

 

 うわごとを呟く紅也を見ても、彼を支える相棒であるはずの8は、なぜか沈黙を続けている。その尋常ではない様子に食堂内が再びざわざわと静寂を駆逐しだすが、無常にも報道は続き、女性キャスターの淡々とした声は、不思議とその場にいた全員の鼓膜を揺らした。

 

 

 

 

「――なお現場では、逃走する2機の全身装甲型ISの姿が確認されており、国際IS委員会はそのうちの1機を、モルゲンレーテで開発された第三世代機MBF-P02『アストレイ・レッドフレーム』と断定。登録操縦者であり、世界で2人目の男性IS操縦者、コウヤ・ヤマシロを重要参考人として招集すると発表しました。以上、現地から、ベルナデット・ルルーがお伝えしました」

 

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