――夜、第二アリーナ。
「まったくもう、アリーナの見回りなんて……面倒ですね、織斑先生」
「言うな、これも仕事だぞ。クラス対抗戦が近いんだ。使用期限をオーバーしようとする者や、片付けない者がいたら困るだろう」
人気の無い廊下を歩いているのは二名の教師――織斑千冬と山田麻耶である。二人は、アリーナの利用規則を破っている人間がいないかどうか、こうして見回っているのだ。
「はい、ここですねー。消灯よし、ステージは……って、あれ?これは、地割れ……でしょうか?」
「まったく、どんな暴れ方をしたらこうなるのやら……。それにしても、これは……」
「? 織斑先生?」
織斑千冬は気付いた。これは、衝撃によって地を割ったものではないと。
しかし、妙だ。いや、馬鹿な話だ。
地面を切断できる武器など、あるはずがないではないか―――
◆
「……で、8。状況は?」
《アレを使ったせいで、両腕にガタが来てるな。早急に修理が必要だ》
「……はあ、やっぱりか」
前回の戦闘で使った、未完成の切り札。実戦で使えるかどうか軽く試してみるつもりだったのだが……結果は、ご覧のあり様だ。
機体の出力不足だった。
一応、構えることはできた。
振り下ろすこともできた。
ただ、止めることができなかった。軽く当てて終わらすつもりが、地面に叩きつけてのオーバーキルになってしまった。
師匠……何であんなものを作ったんですか……。
《『材料が手に入ったから、全部使ってみた』と言ってたぞ》
「ハハハ……あの人らしいや。……しょうがない!今夜は徹夜覚悟でメンテだ!8、予備パーツは足りるか?」
《腕の予備は4本。まだ後一回は壊せるぞ》
「壊さねぇよ」
と、漫才を繰り広げていると、シャワー室から葵が出てきた。
「紅也、次」
「あー、悪い。これから整備室まで行ってくるから、シャワーはまだだ。遅くなるかもしれないから、今日は先に寝ててくれ」
「……腕、やっぱり壊れた」
「うーん、いけると思ったんだけどなぁ」
「でも、紅也の腕は、無事。なら、それでいい」
「そっか、ありがとよ。……おやすみ」
「おやすみ」
作業着に着替え、8を持ち、俺は寮を後にする……。
◆
IS整備室。
本来なら二年生からはじまる『整備科』のための設備であり、その名の通りISの整備を行う施設である。……そう、整備。間違っても、修理に使うところではない。
が、そんなことを気にも留めない男が、ここにはいた。
言わずと知れた主人公、山代紅也である。
「えーと、整備室は……こっちか?」
《そこから3番目のドアだ。この時間なら、誰にも気づかれないはずだ》
「おっけー。いち、に、さん……っと、ここだな」
ドアをサーチ。鍵はかかってないようだ。
静かにドアを開ける。予想通り、中には誰も……いや。
(誰かが隠れてるな……)
どこかから視線を感じる。俺を見ている、というよりは、誰かが来たから様子をうかがっている、といった感じだ。……何でわかるかって?8が熱源サーチして、データを俺に送ってるからだよ。
すぐに視線の主も……ホラ、そこだ。見つけた。
「なあ……勝手に入って悪かったとも思ってるけどさ、教えてくれ。アンタ……誰だい?」
ビクッ!と動く影。しかし、それ以上の動きは見せない。
一秒、二秒、三秒……延々と沈黙が続くかと思ったが。
「……バレてる?」
「ああ、バレバレだ」
「…………」
暗がりから現れたのは、同学年の女子生徒だった。
それも、会ったことはないが、見たことはある顔である。
「……
「……私を、知ってるの?」
おお、驚いてる。そりゃそうか。知らない人(しかも男子)に、名前を知られてたら。俺も、凰に話しかけられたときはそんな感じだったと思う。
「そりゃ知ってるさ、四組のクラス代表さん」
「……………」
また沈黙。人と話すことが苦手なのか、単純に暗い子なのか……。葵は前者で、この子は後者かな?
とりあえず、電気を付ける。更識は一瞬眩しそうに目を細めるも、まだこちらを見ていた。
「……私に、何か用?」
「いや、違うんだ。ここの整備室を使おうと思ったんだが、まさか先客がいるとはな……。
ここ、借りても大丈夫かい?」
「……私も、無断使用。別に……構わない」
「そうかい。じゃ、遠慮なく……」
8から、レッドフレームを呼びだす。今回は戦闘モードじゃないから、8はそのままの状態で残っている。
「……!専用機……」
「ん、ああ。俺は企業の操縦者なんだ。専用機くらい持ってるさ」
「……あなた、一体……」
「そういや、名乗ってなかったな。俺は山代紅也。一組の生徒だ」
「……山代?もしかして、三組のクラス代表と……」
「ああ、あいつの兄だ。っていっても、双子だけどな」
話しながらも作業を継続。ううん、フレームが歪んでるし、電気系統もスパークしてる。やっぱり、総取り換えが一番早いな。よし。
「8。フレキシブルアームズを展開する。補助を頼む」
《了解だ》
俺の背中にパーツが装着される。菱形のボックス。その各辺から四本のアームが飛び出たようなユニットだ。
「……何、それ」
更識は、先ほどよりも興味深そうな声で聞いてくる。
「作業用の補助アームだ。修理には必須だぜ。……それより、いいのか?自分の作業は?」
「……そうだった……」
更識は空中投影ディスプレイを呼び出し、キーボードを叩き始める。
「よし、一番、二番アーム起動!右腕固定!三番でボルトを外して……っと」
レッドフレームの右腕が、本体から分離する。それを慎重に地面に下ろし、次に予備の右腕を実体化。空いた
そして、逆の手順で右腕を装着。最後に、四番アームでドリンクをつかみ、口元に持ってくる。これで、作業は半分終了だ。
「……器用」
「そうか?俺じゃなくて、コイツが優秀なんだよ」
そう言って8を指さす。8も《ハイテクだからな》と、自慢げな様子だ。
「え!?……疑似人格コンピュータ?」
「そうだぜ!それも、とびきりハイスペックだ!」
《なぜお前が自慢する。まあ、否定する気は無いが》
「……ちなみに、今の作業……あなたがやっていたのは……どの部分?」
「…………四番アームの操作だ」
ドリンクを振って見せる。一方で、一から三番は、その辺にあったジャンクパーツでお手玉をしている。……8め、よっぽど自慢したいらしいな。
「くすっ……………」
「あ、こら、8!テメェのせいで笑われたろうが!」
《お前がヘボいからだ。自業自得だ》
「なにおぅ……」
「くすくす……ご、ごめん、ちょっと……可笑しくって……」
先程までの、どこか陰のある表情から一転、更識はわずかに笑みを浮かべていた。
「へへっ、ようやく笑ったな」
「……え?」
更識は、一転してきょとん、とした顔になる。
「いや、さっきまでのお前って、なんか、暗かったからよ。そっちの方が似合ってるぜ」
「へ?に、似あ……あう」
顔を赤くして照れる更識を見て、思わず笑みがこぼれる。
……葵も、こんな時期があった。俺が師匠に弟子入りして、葵が一人ぼっちになったとき、ずいぶんと暗い性格になってしまった。……いや、そりゃ、人付き合いが苦手なのは元々だけど、あの時はもっとひどかった。なにせ、俺にすら笑顔を見せなくなったのだから。
そういえば、その頃からだったな。葵が、俺を名前で呼ぶようになったのは……。
「よし、作業再開だ。左腕、固定!」
《合点だ。さっさと済ませるぞ!》
◆
「よし、修理完了!」
「早い……!」
目の前には、新しい腕を装備したレッドフレームが。現在、8が伝導ケーブルに異常がないか、サーチしているところだ。
「ところで更識。お前の作業は進んだのか?」
「……え、うん、まあまあ……」
「そっか、まあまあか。悪かったな、邪魔して」
「……別に」
そう言って、更識はすっと目をそらした。
《駆動系、及び油圧系、オールグリーンだ》
「よし、じゃあ、テスト行くぜ!」
レッドフレームに体を預け、機体を纏っていく。両腕への違和感はほとんどない。予備パーツとはいえ、なかなか完成度の高いものを用意しておいてくれたようだ。
「完了……っと。違和感はほとんどない。さて、機能は……」
右手から、エネルギー供給用のコネクタが現れる。そこに、軽くエネルギーを流し込むと、黄色いエネルギー球が形成された。
「よし、エネルギー循環も正常。耐久性も大丈夫そうだ」
エネルギー球でお手玉をしながら、可動性もチェック。支障なし。
完全に元通りだ。俺はレッドフレームを解除し、本体である8の中に
「じゃ、俺は帰るけど……あんまり遅くまで無理すんなよ」
「……あ、待って……」
帰ろうとする俺を、更識は呼びとめる。
「ん、どうしたんだ?」
「……せっかくだから、手伝って欲しい」
「……何を?」
「……私の、専用機作りを……!」
そう言った更識の目に、最初のおどおどした雰囲気は無かった――――。
中にいたのはダコスタ君!……ではなく、簪でした。