今まで設定のみ存在していたある人物が、セリフだけとはいえ初登場です。
「――てな感じでな。なかなか退屈しないところだぜ、IS学園は」
「ふーん。とりあえず、あんたが相変わらずだ、ってことはよくわかったわ」
「おいおい、それだけかよ……」
「それ以上何を言えばいいの?結局肝心な部分はぼかしてるじゃない」
「……緘口令」
「ま、それなら話さないわよね、あんたは。公私はきっちり分ける男だし」
久しぶりの休日だが、俺たちは何をするでもなく部屋でだらだらしていた。
あんな事件があったわけだし、俺たちの任務もひとつ達成。さらに予想外の成果もあったわけで、正直気が抜けていた。ていうか、少し休ませて。
「公私を分けるなら、ASTRAYネットワークをこんなことに使わねえって」
「あはは、そうかも。ま、あんたのそーいう所、わたしは結構……」
「それより、みんなは元気?」
「アオイ……あんたさぁ……」
まあ、そんなわけで。たまにはちょっぴり昔が懐かしくなって、こうして電話代要らずのASTRAYネットワークを介した通信でオーストラリアの友人と長話に興じたりしてるわけだ。
残念ながら、今日連絡がついたのはソフィアだけだったが……。中学行ってないからって、友達少ないわけじゃねぇよ?ホントだよ?
「まあ、ヒメさんもユウヤさんも出張中だからわからないけど、あの二人に限って心配はいらないんじゃない?セリアーナもコウヤたちと話したがってたけどさ、今日は
「そうかい……」
「紅也、嘘が下手」
今日も、何でもない毎日が過ぎていく。
あれから一週間。季節は移り、そろそろ六月になろうとしていた……。
◆
六月。
この月には、忘れてはならない重大イベントがある。
――学年別個人トーナメント。
1クラス30人、4クラス合わせて120人ほどでISのトーナメントを行い、一週間かけて学年最強を決める。優勝者には名誉と、IS・ザ・ISの称号が与えられ……嘘ですごめんなさい。
さておき。
一年生ではまだ訓練が始まっていないので、実質は先天的才能評価であるのだが、今年は専用機持ちが6人もいる。……実質、その6人の戦いになるだろう。
セシリア、凰、一夏には一度勝ってる。問題はないだろう。
簪の装備は知り尽くしてるから、まあ、負けないはず。
問題は……葵。
接近すれば切り刻まれ、逆に距離を取れば問答無用で撃ち落とされる。
何か、不意をつけるような装備を作らないといけないかな……。例えば、複合武器とか。
(……8、例の翼のフライトユニット、完成状況は?)
《80%だ。もうすぐ完成だが……どうした?》
(アレに、可変機能をつけて、武器に変形するようなギミックをつけたい。できるか?)
《……今更何を言うか》
(例えば、連射の効く射撃武器……ガトリングを内蔵するとか……)
《いや、どうせお前は接近戦しかできん。剣の方がいいんじゃないか?》
(うーん……。……両方、は?)
《それはいくらなんでも……。いや、案外いけるかもしれん。図面を制作するから、しばらく待ってくれ》
おや、冗談のつもりだったけど……なんとかなるのか?
……一旦中断するか。そろそろ、夕食の時間だ。
「……と、いうわけで、今日はここまでだ」
「はあっ……。くっ、無念……」
目の前には、息を切らして道場に倒れる、箒。
ナニしてたか、って?
木刀を使って、打ち合いをしてたんだよ。途中から考え事してたけど。
こいつとは、こうやってときどき稽古をしている。本気で、空破斬の習得を考えているようだ。俺としては、「竜破斬」の方が好きだけど、ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし、この世界では使えないしな。
「シャワーを浴びたら、晩飯食いにいこうぜ。葵も誘ってくるわ」
「はあ……よ、余裕だ、な……」
「なあに、鍛え方が違うんだよ」
――俺は、何度も死線を越えてきた。
トラから逃げ、クマと戦い、パンダに襲われ、迫るISから身を隠し……
……って、アレ?ほとんど師匠(もしくは老師)のせいだな。なんだか泣けてきた……。
「……おい、紅也。どうした?涙が……」
「な……泣いてなんか、ないんだからね!これは汗だから!!心の汗だから~!!!」
走り去る俺。その目には、光るものがあったとかなかったとか。
「……いや、だからそれは、涙では?」
一人残された箒の声は、道場にむなしく響くのだった。
◆
食堂。
夕食時、ここが騒がしいことはいつものことだが……。今日は、いつも以上に賑わっていた。
「ねえ、聞いた?」
「聞いた聞いた!」
「え、何の話?」
「だから、あの織斑君と、山代君の話よ」
「いい話?悪い話?」
「最上級にいい話」
「聞く!」
「…………」
「まあまあ落ち着きなさい。いい?絶対これは女子にしか教えちゃダメよ?女の子だけの話なんだから。実はね、今月の学年別トーナメントで優勝した人は……二人のうちどっちかと付き合えるんだって!!」
「えええっ!?そ、それ、マジで!?」
「……………」
「マジで!」
「うそー!きゃー、どうしよう!」
奥の方で密集する十数名の女子。そこから、きゃいきゃいうるさい声が聞こえてきた。
気になったので葵に様子を見に行ってもらったが、戻ってきた葵は……なんていうか……ちょっと不機嫌だった。
「……で。何の騒ぎなんだ、アレ」
「……まずは、ご飯」
すたすたと、食券を買いに向かう葵。俺と箒は顔を見合わせたあと、黙ってついていくことにした。
「な……なんだと!本当なのか、それは!!」
「う……うん。みんな言ってる」
「な、なぜこのようなことに……」
カラン、と箸を落とし、頭を抱える箒。……俺も同じ気分だ。
何だよ。「俺と付き合う」って。根も葉も……それどころか、種すら無い噂だ。
そもそも……。俺が優勝したら、どうなるんだ!?
嫌だ!!俺は一夏と違って、そんな趣味はない!!
……じゃあ、俺がワザと負けると……。
葵の優勝!?そして一夏と交際!? そんなの……そんなの……
「おにーちゃんは許しませんよ!!」
「うわっ!?い、いきなり叫ぶな!!」
「落ち着け」
スパン!と葵にはたかれる。どうやら、口に出していたようだ。
いやあ、失敗失敗。
さて。
「まったく……。こんな根も葉もない噂、どっから出てきたんだろうな?」
「……!さ、さあ。だ、誰が言いふらしたのかさっぱり……」
……ん、『言いふらした』?なにか、引っかかりを感じるな。
「「…………」」
葵と二人、無言で箒を睨み続ける。
箒は夕食をとりつつも、ちらちらとこちらを見て―――箸を置き、観念したかのように、ため息をついた。
「じ、実は……。あの日の夜……」
◆
襲撃事件の当日、私と一夏の同居生活は、唐突に終わりを告げた。
「部屋の調整が付いたので、今日から同居しなくてすみますよ。
えっと、それじゃあ私もお手伝いしますから、すぐにやっちゃいましょう」
山田先生から告げられた、引っ越し宣言。
当然……あ、いや、一夏が寂しがると思ったからだ。だから私は反対した。
……だが、あの馬鹿は違った。
「そんな気を遣うなって。俺のことなら心配するなよ。箒がいなくてもちゃんと起きれるし歯も磨くぞ」
~~!私がこうまで気にかけているのに、あの馬鹿は―――!!
私は怒りにまかせて、そのまま部屋を移った。
新しい部屋に着いた後で、私は後悔した。
怒りにまかせ、まともに言葉も告げずに去った。……別れの印象は、おそらく最悪だ。
このままではいけない。そう思い、一夏の部屋へと向かう。
ノックしても気付かなかったようなので、少し強めにノックすると、一夏が飛び出してきた。……うんうん、そんなに私に会いたかったのか。
「お、箒。なんだ?忘れ物か?」
……目の前に一夏がいる。
今まで当たり前だったことが、明日からは特別なことに変わってしまうのだと思うと、何とも言えない気持ちになる。
「どうかしたのか?まあ、とりあえず部屋入れよ」
「いや、ここでいい」
戻ったら、また未練が出てしまう。そう、思ったのだ。
……しかし、何と言おう?「今までありがとう」か?――これでは、別れの挨拶ではないか!
「また、教室で」か?――なんだか、私のキャラではない気がする。
それとも――
「……箒、用がないなら俺は寝るぞ」
「よ、用ならある!」
待て、今帰られたら、それこそ未練が残る!!
何か……何か、話題は……そうだ!
「ら、来月の、学年別個人トーナメントだが……」
さて、ここからどう続けようか。
――と、唐突に、一夏と凰の会話がよみがえる。かつて交わしたという、将来の約束。
……あんな女に、遅れを取ってたまるか!!
「わ、私が優勝したら――つ、付き合ってもらう!」
◆
種と言うか、火種はお前か、箒。
「で、それから一夏の態度は変わったか?」
「いや、いつも通り……だと、思う」
……そうか。じゃあ、多分。
「それ、誤解されてる」
「……は?」
葵も気付いたようだ。箒一人が、ピンとこない顔をしている。
「考えてみろ。幼なじみのかわいい子に告白されて、ドギマギしない男がいるか?
もしいたら、そいつはその子を何とも思ってないんだろうな」
「か、かわいいだと!?わた、私がか?」
「? ああ。
……話を続けるぞ。いくら一夏でも、そこまで鈍くは無いはずだ。なら、なぜ反応が無いか?それは――」
「一夏にとって、それは当たり前の事だから」
「――って、葵。話をかぶせるな。……とにかく、一緒にどこか行くのに『付き合う』とか、そう思われてるぜ」
「な、なんだと!ううむ、一夏め……」
いや、紛らわしい言い方をした、お前も悪い。
しかし一夏……愛されてるな~。
「……箒。一夏、好きなの?」
「すっ……?そ、そんなことが、ああああるわけないだろう!
一夏のことなんぞ、何とも思ってないわ!!」
分かりやすく動揺し、叫ぶ箒。しかし、タイミングが最悪だった。
「あー、そうか。
どうりで、話しかけても反応しなかったし、俺を避けてたわけだ。
……悪いな、箒。お前の気持ちに気付けなくて」
ぎぎぎ、という擬音が聞こえた気がした。
箒が振りかえったその先には、トレーを持った一夏と凰がいた。
……それにしてもこのセリフ、状況が違えば嬉しく思うんだろうなー、とか、考えたり考えなかったり。
「じゃあ、俺は邪魔みたいだから……。行こうぜ、鈴」
「ええ。じゃあね~。三人でごゆっくり~」
反転し、去りゆく二人。
「ご……誤解だあぁぁぁ!!」
後に残されたのは、涙目で叫ぶ箒と、静かに食事を続ける俺達二人だけだった。
ここから原作2巻です。