「死ねぇぇぇぇぇ!!」
「そげぶっ!?」
俺は作戦通りにやっただけだ。それに、あれはただの事故だ、ノーカウントだ!ノーカウント!などと言い訳する暇もなく葵に顔面を殴られた俺は、ごろごろと床を転がる。
うう……目が痛い。こりゃ、絶対腫れてるな。まさに、目の上のたんこぶ。
《一夏が
転がった先にあった8のモニターに、こう表示されていた。
……客?こんな時間に来るとは、また凰か?
俺は面倒が嫌いなんで、一夏の痴話喧嘩の尻拭いは嫌なんだが、とりあえず確認してみるか。
がちゃり。
そこにいたのは予想外。
しかし嫌な相手ではなく、むしろ待ちわびていたはずの男――否、女だったのは確認済みの――シャルル・デュノアその人だった。
「ん、シャルルか。どうしたんだ?……まさか、一夏に襲われたとか?」
冗談めかしてそう問いかけるも、シャルルはうつむき、無言のまま。
――こりゃ、
「……何か、あったんだな。とりあえず、入れよ」
少々大げさに、部屋へと招くポーズをとる。しかし、それにもシャルルは無反応で。
「――紅也」
唐突に彼女は顔を上げ、俺と目をあわせ――その動きを止めた。
何だ?俺の顔に、何かついてるのか?
「……ぷっ」
笑った?あのシャルルが、人の顔を見て笑った、だと?
やっぱり、顔にごはんつぶでもついてたか?
ぺたぺた。
自分の顔を触ってみる。そして、その手がまぶたに当たったとき――
「痛たたたたたたたたたぁ!?」
「ぷっ……あっはははは!」
そうだ!腫れてるんだ、顔が!
こら、シャルル。笑うな。シリアスが台無しだ。
「はは、笑ったな?ちょっとは元気でたか?」
「え?あ、ごめん、笑っちゃって。
――うん。少し、元気がでてきた。入っていいかな?話したいことがあるんだ」
俺とシャルルは部屋の中へ。葵は、すでにベッドに座っていた。
……って、待て!葵の存在がバレたら、作戦は失敗――
いや待て私。もうミッション・コンプリートしてるから、別にバレても……。
「君が、オーストラリアの代表候補生の山代さん?始めまして」
「……山代 葵。よろしく、シャルル」
「いきなり呼び捨て?」
「……紅也が、そう呼んでるから」
「――って、ちょっと待て!何で葵を知ってるんだ!」
葵のやつ、まだ名乗ってないよな!?
「え?だって、モルゲンレーテのHPに、普通に情報載ってたし……」
「しまったあぁぁぁぁぁぁ!!」
迂闊だった!シャルルが俺を探りに来たなら、俺の周りを調べないわけねえだろうが!
じゃあ、俺の完璧な作戦は、最初っから破綻してたのか!?
「……馬鹿」
「ひどいぜ、葵!」
◆
カチャリ。
「……で、シャルル。話って何だ?なんなら、葵は外させようか?」
「いや……。せっかくだから、一緒に聞いてよ」
「……分かった」
「それでいいなら、話してくれ」
「うん。じゃあ、話すね。
実は、僕はずっと、隠し事をしてたんだ。それがさっき一夏にバレて、どう接すればいいか、分からないんだ。……今までどおりには、接することができないと思う。
僕は、どうすればいいかな?」
シャルルの悩み。
……どう考えても、一夏に、女であることがバレたんだろうなぁ。
こんな時間に起こるハプニングの定番としては、シャワー室でばったり会って……とか?それ何てエロゲ?
「じゃあ、俺から質問をひとつ。……これは、結構ヤバい話か?」
自分で聞いといてなんだが、どんだけ白々しいんだよ!と思う。
「……うん。下手すれば、転校することになるかも」
転校じゃなくて、強制送還だろ。よくもまあ、うまい言葉を選ぶもんだ。
「それは、穏やかな話じゃねぇな。転校、あるいは退学ともなると……スパイ行為でもしたのか?」
「! ……はあ。紅也に隠し事はできないね。
そうだよ。僕は、一夏と紅也のデータを盗むために、転校してきたんだ。父親の命令でね」
そこは認めたか。取りつくろう気配も動揺も感じないし、シャルルらしからぬ投げやりっぷり。やはり、相当追い詰められてるようだ……。
「それが、隠し事か?」
「……うん、そうなんだ」
アハハ……。と、いつもと違う、乾いた笑みを浮かべるシャルル。
……こいつも、もう限界だったのかもな。バレても、バレなくても、いつか告白しただろう。
元々、こんなことには向かない、やさしい性格の子だったんだ……。
「嘘だっ!!」
「!」
カナカナカナカナカナ……
「まだ、『話したりない』って顔をしてるぜ」
「……………」
シャルルは再び俯き、沈黙。
……ネタに走っただけなんだが、ビビリすぎだ。
まあ、最初にあのシーンを見たときは、俺もビビったが。
「実は……。僕は……男じゃ、無いんだ……」
カチッ。
「……録音終了」
「よし、よくやった、葵。
はー、疲れた。まったく、慣れないことはするもんじゃねぇな」
「……え? え? ええぇぇぇぇ!?」
状況の変化についていけないシャルルは、混乱しているようだ。
「シャルルの肉声。自白。デュノア社社長の関与。
全部、証拠」
「よっしゃ、じゃあ、任務完了だ。こっからはオフレコで話そうぜ」
そう言って、まだ混乱中のシャルルの肩を両手で掴み、目を合わせる。
「シャルル……」
「え!? こ、紅也?」
「……すまなかった!!」
「……へ?」
頭を下げる。
思えば、俺はシャルルに対して、ひどいことをしてきた。
最初からスパイと疑ったり(まあ、間違ってなかったけど)。
打算ありきで接近したり(まあ、お互い様だったけど)。
変な作戦でハメようとしたり(最初から破綻してたけど)。
全部、俺に非があると言える。
「俺は、お前を疑ってた。最初から、スパイだと思ってた。
笑顔の裏で、どう正体を暴こうか考えてた。友達やってるフリをして、ずっと……」
「紅也……」
動揺した目で、こちらを見るシャルル。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「だから……。ゴメン」
「……何だ。紅也も、いっぱい嘘ついてたんだ」
その顔は、ひきつっていて。でも、どこか笑っているようだった。
「アハハ……。おあいこ、だよ。僕のウソと紅也の嘘で、おあいこだ。
でもね。一つだけ聞かせて。僕は、紅也のこと、友達だと思ってる。……紅也にとって、それは、『友達やってるフリ』だったの?」
「……いや。俺は……。俺も、お前は友達だと思ってる」
「ふふ……。それだけ聞ければ、十分だよ」
今度は、完全な笑顔で笑うシャルル。その表情に、俺も釣られて笑顔になる。
「…………」
葵は何か言いたそうだが、頼むから今は何も言わないで。
◆
「……で、聞いてもいいかな。どうして、僕の秘密が分かったの?」
感動の和解から一段落した後、俺たちとシャルルは、改めて話し合っていた。
「スパイって点は、最初から疑ってた」
俺もそうだもん。
「女だってことは、たまたま気がついた。まず見た目。一夏に手を握られたときのしぐさ。一夏と着替えない。シャル子と呼んだときの過剰反応。嫁さん発言への反応の遅さ。それから……」
「も、もういいよ!とりあえず、バレバレだったって事は、よく分かったから!!」
シャルル、再び涙目の巻。
「……それだけじゃない」
「……あ、葵さん?」
あれ?葵が、何か怖いよ?
ひょっとして、アレを言っちゃう気?やめてよ。
もういいじゃん。これで、お互いに隠し事はないことになってるんだよ。
握手して、別れて、また明日、で。それでいいじゃん。
「決定的だったのは、紅也が着替えを――」
「わー!わー!わー!」
知らない知らない知らない!
聞かない聞かない聞かない!
「? 着替え?」
「覗いた」
「! ……いつ?」
「さっき」
「……誰が?」
びっ。
葵の、ほっそりとした白い指先が、俺を指差す。
「……見たの?」
「……………」
ニコニコした、しかし先ほどとは種類の違う笑顔のシャルルを前に、俺は無言を貫き通す。
目の前にいる、コイツは誰だ?本物のシャルルは、どこへ行った!?
「言い訳は?」
むう、この私を怯ませるとは……。なんというプレッシャーだ!
ヤバイ。ここで返答を間違えたら、デッドエンド&タイガー道場直行コースだ。
虎竹刀で叩かれる!ロリブルマになじられる!
そして、新たな世界に目覚めてしまう――!!
「……コルセットを見ただけだから、セーフ……」
「「アウト!!」」
葵は右、シャルルは左の頬を、それぞれはたく。この顔は、まるで……。
「アッチョンブリケー!!」
「……紅也のえっち」
その言葉が、俺のピュアピュアな心にざっくり刺さった。
◆
「さて、シャルルの悩みはよく分かった」
「……紅也、変な顔。シリアスが台無し」
「お・ま・え・の・せ・い、だろうが!つーか、そのセリフ、根に持ってたのか!?」
「……そんなことない」
「うーそーだ!今、間が空いてたぞ」
「ふふっ、二人とも、仲がいいね」
「「当然!」」
「……そこは、普通は『なんだって!?』っていうところだよね……」
話が脱線しすぎだ。時間ないから、巻いていこう。
「さて、シャルルの悩みはよく分かった」
「そこからやりなおすんだ……」
「この件が明るみに出たら、本国に強制送還されるんだろ?シャルル自身は、どうしたいんだ?」
「僕は……。
僕は、ここで、みんなと一緒にいたい。今のまま、学園生活を続けたい。……駄目かな?」
そう言いきったシャルルの顔は、迷っていながらも、確固たる決意を秘めている。
……答えは得た、か。なら、早速商談に入ろうか。
「シャルル。俺は、その願いを叶えることができる。
……だけど、タダで聞いてやるわけにはいかねぇ。俺は、企業の人間なんだ」
「……条件は、何?僕は、この願いを叶えるために、何でもやるよ」
「いい返事だ。じゃあ……。
俺と契約して、モルゲンレーテの操縦者になってよ!!」