強さとは――なんなのか。
『強さっつーのは心の在処。己の拠り所。自分がどうありたいかを常に思うことじゃないかと、俺は思う』
……そう、なのか?
『そりゃそうだろ。自分がどうしたいかわからねーやつは、強い弱い以前に歩き方を知らないもんだろ』
……歩き、方……。
『どこへ向かうか。どうして向かうか、さ』
……どうして向かうか……。
『つまり、やりたいことはやったもん勝ち。つまんねー遠慮とか我慢とか、損するぞ?
やりたいようにやらなきゃ、人生じゃねぇよ』
――では、お前は……?お前は何故強くあろうとする?どうして強い?
『強くねえよ。俺は、まったく、強くない。
けれど、もし俺が強いっていうのなら、それは――』
――それは……?
『強くなりたいから、強いのさ』
――。
『それに、強くなったら、やってみたいことがあるんだよ』
――やってみたいこと……?
『誰かを守ってみたい。自分の全てを使って、ただ誰かのために戦ってみたい』
――それは、まるで……あの人のようだ。
『そうだな。だから、お前も守ってやるよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ』
そう言い残して、男の姿は掻き消える。
そして瞬きした瞬間、周りの風景は、IS学園の教室へと変化していた。
『あーあ、やっぱりこうなったか』
誰かが、後ろから歩いてくる。振り返ると、そこにはIS学園の制服を着た、男子生徒が立っていた。
聞き覚えのある声。意識を闇に呑まれる前、確かに聞こえた声。しかし、その顔が分からない。まるで、闇に隠されているかのように、見えなくなっているのだ。
『分かったか?本当の強さってやつがよ。借り物の力じゃ、本物には勝てないぜ』
――お前は。
『ん?』
――お前にとって、強さとは、何だ?
『俺にとっての強さ、か。うーん、俺はあんまり強くないからな』
――あいつと同じ事を言う。
『あいつ、ってのが誰のことかは分からんが……。……そうだな、俺の知っている、強い人の話をしよう。それでいいか?』
――ああ、構わない。
『――ある島に住んでいた感情を持たぬ男は、一人の女に惚れたことで、彼女を守る刀となることを誓った。彼女の死後も、彼女のことを思い続け、彼女のためだけに国と戦った』
――守るものがあるものは強い、と?
『そこは自分で考えてくれ。
――またある男は、望まぬ争いに巻き込まれたが、自分の理想を貫くためにがむしゃらに戦い続けた。そして戦いの果てに自らの可能性を撃ち破り、茨の道を進むと決めた』
――目標がある者は、強くなれるのか?
『――またある女は、自分の半身を失って絶望したが、そんな弱い自分を殺した。その後も心の闇と向き合い続け、それに呑まれることなく、自らの未来をつかみとった』
――闇と、向き合う……。
『まずは、周りを見渡してみろ。お前が拒絶しているものに、目を向けてみろ。
……そうしなきゃ、何も始まらないぜ?』
――だが、もう遅い。私は、いろいろなものを置き去りにしてきた。今更、何かが見つかるわけがない。
『それも『拒絶』だぜ。
挨拶するだけでもいい。笑顔を向けるだけでもいい。
それも無理なら……そうだな、現実世界の俺の所に来いよ。きっと、何か得るものがあるだろうよ。じゃあな、ボーデビッヒ』
――待て!私は……
◆
「ボーデヴィッヒだ!」
「…………」
どうやら、夢を見ていたようだ。
私は、ベッドの上に寝かされている。……前にも見たことのある天井だ。
ふと、近くから気配を感じる。そちらに顔を向けると、教官が椅子に座って、私の顔を見ていた。その表情には、隠しきれない驚愕が浮かんでおり――
「……第一声がこれとは、脳の検査をした方が良かったか?」
「ち、違います教官!これは、その……」
わたわた。
両手を振って否定しようとするが、突然走った痛みに思わず顔をしかめる。
「――っ。そうだ……私は……?」
「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉疲労と打撲がある。しばらくは動けないだろう。無理をするな」
「何が……起きたのですか……?」
痛む身体を無理やり動かし、上半身を起こして教官の顔を見る。この様子では、私が忘れている何かが起こったのであろうことは、容易に想像がついた。そして、教官がそれを話したがっていないことも。だが、聞かなければいけない。そんな気がした。
「ふう……。一応、重要案件である上に機密事項なのだがな」
そこで、教官は一旦言葉を切る。その様子から、ここで話したことは他言無用だと、ひしひしと伝わってくる。
「VTシステムは知っているな?」
「はい……。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム……。過去のモンド・グロッソの
「そう。IS条約で現在どの国家・組織・企業においても研究・開発・使用すべてが禁止されている。それがお前のISに積まれていた」
「………………」
「巧妙に隠されてはいたがな。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意志……いや、願望か。それらが揃うと発動するようになっていたらしい。現在学園はドイツ軍に問い合わせている。近く、委員会からの強制捜査が入るだろう」
操縦者の、願望……。
無意識に、シーツを握りしめる。もう、教官と目を合わせてはいられない。
だって。
「私が……望んだからですね」
あなたに、なることを。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
「は、はいっ!」
「お前は誰だ?」
「わ、私は……。私……は、……」
何故だろう。
自分は、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。それなのに……そんな、簡単なことが、言葉にできない。
「誰でもないのなら、ちょうどいい。お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。何、時間は山のようにあるぞ。なにせ三年間はこの学園に在籍しなければいけないからな。その後も、まあ死ぬまで時間はある。たっぷり悩めよ、小娘」
「あ…………」
意外だった。
教官は、強く厳しい人だった。
あのとき、廊下で話した時に、嫌われたかと思った。
それが……まさか、自分を励ましてくれるなんて。
教官が席を立つ。私はその姿を、ただ茫然と見送るしかなくて。
「ああ、それから。
お前は私にはなれないぞ。アイツの姉は、こう見えて心労が絶えないのさ」
それだけ言い残し、教官――いや、織斑先生は部屋から去って行った。
「ふ、ふふ……ははっ」
なぜか、急に笑いがこみあげてきた。
そうだ。確かにあの二人は
しかもあそこまで言っておいて、結論は自分で考えろというのだから、ズルいことこの上ない。
――そういえば、もう一人。
自分の言いたいことだけ言って、揚句自分の名前を間違えて、それで去って行った奴もいたな。
最初に現れたのは、織斑一夏で間違いない。体験するのは初めてだったが、おそらくあれが
ならば、消去法で考えると、浮かぶのは一人のみ。
山代紅也だ。
VTシステムの起動前にも、あいつの声を聞いた気がする。
奴とは大した接点も、因縁もないはずだが、どうしてあの場に現れたのか?
断言はできないが、どうも相互意識干渉とは違う感じだった。まるで、通信機越しに話しているような、そんな感覚。
――現実世界の俺の所に来いよ。
……とりあえず、名前を訂正して。
それから、話してみるか。
◆
〈side:山代 紅也〉
「遅いわ!!」
「……何が?」
事情聴取の後、俺と葵は合流して、保健室へと向かっていた。
ちなみに、俺達は予め有事の際の対応を任されていたので、聴取といっても簡単な報告のみだったのだが。
「何が、って……。俺、主人公だよな?最近、ポっと出の奴らに出番盗られ過ぎじゃないか!?特に前話!完全に一夏メインじゃねぇか!」
「……第一章では出ずっぱりだったから、文句言うな」
「ハイゴメンナサイ」
葵から真っ黒な何かが迸るのを見た俺は、「クスクス……」とか笑いだされても困るので、この話題を止める。
「……で、何でアイツと会うの?」
「ん? まあ、アフターサービスってやつ、かな」
シュヴァルツェア・レーゲンにハッキングし、VTシステムを発見したあの時。
消去するのは(俺が)危険、と判断した俺は、せめてもの対抗策として、発動前に確認を促すという、最低限の
それはVTシステムの一部に、自分から作った疑似人格データを埋め込むというものだったので、そのへんのことを覚えているかどうか、確認しに行くのだ。
「……何で、私も?」
「……だって、アイツ怖いじゃん。噛みつかれたらどうしよう」
「……犬か」
とかグダグダやってるうちに、保健室に到着。
早速ドアを開け、入室するも……
「ははっ……。くくく……」
何か、笑っていらっしゃる。
VTの影響で、精神崩壊しちゃったのだろうか?
これは、俺じゃ修正してやれない。劇場版では精神崩壊しなかったから、そっちで幸せになってくれ。
……でも、UCにマリーダがいる以上、正史では精神崩壊決定だよなぁ。
「くくく……。
……………はっ!?」
あ、目が合った。
「……………」
「……………」
沈黙。ここで俺が取るべき行動は……?
「ご、ごゆっくり?」
「ま、待て!違うんだあぁぁ!!」
ボーデヴィッヒが叫ぶ。が、すぐに痛みが走ったようで、表情が歪んだ。
「お、おい。大丈夫か?無理すんなよ」
「大丈夫だ……。心配するな」
!?
まともな返事をした!?あの、ボーデヴィッヒが?
「? どうした?何を驚いている」
「あ、いや……。てっきり、いつもみたいに冷たくされると思ったからな」
「……いつも、か。それが、拒絶だったのだな」
何かを考え込むようなボーデヴィッヒ。
何があったんだろう?憑き物がおちたような表情だ。
「……怪我の具合は?」
「貴様は……。
……筋肉疲労と打撲だそうだ。大したことは無い」
「……そう」
俺と葵は、近くから椅子を引っ張ってきて、それに腰かける。
……ん、まだ椅子が温かい。誰か来てたのか?
「……一つ、聞いていいか」
椅子に座った所で、俺はボーデヴィッヒに声をかける。
「……何だ」
その返答に、いつものぶっきらぼうさはない。それを聞いて、少し安心した俺がいた。
「あのとき……。VTシステムが発動した前後のことを、お前は覚えてるか?」
「ああ、思い出した……。その声だ」
答えになってないが……。
成程。俺の意識データと会話をしたのは、間違いないようだ。
「どこまで話したっけか?」
「私が『拒絶』したものに、もっと目を向けてみろ、と言っていたな……。
後、私の名前はボーデヴィッヒだ。ボーデビッヒじゃない」
……? さっぱり分からない。
「……あー、その話って、VTに呑まれる前?それとも後?」
「? 後に決まっているだろう」
……あり?
おかしいな。俺のシステムトラップは、VT発動前に起動するはずだったのに。
「……話?紅也、コイツと何を話したの?」
お、ナイスフォローだ、葵!
『ちょっと怒ったような口調で兄を問いただす妹』の演技をして、ラウラから話を聞き出すのか。
……演技、だよな?
「強さについてだ。織斑一夏と話した後、お前が現れた」
「……どんな話?」
「そうだな。例えば……」
ラウラ説明中……
なるほど。
どうやら俺の意識データの残滓のようなものが、VTシステムからISコアに漏出して、そいつと話したようだ。
しかし聞けば聞くほどメタでネタな発言が多い。コピーとはいえ、俺は俺か……。
「……で、これから私は、どうすればよいのだ?」
「オイオイ。散々『自分で考えろ』って言われてたのに、いきなり人に頼っちゃダメだろ」
「む……。しかしだな……」
どうやらボーデヴィッヒは、指示を聞くこと、頼ることになれているため、自分で何かをすることが苦手なようだ。
「じゃあ、少し考えてみようか。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。何を求める?」
「……強さだ。教官やあの男のような、本当の強さ」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ。どこに求める?」
「……自分の、心の内側に」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ。どこを目指す?」
「……それが、分からない」
……ふむ。
今のボーデヴィッヒに必要なのは、目的か。
これを考えさせるためには、さて、どうするか……。
「……あなたは、私より弱い」
「……葵?」
唐突に、葵が呟く。
この状況で挑発か?……有り得ない。
おそらく、何か伝えたいことがあるのだろう。そう思い、俺は放っておくことにした。
「目的がないなら、まずは私を目指せばいい」
「――お前、を?」
「……そう。でも、これは仮の目標。
その間にいろんな人と関わって、自分で新しい目標を見つけること」
「……見つかる、のか?」
「……知らない。
……でも、これで、あなたは私と関わる理由ができた」
――葵、成長したな。
そう。大事なのはきっかけだ。例えば葵と凰が友達になったのも、偶然会ったという「きっかけ」から生まれた事象。今まで周りから距離を置いてきたラウラは、葵と関わるきっかけを与えられた。そして葵という接点から、俺達と関わることができる。
「……いいのか?私は……」
「……あの戦いは、お互い様。私も、やり過ぎた」
うん。正直、あれはオーバーキルもいいとこだったと思う。
――とか考えてると、葵に睨まれた。以心伝心、恐るべし。
「まあ、そういうことだ。俺達二人が、お前にとって最初の友達だ。
――もっとも、お前なら、すぐにみんなに溶け込めると信じてるぜ」
「最初の……。
そうだ。一つだけ、お前たちに聞きたいことがある」
「……何?」
「答えられる範囲で、答えよう」
その言葉に、ラウラは一度眼を閉じ、ややあって再び目を開く。
眼帯を外しているため、露わになっているオッドアイが、俺達二人を見つめる。
「お前たち……。『最初の一人』……アインス・イェーガーを知っているか?」
もうちょっとだけ続きます。