ジェス・レポート3
モルゲンレーテによる、デュノア社の併合。
突然行われたそれと、デュノア社社長の隠し子であるシャルル・デュノアのIS学園編入は、ほぼ同じ時期の出来事だ。この二件(直後のシャルルの帰国と、彼の妹、シャルロットの転入も含めれば三件か)を関連付けて考えない者は、誰ひとりとしていなかったはずだ。
同時にこれは、N.G.Iとの騒動以降大人しくしていた「かつてのモルゲンレーテ」の復活を、世界に知らしめるものであった。それに刺激され、危機感を抱いた企業、国家が何を引き起こしたのか――それは、この時点では関係の無いことなので後述する。
さて、当時の世間では「シャルルがモルゲンレーテの息のかかった女性に籠絡され、あるいはなんらかの弱みを握られた。その結果あの併合が行われ、原因となったシャルルは本国に戻され謹慎の身となった」という解釈が主流であった。
しかしそれは、当のモルゲンレーテがひそかに流布していた「作られた真実」だと、俺は知っている。
◆
真相は極めて単純だ。
シャルル・デュノアは、シャルロット・デュノア(※1)だった。
当時、世界でも例を見ない2人の男性IS操縦者を要していたIS学園。そこに送り込むための人材としてフランス政府とデュノア社によって選ばれたのが、シャルロットという少女だった。
デュノア社の社長の隠し子であった彼女は、政府のバックアップによって男としての身分と経歴を与えられる。親譲りの外見もまた彼女のバックボーンに説得力を持たせ、同時に彼女を探る者を遠ざけていた。(しかし、なぜ彼女が“男”として編入する役に選ばれたのか……。学年別トーナメントで見た彼女の姿は、どう見ても可愛らしい女の子だった)
しかし、そんな無理が長続きするはずもなく、ふとした拍子に彼女の正体はばれてしまい、それがモルゲンレーテの双子を通じて本社へと伝わった。弱みを握ったモルゲンレーテは、デュノア社の社長に接触。事を荒立てないことを条件にデュノア社の併合を行い、先のカバーストーリーをひそかに流布したという(後で知った話だが、この件にはオレの依頼主も関わっていたらしい)。
こうして事実をまとめてみると、モルゲンレーテがシャルロットを庇っていたように見える。理由は推測するしかないが……シャルロットは、男として転入した直後からコウヤと友誼を結んでいたと聞いている。おそらく、彼が手を回し、シャルロットの名前が表に出ないように配慮していたのだろう。
かつて、ある式典の際に、俺は彼女に取材を行ったことがある。
「なぜ、そこまでして彼に手を貸したのか?」
身を削り、疲れ果てた彼女に投げかけたその質問に、向日葵のような満開の笑顔でこう答えた。
「紅也には、返しきれない恩があるから」
彼女だけではない。人種、国境を越えてその場に集まった全ての人間は、彼らの話をするとき、少し嬉しそうな顔をしていた。
きっと、それが答えだったのかもしれない。
◆
この時期に起こったもうひとつの事件がある。
ドイツ軍が引き起こしたスキャンダル。IS学園に転入したドイツ軍人の専用機にVTシステム(※2)が搭載されており、学園行事の最中に暴走を起こしたのだ。
この件は国際IS委員会の知るところとなり、ドイツ軍には査察と厳しい追及が行われた。同時期に、VTシステムの開発に関わっていた施設が同時多発的に襲撃されたという未確認情報もあるのだが……こちらについては、委員会は関与を否定している。
ドイツ軍は元々、旧世紀における優性主義の台頭、非道な人体実験、世界初のISの本格的な軍事利用など、様々な問題を抱えていた。また一時期、かつてのモンド・グロッソ戦闘部門のヴァルキリー、織斑千冬を軍事教官として雇用したこともあるのだが、その経緯も非常に不透明なものだ。こと軍事面において、違法な手段を取りがちな国家であったことは疑う余地がない事実だろう。
しかし、この事件を通して、現在多くの国家で普及している多目的支援プログラム『トレースシステム』の基礎が作られた、という事実もまた存在する。
当時の調査資料によると、IS『シュヴァルツェア・レーゲン』にはVTシステムを隠すための備えが3つ用意してあったという。
ひとつは、搭乗者の精神状態。ISによるコントロールでも抑えきれないほどの不安、危機感などの極度のストレスに晒された場合に解除されるセキュリティ。
もうひとつは、機体の蓄積ダメージ。戦闘続行不可能な損傷を負った場合に、第二の封印が解かれる。
そして最後のひとつ――この存在により、操縦者の責任問題にまであわや発展するところだった――操縦者の意志だ。
操縦者であったラウラ・ボーデヴィッヒ(※1)少佐(当時)は、ドイツにおいて織斑千冬の訓練を受けた“教え子”の一人であり、彼女に心酔していた。……となれば、2つのセキュリティが外れるほど追いつめられた時点で、年端もいかない少女であった彼女が『強さ』にすがってしまうことを予測できなかったはずがない。
(何度も消したような跡が残っているが、『最初から彼女を使い潰す気だったのか……なんてやつらだ!』と書かれていたようだ。それを隠すように、文字が綴られている)
では、なぜそんなシステムを搭載したのかというと……おそらく、機密保持のためと考えられる。ダメージレベルがDを越え、操縦者が危機に晒される状況というのは、戦場での撃墜・鹵獲を想定したのだろう。最後の「操縦者の意志」というのも、誤作動を防ぐための予防線だったはずだ(というのは、後でカイトに聞いて納得した話だ)。
しかし国際IS委員会の調査によると、隠された4つ目の
でも、現実は違う。
4番目のプログラムは、ドイツ軍が作ったものではなかった。
わずかに残存していたモルゲンレーテの機密資料によると、それは
元々1回限りの使い捨てであったそのデータは、のちに開発者であるコウヤの想像をも越えた進化を遂げることとなるのだが――彼はそこから着想を得て、『トレース・システム』を完成させたそうだ。
◆
ここまでをまとめていて、気付いたことがある。
シャルロット・デュノアの事件と、ラウラ・ボーデヴィッヒの事件。
バラバラに起きたはずの二つの事件の影には、必ずコウヤ・ヤマシロの存在があるのだ。
改めて記録を見返してみると、この一カ月の間だけでも篠ノ之箒(※1)に新たな可能性を与え、更識簪の機体を完成させるなど、当時の専用機持ちとの関わりが非常に強い。
意識的なものか、偶発的なものかは分からないが、彼はいつだって物語の中心にいた。
世界で二人目の男性IS操縦者、コウヤ・ヤマシロとはどんな人物だったのか。次のレポートでは、そのあたりをまとめようと思う。
※1 本人たちの希望により、旧姓で表記した
※2 正式名称「ヴァルキリー・トレース・システム」。過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きを模倣するプログラムである。現在は条件が緩和され、非軍事的利用に限り研究・開発が許可されている