紅也と葵の過去と、ASTRAYという機体について掘り下げる章なので、若干長めの構成となります。
――その日から、俺の平和は崩壊した。
俺は狙われている。
食事中だろうが、入浴中だろうが、着替え中だろうが、就寝中だろうが。
奴は、そんなことには構わない。
俺の心は、体は、限界を超えていた。
やはり、俺には無理だったのだと。
俺は、こんな役目を引き受けるべきではなかったのだと。
何度も後悔した。
しかし――
どんなに泣き事を吐こうとも、俺は、ここで生きていくしかない。
◆
……と、いう壮大なプロローグで始まったものの、そこまでシリアスな状況ではない。
あの日――というか学年別トーナメントの日から、ラウラに付きまとわれているというだけの話だ。
いくらこっちが強化人間(二代目)で、一通りの訓練を積んでいるとはいえ、所詮は一企業のエージェント。訓練を積んだ軍人(しかも強化人間(真))に本気で狙われたら、逃げ切ることなどできない。
……だって、気配の消し方俺よりうまいし、背弄拳は完全にコピーされたし。もう無理。
そして、今は――
ガキン!ガキン!
部屋に、耳障りではあるがリズミカルな、どこか軽快にも感じる金属音が響く。
この音が、最近の俺の目覚まし代わりだ。空気を切り裂く音と、それに付随する濃密な戦場の気配が、汗たっぷりの爽やかな目覚めを提供してくれる。
奏でるのは二人の乙女。
つまり……何が言いたいかというと……。
「お前ら、朝っぱらから何やらかしてくれとんじゃあぁぁぁぁ!!」
最近の俺は、とにかく寝不足だ。
「む、葵。お前が抵抗するから、嫁が目を覚ましてしまったではないか」
「……うるさい。お前が攻めてきたからだろう」
元凶である二人――葵とラウラは、まったく悪びれた様子がない。
というか二人とも、早くナイフをしまいなさい。危ないから。
「ラウラ!何で毎日俺の部屋に来るんだよ!」
「む、当然ではないか。夫婦ならば、寝食を共にするのは当然だろう。
それに、こうして葵とも手合わせできるからちょうどいい。なにせ、葵は私の目標なのだからな」
……ああもう。一時の同情で行動すべきじゃねぇな。ラウラのお守なんて、引き受けるんじゃなかった。
「……話は終わった?じゃあ続きを……」
「するな、葵!」
この二人、戦ってると周りが見えなくなるタイプだから、ホントに危ないんだよ!気がついたらナイフが飛んで来てて、そのまま永遠のコウヤになりかねないからな!
「……嫁よ。どうやらまだ目が覚めていないようだな。どれ、ここは私が目覚めのキスでも……」
「ただの寝不足だっ!!」
「紅也、大丈夫?……待ってて、すぐに原因を排除……」
「やるのか?ならば……」
……ぶちっ。
「ここから……出ていけえぇぇぇぇ!!!」
レッドフレームを部分展開。葵とラウラを、文字通り部屋からつまみ出す。
さらば、騒乱。こんにちは、平穏。
外から聞こえる鉄の音は完全に無視し、俺は二度目の眠りについた……。
◆
〈side:篠ノ之 箒〉
真剣を振る。
実家から緋宵が届いた日から、ずっと続けている鍛錬。学年別トーナメントの前後までは紅也も一緒にやっていたが、最近はもっぱら一人でやっている。
そのことに一抹の寂しさを感じつつも、ひたすらに型の練習を続ける。元々一人でやっていたのだ。それが元に戻った程度で、そこまで感傷は感じない。
剣を振り、迷いを断つ。
………と。
……ン!…キン!ガキン!
鉄を打ちつけ合う音が響く。
誰かが、鍛錬でもしているのだろうか?こんな時間から?
興味を覚えた私は、音の方へと向かう。
近づくごとに音は大きくなり、息遣いまで聞こえてくるようになった。
そして、茂みの中からこっそりと様子をうかがう。すると――
それは、神話の再現だった。
青い装束に身を包んだ、赤い槍を持つ男。
相対するは、黒と白の双剣を操る、赤い外套の偉丈夫。
そこで繰り広げられているのは、本物の殺し合い……
などでは決してなく、二人の少女がナイフで戦っていただけだった。
……いや、良く考えれば、十分な異常事態だったな。
しかもその二人ともが、私の知り合いだ。
一方の青い、肩までかかる髪の持ち主は葵。腰までかかる銀髪の眼帯少女はラウラだ。
その二人が、本気の戦いを繰り広げている。原因は……まあ、紅也だろうな。
葵は紅也にべったりだし、ラウラは……人前でキスまでしていたのだ。あの時は、顔を赤くした紅也に何となくムカついて、鞘で殴ってしまったが……。まあ、セシリアたちも同じことをしてたし、私だけじゃないはずだ。
「……む!」
「……誰?」
キン……
音が止む。どうやら、気付かれたようだ。
……私も、まだまだ未熟ということか。
元々隠れていたわけではないので、すぐに姿を現す。
すると二人とも警戒を解き、ナイフを下ろした。
「……何だ、箒か」
「……訓練?」
「そんなところだ。……ところで、お前たちは何を?」
そうそう、あの事件の後から、ラウラは周囲と積極的に関わるようになった。
なんでも、紅也にそう言われたらしいが……。ラウラと戦ってから次の朝に会うまで色々あったというのに、話をするヒマなどあったのだろうか?謎だ。
「見ての通りだ」
「……殺し合い」
「……何があった?」
帰ってきたのは、物騒極まりない答え。
二人とも元々……その、ぶっ飛んだところのある人間なので、気にしたら負けな気もするが……。こんな答えが返ってきたら、やっぱり気になるだろう。
「……コイツが、私の部屋に」
「紅也に会いに行っただけだ」
ああ、やっぱり原因はアイツか。
聞けば、ここ数日はずっとこの調子らしい。こいつらが騒ぐから、紅也も朝練に来れないのだろう。
「……はあ。ほどほどにしてくれ。紅也が困るぞ」
「う……それは、嫌だな」
「……分かった」
「よし。じゃあ、シャワーでも浴びてくるか。この時間は、部室棟の先生が、シャワー室を開けてくれるのだ」
「む、それは良いことを聞いた」
「じゃあ、明日はこの時間に……」
「こら!少しは大人しくしてやれ!」
まったく……。この二人は、どうしてこう物騒なのだ!
このままではいずれ紅也のやつは、気苦労で死ぬのではないか?
◆
『じゃあな、行ってくる』
『待って!どうして行っちゃうの?』
『どうしてって……俺は、強くなりたいし、世界を見たいんだ。そうしていつか、師匠みたいに、自分の信念ってやつを見つけたい。だから……』
『そんなの、関係ない!何で、一人で行っちゃうの?何でお兄ちゃんは、私を置いて行くの!?』
『それは……お前に……』
◆
〈side:山代 紅也〉
「うあああああああ!!」
失態だった。
久々に静かに、深ーく眠りについていた俺は、どうやらセットした目覚ましの音にも気付かなかったらしい。現在時刻8:40。言い訳の余地も無く、完全に遅刻だ。ちなみに今の目覚ましは、予鈴の音だった。
朝食を10秒でチャージしながら着替え、レッドフレームを部分展開。ただしコアの起動信号は出さず、展開もバックパックのみ。これで、目視されない限りは気付かれまい――!
8の生体センサーを使って生体反応をサーチしながら、騒音が発生しない程度のスピードで廊下を飛ぶ。
……よく「廊下は走るな」って注意されるけど、今は走っていない。これってセーフだよな?
とか考えてる間に、教室のある3階に到着。本鈴間近であるためか、廊下は無人。俺はバックパックをしまい、それと同時に脚にローラーブーツを展開。これはレッドフレームの武装ではなく、フレキシブルアームズのように、作業に便利だからとインストールしているものだ。
ローラーが地をつかみ、慣性のまま俺は滑る。そして1組と書かれたプレートにワイヤーをひっかけ、勢いを殺して減速する。本鈴はまだ鳴ってない!……勝った!
……とか思ってた時期が、俺にもありました。
ぺきん。
何か、そんな感じの音がした。
次に感じた違和感は、伸びきっていたはずのワイヤーが、完全にたわんでいるという事実。そして減速してない身体。
からん。
ナニカが落ちた音がした。妙に軽く、うすっぺらい、プラスチックが落ちたような音。
そう、例えば、さっきワイヤーを引っかけた、プレートのような……。
勢いは止まらない。ニュートンさんをナメちゃあいけない。
目の前には、反対側の階段。このまま行ったら、手すりに激突して、そのまま俺は落ちるだろう。そうなったら、きっと、かなり痛い。二重の意味で。
――が、どうやら俺の悪運も、捨てたものじゃあないらしい。
唐突に、運動が止まる。この感覚は知ってる。前に寝てるときに金縛りにあった。そのときと、まったく同じだ。こんな現象を引き起こせるのは、ただ一人。
「助かったぜ、ラウラ」
「当然だ。嫁を助けるのに理由がいるか?」
そう。何故だか知らないが、今更教室にやってきたラウラのAICであった。あ、葵と箒も一緒だ。三人そろって遅刻か?情けないねぇ。
「……寝坊よりマシ」
「誰のせいだ、誰の!」
「……自業自得?」
「………もういいです」
葵め。きょとん、とするなよ。かわいいじゃねぇか。
……で、ラウラは何で、唇を突き出してこっちに向かってくるんだ?俺、動けないんだけど。
「なあラウラ、何を――」
「助けたのだから、キスぐらいいいだろう」
「「よくないわ!」」
箒がラウラの首根っこを引っ張り、俺から引き離す。と、同時にAICが解除され、体の自由が効くようになった。
……ナイフを持った葵の瞳が、蒼っぽく輝いてたのが気になったが。AICを「殺した」とか?まさかな。きっとあれだ、光の反射とか、そういうもののせいだ。
「とにかく、助かった。早く教室に入ろうぜ」
「うむ」
「教官に
後ろのドアを開き、コソコソと侵入。幸いなのかどうなのかは知らないが、なぜかISを展開しているシャル子と、その手を握る一夏に、教室中の注意は釘付けだ。
こら、一夏。こっちを見るな。バレちゃうから。
「本学園はISの操縦者育成のために設立された教育機関だ。そのためどこの国にも属さず、故にあらゆる外的権力の影響を受けない。がしかし――」
すぱぁんっ!
シャル子が叩かれた。これってもしかしなくても、初めてのことだよな?
優等生のシャルロットが規律違反。これにはクラスメイツもびっくり仰天しているようだ。
まあ、意外と腹黒かったりするのを、俺は知ってるが。
「敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味はわかるな?」
「は、はい……。すみません……」
これは当然の規律だと思うが、今更な気がする。特に鈴音なんか、しょっちゅう展開してるし。もちろん起動したらコアの反応ですぐにバレるので、こっそりやっても無駄だ。
まあ、この規律のせいで、俺は展開時にはけっこう気を使わなきゃいけない。うっかり起動信号を出し忘れたら、さすがに学園に不信がられる。
「デュノアと織斑は放課後教室を掃除しておけ。二回目は反省文提出と特別教育室での生活をさせるのでそのつもりでな」
「「はい……」」
しょぼん、と二人が肩を落とすのと同時に、チャイムが鳴る。よく間にあったよな、俺。
「今日は通常授業の日だったな。IS学園生とはいえお前たちも扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ。
それと、来週から始まる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ。三日間だけだが学園を離れることになる。自由時間では羽目を外しすぎないように」
そうか、もうそんな時期か。
そろそろ買い物とかしとかないと、当日あたふたすることになりそうだな。とりあえず、次の休みの日にでも行くことにするか。
初日は自由時間だから、ビーチボールとか、サンダルとか、水着とか、ゴムボートとか、双眼鏡とか、カメラとか、それからそれから……
「ではSHRを終わる。各人、今日もしっかり勉学に励めよ」
そう言って織斑先生が教室を去る。……が、すぐに教室内へと戻ってきて、叫んだ。
「教室のプレートを叩き割った馬鹿者は、どこのどいつだ!!」
……俺、知らね。